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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十二部 賑やか帰還編
75/102

第六十五章 シロニャの危機

 あえて結論から言えば、

「意外とバレないもんだなー」

 鋼が縮んでしまったことは、どうやら周りには気付かれてはいないようだった。


 まあ元々鋼はあまり社交的な方でもなかった上、二ヶ月も会っていなければ人の印象なんて薄れるもので、マキと蒲田以外で鋼が縮んだ(というか若返った)ことに気付いた人間は少なくとも表立っては一人もいなかった。


 かといって別に、鋼が学校に溶け込むのに苦労がなかったかと言えばそうでもない。

 学校に行った途端に教師からの呼び出しがあり、山盛りになった補習課題があり、興味津々のクラスメイトたちの質問攻めがありで色々と盛りだくさんだった。

 鋼の失言に対するマキや蒲田のフォロー、人の意識を逸らす鞄の中の枝からの超常現象的な援護、そしてどんなピンチの時でもオラクルで要らないことをしゃべり倒してくるシロニャの無駄話、などの心強い仲間のサポートがなければ、とても乗り切れはしなかっただろうと鋼は思う。


 家で待機している二人も、十分に頑張ってくれている。

 ラトリスは魔力濃度の高い鋼の部屋、そして少しだけ魔力の残留している鋼の家以外にはほとんど外に出られないが、家事などの方面で隙のない活躍をしてくれているらしい。

 料理を教えれば一度で全ての手順を完璧に覚え、掃除をさせれば通常の三倍の速度でこなし、機械系に弱いはずのファンタジー世界の住人でありながら、掃除機どころか洗濯機まで完璧に使いこなし、パソコンで家計簿までつけてくれるという万能っぷりだった。

 

 クリスティナだって頑張っている。

 今まで週に一度、月曜日に買い続けてくれた週刊誌だが、それに加えて水曜日にも別の週刊誌を買いに行ってくれるようになった。しかも二冊。

 週に三冊も週刊少年漫画雑誌を買うという快挙は、熟練のマンガ好きもなかなかなしえない記録であると鋼は思った。

 クリスティナは正直マンガ読んでる時が一番平和なので、もういっそ木曜日にも買うようにしてメインマンガ誌をフルコンプしちゃえばいいんじゃないかなと鋼は思う。


 ちなみに心底どうでもいい話だが、少女マンガは肌に合わないらしい。というか、少年マンガのノリが大好きなようだ。

「友情、チート、勝利! 少年マンガってすばらしいじゃないですか!」

 天然のくせにどこか歪んだ女の子だった。


 そして、




















【キングクリ〇ゾン!】



 そんな生活が続いて、あっという間に一月ほどが過ぎた。


「なぁ、そういう風に頭の中で急に叫びだすの、いい加減やめてくれないか?」

【じゃ、じゃが一応の礼儀としてじゃな……】

「礼儀って何の礼儀だよ」

 なのにシロニャのオラクルのうざさは一向に改善していなかった。


 しかも、最近ネット小説にはまっているらしく、授業中でも何でもお構いなしに、

【オレTUEE系のネット小説って、もうこれ読者試してるだろってくらい、実戦と実践をまちがって使っとるよな?】

【主人公が高校生くらいの場合、交通事故で死んで幼女女神で転生がテンプレじゃが、社会人じゃとストーカー女に刺されて即赤子スタートが圧倒的に多いのは、やっぱりニーズの違いかのう?】

【『創造者クリエイター』って文字を見た瞬間、反射的にブラウザバックしたくなるのはなぜじゃろうな?】

 とか何とか問いかけてくるのは本当にやめてほしい。


「あのさ。もうクリスマスまであんまり時間がないし、期末テストだって近いし、僕はきちんと勉強しないといけないんだよ。

 だから、いい加減、一人で遊んどいてくれよ」

【むぅ!? なんじゃよその言い方は!!

 ワシがせっかく授業中は退屈じゃろうと思って、会話のネタを探してやっていたというのに!】

「お前! アレ確信犯だったのかよ!」

 一ヶ月もしてようやく明かされた驚愕の事実に鋼は驚いた。だって驚愕の事実なのに驚かなかったら詐欺であるからしてかなり驚いてついでに愕然として、そして怒った。


 授業中にそんなことを言われたせいで、教師を間違えて「シロニャ」と呼んでしまったり、数学の問題を当てられたのに「でもそれが遊戯ゲーム創造者クリエイターだったら逆にワクワクするだろ?」とかワケの分からないことを言ってしまったりして、たいそう恥をかいたのは鋼なのだ。


 鋼は心を鬼にして言った。

「シロニャ。しばらく、話しかけてこないでくれないか?」

【な、なんじゃとぉ!?】

 シロニャは驚いた声を上げるが、鋼は容赦はしない。

 またもどってくる予定はあるとはいえ、向こうの世界に行くことが決まっている以上、こっちの世界に心残りはあまり残して置きたくなかった。


「シロニャの気持ちはうれしいけど、正直迷惑なんだよ。

 家に帰ったらいくらでも遊んでやるから、学校では……」

 と、鋼がそこまで言うと、


【コウのバーカバーカ!! コウなんてもう知らないんじゃからなー!!】


 子供のような罵声が鋼の頭に響き、シロニャの気配が遠ざかっていく。


「子供のようなっていうか、まんま子供だよな」

 考えてみればシロニャは三歳児なのだ。

 そう思うともうちょっと優しくしてもよかったかな、とも思うが、やっぱり学校生活に支障が出るのは困る。


 そんな風に一人でぼんやり考えていると、

「うわぁ、まぁたこんなとこにいるし!

 あんた、ほんとにもうちょっとしっかりしてくんない?

 あんたがバカなことやるたびに、こっちはフォローで大変なんだけど」

「それって逆に言えば『コウが何をやってもあたしが助ける』って意志表示……いて! 殴ることはないだろうが!」

 ギャーギャーと言い合いをしながらマキと蒲田が歩いて来て、鋼は苦笑を浮かべながら学校生活という名の自分の日常にもどったのだった。







 鋼がなごやかな時間を過ごす一方で、

「まったく、コウのやつはほんとにもう、アレなんじゃよ!

 冷たくて、冷血で、冷徹で、冷酷で、ええと、ああいうやつをなんと言うんじゃったかな?

 たしか、冷たいやつじゃから……冷奴、じゃったっけ?

 とにかくもうほんとアレなんじゃよ!!」

 鋼がいたら間違いなく、『アレってどれだよ!』とかツッコミを入れられそうなことをつぶやきながら、不機嫌そうに歩いているのはシロニャ(猫形態)である。


 シロニャから言わせてもらうと、最近、鋼の付き合いがすこぶる悪い。

 勉強だけならまだ我慢もできる。しかし、こっちの世界でも能力値を上げられると知った途端、鋼は筋トレまでするようになって、シロニャと遊ぶ時間はますます減っていった。


 こちらの世界で能力値が十分の一になったとはいえ、鋼の筋力と敏捷の値は格段に高かった。鋼はこちらの世界でも、高校二年生としてはすでに破格の腕力を持っているはずだ。

 なのに延々と腕立てを繰り返す鋼を見て、マキまで呆れ顔で、

「あんた、それ以上強くなってどうすんのよ」

 とそれとなく諭したが、鋼はあくまで、向こうの世界に行く時のために頑張る、と言い張って、決してやめようとはしなかった。


 シロニャも一度だけ、鋼にどうしてそんなに筋力を鍛えているのか、聞いてみたことがある。

 その時、鋼は、

「いざって時にさくっとヤれるように、だよ。ほら、即死じゃないと痛みが長引くだろ?」

 暗い笑みでそう答えた。一体何をさくっとヤっちゃうつもりなのかは、シロニャは怖くて聞けなかった。


 多少人間寄りになったとはいえ、神様であるシロニャの感性ではまだ今一つ分からないのだが、やっぱり鋼にとって、命のやり取りのある向こうの世界に行くのはもしかするとすごいストレスなのかもしれない。だとすると、自分に今できることに集中して恐怖を忘れようとしているのかもしれないな、なんてことをぼんやりと思った。



 そんな事情もあって、シロニャだってできるだけ鋼の学校生活の邪魔をしないように立ちまわったり、あまり向こうの世界の話や暗い気持ちになる話をしないようにと色々気を遣ったりはしているのだ。

 今日だって鋼の高校の近くまで来たものの、会いに行ったら迷惑だろうと近くの建物から鋼の姿を確認するまでに留め、それだけじゃ寂しいからとちょっとだけオラクルで鋼に話しかけただけだというのに、あの態度。


「この怒りはガリ〇リ君くらいではおさまらんのじゃぞ!

 ガリ〇リ君(梨味)くらいでなければぜったい許さないのじゃ!」

 だが結局は許す許さないの基準はガリ〇リ君だった。

 とはいえ梨味はもう販売していないので、結果的には鬼難易度ではあった。



 そうやってプリプリと怒りながら、シロニャが鉄骨が剥き出しになった、工事中のビルの隣に差し掛かった時だった。

「この建物、いつ見ても工事中じゃよなー」

 とか呑気な感想をつぶやいて、子猫の歩幅でトコトコと歩いていると、突然、


(な、なんじゃ? 体が動かないのじゃ!)


 足が一歩も動かせなくなった。

 それどころか、口すら動かせず、鳴いて助けを呼ぶこともできない。


(も、もしかしてこれは、あの時の……)


 この感覚は、しかしシロニャにとって初めてのことではない。

 過去に二回、どちらも二ヶ月以上前に、シロニャはこれを経験している。



 一回目は、横断歩道を渡っている時に急に体が動かなくなり、そこに計ったようなタイミングで車が突っ込んできた。

 その時は、偶然通りかかった一人の少年に身を挺してかばわれ、何とか事なきを得た。


 二回目は、歩道を歩いている途中で突然体が動かなくなり、そのちょうど真上から重そうな植木鉢が落ちてきた。

 その時もまた、今度は通りかかった一人の少女に間一髪で抱え上げられ、何とか無事に済んだ。


 言わずと知れた、鋼と真白、それぞれとの初対面の場面である。




 そして、三回目の今。

 もちろん周りには鋼も真白もいないし、それどころかこの辺りに人の気配はない。

 一回目、二回目と同じように何かが襲ってくれば、単なる子猫程度に身体能力が落ちているシロニャは殺されかねない。


(しまったのじゃ! アレからしばらく何もなかったから、警戒するのを忘れておったのじゃ!)


 後悔しても今さら遅い。

 これから一体何が起こるのか。

 不吉な予感を覚え、かろうじて動かせる目で上を見て、シロニャはまさに目をむいた。


(それは……どう考えてもやりすぎじゃろ!)


 工事中で、剥き出しになったビルの鉄骨。それを止めているボルトやロープが明らかに不自然な動きで外れていき、今にも落下しそうになっていた。

 その落下予測地点は、もちろんシロニャの頭上。


(コウ! コウ!!)


 身動きのままならないシロニャは、オラクルで必死に鋼に助けを求めた。













 それは、古典の授業中に起こった。


【コウ! コウ!!】


 オラクルで騒がしくがなり立てるシロニャの声に、

(なんなんだよ。さっきはもう、僕のことなんて知らないって……)

 鋼は邪険な態度を取ろうとするが、

【緊急事態なのじゃ! と、とにかく、これを見るのじゃ!】

 焦ったシロニャの言葉と共に、鋼の脳裏に映像が浮かび上がってくる。

(な、なんだ?)

 動けなくなったシロニャと、その上で今にも落ちようとする鉄骨の映像が、リアルタイムで鋼の頭に投影される。


 長い長い時を経て、今、オラクル(テレビ電話つき)が初めて役に立った瞬間だった。



 それを見た鋼は、一瞬で平和ボケした頭がぞっとするくらいに冷えるのを感じた。

「おいおいおいおい!!」

 小声で叫ぶ。

 本当に冗談になっていなかった。

 本当に冗談抜きで、危険な状況だった。


「くそっ!」

 めずらしく感情を押さえ切れずに鋼は小さく毒づいて、しかしそこからの行動は迅速だった。



 鞄の中から木の枝をひっつかんでイスから立ち上がるなり、


「先生! トイレに行ってきます!」


 と叫んだかと思うと、

「あ、ああ……」

 という教師の返事が終わる前に窓に駆け寄り、

「あ、おい! そっちはトイレじゃ…!」

「すみません! 漏れそうなんで!」

 答えにならないことを言い放って、


「すぐもどってきますから!」


 躊躇なく窓から外に飛び出し、螺旋状に空の階段を駆け上がる。


「こ、ここ、三階……」


 窓際の女生徒の呆然とした声を踏み台に、屋上まで一気に登っていく。



「どこだ、シロニャ! ああいや、そうか!」

 そのまま屋上に着地、ポケットを探る手ももどかしく、中から白い石のついたペンダントを取り出すと、それをかざす。


「この方向! ……剥き出しの鉄骨、あのビルか!」


 ダウジングの要領。白い石の揺れる方向に鉄骨が剥き出しになったビルがあるのを見て取ると、即座に木の枝にペンダントを巻きつけ、



「間に、合えぇええええええええええええええええ!!!」



 ペンダントごと、全力で木の枝を投擲する。


 それとほぼ同時に、ビルの上から鉄骨が落ちる。



 風を切って、木の枝がビルの真下に向かって飛んでいく。

 幸いにも屋上から、シロニャがいると思われるビルの真下まではほとんど障害物もなく、しかしろくに狙いもつけていない投擲が、シロニャに届くはずもない。

 ……鋼が投げたのが、木の枝だけならば。


 木の枝に巻きつけられたペンダントにつけられているのは、『相思相愛の証石』。その石がシロニャの首輪につけたもう一つの証石に引かれ、それが木の枝の進路を調整する。

 もう一つの石の持ち主、シロニャの下へ、木の枝を導く。


 鋼とシロニャとの距離は、鉄骨からシロニャまでの距離の、軽く数倍。だが、放たれた木の枝は、まるでミサイルのように正確に、鉄骨をはるかに凌駕する速度で進み、



「行けぇ! 相棒ぉおおおおおおおおおおお!!」



 鋼の叫びに応えるように、間一髪、鋼の投げた木の枝が、鉄骨がシロニャに届くよりもコンマ一秒ほど早く、シロニャの下に辿り着く!


 ……鉄骨をはるかに凌駕する速度のままで。



「にゃ、にゃぁあああああああああ!!」



 当然、すさまじい勢いで木の枝に衝突されたシロニャはゴムマリよりも簡単にすっ飛んで行って、一瞬遅れてその場に落ちた鉄骨が作り出した土煙に紛れ、見えなくなってしまった。


「うっわ、やっべ……」


 それを見て、鋼は顔を青くする。

 鉄骨から助けることばかりに頭がいって、木の枝自体がぶつかるダメージを考えるのを忘れていた。



 これでシロニャが死んでいたらどうしよう。とうとう神殺しの仲間入りか、なんて風に最悪の事態を鋼は一瞬だけ考えたが、


【うっわ、やっべ、じゃないのじゃよ! めっちゃくちゃ痛かったのじゃよー!】


 直後、シロニャからオラクルで通信が入る。

 鋼はほっと胸を撫で下ろした。


 だが、まだまだ油断はできない。

「シロニャ! いいからとりあえず、その枝につかまってくれ!」

 鋼はすぐに指示を出す。


【こうかの?】

 すぐに聞こえる、シロニャの不思議そうな声。

 それを確認して、

「しっかりつかまってろよ! 来い、相棒!!」

 鋼がそう叫びながら手をかかげると、


【わきゃぁあああああああああああああ!!】


 投げた時を超えるんじゃないかというほどのすごい勢いで、木の枝とシロニャ、それに枝にからまった証石のペンダントが飛んでくる。


「よし! ナイスジャンプ!」

 鋼は右手で木の枝を、左手でシロニャを器用にキャッチ。

 シロニャをそっと地面に下ろした。



「ケガはないか?」

 見たところ派手な外傷はないが、あれほどのことがあったのだ。

 どこかケガをしていてもおかしくはない。

「枝がぶつかったおなかがものすごく痛いのじゃ。

 ……じゃが、まあケガというほどでもないのじゃ」

 だからシロニャが鋼の問いにそう答えるのを聞いて、鋼は心の底から安堵した。


 そうすると、気になって来るのが襲撃者の正体だ。

 鉄骨の動きは不自然すぎて、鋼にはとても自然現象や普通の人間の仕業には思えなかった。

「それで、一体何があったんだ?」

 端的にそう尋ねると、

「おぬしに初めて会った時と同じじゃ。

 あの場所に行った途端、おそらく何者かの攻撃を受けて、体が固まって動けなくなったのじゃ」

 意外な言葉を聞かされて、鋼は目をぱちぱちさせた。


「あ、あれ? 初めて会った時って、交通事故の時だよな?

 あの時お前、何かに攻撃されてたのか?」

「じゃから、助けてもらってすぐに教えたじゃろ!

 横断歩道を渡ってる途中、急に体が動かなくなった、と」

「え? ああ、そういえばそう……だったかな?」

 実はシロニャが車にびっくりして体が固まっていただけだと思っていた、とは今さら言えなかった。


「実はそのあとも、同じようなことがもう一回あったんじゃ。

 最近は何もなかったから、油断しておったんじゃが……」

「それにしても、一体誰が? 心当たりはあるのか?」

 鋼の問いに、シロニャは顔を険しくする。

「いくら仮の姿とはいえ、神であるワシを拘束できる力の持ち主。

 そしてそれだけの力を持っていながらワシを直接殺そうとしないのは、おそらく因果律による揺り返しを軽減するため。

 つまり、相手はおそらくワシと同じ……」

 そこで急に、シロニャは口をつぐんだ。


「シロニャ?」

 鋼が呼びかけても答えない。

 ただ、憎しみの交じったまなざしで、目の前の空間を見つめていた。

「ん? ここに、何か……」

 そう言って、鋼が前に向き直った瞬間だった。


「え…?」



 唐突に、あまりに何の脈絡もなく、そこに闇が生まれた。

 そして闇は形を変え、実体を得て、一つの姿を形作る。



「あーあ、また失敗しちゃった」


 どこか幼くも感じられる声と共に、ある一つの獣が、そこに現界する。

 それは鋼が想像する中で、世界でもっとも美しく、そしてもっとも不吉な姿。


「く、黒いシロニャ!? ……まさか、クロニャか!?」

「クロニャじゃないよ、クロナだよ、っと」


 軽快に返事を返した闇から生まれた獣。それは姿形がシロニャそっくりの、真っ黒な猫だった。






 闇から生まれた黒猫は、茶目っ気たっぷりの仕種で鋼たちに頭を下げた。

「やぁどうも。はじめまして、『鋼お兄ちゃん』。

 僕は不運と不幸を司る神様のクロナ。

 まあ生まれてから二年しか経ってないから、見習いみたいなものだけどね」

 そして、あっけに取られる鋼ににやっと笑いかけて、

「いつも『姉』がお世話になっています、って言った方がいいかな?」

 一瞬だけシロニャの方を見て、そんなことを口にした。


「姉? まさか、シロニャと兄弟なのか?」

 あわてて鋼がシロニャを振り向くと、シロニャは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

「認めるのも虫唾が走るが……クロナは父親違いの、ワシの兄弟神じゃ」

 その表情のまま、シロニャは渋々うなずいた。


「アッハハ! おかげでクロナとか、ほんとテキトーな名前つけられちゃって、まいったよ。

 ま、僕と姉は、正確には兄弟じゃなくて、し……」

「だまるのじゃ! この性悪!」

 陽気に話し出そうとしたクロナをさえぎって、シロニャが鋭い声を上げる。


「ワシを狙ってたのはおぬしじゃな! 一体なぜこんなことをする!」

 その言葉に、黒猫は器用に肩をすくめてみせた。

「父様の命令でね。ほら、父様は『神人類育成計画』反対派だからさ。

 向こうの世界に人を転生させるお姉ちゃんがジャマだったんじゃないかな?」

「『神人類育成計画』……」

 鋼は記憶を探る。たしか、向こうの世界で人を進化させて、神のような力を持った人間を作るという計画だったはずだ。

 そのために向こうの世界に人を送りたくない、というのは乱暴だとは思うが、理解はできる考え方だった。


「ていうかね。お姉ちゃん危機感なさすぎ。

 二回も襲われたんだから、ひ弱な仮の姿になんてなるべきじゃないし、交通事故に植木鉢、こんな不運で命狙われたんだから、すぐに僕が犯人じゃないかって予想くらいしないと」

「ぬ、ぬぐぅ…」

 年下の、しかも自分の命を狙ってきた相手に危機感のなさをダメ出しされ、シロニャはうめき声を出した。


 どうやら旗色が悪そうなシロニャの代わりに、鋼が前に出る。

「お前はまだ、シロニャの命を狙うつもりなのか?」

 もちろん本気でクロナがあきらめるとは思っていない。

 この言葉は、念のための確認のつもりだった。

 しかし、

「んーん。僕はもう手を引くよ」

 返ってきた答えは、意外なもの。


「そもそもね。僕の任務はお姉ちゃんが異世界転生だの異世界転移だのできないように、適度に痛めつけることなワケ。

 だけどお姉ちゃん、僕が何もしなくても神様としての力をほとんど使い果たしちゃってるじゃないか。

 見たところ、異世界転移ができるまであと一月ってところかな?」

「う、うぐぐ……」

 完全に見透かされていた。


「やっぱりね。

 うん。あと一ヶ月あれば、もうだいじょうぶなんだ。

 お姉ちゃんを殺しちゃうのも寝覚め悪いし、僕の仕事はこれで終わりにするよ」

 これで話は終わり、とばかりに去っていこうとするクロナ。

 だが、鋼はクロナの言葉を聞き咎めた。

「ちょっと待った! あと一ヶ月あれば大丈夫って、どういうことだ?

 あと一ヶ月の間に、一体何が……」


 質問をした鋼を、黒猫はじっと見つめてから、ゆっくりと口を開いた。

「……そーだね。

 鋼お兄ちゃんには迷惑かけちゃったし、特別に教えちゃおっか」

 不運と不吉を司るというその黒猫は、特に気負う様子もなく、あっさり言った。



「あのね。どうも今年の12月31日。

 今から二十一日後に、向こうの世界の魔王は復活するみたいなんだ」



「なっ!」

 これには、鋼も驚きでとっさに言葉が出なかった。


 だが、それを聞いたシロニャが代わりに食ってかかる。

「バカな!? 魔王が復活するのは、聖王歴1999年、あと二年後のはずじゃ! それがどうして……」

「状況が変わったらしいよ。僕も詳しくは知らないけど、誰かが魔王に入れ知恵でもしたんじゃないかな?

 やっぱりこれも、僕の父さん辺りの差し金だと思うけどね」

「なん、という……」

 突然の、予想もしない事態の変化に、シロニャも言葉を失った。


 何も言えずに立ち尽くす二人を前に、

「これは僕の忠告だけど、魔王が復活したらはっきり言って人に勝ち目なんてない。

 この世界にいながら向こうの世界の魔王の復活を止められるとは思えないし、向こうの世界のことなんて忘れて、こっちでおもしろおかしく過ごすことをお勧めするよ。

 ……じゃね!」

 最後まで軽薄な態度を貫いて、今度こそクロナは闇と化して空気に溶けて消えた。








 クロナが姿を消して数秒。

「うーん。あんまり聞きたくないこと、聞いちゃったなぁ……」

 固まっていた鋼が、ようやく動き出した。

「う、うむ。そう、じゃな……」

 それに釣られて、シロニャもぎこちなくうなずきを返す。


「ま、それについては後で話すとして、とりあえず僕は授業にもどってくるよ」

「え? 今からもどるのか!?」

「いや、そりゃそうだろ! 荷物完全に置いてきちゃったし、トイレって言って出て来ちゃったんだぞ!?

 トイレ長蔵とか、変なあだ名がついたら嫌じゃないか!!」

「う、うむ? そういう問題じゃろうか……」

 シロニャは首をかしげたが、鋼はさっさと歩きだしてしまった。


 シロニャは引き留める気力もなく、


「はぁ。それにしてもとっさに窓から出てきちゃったけど、どうしようかなぁ……。

 ちょっと漏れそうだったから急いでて、でごまかし切れるかなぁ……」


 鋼がぶつくさ言いながら、校舎の中にもどっていくのをただ見送ったのだった。







 そして、


「危ない、ところじゃった……」


 誰もいなくなった学校の屋上で、シロニャはぽつりとそう漏らす。


 紙一重だった、と思う。

 今回、相手も猫形態だから何とか助かった。

 だがこうやって向こうから関わってきた以上、もはや事態は予断を許さない。


 クロナはもう手は出さないと言っていたが、そんな言葉、到底信用なんてできないし、次に会う時に相手がまた、猫形態だとは限らない。

 シロニャは重い想像を振り払おうと首を振って、けれど果たせずに、大きくため息をついた。



 肉球にぐっと力を込め、決意を新たにする。



「とにかく、あやつの人間形態が黒髪のロリ巨乳美少女じゃということは、ぜったいにコウにバレないようにしなければならんのじゃよ!」



 そう力強い宣言をすると、ようやくシロニャは動き出した。



「まったく、キャラかぶりの上に局所的に上位互換とか、ほんと最悪なんじゃよ!」




 ――不運を司るクロナの姉妹神にして、人の世の因果と転生を司る神、シロニャ。

 こっちはこっちで、かなり呑気な性格だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] クロニャとは全く関係のないヒト? というか神? 実はクロニャはクロナの加護持ちとかもない?
[一言] 黒と白で胸属性も真逆とか片方でとても美味しいし合わせれば4倍美味しいのでは?
[気になる点] クロナとクロニャは別者なのか紛らわしいw
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