第七章 呪いに打ち勝つもの
シスターらしき人の正体は、やはりシスターだったのか。
鋼が連れて来られた場所は、街の外れに静かにたたずむ教会だった。
身振りで鋼にその場で待つように伝えると、勝手知った様子でシスター(?)は教会に入っていき、すぐに誰かを連れて出てきた。
(また、シスター?)
出てきたのは、やはり修道服に身を包んだ女性だった。
ただし、今度の女性はある意味エルフ以上に異世界に来たことを実感させる、目の覚めるような青い髪を持つ美女である。
背は今の鋼より少し低いくらい。年は二十歳くらいだろうか。最初は髪の色にばかり目が行ってしまったが、よく見ると顔立ちも相当に整っている。
何しろその美女っぷりは、やぼったいはずの修道服も彼女が着ているだけで神に祝福された神聖な衣服のように見えてくるほどで、鋼も彼女を目にして数瞬、呼吸を忘れた。
さらによく見ると、服こそは最初のシスターと大差ないが、もしかすると高位の神官なのか、右手には青いクリスタルのついたロッドを手にしている。
そんな様子でしばらく、鋼は彼女に見とれていたのだが、新しくやってきたシスターが鋼を認めたのに気付き、表情を改める。
彼女は優雅な仕種で鋼に歩み寄ってくると、
「ワタシノ コトバ ワカリマスカ?」
この世界の住人で初めて、鋼に理解できる言葉を、はっきりと投げかけてきたのだった。
結局美人のシスターの指示で、鋼は教会に招き入れられた。
中には他の人の姿はなく、内密の話をするのにも都合がよさそうだ。
鋼は色々と聞きたいことがあったが、とりあえず当たり障りのなさそうな所から切り出した。
「今、僕らが話している言葉は、一体どこの国の言葉なんですか?」
「ハルカムカシノ マホウブンメイジダイノ コトバデス。イマハ シンセイマホウヲ ツカウトキダケ ツカイマス」
「…………………」
あまり当たり障りのない感じでもなかったようだ。
そもそも冷静に考えれば自分の使っている言葉がよく分からないというのはかなりおかしいし。
ともあれ、どうやら自分がはるか昔に滅んだ国の言語を使っていると聞いて、鋼は真っ先にシロニャを疑った。
【ん。そういえば、『古代魔法言語習得』のタレントを、2000ポイントくらいで作ったような気はするの】
犯人はあっさり自白した。
しかし、今回に限っては鋼はシロニャに怒ってはいなかった。
もしシロニャがこのタレントを設定していなければ、鋼はまだ言葉の通じる人を求めて街をさまよっていただろう。
むしろ鋼はシロニャに感謝すらしていた。
(それにしても、神聖魔法、って言ってたっけ。やっぱりこの世界には魔法ってあるんだな……)
また、鋼にとってもさっきの質問は別の意味で衝撃だったのだ。
街で見かけた最初のシスターが古代魔法言語で「光よ!」と言っていたのを思い出す。あれも、もしかすると魔法だったのだろうか。
だとすると、彼女が手に持っていた光の球は魔法で作ったものだったのかもしれない。
鋼に残っていた少年らしい心が、魔法という未知の物への興味で満たされていく。
そんな鋼の様子をどう思ったのか。
「ソウダ スコシマッテイテ クダサイ」
突然シスターはそう言って、奥から何かを持って来た。
それはむき出しの、ちいさな革のベルトらしきものだった。
鋼に差し出してくる。思わず受け取る鋼。
「重っ!」
何か魔法でもかかっているのか、ベルトを渡された鋼は見た目の材質に見合わないその重量感に驚いた。
しかし、
「どうですか? このリングには、翻訳の魔法がかかっているはずなのですが、きちんと通じていますか?」
「き、聞こえます。はっきり」
「それはよかったです。私の方もきちんと聞こえていますよ。
翻訳されるのは大陸共通語だけですが、これを着けているだけで話せるようになります」
言葉が通じるようになったところで、改めて自己紹介。
美人のシスターはミスレイと鋼に名乗った。
「ハガネ様、いえ、コウ様とお呼びした方がよいのでしたっけ?
装備が全て金色なんて、素晴らしいセンスですね。むしろギル様とお呼びしても?」
「は、はぁ。遠慮しておきます」
呆気に取られながらも断ることは断る鋼。
ギル様ってなんだろう、と思わなくもなかったが、話すと長くなる上に面倒な上に実りがない予感がしたので、鋼はスルーした。
鋼のスルーアビリティは既にレベル10だ。
「それにしても、本当に金ぴかで……」
なんて言いながら、鋼の服を見ていたミスレイが、不意に表情を変えた。
急に鋼にその整った顔を寄せてくる。
「え、ちょっとミスレイさん?」
「少し、待ってください。これは……金色になっていて分かりませんでしたが、やはり聖王の法衣」
ミスレイは金色に輝く鋼の服に目を見開いた。
その言い方だと金色に輝く鋼鉄の服を着ているみたいだが、もちろんそんなことはない。
「知ってるんですか?」
「ええ。最高レベルの法衣で、これを身に着けているだけであらゆる呪いを防ぐとか防がないとか」
「どっちなんですか?」
「防ぎます」
呪いなんてものに出くわしたことはないが、それは非常に便利そうだ。
「ほかに、効果は?」
「さすがにそこまでは……。でも」
「でも?」
「このゴワゴワしたさわり心地が癖になりそうです」
「もういいです。ありがとうございました」
なんだろう。この世界の住人はオチをつけないと会話が終われない呪いとかかかってるんだろうか。
聖王の法衣でも貸した方がいいんだろうか、と鋼は一瞬本気で迷った。
「まあ、それよりもですね」
迷っている間、ミスレイは聖王の法衣のゴワゴワした感じを楽しみ続けていてやめる気配がないので、鋼は多少むりやりにでも話を打ち切った。
ミスレイは残念そうな顔で鋼から離れる。
「その、本当にこんな便利なもの。頂いていいんですか?」
「ええ。教会はいつでも困っている人の味方ですから」
こんな便利な翻訳魔法がかかったチョーカーを、ミスレイはただで鋼に譲ってくれるという。
鋼には、彼女の笑顔が輝いて見えた。
「それにどうせコレ、魔物用ですし」
「……え?」
ミスレイはやっぱり笑っている。
でも、鋼にはその笑顔は、さっきほど輝いては見えなかった。
しかしすぐに、ミスレイは自らの言葉を訂正した。
「冗談ですよ」
「で、ですよねー」
「本当は犬猫用です」
「…………」
「冗談ですよ?」
ミスレイは笑ってそう言ったが、残念ながら目がマジすぎた。
とりあえず試着。
やっぱりかなりの重量があるようでつけるのは若干苦労したが、きちんと鋼の首に収まった。
「こんな感じ、でいいんでしょうか?」
実際首につけてみて、これチョーカーじゃなくてただの首輪じゃなかろうかと鋼は思ったが、すぐにそんなはずはないと疑念を打ち消した。
ちなみに、鋼がきちんと首にはめた瞬間、その首……チョーカーまでもが金色に輝いたのは言うまでもない。
「すごい! 似合ってますよ! 金色だし!」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
この人金色だったら何でもいいんじゃないかという疑惑は浮かんだが、お世辞でも美人に褒めてもらえるとうれしいものだ。
鋼は自然と笑顔になった。
「いえ、私も良かったです。ポチの首には合わなかったから……」
「え? ポチ?」
鋼の笑顔が曇る。
「いやですね。弟ですよ」
「で、ですよねー」
「もしくは弟みたいなケルベロスです」
「…………」
「冗談ですよ?」
残念ながらやっぱり目がマジだった。
色々と釈然としないものを残しながら、鋼はやはり首……チョーカーは貰い受けることにした。
「その首……ではなかったチョーカーに込められた魔力は強力なので、着けている限り何年でも使えますよ」
「あはは。じゃあ、もうコレ、外せませんね」
「うふふ。それは心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうなんですか?」
「はい! どっちみち呪われてるからもう一生外せませんもの」
「……え?」
やはり笑顔のミスレイ。
虫も殺さないようなその善良そのものの笑顔が、なぜか鋼には恐ろしく見えた。
奇妙な緊張状態を破ったのは、ミスレイの方だった。
すごみのある笑みを崩して、朗らかに笑う。
「いやですね、冗談ですよ。ずっと外せないなんてこと、あるはずないでしょう?」
「で、ですよねー」
「ええ。外したくなったらおっしゃってください。格安で解呪をお引き受けしますから」
「……えっと。それも冗談、ですよね?」
今度はミスレイも笑わず、ただそっと目を伏せた。
鋼は泣きそうになった。
「あ、あの。本当に、外せないんですか?」
あきらめきれずに言った鋼の言葉に、ミスレイはやはり無言。
ただ、何も言わずに鋼の首に手を伸ばした。
「あ、あのっ」
美人の繊手が自分の首の辺りをまさぐる気配に、鋼の声が裏返る。
それでもミスレイは何も言わず、ただ慈しむような目で鋼を見て、黙って鋼の首輪……もといチョーカーの留め金に手をかける。
すると、
「あら?」
チョーカーは、あっさりと外れた。
自分の手の中で茶色に戻ったチョーカーを見て、ミスレイは蕩けるような笑みを見せると、鋼の手にそっと握らせる。
最初に渡された時と同じ、軽そうに見えてずしっと来るその感触に、鋼はやっと息をつくことができた。
「な、何だ。外れるじゃないですか。びっくりさせないでくださいよ」
鋼がようやくひきつった笑みを見せると、ミスレイも満開の笑みを見せて、言った。
「私もびっくりしました。聖王の法衣って、本当に効果があるんですね」
「………………」
もうこの人だけは絶対に信用しないようにしよう。そう固く誓う鋼だった。