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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十一部 普通の冒険編
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第五十八章 枝猫、相搏つ!!

 ある朝、結城鋼が目を覚ますと枝になっていた。

「それはともかく、とりあえず顔を洗うか……」

 鋼あらため枝は起きて顔を洗おうとするが、

「洗え…ない…!!」

 顔を洗うどころか、そもそも起き上がることが困難だった。


「しかも、顔がどこか分からない…!!」

 洗顔の困難さが一層高まった。

「……まあ、ついでにシャワー浴びると思って全身洗えばいいか」

 寝起きの鋼はアバウトだった。


 鋼はコロコロと転がり、とりあえずベッドから降りようとするものの、その前に、コツン。何かにぶつかった。

「あれ? 僕、何かベッドの上に置いてたっけ?」

 そう思って、鋼が自分の顔?をそちらに向けてみると、



 ――そこには、女神がいた。



 そこにいたのは、まさに美の化身。

 痩せ型の体型ながら、理想的な凹凸、つまり出るべきところは出て、くびれるべきところはくびれ、特に体の先の方、小股のキュッとしたたたずまいが艶美とも言えるセクシーなラインを作っている。

 しかしそこから足先にかけてはまるで若木のように青々しく、彼女がいまだ発展途上であり、これからさらに躍動するための伸び代を残していることを感じさせる。


 美しいのはスタイルだけではない。その肌の質感も完璧で、他のもののように乾ききってカサカサになっているワケでも、あるいは雨で火もつかないほどにびしょびしょになっているワケでもない。

 何もしなくても完璧に手入れされたような、そのしっとりと手になじむ理想的な肌は、おそらくさわるだけでその者を楽しませることだろう。


 その姿は、まさに『傾城』。いや、『傾国』。

 いやいや、その美は城でも国でもまだ収まらない。

 彼女なら、世界すら傾けることができるだろうと、鋼は思う。


 なればこそ。

 その姿は、さながら『傾世』、すなわち『ワールドエンド』。


 それだけの圧倒的な美を、鋼は彼女に感じたのだった。




 自然と、鋼は感嘆と酸素交じりの吐息を漏らす。


「綺麗、だ……」


 女神を目にして、ほんの数秒。

 しかしそのほんの数秒で鋼はその美貌に魅了され、そして強烈に思った。


 ――「彼女を握ってみたい」と。


 その邪念を見透かしたように、鋼の目の前で彼女が動く。

 鋼とは比べ物にならないような、滑らかな動き。

「あっ…」

 鋼の体は彼女に一瞬で絡み取られる。

 木肌と木肌、節と節が絡み合い、まるで口づけを交わすように、体の中心が一瞬だけ交わって、


「え?」


 鋼は彼女が何かを言ったような気がして……。





 ――鋼は、ハッと目を覚ました。


「ええと…?」


 何が起こったかと自分の体を見ると、そこには当然人間の体。

 ただし鋼がよく見ると、木の枝が自分の体の上によりかかるように乗り上げていた。

「夢の原因は、これか……」

 鋼は苦笑した。

 同時に、普段とは違うことが起こったためにあんな夢を見てしまったのだろう、と納得する。


 ちなみに、鋼は寝る時に木の枝を手元に置かない、というワケではない。

 むしろ自衛のための武器として必要だし、枝自身もなんとなく鋼に身に付けられているのを好んでいるような気がするので、よくベッドの上に載せておいたりするのだが、朝が来るといつの間にか寝ぼけたシロニャによって下に落とされているのだ。

 その後、枝がいたはずの鋼の横のスペースで鋼にぴったりくっついて眠っていることもふくめ、神様でもやっぱり猫なんだなぁと鋼は見る度にほほえましい気持ちになる。


 しかし、そのシロニャも今はいない。

 何でも、

「ちょっと大技を使いたいから、五ターンほど力をためてからまた来るのじゃ!」

 ということらしく、昨夜くらいからオラクルにも応じなくなった。

 五ターンって意外と長いんだな、と思いつつ、口うるさい白猫のいない時間を、鋼はそれなりに楽しんでいた。


「コーウ、くーん! あっそっぼー!」

 さらに、扉の外からララナの能天気な声が聞こえてきた。

「ああ、そういえば今日は、冒険に出るんだったな」

 昨日、みんなが再集結した記念に適当な依頼をこなしてみようという話になったのだ。

 依頼主はミスレイで、ランクフリーのクエストだと言うから、どうせろくなものにはならないと思うが、フルメンバーで依頼をこなすなんて初めてなので、鋼は結構わくわくしていた。


「今日も頼むぞ、相棒!」


 そう言って、鋼は自分の相棒である木の枝、つまり、『伝説の』『名状しがたき』『殺戮好きの』『もの凄く嫉妬深い』『鋼愛主義の』『名を呼ぶことも畏れ多い』『最近相棒の呼び名が定着して嬉しい』『綺麗って言われて狂喜乱舞している』『ハガネ様専用の』『どんどん成長しすぎて背まで伸びてきた』『世界創造の』『最近猫が天敵な』『もちろん魔道具としても使える』『正直やりすぎたと今は反省している』『変化の』ただの木の枝『ワールドエンド・ブランチ』+33699を手に、外に飛び出していくのだった。





「ええと、今日の目的地、もう一度言ってもらえますか?」

「はい。わたしたちの神様、『光の女神ルウィーニア』様が建てたと言われる、『ドール・ア・ガーの塔』が今回の目的地です。

 あら? どうかされましたか?」

「あの、なんかちょっと既視感が……」

 鋼はそう言って、ちょっと頭を抱えてへたりこんだ。


 鋼が宿屋から出るとすでに鋼以外の仲間全員がそろっていて、すぐに門を出てから出発、ということになったのだが、ミスレイから目的地を聞いた途端、鋼は頭の痛い思いを味わった。

 ついでに言っておくと、昨日あんなことがあった割にミスレイの態度は、普段通りだった。

 というか冷静に考えてみると、鋼に毎回「あててんのよ」的な迫り方をしておきながら、今さらあのくらいでうろたえるはずがない。

 おそらくノリというか、一応怒っておくかというポーズだったのだろう。


「あの……」

 それより今は質問を、と鋼が教室でやるように軽く手を上げると、


「きゃっ!」


 ミスレイがかわいらしい声で悲鳴を上げて、鋼から飛びのいて距離を取った。


「え? あれ? まさか……」

 鋼が目を丸くしてミスレイを見ると、ミスレイは胸をかばうように両手で自分の体を抱き、こわごわと鋼を見つめている。

 どうやら気にしていないかのように見えたのは表面だけで、あの事件は実は結構根深くあとを引いているらしかった。


「え、えーと……」

 しかし、ここで謝るのもさすがにおかしいし、と鋼が困ったところ、そこはミスレイが察してくれた。

「あ、コウ様、何か質問ですか? ど、どうぞ」

「は、はい。すみません」

 何だか会話が上滑りしているが、これはもうしょうがない。


「あの、ルウィーニア様が作ったって言いましたけど、その時に何を参考にしたとか……」

 鋼が尋ねると、さすがは神官、ミスレイがすらすらと答えてくれた。

「それはよく分かっていません。

 けれどこの世界の神の多くは元々は外来の神。

 というより、かつてはどこか別の世界に存在していた神様がこの世界を創り、その後こちらに根付いた、というのが神学者たちの意見です。

 もしかすると、神々が元々住んでいた世界にあった何かを参考にしたのかもしれませんね」

 間違いなくそれだった。


 しかしそうすると一つ疑問が……。

「でも、魔法学院の神話の授業では神様の誕生譚とか聞きましたけど?」

 鋼がそれをぶつけると、ミスレイはあっさりと答えた。

「ああ。それは神本人が神学者や歴史家に教えたり、自伝を書いたりして伝わった物です。

 だからやけに美談だったり神がかっこよく書かれすぎてたりするんです。ほんとあの人らにも困ったものですよ」

「そ、そうなんですか……」

 かなりのレベルの暴露話に、鋼としては固まる他なかった。


 神を信じている人にとっては相当ギリギリな話題が続いたような気がするが、だが逆に、それでミスレイの雰囲気はほぐれた。

「それで、件の『ドール・ア・ガーの塔』とはどんな場所なのだ?」

 それを感じたアスティが、ミスレイに質問する。


「まるで遊園地のような場所ですよ。

 中にはたくさんのスタッフ(モンスター)がいて、盛大にお出迎えしてくれます。

 しかも各階趣向を凝らしたアトラクション(罠)があって、お客様を飽きさせないんです。

 さらにさらに、謎解き要素があって、それを解くとなんと金や銀の宝箱からアイテムがもらえたり、下の階でちゃんとアイテムを手に入れとかないと上の階で詰まったりと攻略要素たっぷりです。

 とにかく、楽しいところですね」

「そうか。謎解きは、苦手なのだがな……」

 ツッコミどころ満載の会話をする二人。


 そこで元気よくララナが手を上げる。

「はい、先生しっつもーん! その塔ってやっぱり六十階まであるんですか?」

「昔は六十階建てだったんですが、女神様が増築されて今は百二十階建て。その最上階にはなんと、かの英雄ベルアード様に女神様が贈ろうとして断られた伝説級のアイテムが眠っているとか!」

 それを聞いて鋼は、今何か嫌なフラグが立ったな、とか思ったのだが、ララナは微塵もくじけない。


「じゃあもう一個しつもーん。入るのに何か資格とかは必要ないんですか?」

「それはこちらで考えているので大丈夫です。

 とりあえずこの、BCR、正式名称ブルークリス……」

「ストップ!」

 鋼は大慌てで手に持った何かを説明しようとするミスレイを制した。

 塔だけでももうギリギリアウトぐらいのネーミングなのに、ミスレイの手に握られている細長い何かは見るからにそのまんまだった。

 そういえばさりげなく初登場時にも持っていた気がしたが、そういう伏線の回収はいらんのである。




「それでは他に質問がある方はいらっしゃいませんね。

 それなら一つだけこちらから確認して、それで終わりにすることとしましょう。

 ……コウ様」

「え、僕?」

 予想外なところで話を振られて、鋼はうろたえた。


 いや、しかし昨日の件とは関係ないのだから毅然としていればいいはず、とミスレイに向き直って、


「あ、あの、男の方というのはその、あのように荒々しい行為を好むんですか?」

「一体何を確認しようとしてんの!?」


 ほおを真っ赤にしながら聞いてくるミスレイに、全力でそうツッコんだ。

 というか赤くなるくらいなら聞かなきゃいいのに、と鋼は切に思った。


「いえ、やっぱり神のシモベとして、そして何よりもゴワゴワのシモベとして、コウ様の胸への偏愛も受け入れるつもりはあるんですよ?

 で、でも、毎回ああも激しいとやっぱり……」

「あれ、事故ですからね!? 単なるラッキースケベですから!」

 鋼は必死で火消しに回るが、


「あ、やっぱり胸にさわれてラッキーって思ってたんだ」

「余計なこと言うなよぉおおおおおおおおおお!!」


 ララナに言葉尻を捉えられ、混ぜっ返される。


 そして、ミスレイからのさらなる追撃。


「あ、それと、あのあとわたしの二つ名が『メロンちゃん』になっていたんですけど、これって……」

「行こう! すぐ行こう! 即座に行こう! いざ! 『ドール・ア・ガーの塔』へ!!」


 すぐ行くことになったらしい。







 こうして、鋼たちはふたたびトーキョの街から出発、一路『ドール・ア・ガーの塔』へと向かった。

 ちなみになぜ出発地点がトーキョの街かというと、ラーナ魔法学院とトーキョの街はひどく近かったのだ。

 例えるなら、修学旅行中に生徒がバスで移動できるくらいの距離しかなかったのである。

 名前の音から来るイメージって、真実をくもらせるなと鋼は思ったくらいだ。



 最初の話し合いからは想像もできないほど、旅は順調に進んだ。


 疲れたから、と鋼が近くで見つけた『回復の泉』に入っていったり、

「ふぅー。極楽、極楽。疲れた体に染みわたるぅ!」

「コウくん。さすがのボクでも、毒の沼に入ってその台詞はひくよ?」

「これはいいドーピングフィッシュスープの材料になりそうですね」


 途中遭遇したモンスターにアスティが千切りとかいう新技をしかけたり、

「ふっ。言ったろう? 私の千の斬撃が、今からお前を千枚に下ろしてやると」

「斬撃千回なら、最低でもモンスターは千一枚になってると思うけど」

「なにっ!?」


 対抗心を燃やしたララナがモンスターに技をかけて一瞬で灰に変えたり、

「食らえ! 我が必殺の、殺・劇……ああっ! 弱すぎてコンボが続かない!」

「私が言えた義理でもないが、お前はモンスターに謝った方がいい」

「というか、コンボ続かなくてよかった。版権的に」


 ならわたしも本気を見せます、とミスレイがやけに張り切ってみたり、

「見て下さい! いつもよりたくさん光っております!」

「な、なんと神々しい光! これがワンオフタレント『神がかり』か!?」

「いやこれ、昨日コウくんしばくのに使ってた奴だよね…?」


 触発されて、普段冷静なはずのラトリスまでがあらぬ方向に張り切りだしたり、

「ちょ、何でおもむろに服を脱ぎ出すんだよ! ストップストップ!」

「ご存知ないのですか? 忍者の本気=全裸です。それにハガネ様の呆れの視線が、何だか私の力になるような……」

「アーマークラスと一緒にSAN値まで下がってるよ!!」


 とにかくにぎやかに行軍をしていった。





 そして、何度目かの休憩の時だった。


【コウ! おぬしの近くに、聖なる泉があるはずじゃ。

 ちょっとそこまで、一人で来てほしいのじゃ!】


 突然、今まで音信不通だったシロニャからのオラクルが入る。

「いきなりどうしたんだよ、今は旅の途中で……」

【あまり説明しとる時間がないのじゃ!

 できれば枝の奴も誰かに預けて、一人で泉の方まで来るのじゃ!】

「仕方ないな……」

 何か切迫しているのはたしかなようだ。


 鋼はシロニャの言う通りに枝を預け、一人で泉があるという方向に向かった。

 怪しまれるかとも思ったのだが、

「皆様。男が一人で森の中で用事を済ませると言うのです。

 察して上げて下さい」

 ラトリスの一言で追及は収まった。


 ちなみに、


「ふむ。秘密の鍛錬か?」

 まったく分かっていないのが一人。


「あー、そうだよね。ごゆっくり」

 苦もなく察したのが一人。


「ま、まさかわたしの胸が魅力的すぎたばかりに?」

 脳内ピンク色なのが一人。



 まあ実はどれも違うのだが、鋼としては好都合だった。

 シロニャの指示に従って、聖なる泉に着くと、そこには、


「そ、その、この姿ではひさしぶりなのじゃ。

 あ、会いたかったぞ、コウ」


 完全な形で顕現した、シロニャの姿があった。



 ひさしぶりに見た十二、三歳の少女の姿のシロニャに鋼は近付きながら聞く。

「どうしたんだ、その格好?

 というか、こっちの世界に出て来れるのか、お前」

 鋼の質問に、シロニャはちょっともじもじしながら答えた。

「う、うむ。本当はなかなかこっちに来るのは難しいのじゃ。

 だから力をためて、短い間だけ、しかもこの聖なる泉で顕現したのじゃ」

「なんでまた?」

 どうやら少女の姿でこちらに来るのは負担のようだ。

 よっぽどの理由があると鋼にも察せられた。


「た、単刀直入に言うのじゃ!

 こ、コウよ! ワシの使徒となってくれ!!」

「……は?」


 シロニャの突然の言葉に、鋼は口を半開きにした。


「し、使徒と言っても、そう大したものじゃないのじゃ!

 特別な仕事とかは頼むつもりはないし、とりあえずワシの祝福を受けてみんか、という話なのじゃ!」

「祝福?」

 シロニャは何かに怯えるみたいに早口で説明した。


「初めに会った時、言ったじゃろ? 神様は、気に入った者の魂を自分の元に連れてくる、とか、そんな話じゃ。

 祝福とはそれと似たものなのじゃ。神からの祝福を受け使徒となった者は、死後祝福を受けた神の下にやってくる。そこでその神に仕えたり、転生してべつの世界に送り込まれたりするのじゃ」

「……デメリットは?」

 それは、人にとっていいこと尽くめにしか聞こえない。

 だから鋼はあえて、それを聞いた。


「一度くらいならば大丈夫なのじゃが、何度も転生を繰り返したりすれば、その性質は人から外れ、神に近くなる。

 因果律の影響を受けるようになるし、普通の死に方ができなくなる場合もある。

 異世界勇者などが、この典型じゃな」

「クロニャ……」

 鋼の頭に、一人の少女の姿が浮かぶ。

 彼女は喜怒哀楽をほとんど示さず、名前すらなくしたと言っていた。

 使徒となった場合、それが鋼の未来になるかもしれないのだ。


「し、心配せんでも、神の祝福は一度きり。もし二度目の転生をした場合、そのあとまたワシの使徒となるかはおぬしの自由意思に任せるのじゃ!」

「それは、ありがたいけど……」

 そんなに鋼に都合のよい条件でいいのか、とは思ってしまう。


「こ、これがワシのワガママじゃと分かってはいるのじゃ。

 じゃが、おぬしはこれまでも、ギリギリの戦いをしてきた。

 どんな苦境も笑いながら乗り越えて来たのは知っておるが、命を落としてもおかしくないような場面はいくつもあった。

 ワシは、おぬしがいなくなってしまうのがこわいのじゃ。

 だから……」

 シロニャがすがるように鋼を見る。


 元より条件に文句はないのだ。

 ここで動かない理由は、鋼にはなかった。

「分かった。頼むよ」

「コウ!!」

 シロニャの顔が、ぱっと明るくなった。


「ちなみにじゃが、使徒化→死亡→転生というこの一連のプロセスを、ワシらは使徒新生と呼んでおる」

「嘘つけ!!」

 どんな時でもツッコミを忘れない鋼も偉いが、どんな時にもオチを忘れないシロニャも結構偉いかもしれなかった。





 シロニャに言われて泉の正面までやってくる。鋼は、泉の中のシロニャと向き合うような配置になった。


 それなりの至近距離で鋼と見つめ合ったシロニャは、顔を真っ赤にして、


「そ、その、祝福を行うには呪文詠唱が必要なのじゃ。

 一度しか言わないから、よく聞くのじゃぞ!」


 そして、たぶん鋼が見た中では一番真剣な顔で、呪文を唱え始めた。




「イサ・ダーク・テーイーニーヨ・シツイトツ・ズモラ・カレコ・ス・デキース・イダガ・トコノタ・ナアド・ケイナーエイ・テツヤチーレ・テモ・ツイ!!」




 鋼が現代で見ていたアニメにも、ノモブヨ……なんちゃらとか長い呪文を唱えている物があったが、ああいうのはどうやって思いつくのだろうか。

 それっぽい言葉をつなぎあわせているのか、実は暗号にでもなっているのか、それとも何か出典があるのか、なんてことを徒然なるままに考えていると、どうやら詠唱は終わったようだ。


「さ、最後にちょっとした儀式をせねばならん!

 だから、そこにひざまずいて少しの間目をつぶるのじゃ!」

「はいはい」


 鋼はもちろん最後まで付き合うつもりでいた。

 何が起こるかは分からなかったが、素直に泉の前でひざまずいて目をつぶる。


 すると、泉の水がかき分けられる気配。

 続いて、鋼のほおに、シロニャの小さくて冷たい手が当てられて、



「コウよ。おぬしは死んでも、必ずワシのところにもどってくるのじゃぞ!」

「…んっ?!」



 言葉と共に、唇にやわらかい何かが触れた。




 鋼があわてて目を開けた時、シロニャはすでに大慌てで鋼から離れて、


 ――ばしゃーん!


 盛大にどこかのポケ〇ンみたいな音を立てて、泉の中に転んだところだった。




 鋼の手によって何とか泉から生還したあと、半泣きになって服から水を絞りながら、シロニャは言った。

「ちょ、ちょっとこっちの世界に干渉しすぎたせいで、しばらくこちらにはもどって来られそうにないのじゃ。

 たぶん、オラクルも使えないじゃろうと思う。

 じゃからコウ、その前に一つだけ言っておかなくてはならないことがある」

「……何だ?」



「浮気は、ぜーったいダメなんじゃぞ!!」

「は?」



 予想の斜め下の台詞に呆然とする鋼に、シロニャはまくしたてる。

「神の祝福は多重にかけられるのじゃが、死んだ時に引き寄せられるのは、最後に祝福をかけた神様の物が優先されるのじゃ!

 じゃから、この後でワシ以外の神から祝福を受けたりすれば……」

 その台詞ってむしろ、僕がこれから他の神様に寝取られるフラグなんじゃないか、とか鋼は思ったりしたのだが、さすがに口には出さない。


「コウ! 大事なことじゃぞ! ちゃんと聞いておるのか!?」

「あ、ああ。分かった、分かったよ!

 変な神様には引っかからない、大丈夫!」

 これ以上小言を言われてはたまらない。

 鋼はいそいでそう返事をした。


「不安じゃのう。

 おぬし、女性関係にはフラフラしておるのを通り越して色々引き寄せとるふしがあるし……。

 『ハーレム系主人公体質』なんてタレント、作るのではなかったのじゃ……」

 なんて最後まで言いながらも、今日は木曜日じゃし、ゲーム屋でものぞいていくかの、と結構余裕なコメントを残してシロニャは消えていった。



「シロニャも心配性だよな。

 神様となんて、そうそう出会うはずないのに……」

 鋼はそうこぼしながら、仲間のところへ歩き始める。


 女神ルウィーニアの作った塔、『ドール・ア・ガーの塔』はもうすぐだ!



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― 新着の感想 ―
[良い点] シロニャの告白イベントもいいね。 ある意味ストレートではない告白だが。 [一言] まさかの枝、ヒロイン化か。 まあ、前二つ名に「ヒロ──」ってあったし、ってあれ? ない?
[一言] 告白どころかプロポーズで草 イイゾモットヤレ
[一言] この章のタイトルは、枝と猫が鋼に対してお互いに仕掛け合う、という意味だと読み終わってから気付きました。
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