第六十七章 告白
「じゃあ、気を付けて行ってらっしゃいね」
「そうだよ。人助けもいいけど、それでまた車に轢かれたりでもしたら本末転倒だからね」
「あはは、それは大丈夫だって」
玄関先でなごやかに談笑する鋼一家。
そしてそんな彼らを物陰から見つめる、二つの影。
影はつぶやいた。
「まったく、なんじゃよあいつら!
たかがデートで見送りとか大げさなんじゃよ!
家族仲よすぎじゃ!」
「あの、お母様もお父様も、ハガネさんがいない間、ずいぶんと心配してましたから。
ていうか、引き留めたいなら出ていけばいいじゃないですか」
影二人、というか、シロニャとクリスティナはぼそぼそと小声で言い争っていた。
「しっかりやるんだぞ。帰ってきた時、隣にお嫁さんがいても大歓迎するから」
「そうね。娘が増えるのは、わたしもうれしいかも」
シロニャが聞いている前で、問題発言をする鋼の両親。
当然ながら物陰にいたシロニャは発狂した。
「よ、よ、嫁!? け、け、結婚じゃと!?」
「お、落ち着いてくださいよぅシロニャさん!」
「こ、これが落ち着いていられるかぁ!
あ、あのハスッパーめぇ!
ワシらが必死で向こうの世界に行く方法を探している間に……許せんのじゃぁ!」
「いや、ですけどこっちの世界の法律じゃ、十八歳にならないと結婚できないんだから大丈夫ですよ。
それに、ハガネさんが好きなのは魔法少女ですから、結婚相手はわたし……」
「あぁん?」
と、みにくい争いをしている間に鋼一家の話は終わった。
「それじゃ、行ってくるよ」
鋼はそう言って、ドアに手をかける。
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「行ってらっしゃい、頑張ってくるんだぞ」
両親そろっての、シロニャがまた大げさだと言いそうな激励に、鋼は、
「……うん。行ってきます」
素直にそう答えて、外に出て行った。
それを確認して、シロニャとクリスティナはあわてて争いをやめ、動き出す。
「よし、尾行するのじゃ!」
「ら、ラジャー!」
そう言って、玄関に急行、鋼の追跡を開始……しようとしたのだが、
「クリスティナちゃん、シロニャちゃん?」
そこで、鋼の母親が振り返る。
「し、しまった! 見つかったのじゃ!」
「あ、あの、お母様、これは……」
動揺して意味もなくバタバタする二人。
そんな二人に鋼の母親はゆっくりと近づいていくと、
ギュッ!
と抱きしめた。
「にゃぁあああ!」「ひゃぁあああ!」
叫ぶ二人。しかしそんなのお構いなしで、
「クリスティナちゃん! シロニャちゃん!
わたし、あなたたちのこと、本当の娘みたいに思っているのよ?」
「鋼には逃げられてしまったけど、これからラトリスちゃんも呼んで、みんなで酒盛りと行こうか。
実はこんな時のためにとっておいた、秘蔵の酒があるんだよ」
完全に鋼の両親にロックオンされてしまったシロニャたち。
「わ、ワシはコウを、コウを追いかけねば……」
シロニャは鋼の母親の腕の中で必死にもがいたが、当然そんなものは無駄な抵抗で、ずるずると居間まで引きずられていったのだった。
母は強し、である。
シロニャたちに追跡もされなかった鋼は、特に何事もなくマキとの待ち合わせ場所に向かっていた。
本当はシロニャであればオラクル機能で話をしたり分身の白猫を送り込んだりできるはずなのだが、そこまで気が回っていなかったようだ。
あるいはシロニャなりに気を遣ってくれたのだろうか、なんて考えながら、鋼は今日の待ち合わせの場所についた。
鋼がやってきた、今日の鋼たちの待ち合わせ場所は、
「ここも、夜に来ると変な感じがするなぁ……」
なんと、鋼たちが通っている学校の屋上である。
このご時世ではあるが、鋼の学校の防犯体制はそんなにしっかりとはしていない。
まず、学校の敷地には隣接するアパートの階段から塀を乗り越えれば簡単に入り込めるし、さらに屋上へも、学校の外付け階段を一番上まで登って、手すりだの庇だのをよじ登れば校舎内に入らずともそこそこ簡単に侵入できてしまうのだ。
さすがに校舎の中に入れば警報が鳴るだろうが、屋上にはそういう仕掛けはないようなので、密談の場所としては最適……かどうかは分からないが、少なくとも人がいないという点では他の追随を許さないことだけはたしかだった。
夜に来たことはないが、以前にも蒲田と一緒にやってきたことのある鋼は、特に苦労もなく屋上までたどり着けた。
まだ屋上にマキの姿がないことを確認して、大きく深呼吸。
夜の冷たい空気を肺いっぱいに取り入れる。
「緊張、するなぁ」
これからのことを考えると、さすがの鋼も平常心ではいられない。
情けない話だが、こうして立っているだけで、寒さからではない震えが走る。
失敗の可能性なんてほとんどない、というのが鋼の見立てだが、それでもやっぱり緊張を完全にぬぐうことはできなかった。
そして、もう一つの根本的な問題として、
「ちょっと、早く来すぎたかな?」
携帯電話の時刻表示を見ると、今は7時40分。
チケットを確認すると、開始時刻が8時ちょうどになっているから、まだ二十分近くも時間があることになる。
幸いにもマキもまだ来ていないみたいだし、もう一度蒲田にメールを送るか何かをして時間を潰して……と鋼が思った時だった。
「あーもう、服が汚れちゃったよ。
これ、借り物なのに……」
この一月ばかりで急速に聞き慣れた声が、夜の澄んだ空気に響く。
鋼が振り返ると、そこには……
「ま、ままままままままま、マキ?」
「そーよ。……くしゅん!」
冬の寒さに凍える、ミニスカサンタがいた。
「それで、一体なにゆえにそのような格好を?
あ、いや、似合ってるとは思うけど」
太ももと二の腕のまぶしい、サンタのくせに季節感のないニセサンタさんから目を逸らしながら、鋼が聞いた。
「実は、さっきまで友達とクリスマスパーティやっててね。その、余興、みたいな?」
「へ、へぇ……」
「んなロコツに引かないでよ。女だけのパーティだったから、悪ノリしちゃっただけだし」
「ふ、ふぅん? そういうもん、なのかな…?」
女子のクリスマスパーティのノリなんて見当もつかない鋼としては、そう口にするしかない。
「そーいうもんなの!
……あーでも、完全に失敗だったわ。
冬の夜にこのカッコ。さすがに寒すぎて……」
「あ、ちょっと待って。コート出すから」
震えるマキを見て、鋼はあわてて頭の中のウインドウを探る。
「コートを、出す?
……って、うぇえ?!」
いぶかしげなマキの目の前で、鋼は何もない空間から分厚いコートを引き出して見せた。
「ちょっ! あんた今、そんなでっかいコート、どっから出したのよ!?」
「あ、あぁ。アイテムボックスだよ」
「アイテムボックスゥ?」
「ま、四次元に収納できるポケットみたいな物、かな?
この前ラトリスに持ってないって言ったらすごく驚かれて、その時もらったんだ」
クリスティナと付き合ってきて、いい加減慣れてきたつもりのファンタジー要素だが、これにはマキも呆れた。
「なんとゆーか、ファンタジーって度を越して便利ねー」
「便利だよ。旅支度とかも全部この中に入るし、どれだけ入れても重くなったりしないし」
鋼としては、今さらこのくらいの便利さに驚いたりはしない。
ただ、バイオハ〇ードって結構リアルだけど、アイテムボックスに入れた物が他のアイテムボックスからでも取り出せることだけは納得いかないよなぁ、とか思い出すだけだ。
そして頭の中ではそんなことを考えながら、鋼は平然と出したコートをマキに着せる。
「あ、あんがと……」
照れているのか、わざとぶっきらぼうに感謝の言葉を述べるマキ。
コートは男物で丈も長めの物だったので、マキの肢体をほとんど完璧に覆ってくれた。
実はほんのちょっぴりだけ、露出度が低くなることが残念だったりする鋼だが、そんなことは表には出さない。
「あ、そうだった」
鋼はそう言って、ついでにアイテムボックスから缶コーヒーを二本出すと、一本をマキに差し出す。
「さっき買ったばっかりだから、まだ少し温かいよ」
「ほんっと、何でもありね、ファンタジーって」
そんな文句みたいなことを言いながらも、マキは鋼の手からコーヒーを受け取った。
二人で同時にプルタブを起こしながら、マキが尋ねる。
「あんたさ。何でこんな場所に呼び出そうなんて思ったの?」
鋼は屋上の端に向かって歩きながら、答えた。
「ん? まあ、クリスマスイブなんてどこだって人でいっぱいだから、二人きりできちんと話ができそうな場所が他に思いつかなかったというか……。
……それに、ほら」
鋼は、フェンスギリギリまで進んで、右手を突き出した。
後ろをついてきていたマキは、その手の示す先を追う。
「わ! すっご!!」
そこには、百万ドル、とは言わないまでも、十万ドルくらいの夜景が広がっていた。
「前来た時、意外と景色が綺麗だったからさ。
夜になったらどう見えるのか、一度たしかめてみたかったんだ」
実は数日前にも来たことがあったが、その時はまだ昼で、しかも景色云々よりも、ここから飛び降りたら死ぬのかなー、くらいしか考えなかった。
そして、あらためてマキとこうやって眺めてみると、やっぱりこの美しい景色を汚したくないな、と鋼は思った。
「それって、あたしと一緒でよかったの?」
缶コーヒーで口元を隠しながら、マキが言う。
鋼は小さく笑った。
「だって、篤志と来たって気持ち悪いじゃないか」
「あは! そりゃ、そうだわ」
言って、マキも笑う。
「それに、こっちの世界にもどってきたから、僕が自分の家以外で一番長く過ごしたのは、この学校だからね。
なんというか、思い出深いというか……」
その独白めいた鋼の言葉に、
「その思い出の中に、あたしも入ってるって考えて、いいんだよね?」
マキはそんな言葉をかぶせてきた。
鋼は、いつもと微妙に違うマキの態度に戸惑いながらも、
「もちろん。まあ、七割くらいはね」
この愉快なクラスメイトとの会話を、それなりに楽しんではいた。
そんな鋼にマキは、警戒する猫みたいに、少しずつ、少しずつ、距離を詰めようとしてくる。
「へぇ。意外と、あたしの比重って大きいんだね。
たとえばどんな思い出があるの、なんて、聞いてもいい?」
「ん、そうだな。たとえば……」
時間はまだまだ十分にあるし、思い出話で気持ちを整理するのもいいだろう。
鋼はそんなことを思いながら、口を開いた。
鋼とマキは、二人、フェンスに寄りかかりながら、色々なことを話した。
先生のこと、勉強のこと、蒲田のバカな武勇伝、クリスティナの天然っぷり、それから、お互いから見た、お互いのこと。
ほとんどの時間を同じ空間で過ごしているのに、お互いの考えることがあまりに違って驚いた。お互いの違いを理解して、でもそれを少しだけ、言葉によって埋めたりもして、考えていることは違っても、思っていることは同じだと知ったりもして、うれしくなった。
――そしてある瞬間、不意に、言葉が途切れた。
どちらかに、何かの意図があったワケでも、他の何かの理由があったワケでもない。
それは単なる偶然で、しかし、必ず訪れて然るべき偶然だった。
さきほどまでの饒舌がウソのように、二人の言葉が止まった。
長い、沈黙が続く。
口を開いたのは、マキだった。
「あたしはさ。期待、してもいいんだよね…?」
「え…?」
ぽつりと発せられた言葉。
それは、鋼の耳には届いても、その脳にはうまく伝わらなかった。
ただ、期待、という言葉に、鋼は漠然と、真白のことを考えた。
「…あ。真白さんのことなら、心配しないでいいよ。
どうするかは分からないけど、どうにか、するつもりだから」
しかし、
「ちがう、よ…」
マキは、弱々しい声で、小さく首を振る。
そして、いつもの強気な態度ではなく、まるで普通の女の子みたいに、聞いた。
「今日、ここに呼んだ理由。大事な話って、なに?」
それを、口にされて、鋼はぐっと言葉に詰まった。
お互いに、何を言うのか、言わなければならないのか、分かっていたはずだ。
それでもこれだけ時間をかけてしまったのは、やっぱり怖気づいていたせいなのか、そんな風に思いながらも、これでもう、鋼は逃げられなくなったと悟っていた。
「電話でも、話したけど……」
だから鋼は、話し始める。
「僕は、約束を果たしに来たんだ」
意を決して、決然と、
「つまり、今日は、マキに……」
マキが期待したように、はっきりと、
「……お別れを、言いに来たんだ」
彼女の望まぬ言葉を、吐いた。
しばらく、マキは無言だった。
「……なんで、今日なの?」
そして、ようやく顔を上げたマキの目には、さきほどまでの不安や期待は影もなく、ただ怒りの色が渦巻いていた。
「どうしてよりによって、今日を選ぶの!?
ほら、見てよ!」
もう一度、鋼とマキは二人、明かりがきらめく街を眺める。
「今日はクリスマスイブで、街はあんなにきれいで、みんな楽しそうなのに、どうして?
どうしてあんたって奴は、そんな……」
「……ごめん」
怒られるかなとは思っていた。
だから鋼は、理不尽とも取れるマキの叱責を、甘んじて受けた。
「だって、あたし、バカみたいじゃんか!
こんな日に呼ばれて、浮かれて、こんなとこまでやってきて、それで、それで、お別れって、そんなの、さぁ…!」
マキは、泣いていた。
それを、申し訳なく思いながらも、
「……ごめん」
鋼の口から出せる言葉は、それだけだった。
ぐす、ぐすっと、何度か泣きじゃくるような音が聞こえて、数十秒、
「…ごめん」
次に聞こえたのは、マキの謝罪の言葉だった。
「マキ…?」
いぶかしげな鋼の声に、マキは涙でボロボロになった笑顔を見せる。
「あー、ううん。悪かったなーって思ってさ。
向こうの世界に行く前に、あたしに一言なんか言っとけって約束、ずっと大事にしてくれてたんだよね」
「あ、ああ。まあ……」
歯切れ悪く、鋼が答える。
「自分から約束したことだってのに、それを守ってもらって怒るとか、よくないよね。
まー正直、ショック、だったけど。
あんたがそういう奴だって知ってたのに、へんな風にかんちがいしてたあたしがバカだった、とゆーか」
あたしってできた女だなぁ、なんて一人でこぼしながら、マキは笑顔で続ける。
「それに、考えてみればあんたにしては上出来じゃない?
こーんなイブの日にさ。
なんというか、ちょおっと文明的じゃない気はするけど、こーんな夜景の綺麗な場所で、二人っきりなんだから。
うん、成長成長!
というか、出発までまだ時間があるのにちゃんと話をしてくれるなんて、それだけでもあんたにしちゃめずらしいかも。
いつもだったら、ギリギリの前日か当日じゃないとお別れなんて言ってくれないでしょ」
「え…?」
その言葉に、鋼の表情が固まった。
だが、話すことで、話し続けることで何かをごまかそうとしているマキは、その変化に気付けない。
「向こうに行くの、シロニャちゃんの力がたまる1月の10日くらいだっけ?
それにしても、あんたもよくやるなーって思うわよ。
クリスティナちゃんもその辺りあーんまり話してくれないんだけどさ。
なんでもあと二年もしたら、恐怖の大王みたいに魔王とかゆーのが復活すんでしょ?
あたし痛いのとか苦手だから、戦うとか想像できないけど……コウ?」
振り向いて、そこでようやく、マキは鋼の異変に気付いた。
そんなマキに、鋼は言葉をかける。
「マキ。マキは、もしかして……」
浮かんだ可能性。
マキが言ったことはほとんど見当外れで、なにもかもが間違っている。
少なくとも鋼は、そう思った。
だとしたら、それは……。
「もしかして、クリスティナから詳しい話を何も聞いてな……」
そこまで口にしてしまって、鋼は自分の迂闊さを呪った。
マキに本当のことなんて話せるはずがないし、話したはずもない。クリスティナから全てを聞いていたのなら、マキだってこの日に、こんなに楽しげにこの場所に来たりはしなかっただろう。
クリスティナの気遣いを無にしてしまった、と鋼は自分を責めた。
しかし、出した言葉はもどらない。
「なんか、あたしに話してないことがあるってこと?」
さっきまでとは違う、険しい表情でマキが鋼に詰め寄ってくる。
「いや……」
鋼はただ、顔を逸らした。
それを見て、
「あたしって、ホントにバカだ」
マキは、自分の頭を拳で殴りつけた。
結構な音がするくらい強く、容赦なく。
「そうだよね。あんたが、ただロマンチックだってだけの理由で、こんな日のこんな場所を待ち合わせ場所に選ぶはずない。
あんたが今日、この場所にあたしを呼び出したのには、何か理由があるんだ」
「別に、特には……」
「そしてその理由は、あんたやシロニャちゃん、クリスティナちゃんやラトリスさんが知っていて、あたしが知らないことと関係がある」
「だから、そんなこと……」
精彩を欠く鋼の弁解。
それでは、マキの疑いを深めることにしか役立ちはしなかった。
「なんで? なにを、隠してんの?
ねぇ。もしかして……。
あんたがあたしに話さないのは、あたしがこっちの世界の人間だから?
部外者だから、向こうに行く方法を話せないってこと!?」
烈火のようなマキの怒りに、鋼は気圧されながらも否定する。
「部外者とか、そんな風には思ってない。
ただ、こっちの世界の人間のマキには、その……」
「そうやって、また、あたしだけ蚊帳の外?
それは、それは、あんまりだよ。
イブに、お別れを言われるより、何倍も……ひどい」
「待って、マキ! のけ者にしたいとかそういうことじゃないんだ!」
鋼は必死で言い募るがマキは止まらない。
「でも、実際にそうなってる!
今日あたしが気付かなきゃ、あたしはなんにも知らないまま、あんたに二度と会えなくなってたかもしれない。
イブの日に思わせぶりな態度でかんちがいとか、そんなのだったら何度だって泣き寝入りしてあげるわよ!
でも、一人だけ蚊帳の外とか、あたしが何も知らないまま、ぜんぶ終わってるとか、そういうのだけは、やめてよ……」
マキは、涙声で必死で訴えかけてきた。
鋼の心も揺さぶられる。
そして次にマキが鋼を見た時、マキの目は完全に据わっていた。
何よりも強い意志を込めて、マキが叫ぶ。
「あんたが、そういうつもりなら……あたしは、あんたから離れない」
「マキ、だけど……」
「うる、さいっ!! あたしは、あんたがこっちにいる間は好きにするって、言った!
だから、あんたが向こうに行く最後の瞬間まで一緒にいる!!」
その言葉、マキの魂の叫びに鋼は、
(もう、いいか……)
とうとう、折れた。
もうどうにでもなれ、という気分だった。
ちらりと携帯を見る。
――7時59分。
時間だってもう、問題ない。
鋼は背中を預けていたフェンスから離れると、しっかりとマキに向き直った。
「後悔、するよ?」
鋼からの最終確認。いや、最後通牒。
それにマキは、まったくためらわずに答えた。
「ここで別れて、一人だけ、何も知らないままでいた方が、絶対に後悔する!
あたしは、あたしは絶対に……」
「――そっか。じゃあ、仕方ないな」
マキの言葉をさえぎるようにそう言って、鋼が無造作に取り出したのは、抜き身のナイフ。
「え? な、に……?」
ナイフと言っても、それは日常よく目にする包丁や、果物ナイフなどではない。
そんなものでは、ありえない。
夜の光を受け、冴え冴えと光るそれは、はっきりと人を殺すための武器だと分かる、見る者全てに死の気配すら感じさせる、そんな威圧感、圧迫感を持った『本物』の武器で……。
「コ、ウ? それ、なに…?」
あまりに唐突な非日常に気持ちが追いつかず、マキが上ずった声で、すがるように鋼に聞く。
鋼はそれを、感情のない瞳で、見下ろしながら、
「それ、どうする、の? そんなの、あぶない、って……」
手慣れた仕種で刃を返し、ナイフを逆手に持ち直して、
「いきなり、こんなの、わかんないよ。ねえ……」
そのまま、高く高く振りかぶり、
「ねえ、コウ! こんな……」
「さようなら、マキ」
――勢いよく、振り下ろした。