第六十章 久しぶり同級生
どうやら、流れを考えるとこういうことらしい。
タナトスコールで死神が憑く→鋼、死ぬ→神の祝福で鋼召喚(『血縄の絆』でラトリスがもれなくついてくる!)→タナトスコールで鋼復活
それを聞いた鋼は、ため息をついた。
「いや、神の祝福なんだからさ、そういう誤作動とか、よくないと思う」
「じゃ、じゃって、死んだんじゃからしょうがないじゃろ!
死ぬ方が悪いんじゃよ! 死ぬ方が!」
「しかも普通の転移みたいに『血縄の絆』でつながってる人まで連れてきちゃうとか……」
「か、神の祝福は昔からある物じゃからして、そういう新しい術式には対応しとらんのじゃ!」
「あと、三歳のくせにエッチなゲームとか……」
「そ、それはワシが悪かったのじゃぁ!!
反省しとるからそれを責めるのはやめてほしいのじゃぁ!!」
やれやれだな、と言いたい気分である。
そして一番やれやれだなと言いたい相手は、
「ラトリス! いい加減ゲーム見るのやめて、移動するぞ?!」
ここに至っていまだ我関せずとゲームのエロパッケージを見ているラトリスで、鋼はついに堪え切れずにラトリスの肩を引っ張って、
「え?」
ラトリスがほとんど何の抵抗もなく、自分の方に倒れてきたことに驚いた。
「ラトリス?」
鋼が呼びかけると、ラトリスはぼんやりとした顔で答えた。
「申し訳ありませんハガネ様。
どうやらここの空気に中てられてしまったようです」
そう口にするラトリスの顔は心なしか青白い。
「くう、き?」
鋼はそこでようやく、自分の状態に気付いた。
「そういえば僕も、何だか体の動きが……」
日本にいた時の感覚でいたから気付かなかったが、たしかに向こうの世界にいた時に比べると体の動きが鈍い気がする。
「そうか。こちらの世界には魔素がないのじゃよ!」
「どういうことだ?」
鋼はその言葉に、ラトリスを抱えたままシロニャを振り返る。
「鬼娘……と言っても分からないじゃろうが、そいつが向こうの世界に行くのに、単純な転移ではなく転生をしなくてはならなかった理由じゃよ!
この世界と向こうの世界では世界の法則が異なるのじゃ!」
「法則…? それって、物理定数とか、星の仕組みとかか?」
「そこらは適当にこちらと合わせておる。もっと根源的な話じゃよ!
よいか、こちらの……ええい、こちらだのあちらだのと呼ぶのはめんどうじゃ!
仮にこちらの世界をα世界、魔法のある向こうの世界をβ世界、そしてどちらにも属さない中立の世界をシュタイン……」
「そういうのは今はいいよ!」
ボケを忘れないのも場合によりけりである。
「ええとじゃな、β世界は見た目こそこちら、α世界に似せておるが、α世界とは世界の構造が根本的に異なる。
一言で言うと、実はβ世界の全ての物質は、魔素と呼ばれる単一の素粒子でできているのじゃ!」
「うぉい! なんだその唐突かつ適当なSF的設定!」
いや、科学的な理論とかないからやっぱりSFではなくファンタジーの領分なのだろうか。
鋼は混乱した。
「魔素はぶっちゃけ神様の力そのものじゃから、どんな物にもなれる。
人体もほとんどα世界の地球人の物を完全に模倣しているので、理論上はこっちでも暮らせるはずなのじゃ」
「だったら何が問題なんだ?」
現実に、鋼は体のだるさを感じているし、ラトリスはそれ以上に参っている。
「ただの人として生きていく分には問題はないはずじゃが、おぬしらの体の魔法的な部分、たとえば超人的な身体能力や、魔法を使う力なんかには、魔素が必要になるのじゃ。
β世界になら空気中にただよう魔素の結晶、霊子を無意識に取り込んで回復したりできるんじゃが、当然こちらにはそんなもの全くないじゃろ?」
「そうなると、魔力不足で苦しくなってくる?」
「たぶん、そういうことなのじゃ!」
なるほど、と鋼はうなずいた。
体はたしかにだるい気がしていたが、よくよくたしかめてみると、現実世界にいた頃と同じくらいにもどっただけのようにも感じる。
これはつまり、魔力的な物を使った人体のチート部分が使えなくなっているからだろう。
鋼としては、当面はこれで全く問題がない。
「それで、ラトリスを治すにはどうすればいいんだ?」
と、シロニャに聞いて、
「とりあえずなのじゃが、ここから離れる方がよいのではないかの?
正直、そろそろ周りの視線が痛いのじゃ」
その返答に、初めて自分たちが注目されていることに気付いた。
「…ぅあ」
鋼の口からうめき声が漏れた。
まあそれはそうだ。
エッチなゲーム売り場で忍者コスプレの女の子を抱いて和装少女と電波話をしている少年が気にならないとしたら、それは逆に欠陥人間だろう。
鋼は遅ればせながら顔を赤くして、
「じゃ、じゃあとりあえず外に出ようか」
と提案したのだが、
「あ、いや、その……」
そこでシロニャが手を後ろに回して不審な動きを見せた。
「わ、ワシはちょっと、ここで済ませねばならない用事があるのじゃ。
じゃ、じゃから二人で先に行っておいて……」
「18歳未満のお子様のご購入は、法律で禁じられております!
いいからすぐに行くぞ!」
シロニャが持っていたソフトを棚にもどし、鋼は問答無用でシロニャを引きずって外に向かう。
「ま、待つのじゃ! あのゲームには、おぬしを攻略するためのヒントが……」
「知るか!! 全年齢版出るの待て!!」
最後の最後まで店内の皆様の視線を浴びながら、鋼たちはにぎやかに店から出て行ったのだった。
「大丈夫か、ラトリス」
「はい。慣れれば……問題ありません」
一時はフラフラだったラトリスも、少し休むとゆっくりとなら歩ける程度までには回復した。
「なぁシロニャ。
さっきシロニャは僕たちがこっちの世界の人間と同じくらいの能力になってるはずだって言ったけど、そうでもないんじゃないか?
こっちにいた時の僕には、女の子二人を引っ張ってくほどの力はなかったと思う」
「むぅ。そうじゃな。
なら、魔力がないせいで能力がセーブされておるだけかもしれん」
本当ならその新しい仮説を検証してみたいところだが、今はとにかく落ち着く場所が欲しかった。
そしてそうなると、鋼には目的地は一つしか思いつかない。
「やっぱり……帰るしかないよな」
鋼の両親が待つはずの自分の家。
もう二度と帰ることはないだろうと思っていた場所だ。
「割り切ってたつもりだけど、いざ帰ってきたとなるとさすがに申し訳ないよなぁ……。
シロニャ、僕が向こうに行った後、僕はどうなったことになったんだ?」
ここに至って、鋼は今まで目を逸らし続けていたことを聞くしかなくなった。
しかし、
「え? ワシは知らんのじゃよ?
たぶん体は見つかっとらんのじゃから、行方不明扱いにでもなっとるんじゃないか?」
シロニャは全く知らないらしい。
「んー。あの鬼ッ娘には時間があったから知り合いに携帯メールくらい出しとったようじゃが、おぬしの場合はしょうがないじゃろ。
何も死のうと思って死んだワケじゃないんじゃし、ほとんど即死だったんじゃし」
「そう思えればいいけどね」
「と、とにかくじゃ! 今はラトリスを休ませるのが先決じゃろ!
家に向かうのじゃったらワシに秘策があるのじゃ!」
「秘策!?」
「うむ! おぬしに神様の本気、見せてやるのじゃよ!」
そう言って元気にほほえむシロニャに、鋼は苦しかった気持ちが少しだけ癒された気がした。
「……これが、神の本気か」
鋼はラトリスを後部座席から降ろしながら、タクシーの運転手にお金を払うシロニャを冷めた目で見た。
「なんじゃよぅ! すごく速かったじゃろ!」
「ああ……。ま、電車賃すら持ってなかったし、助かったんだけどね」
「そうじゃそうじゃ!
ワシじゃって普段は猫化して走って電車賃浮かせたりしとるんじゃぞ!」
「神様も、大変なんだな……」
どうにも口を開く度に神様の権威が落ちている気がするのだが、鋼はそれ以上の追及をやめた。
その理由には、懐かしい我が家の前にもどってきたという緊張ももちろんある。
「ラトリス、もう少しだから」
鋼は弱ったラトリスに肩を貸して、家の前までやってきた。
「インターホンを鳴らさなくていいのかの?」
シロニャの問いに、鋼は首を振った。
「木曜のこの時間なら母さんはきっと買い物に行ってると思う。
まあ、いつもの習慣が変わっていなければ、だけど」
「なら、家には誰もおらんのか?
どうするのじゃ?」
「一応、こういう時の取り決めがあってね。……こっちだ」
鋼は家の横、並んでいる植木鉢の前まで移動した。
そして、何かを噛み締めるように、思い出を少しずつ浮かび上がらせるように、話し出す。
「母さんは、いつも言っていたよ。
鍵の、隠し場所について」
「む? もしかして……」
「ああ。ここ、家の横にある右から二番目の植木鉢……」
「なるほど定番じゃ――」
「……から東に三歩、南に五歩、そこから90度左を向いて十七歩進んで、その場で右か左、自分の好きな方向に540度回転して、その時思い浮かべた1から9までの数字を倍にして八百一を足して四十で割った数を四捨五入して整数にした分だけ前に進み、そこから左に270度ターンした後、三歩進んで二歩下がる動作を五セット繰り返した場所に鍵は隠されている、と」
「いや、分からんのじゃよ!
複雑すぎじゃよ防犯対策ばっちりじゃよ!
セ〇ムも商売あがったりなんじゃよ!」
シロニャは惑乱して何か叫んだ。
「ハ、ガネ様……」
その時、弱々しく鋼にもたれかかっていたラトリスが鋼を呼んだ。
「ラトリス、どうかした?」
鋼が気遣わしげに声をかけると、ラトリスは蚊の鳴くようなか細い声で言った。
「そ、その手順に従うと、最後の三歩進んで二歩下がるの工程の四回目と五回目は確実に家の壁にめりこんでしまいます」
「えぇ!? いや、いいよそんな、無理してツッコミしなくても!
え? ていうか何で今ツッコミ!?
ラトリス別にそんなにツッコミキャラでもなかったよな?!」
瀕死のラトリスの健気な奮闘に、鋼も動揺を隠せない。
「そ、それで、鍵は結局どこにあるのじゃ?」
シロニャが焦れて鋼の体を揺する。
「ああ。だから鍵は最初の植木鉢の下に隠してあるんだよ」
そう言いながら、あっさりと植木鉢の下から鍵を取り出す鋼に、
「じゃったら最初からそう言えばいいではないか!!」
すっかり踊らされたシロニャが叫んだのだった。
「……じゃ、開けるよ」
実に数週間ぶりの我が家だ。
鋼にだって、込み上げる物はある。
それを全て飲み込んで、鋼は鍵をドアに差し込む……直前に、
「あ、帰ってきたんですか? 今開けますね」
聞き覚えのある、それも、懐かしい日本語の声が聞こえ、次いで鍵が内側から外される。
そうして、開いた扉から顔を出したのは、
「お帰りなさ……あ、れ? あなた、は……」
鋼が、全く予想もしていなかった人物。
「な、んで……」
彼女こそが鋼のかつての同級生にして、学校では彼と二番目に仲の良かった女子生徒。
共通の友人を介して友達になったものの、不慮の事故によってさよならも言えずに別れたはずの鋼の友人。
つまり、そこに立っていたのは、まぎれもなく、
「何で僕の家にいるんだよ、クリスティナ」
魔法学院一回生、クリスティナ・ラズベルだった。