第五十九章 辿り着いた先は
「これが、『ドール・ア・ガーの塔』か。
……って、何もないんだけど?」
ミスレイが案内した、『ドール・ア・ガーの塔』の場所には、何もなかった。
それに、周りを見渡してもどこにも百二十階建ての塔なんて見当たらない。
これはどういうことか、と鋼がミスレイを振り向くと、ミスレイはなぜかドヤ顔でこっちを見ていた。
「ふふふ。コウ様、何か困っているようですね」
「主にミスレイさんが困らせてるんですけどね?!」
この人絶対理由知ってるな、と鋼は確信した。
「それではコウ様。ちょっと金ぴかになって頂けますか?」
「え? 藪から棒に?!」
ミスレイの奇行には慣れている鋼だが、この要求は意味が分からなかった。
「実はこの『ドール・ア・ガーの塔』、他の神様から、『でかくてウザイ』『なんか成金趣味、ほぁああああ!!』『男にフられたからってこんな高い塔を建てちゃう女の神ってwww』などと散々言われて以来、条件が整わないと現れない仕組みになっているんです」
「神様社会でもイジメってあるんだ……」
そして光の女神で戦の神が標的にされるっていうのもちょっとびっくりだった。
「いえ、イジメというより単なるじゃれ合いみたいな物ですけど、だからこそルウィーニア様も意地になっちゃって、じゃあ邪魔になんないようにしてあげるわよ、とか何とか、条件がそろわないと塔の入り口は現れず、塔を一階クリアするごとに次の階が現れる仕組みになったんです」
「その条件って?」
「BCRを持った神官と、金ぴかの男がそろっていることです!」
「……そうですか」
「あ、でも、最上階がどこにあるかだけは分かりますよ。
あそこ、上の方に小さな箱があるの、見えますか?」
鋼は目を凝らしてみたが、何も見えなかった。
「んー、見えないですね。ミスレイさんには見えるんですか?」
「いやですね、コウ様。そんな遠くの物、見えるはずないじゃないですか」
「…………」
こいつまた胸もんでやろうか、と鋼はちらっと思ったという。
いけない、発想が性犯罪者だ、と反省した鋼は、ミスレイに真意を尋ねようとしたが、
「あー、ボク見えるよ。赤と金色の装飾が入った小さな宝箱があるね」
その前にララナがそんな声を上げる。
「お前、そんなの見えるのか?」
「あっはは! ボクの視力は53万だよ?」
酔っぱらいの戯言じゃなかったのか、いや、いくらなんでも……と鋼は葛藤したが、本題はもちろんそこではない。
「確かに、本当に宝箱がありますね。
しかも、長い年月野ざらしになっていたはずなのに、装飾が錆び付いていません。
おそらく、何らかの魔法の箱でしょう」
「ラトリスも目、いいんだ」
「忍者ですから」
忍者って便利。
とりあえず視力云々はともかく、ララナとラトリスには本当に何か見えるらしい。
「それが、『ドール・ア・ガーの塔』の最上階の宝物です。
わたしも中身は知りませんが、この世に二つしかない物、だそうですよ?」
ミスレイはそんな風に自慢げに話しているが、鋼は思いついてしまっていた。
「あのさ。お宝見えてるなら、空飛んで取ってくればいいんじゃないのか?」
これは我ながら名案、と鋼は思ったのだが、
「無理です」
ミスレイにあっさりと否定された。
「気付いてませんでしたか? ここは魔法無効化空間。
しかも、魔法以外でも飛行系スキルは全て禁じられています」
「なら、ボクがハイジャンプするとか……」
そこでララナが手を上げてそんなことを言う。
お前何百メートル跳ぶ気だよ、と鋼は思ったが、意外とやれちゃいそうなところが怖い。
「残念ですけど、それも無理です。
金ぴかの人でないと、宝箱を開けられません」
「やけに金ぴかにこだわるんだな」
鋼がそう言うと、ミスレイはまたも解説をしてくれた。
「これ、一般にはあまり知られていない話ですから内緒にしといてくださいね」
と前置きして、
「そもそも金ぴか装備をしたベルアード様を見て、ルウィーニア様が『ギル様みたい、素敵!』って一目ぼれしちゃったのが二人の関係の始まりだったそうなんです。
それ以来、『オレ様口調でしゃべって! 宝具出して!』とか色々と付きまとうことになったらしくて……」
「ギル様違いだろ! それ!
あ、いや、ネタ元同じだから同じでいいのか?」
とんでもない暴露話を聞いて鋼は頭を抱えた。
なんにせよ、女神のイメージ大崩壊である。
あと時系列が明らかにおかしい。
数百年前のエピソードに21世紀のゲーム知識が出て来るとかマジありえない。
なんて思うものの、この世界は地球のRPG知識を元に作られたはずなのに、少なくとも数千年以上の歴史を持っている。それを考えると今さらな話だった。
アレだ。『リアル世界五分前仮説』とか、そんなので説明できるかもしれない。
神様の力は何でもありである。鋼は考えることを放棄した。
「それで、もともとは自分とベルアード様との絆強化のためにこの塔を建て始めたんですけど、その頃にはベルアード様は魔神ユノス様とすっかりくっついちゃってて、完全に無駄になっちゃいました、という寸法ですね」
「だったら万人向けに塔のルール変えといてくれよ!」
それか誰かグラサン大尉でも呼んできてくれと言いたい。
「とにかく、お宝が欲しいなら地道に登って取ってくるしかないんです。
だからコウ様。金ぴかになって前衛に入ってください。
わたしはそのコウ様の服の裾を握りながら、一緒に進みます!」
さりげに変な要求を混ぜながらミスレイがそう締めくくった。
なるほど、そういうことなら……。
「それじゃ、地道に歩いて登ることにしようか」
ということになったのだった。
「しっかしこれ、きついなー」
何もない場所で階段を登りながら、鋼は息をつく。
ミスレイたちと別れて数分、鋼は一人で延々と空の階段を登り続けている。
この世界に来る前の鋼なら、とっくの昔にダウンしているくらいの距離だ。
「うわ、高っ!」
鋼が下を見ると、すでに百メートル以上登っただろうか。
仲間たちの姿が小さく見えた。
『天空への階梯』
鋼の持つ欠陥タレントの一つ。
何もない場所を、まるで階段のように登って行けるというタレントだ。
欠点は下りる時には使えないということだが、ちょっと落ちる→空の階段→ちょっと落ちる→空の階段、みたいにすれば何とか生還できる、といいなと鋼は思っている。
ちなみにこのタレントの効果を聞いたミスレイは、
「さすがコウ様。ずるっこさにかけては三国一ですね!」
と絶賛してくれた。
かなりのトゲを感じたが、正直百二十階もある塔なんて攻略本なしには登っていられないというのが鋼の本音だ。
「これで、いいのか?」
それからさらに数分後、鋼はようやく宝箱の前に辿り着いた。
『ドール・ア・ガーの塔』は百二十階建て。一階三メートルとしても三百六十メートル。三百三十メートルの東京タワーよりも高い。
そこに何の支えもなく立っているのだから、相当な恐怖である。
『黄金聖闘士化』を使って金色になりながら、宝箱のふたを開く。
「お……」
すると宝箱は、あっさりと開き、
「何だろ、宝石?」
鋼はちょっと大きめの飴玉くらいの大きさの、二つの小さな石を手に入れた。
あっさり手に入れられてしまったことに拍子抜けしながら、
「おーい、終わったぞー!」
鋼は下にいる仲間に合図を送った。
一方下にいるララナたちである。
「あ、手を振ってる」
「終わったと仰っていますね」
鋼の合図を受けて、仲間たちも動き出す。
もし鋼が首尾よくお宝を手に入れたら、鋼がもどるのを補助する、と約束をしていたのだった。
「しかし、どうするのだ?
補助も何も、ここでは魔法は使えないのだろう?」
アスティがもっともな疑問を口にする。
そこで前に出たのはラトリスだった。
「私のタナトスコールなら、この空間でも使えます。
ただし私ではハガネ様の所まで届かないので、ララナ様、お願い出来ますか?」
「ん? その短剣をコウくんのところまで投げればいいの?
分かった、やってみる」
ララナはラトリスからタナトスコールを付与された短剣を受け取る。
「んー。投擲のアビリティは持ってるけど、ちょいと飛距離は不安かな。
命中補正スキル三つと威力アップ系のスキル五つ使って……これなら行けるかな?」
そしてララナは短剣を大きく振りかぶり、
「行け、短剣! 忌まわしき記憶と共に!」
投げた。
「お前は一体短剣に何のトラウマがあるのだ?」
というアスティの呆れ声も何のその、短剣は鋼の下へと一直線に飛んでいき、狙い違わず、
――グサ!
鋼の胸の中心に突き刺さった。
「あ、れー?」
ちょっと失敗しちゃったかな、とかわいげに小首をかしげるララナ。
見る間に鋼の体がかしぎ、バランスを崩した鋼の体が上空三百メートルから落下してくる。
「おいララナ! 何をした!?
落ちているではないか!」
アスティの焦った声。
「ちょ、ちょっと力加減が、ね?」
これはさすがに想定外なのか、顔を青ざめさせるララナ。
「幸いうつ伏せに落ちているので、今の所死神は無事のようですね」
あくまで冷静なラトリス。
「まさか……堕天!?」
適当なことを言うミスレイ。
しかし、結局誰にも為す術がなく、
――ドグシャ!
ちょっと生身の人がたててはいけない音をたてて、鋼が地上にもどってきた。
落下地点をみんながのぞきこむと、そこには奇蹟的に背中の死神は無事だけれども本体はちょっと見せられないよ状態になった鋼の姿が……。
「あ、あのさ。タナトスコールでの復活って体がグチャグチャとかバラバラになってても大丈夫なの?」
ララナがおそるおそる聞くと、ラトリスが答える。
「基本的に復活と同じ原理だと考えれば、体の構成要素さえ近くに集まっていれば問題ないはずです。
今回の場合は死神が無事ですから、す――」
しかしその言葉は、急に途切れてしまった。
「ら、ラトリス?!」
ララナがあわてて振り返ると、そこに女忍者の姿はない。
「ど、どうして?」
突然の異常事態に、ララナが呆然としていると、
「ララナ!」
アスティの鋭い呼びかけが耳を打ち、ララナはあわてて正面に視線をもどす。
さっきまで無残な姿になった鋼が倒れ伏していたはずの場所。
だがそこに、彼の姿はない。
「消え、た…?」
何が起こったのか見当もつかず、三人はそのまま、じっと立ち尽くしていた。
鋼は、冷たい床の上で目を覚ました。
「あれ? ええと、そうだ。
急に地上からナイフが飛んできて、それで……え?」
身を起こして、そして鋼は気付いた。
――周りの風景が、変わっていた。
さっきまで鋼は、森と草原、どこを見ても植物が存在する緑の世界にいたはずだった。
それが今は、女体女体女体、まるで酒池肉林の肉林部分だけを抜き出したような桃色世界に、鋼はいた。
そして、頭上から降ってくる、聞き覚えのある声。
「こ、コウ!? こ、これはちがうのじゃぞ?!
ネットの知恵袋で、猫神と人が結ばれるゲームはと聞いたら、こーゆー類のをお勧めされただけで……。
って、待つのじゃ! 本当にコウ、なのか?」
そこにはさっき会ったばかりの、十二、三歳くらいの着物姿の少女がいて……。
瞬間、鋼の頭をよぎったのは、
(三歳児がエロゲーかよ!)
という当然のツッコミだがそれは重要なことではなく、
(シロニャはゲーム屋でも着物かよ!)
とも思ったがやっぱりそれもこの場面で言うべき大切なことではなく、
(女神じゃなくてゲーム屋が伏線だったのかよ!)
と驚きを表明したくもあったがどうにもこうにもそれも大事なことではなく、
「もしかしてここ、日本、なのか?」
最後にようやく、鋼の口から正しい言葉が紡がれた。
だが、しかし、それだけではない。
もう一つ。鋼が声を大にして叫びたくなるような、大きなダウト。
それは鋼の背後。この状況で、平然とエッチなゲームを手に取って眺めている一人のお客。
彼女は緊縛された美少女の描かれたパッケージを棚にもどすと、言った。
「全くここは破廉恥極まりない場所ですね。
しかし……中々に私好みです」
その声を聞いても鋼は振り返れないまま、ただ魂だけで絶叫した。
(お、おかしいな!!
なんか僕の後ろに、本物と間違うくらい完成度の高い忍者のコスプレをしたメガネ美少女がいる予感がする!!)
18歳未満お断り、桃色ゲーム売り場に前代未聞の帰還を果たした結城鋼。
ここから彼の新たなる冒険が始まるッ!!