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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十二部 賑やか帰還編
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第六十四章 マキの楽しいデスマーチ

 翌日、土曜日。

 マキが家を訪ねてきた。

 すさまじい量の教材と、とんでもない課題を持参して。


「コウ、あんたさぁ。学校行くって聞いたけど、分かってる?

 二ヶ月近くも学校休んで、勉強ついていけると思ってんの?」

「あ……」


 こうして地獄のデスマーチが始まった!!




 なんて言ったところで、いくら休日とはいえマキもずっと鋼の家に入り浸っているワケにもいかず、そもそも一日でできることなど高が知れているワケで。

 その日はとりあえず、当面の学習計画を練ることになった。


 具体的に言えば、積み重ねが必須な数学、英語辺りを重点的に、理科系と古典漢文を要点だけ、歴史系と現代文、それに実技系科目は全捨てで、という感じの方針を決めた。

 まあ方針もこれでいいのかよく分からないが、一日二日で取りもどせるような量でもないので、ぼちぼち頑張っていけばいいだろうと鋼自身は思っている。



 しかし問題は、それだけではなかった。


「それとあんたさぁ。大変なのは勉強だけじゃないって、分かってる?

 あたしも最初見た時びっくりしたけど、あんた、縮んでるじゃない」

「あ……」


 鋼はすっかり忘れていた。

 そういえば、鋼の肉体はただいま絶賛十五歳設定。二歳ほど若返ってしまっているのだ。

 たった二歳、と侮るなかれ。成長期の二年はとてつもなくでかい。

 そういえば服を着た時に感じた違和感の正体はこれだったのか、といまさらながらに合点した。



 さすがに二ヶ月ぶりに会ったクラスメイトが若返っていたりしたら、きっとクラスのみんなもびっくりしてしまうだろう。

「根回し、しとこうか」

 そう言って鋼は、ずっとかけようかどうか迷っていた、ある懐かしい番号に電話をかけた。

 呼び出し音が数回、なかなか出ない。

 鋼がかけなおそうかなと考え始めた頃、


「……もしもし」


 低い男の声が、鋼の耳に届いた。

 電話越しではあるが、懐かしい声に鋼のテンションも上がる。

「もしもし? ひさしぶり! ほら、オレだよオレ!」

「いや、オレって誰じゃよそれ!?」

 とシロニャにツッコまれるほどのハイテンションで鋼が返事をした。


「誰だよ。イタズラか?」

 電話越しの声が、明らかな苛立ちを見せる。

「だからオレ! オレだって!」

「ふざけんなよ! あんたが誰なのかは知らないけどな、その番号の持ち主は自分のことオレなんて……」

 電話の向こうの声が、耐え難いほどに怒りを帯びたところで、鋼も口調を元にもどす。


「だから、僕だよ。……コウ。結城、鋼。

 ひさしぶり、篤志」

「……コ、ウ?」

 その言葉に、電話の相手、蒲田 篤志は、信じられない、とばかりに言葉を失ったのだった。



「いや、お前、本当にコウなのか?

 あ、いや、でも、失踪したって……」

「だからもどってきたんだよ」

「そんな……」

 蒲田はまだ信じられない様子だった。


「なら質問してくれって。

 何でも答えるから、そしたらすぐホンモノだって分かるだろ?」

 鋼の提案に、

「分かった。……じゃあ、そうだな。

 お、俺が初めて買ったCDは?」

「坂田幾恵『毒色ポイズンカラー純情ピュアハート』」

「な…!?」

 まさか当てられるとは思わなかったのか、蒲田は息を飲んだ。

 鋼自身、こんなドマイナー歌手のシングルCDの名前をよく覚えていたなと感心したくらいだ。

 もしかすると、『瞬間記憶復元』のおかげかもしれないが。


「い、いや、これだけじゃ判断できねえ。

 あれは名曲だからな。あてずっぽうで言ってても当たるかもしれない」

「それはない」

 鋼はずっぱり切ったが、蒲田は聞いていない。


「なら、俺たちの作った、学校一問一答第三弾、頭髪編!

 これに答えられなくちゃ、お前をコウとは認めらない!」

「望むところだ!」

 蒲田の熱い提案に、鋼も熱く返す。


「なんなんじゃ、このやりとり……」

 とシロニャまで呆れる中で、鋼たちはエキサイトしていく。


「それじゃ、行くぞ?」「いつでも来い!」




「教頭アタマが?」「バーコード!」


「登山部登るは?」「ロンゲ岳」


「校長部屋では?」「カツラ脱ぐ!」


「マキは怒ると?」「怒髪天!」




 そんな風に、蒲田が問いかけ、鋼が答える。

 それを何度か繰り返して、


「ぷっ!」「へへ!」


 二人はいつの間にか、笑っていた。 


 正解とか、正解じゃないとか、もうどうでもよかった。

 ただ、互いの魂が、お互いを友と認めていた。


 ひとしきり笑い合った後。

「なぁ、コウ」

「ん?」

「おかえり」

「……ああ、ただいま」

 二人は時間が経っても途切れない友情を、たしかめ合ったのだった。



「一応、用事があったんだけど、その前に報告かな。

 どっちも僕がらみだけど、いい報告と悪い報告がある。

 どっちから聞きたい?」

「なんだよ、悪いのまであるのか。

 ……じゃあ先に、いい報告から」


 蒲田の声に、鋼は電話機の向こうにうなずいて、

「分かった。

 また月曜から学校に通うことになったみたいだ。

 またよろしく」

「お、こちらこそよろしく!」

 さらに今度は蒲田には見えないのに電話機に頭を下げた。

 鋼、実は日本人男子疑惑が強まった。


「で、悪い報告っていうのは?」

 蒲田の問いに、

「実は……後ろにマキがいるの忘れてた」

「は?」

 鋼は、震える声で答えた。


「しかも、お前の声がでかいから全部聞かれてた」

「おいおい……」

「今ちょっと僕、声がおかしいだろ?」

「え、ああ。たしかに……」

「なんでだと思う?」

「え、いや……」

「それはな。今、まさにマキが僕に……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……」

「コウ? おい、どうしたんだ?! コウ?!」



















「次、あんたの番だから」







 ――ブツ! ツー、ツー、ツー。



 ホラーのように電話は切れたという。









「それで、本題なんだけど」

「あ、ああ」

 仕切り直し。


 そもそもの電話の目的は、旧交を温めることではなく、根回しである。

 鋼は何事もなかったかのようにその話を切り出した。


「実は僕さ。ちょっと縮んじゃって……」

「はぁ? ええと、なんだって?」

「いや、背が縮んじゃって」

「いやいや、ワケ分からないって!

 何でだよ!? 身長なんてそうそう縮むものでもないだろ!」

 蒲田の激しいツッコミももっともだ。


 鋼はずいぶんと言い訳に困って、結局、

「しゅ、修行しに山に、ええと、日本アルプスに行ってきたんだけど、そこになってた桃を食べたら身長が縮んだ!」

 すんごい嘘をついた。


「ファーンタジック!!」


 許容量を超えた話に蒲田は叫ぶ。

 実のところ、現実はもっとファンタジックというかファンタジーなのだが、さすがに話すのははばかられたのだ。


「それでまあ、僕が縮んでてもあまり驚かず、当たり前のように接してほしいんだ。

 縮んだって言っても、たぶん十センチくらいだし、普通にしてればバレな……」

「バレる! そりゃ一発でバレるよ!

 つうか身体測定とかどうするんだよ!?」

「あー」

 鋼の口から変な音が漏れる。

 考えていなかったが、身体測定どころか健康診断とかされたらやばい結果になる自信があった。


 そこで使うのは、鋼の必殺先送り。

「まあ、それはその時になって考えるとして。

 ……とにかく頼んだ!!」

「あ、おい! まだ話は……!」

 ついでにと蒲田との話し合いすら先送りにすることにして、電話を切った。

 おまけで携帯の電源も切る。


「よし! これで、根回しは完璧だな!」

 輝く笑顔でそう言い切る鋼に、

「蒲田も大変ね、これじゃ」

 マキが後ろで、大きくため息をついたのだった。



 そして電話を終えた鋼に、

「これ、シロニャちゃんから」

 ひょいっとマキが何かを投げてよこした。

「これ……」

 飛んできたのは白い石のついたペンダントで、

「よく分かんないけど、おそろいのアクセだとかなんとか。

 シロニャちゃんは首輪にしたってさー」

「あ、い、つ、はぁああ!」

 その白い石とは、明らかに『相思相愛の証石』だった。

 これをつけている限り、鋼はシロニャから逃れられないことになる。


 肩をいからせて部屋を出ようとする鋼を、

「あー、ちょいと待った!」

 手に見慣れないスイッチを持ったマキが引き留める。

 振り返った鋼に、

「三分だけ、三分だけでいいから、付き合ってよ、ね!」

 と言って、マキは手に持ったスイッチを思い切り押し込んだ。


 その瞬間、

「な!?」

「うわ、やば! ほんとにできちゃったよ」

 急に、鋼の部屋が半透明の幕のようなもので覆われたのが分かった。

 単純に驚いている鋼とは違い、マキはスイッチの効果に純粋に感心しているようだ。


「それ、は?」

 なぜだかものすごい嫌な予感を覚えて鋼が問うと、マキは満面の笑顔で答えた。

「あ、これ? シロニャちゃんからもらったの。

 なんか家の裏庭に埋めてあったのを持ってきてくれたとか」


「家の、裏庭…?」

 鋼の頭のどこかが警戒音を鳴らす。

「そ。このスイッチを押すと、装置から半径十メートル以内の任意の空間に結界を張ることができるんだけど、なーんかその中では時間が200倍に加速されて……」

 そこまで聞いた時点で、鋼は踵を返してドアに向かっていた。

 だが……、

「あ、開かない?! いや、というより……」

「……このスイッチで結界を解除するまで、結界の中から出ることは、絶対にできないんだってさ」

 その決断は、遅すぎた。


 マキの不吉な宣告に、

「なん…だと……」

 おののきながら、おそるおそる振り返る鋼。

 そこにはやはり、満面の笑顔のマキがいて、

「だいじょーぶ。たったの三分。体感でも、たったの十時間だから、ね?


 ――じゃ、勉強、しようか?」


 そして真のデスマーチの幕が開いた。






 結界が解除された時、

「僕は、僕はまだ、生きてるのか…?」

「や、ちょっと勉強しただけでおおげさだから」

 鋼はたった一日で一年間を過ごしたかのように、げっそりとした様子で外に出て来た。


 とはいえ、途中鋼の部屋を訪ねてきたクリスティナまで結界の中に入ってくるというアクシデントもあり、実は三分よりはだいぶ短い時間で、本日の勉強会は終了になってはいた。

 この結界、外に出るのは許さないくせに、結界に触れた者を一瞬で中に引きずりこむ変な構造になっているらしい。そもそも空気とか循環しないと死ぬんじゃないかとか色々思ったが、まあその辺りを魔法のアイテムに求めるのも無粋だろう。


 密閉された狭い空間の中に鋼を閉じ込めておいたおかげか、

「うほっ! いい魔力!」

 とクリスティナがつぶやいて鋼たちをドン引きさせるくらい魔力がたまっていたらしく、クリスティナはこれ幸いと勉強している鋼たちの隣で魔術研究を始めた。


 そういえば時間経過で作用するMP回復なんかはこの空間ではどうなっているのだろうと思ってクリスティナに聞くと、やっぱり200倍速されているから外と同じ感覚で使えるらしい。



 ちなみに実際のクリスティナの言葉を引用するとこんな感じだが、


「特に但し書きがない限り、アビリティやタレントにおける時間とは作用者の主観時間なんです。

 そもそも時間なんて物は相対的なものじゃないですか。

 ほら、わたしも勉強の時は時間が長く感じますけど、スマホで見れるようにしたハガネさんの秘密フォ……もとい、楽しい時間はすぐに過ぎる、とか。

 あの、目が怖いですハガネさん。た、ただの冗談ですよぅ。

 ほ、本当を言うとさっきの例はちょっと違うんですけど、とにかく、ここでは外と同じ感覚でMPは回復していくはずですし、たとえばここで二十秒効果のある強化魔法を唱えたら、ここでの二十秒、外の基準で言えば0.1秒間だけ強化魔法は機能するんじゃないかなって思います。

 ただ例外として、外に魔法の発動者、中にその魔法の作用者がいた場合。魔法の種類によってはもしかすると中では200倍の時間、効果が持続する可能性も……」


 鋼はこの辺りで聞くのをやめた。



 とにかくそんなクリスティナがたびたび勉強を妨害することもあり、何とか解放された鋼は、結界が解除された途端、その場に突っ伏した。

 一方、なんだかホクホク顔で、まだまだ元気そうなマキは、


「明日は五分コースでもいいかなー?」


 なんて、不吉なことをつぶやいたという。



 そんな神様チート的な助けもあり、たったの一日、というか数分間だけで、鋼はそれなりの学力を身に着けることに成功した。

 また副産物として、まだ大した日数を過ごしていないはずなのに部屋には鋼の魔力が満ち、ラトリスがちょっと元気になった。

 さらに、副産物の副産物として、

「なんかマキさんの体、ハガネさんの魔力が染みついてないですか?」

「えぇ?」

 もともと魔力がなかったはずのマキの体に鋼の魔力が入り込み、まるで魔力がある人みたいになってしまったらしい。


 シロニャの説明では、

「あー。たぶんアレじゃな。濃密な単一の魔力の中に魔力のないマキがいたせいで、うつっちゃったんじゃな」

 ということらしい。

「うつったって、そんな風邪じゃないんだから……」

「じゃけどよかったじゃないか。

 よく考えたら魔力のない世界に向こうの人間が来たら魔力不足で危ないのと同じように、魔力のないこっちの世界の人間が魔力がたくさんある場所に来たら、魔力に中てられて死んじゃうって可能性もあったんじゃし、それを考えれば……」

「さらっと言うなよ!」

 マキが無事だったことに胸を撫で下ろしながら、とにかく両親にはあんまり自分の部屋に近付かないようにしてもらおうと思う鋼。


 というか、まだマキだって無事だと決まったワケではない。

「マキ! とりあえず、危険がないと分かるまでこの部屋には……」

 出入り禁止、と言おうと思ったのだが、

「あーだいじょぶだいじょぶ! あたしの家系って昔から霊媒体質でさ。

 こーいう感じのことには強いんだ。

 というか、魔力があるとかすごいじゃん?

 あたしも魔法とか使えちゃったりして」

 明るいマキの声にさえぎられた。


 その軽い口調に、鋼はたしなめようともう一度説得を試みる。

「あのな。本当に危ないかもしれないんだぞ?

 もし体を壊したりしたら、冗談じゃすまな……」

 しかし、


「……あたしも、冗談ではやってない」


 思ったよりもずっと真剣なマキの目と声に、思わず口を閉ざした。


「コウ、さ。あたしにまだ、話してないこと、あるよね?」

「え? あ、ええと……」

 そしてあっという間に攻守交替。

 マキが苛烈に攻める。

「クリスティナちゃんから聞いたんだけど、また、向こうに行くって決めたんだよね?」

「あ、ああ。い、一応昨日、そういうことに……」

 答えながら、鋼の額から汗が流れる。


「コウさぁ。あたしと今日、ずっと一緒にいたよね?」

「そ、そうだった、な?」

「あたし、ずっとコウから言ってくれるの、待ってたんだけど?」

「あ、いや、その……」

 これ、なんだか浮気を責められている夫みたいだ、と鋼は他人事のように思った。


「あんたがそういう奴だって分かってるから、もうなんも言わないけどさ。

 その代わり、あたしもあんたがこっちにいる間は好き勝手にやらせてもらうから」

 鋼がたじたじになっている間に、マキはさっさと結論を出してしまう。


「だ、だけど、こればっかりはやっぱり危ないから……」

 ここはマキのためにも引いてはならない場面だと鋼は最後の反撃に出るが、


「へぇ? この部屋って、魔王と戦いに行くよりも危ないの?」


 その一言で、鋼の反撃の芽は全部つぶされた。

 そして、


「明日やっぱり、五分コースね」


 鋼の精神的死刑までが、その時決定されたのだった。












「ちなみに魔力ってどうやったら散らせるんだ?」

「え? 普通に窓開ければいいんじゃないですか?」

「換気感覚かよ!」

 向こうの世界って、何するのもアバウトだなーと思った鋼だった。

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