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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十部 魔法学院脱出編
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第五十四章 連合の思惑

「おわ、ったぁ……」

 抜けていた最後の白紙のページを埋め、鋼はぐったりと書き取りノートの上に倒れ込んだ。

【やったではないか!

 これで心置きなく作戦会議とやらに出られるのぅ!】

 それを我が事のように喜んでくれたのは猫神(脳内)である。現在地が図書館のいつもの席であるので、白猫は普通の猫になっている。


「まぁ、苦労したからなぁ……」

 鋼はラトリスとリリーアが部屋を訪ねてきてからの十日間、鋼は学院長につれなく接し、ゲームの誘惑を極力退け、寄って来る学院長をしっしと追い払い、書き取り中はシロニャを撫でることすら我慢し、それでも寄って来る学院長をちぎっては投げちぎっては投げの大活躍。

 結果、作戦会議の当日にではあるが、レメデスに提出する課題をようやく完成させることができたのだ。


「悪い。とりあえず、寝る」

【うむ。そうじゃな。昨夜はほとんど徹夜じゃったし、作戦会議までゆっくり休むとよいのじゃ】

「ああ、おやすみ……」

 そう言って、書き取り用のノートをまとめると、鋼はそのまま机に突っ伏して昼寝の態勢になってしまった。


 鋼がこうやってこの場で寝てしまったのには理由がある。

 書き取りを終わらせるためにはどうしても昨夜は夜中に頑張らなくてはいけなくて寝不足だったというのが一つ。そしてそれ以上に、実は作戦会議を行う場所というのがこの図書館だということが理由としては大きい。


 一応秘密の集会なので、人の寄りつかない割に広さのある図書館を選ぶというのは合理的だし、他にも理由はある。

 そしてそれが、今回の作戦会議のキモだと言える。

(今回の作戦会議、頑張っていたリリーアのためにも、うまく行ってほしいな)

 そんなことを考えながら、鋼の意識はゆっくりと闇に閉ざされていく。

 その最後の瞬間、


【コウ。おぬしは本当にがんばったのじゃよ。

 本当に……すごい奴なのじゃ】


 どこからか、神々しくも優しい声が聞こえてきた気がした。





「あつっ!」

 わき腹に燃えるような痛みを感じて鋼が飛び起きると、いつも閑散としているはずの図書館が、どこかせわしないような、人のざわめきに満ちていた。


「え? え?」

 混乱して鋼がきょろきょろとしていると、ふたたびわき腹に痛み。

「あたっ! 何するんだよ、リリーア」

 鋼は隣に立つ犯人を軽くにらみつけた。まあ、一回目ほど痛くはなかったので、今回は手加減してくれたのだろうが、それはそれだ。


 しかし彼女は悪びれもせず、

「あのね。どうしてこんなとこで悠々と寝こけてるか知らないけど、リリーア・鋼連合がうまく行くかは今日のこの時にかかってるって言っても過言じゃないのよ。

 しっかりしなさいよね、副リーダー!」

 そう言って逆に発破をかけられた。

 いや、それはいいのだが、

「ちょ、ちょっと待って? 副リーダー?

 それに、リリーア・鋼連合とかって……」

 あまりに初耳な情報に、鋼は目を白黒させる。


「当たり前でしょ。クリスティナがいないんだから、これはわたしとあんたの計画。

 ということは、わたしがリーダーであんたが副リーダーになるのは当然。

 それともまさか、あんた自分がリーダーをやりたいとか……」

「いや、言わねえよ!」

 大声を出した瞬間、周りの視線が一斉に鋼に集まる。


「あ、あはははは……」

 鋼はとりあえず乾いた笑いでごまかし、周りを観察した。

 さっきの一瞬ほどの露骨な物ではないが、やはり自分に視線が集まっているのを感じた。

 考えてみれば自分たちのリーダーであり、アイドルでもあるリリーアに怒鳴るような人間は、きっとここにはいないのだろう。

 鋼だってツッコミ時以外にはそんなことをしないのだが、それは言い訳にもなるまい。


「とにかく、ここで内部分裂とか空中分解とかは避けたいの。

 だから、うまくやってよね!」

 リリーアはもう一度、鋼の耳元に口を近付けてそれだけをささやくと、ためらいなく図書館の机の上に乗ると、堂々とその場に仁王立ちして、宣言した。


「それじゃ、寝坊助も起きたことだし、そろそろ時間にもなりました。

 みんな、今日は集まってくれてありがとう。

 これから第一回、リリーア・鋼連合作戦会議を始めます!」





「今日集まってもらったのは、わたしたちの計画に賛同してくれた二百五十人の内の五十人、全体の約五分の一ですが、わたしはここに集まったあなた方に、この作戦の中核を担ってもらおうと考えています。

 皆さん、どうかわたしに力を貸してください。そして、みんなで勝利をつかみましょう!」

 リリーアがそう口にすると、呼応するように周り中から賛同の声が上がる。


「すごい人気だなぁ……」

 もしかしてリリーアにはアイドルだけじゃなくて扇動者とか独裁者の才能とかもあるんじゃなかろうか、なんて考えていると、

「よう。ハガネ・ユーキ君。……で、いいんだよな?」

 いかにも体育会系イケメン、みたいな生徒が話しかけてきた。


「鋼はたしかに僕だけど、ええっと?」

「ああ。俺はライル。ライル・マグティスだ。

 学院の三回生であんたと同じ前衛。よろしく」

「あ、ああ、よろしく」

 流れるようなあいさつに、思わず鋼も握手に応じてしまう。


「それで、そのライルさんが何の用ですか?」

 鋼は敬語で尋ねた。

 三回生ということは当然上級生、おそらく17歳くらいだということになる。

 しかし、ライルは鋼の言葉に首を振った。

「敬語はやめてくれ。少なくとも今はあんたが俺たちの副リーダーで、たぶん前衛チームのリーダーになるんだぜ。

 ……というかな。俺の背中がかゆくなるから、タメ口で行こうや」

「なるほど、了解」

 背中がかゆくなる云々が本当なのかは分からないが、鋼としてもその方が気楽でいい。

 それに、鋼は実年齢からすると17なので、精神年齢的には大差がないはずではある。


「それにしても、どうして僕が副リーダーだと?」

 さっきの口ぶりからすると、顔は把握していなかったように見える。

 リリーアに親しげに話しかけられていたことで特定されたのだろうか。

 そう考えて鋼は尋ねたのだが、ライルには呆れたような顔をされた。

「あんた、自分がどんだけ有名か、自覚してないだろ。

 『魔法使い泣かせ』『猫の王様』『異次元生物』『図書館の主』『破壊の朗読』エトセトラエトセトラ、ってね。

 他にもあんたにつけられた二つ名は星の数ほどある。

 下手すりゃリリーアさんより有名かもしれないぜ?」

「そう、なんだ……」

 知らない間に、厨二的な存在になってしまったようで、鋼は複雑な気分だった。


「というかな。それがなくってもこの本、『聖邪魂滅の書』の前で昼寝が出来るような奴はこの学院にはあんたと学院長しかいないだろ」

「ああ、そうか……」

 あの本の前にいるのが当たり前になりすぎていたせいで、そんな意識もまったくなくなっていた。

 今日ここで集まった理由とも関係するというのに、うかつだった。


「聞いてたよりもずっと危なっかしい奴だな、あんたは。

 一応忠告しとくが、あんたの山ほどある二つ名の一つに『アイドルの恋人』って奴があるんだが、これは結構厄介だぜ?」

「厄介?」

「リリーアさんの恋人だって噂が立って、あんたはそれなりに恨まれてるってことさ」

「まさか!?」

 鋼はそう言ったものの、信じられない話ではない。

 たしかにリリーアとはよく話すし、熱狂的なファンから見ればそれは許しがたい暴挙だとも考えられる。


「リリーアさんはあんたの前では素で話してるだろ?

 それが、連中にはうらやましいらしいぞ」

「え?」

 鋼は思わず固まった。ライルの話しぶりから、リリーアのアイドルっぷりが演技だと見抜いていることに気付いたからだ。

「あれ? リリーアが猫被ってるの知ってたのか?」

「いや、猫かぶってるって言い方は……あー、まあ、いい。

 リリーアさんが親しい相手にはいつもよりくだけた態度を取るってのはここでは有名な話だ」

 なるほど、と鋼は思う。


 しかし、くだけた態度というのはどの程度のことなのか判然としない。

 いつぞやのように勝手に他人のハシを奪って昼食の唐揚げを取っていく程度のことを言うのか、それとも部屋に入って数秒でスカート全開にしてドロップキックをかましたりするところまで行って、ようやくくだけていると判断するのだろうか。

 鋼は首をひねった。


 それをどう取ったのか、

「言っとくけどな。自分で言うのも何だが、ラーナ魔法学院は変わり者ぞろいだ。

 アイドルでかわいいってだけじゃ、こんだけの数の人間を味方にできやしねえよ。

 あの人のいつも前に進もうとする意志の強さ、彼女なら何かやってくれそうだと期待させる雰囲気、面倒見のよさとカリスマ、そしてそれを活かす努力。

 そんなのが集まって出来たのがこの集会だ。

 ま、そんなこと、リリーアさんの一番の協力者で一番の変人に言っても今さらだろうけどな」

「いやいや、何だよその勝手な称号」

 鋼は変なフォローを入れられていた。


「あー、話がそれちまったな。そうじゃねえんだよ。

 いいか、振り返ったりせずに、静かに確認しろよ?」

「ん?」

「まず、今リリーアの横で話をしているメガネの生徒だ。見えるな?」

「あ、ああ……」

 作戦会議は小声で話す二人をよそに進行しており、今はいかにもやり手そうなメガネをかけた女子生徒が話をしている。


「学院長は勝負を了承した瞬間、対戦する生徒と自分を特設されたバトルフィールドに飛ばすそうです。

 つまり、待ち伏せ、罠の類は一切使えないと考えていいでしょう」

 どうやら話は具体的な対戦の話に入ったようだった。

 よく見るとその隣にいるリリーアがたびたびこっちをにらんでいるし、鋼も聞いておきたいのだが……。


「あの女が学院のリリーアファンクラブの会長で、リリーアグッズに年間百万マナを費やす猛者でもあり、この学院でたぶん一番あんたを排除したがってる人間だ」

「はぁ!?」

 ライルの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「だから、反応するなよ!」

「わ、悪い」

 あわてて声をひそめる。


「続けるぞ? 俺の右後ろ、髪の毛をピンク色に染めている男がいるな?」

「あ、ああ」

 ちらりと横目で見ると、全体的に学院に似合わない世紀末ファッションの男がいた。今は心なしか、うっとりとした目で説明をしているメガネの女子生徒、ではなく、隣のリリーアを見ている。

「あいつはファンクラブ会員番号4。

 つまりシングルナンバーを背負う狂信的なリリーアファンで、この前も食堂で堂々とお前を叩きのめす計画を練っていたそうだ」

「なんだそりゃ……」

 嫉妬で殺される人間というのは探したらいるそうだが、いざ自分の身に降りかかるとなると現実感がない。しかも、それが誤解に基づいたものだというならなおさらだ。


「まだいるぜ。俺の左後ろ、黒髪を床まで伸ばした女だ」

「まだいるのかよ……」

 鋼としてはもう十分お腹いっぱいである。

「そう言うなって。

 いいか。あの女はリリーアさんが学院にもどってきてからのファンで、ファンクラブの会員にもなったばかりだが、この中で一番本気度が高い。

 しかも魔法使いのくせに暗器使いで、闇討ちが得意だ。

 さっきのバカみたいに計画を漏らすことはしないが、おそらく学院長との対戦を好機と思って、どさくさでお前をどうにかしようと考えてる」

「この学校はそんな奴ばっかりか!」

 鋼は思わず叫んだ。

 で、リリーアににらまれた。


 仕方なく小さくなって首をすくめていると、隣からおかしな視線が送られていた。

「……何か言いたげだけど?」

「ん? ああ。単なる噂かと思ってたんだが、あんた、本当にリリーアさんと仲がいいんだなって思ってな」

 そう言ってライルは笑ったが、よく見るとその唇の端はひきつっているように見えた。


「そういや、ライルはどうしてそんなにリリーアのファンに詳しいんだ?

 他人のファンクラブの会員番号なんて、普通は知らないだろ?」

 鋼がふと思いついてそう聞いてみると、

「いや、俺は自分で言うのもなんだが事情通だからな。

 今回の計画がうまく行くように、色々調べてお前に事前に注意しておきたかったんだよ」

「ふうん」

 ライルはそんな風に答えた。

 鋼はなんとなく引っかかる物を覚えたが、それ以上は追及しなかった。


 ライルとの会話が途切れる。

 なんとなく今さら真面目に話を聞く気にもなれなくて、今さらながらに寝ている内に持ち物がなくなっていないか確認する。

 まあ持ち物と言っても、ポケットに入れている冒険者カードと、書き取りノートと筆記用具、それに木の枝と白猫くらいである。確認はすぐに済んだ。




「それでは、これからは前衛チームと後衛チームに分かれ、それぞれのリーダーの下で具体的な話し合いをしてもらいます。

 前衛のリーダーは副リーダーのハガネ・ユーキさんが、後衛のリーダーは不肖ながら私が務めます」

 なんてことをしていると、話し合いは次の段階に進んだらしい。

 鋼はやはり前衛部隊のリーダーを押し付けられていて、内心ため息をつきながら前に出る。


 鋼は多少まごついたが、同じ前衛で実力もたしからしいライルの助けもあり、それなりに話し合いは順調に進んだ。

 今回の話し合いで一番のポイントとなったのは、当然戦い方だ。

 前衛はそれぞれ魔法や特定の属性に強い人間で構成されているのだが、これがひどかった。

 ある者は火と風に強い代わりに水と土に弱く、またある者は水と風に強い代わりに雷に弱く、という感じで全属性に強いという者がまるでいない。

 どの属性に耐性がある者をメインで使うかで議論は紛糾した。


 結局は鋼の提案で、互いの弱点属性を補うような三人組を作り、相手の使う魔法によって前に出る人を変える、というところに落ち着いた。

 うまいこと耐性パズルを考えるのが大変だったが、一応苦手属性がほとんど出ないように七組十九人を組み合わせた。ちなみに人数が合わないのは、鋼だけ単独の組になったからだ。

 実戦でそうそう簡単に入れ替わったりできるかは知らないが、そこは訓練次第だろうとライルは言っていた。



 もちろん前衛の目的は、学院長の魔法詠唱の妨害。

 囮として機能すればそれで充分なのだが、強いてこのメンバーの中で切り札を上げるとすれば、三人ほどが鋼を感嘆させるような実力を持っていた。


 まずは、ライル。

 火と風、雷に光という四属性の耐性持ちで、使う魔法も耐性とほとんどかぶっている。

 鋼が彼を切り札とする理由は、彼が接近戦に特化した魔法を行使できるからだ。自分の手足に属性魔法をまとわせる戦い方を得意として、その威力は魔法が収束している分放出系の魔法より強力らしい。


 次は四回生、すでに二級魔術師資格を持っている研究家肌のレイス。

 彼はライルとは対照的に地に氷、闇属性などに耐性を持ち、連発はできないものの、それぞれの属性の魔法を防ぐ障壁を張ることができるらしい。

 前衛向きではない魔法とも思えるが、この力を有効に使えれば援護のバリエーションは増えるはずだ。


 そして、もう一人。

 一応前衛の話し合いが一段落して、まだ話し合いが終わっていない後衛の様子に一時休憩を言い渡した時だ。

 誰かの落し物なのか、地面にペンが落ちているのを鋼がかがんで拾おうとした瞬間だった。


「動くな」


 首筋に、何か鋭い物を押し当てられた。


「ハガネ・ユーキ。貴様のようなゴミ虫がリリーア様に近付いているのを見るのは大変不愉快だ。

 何度貴様を闇討ちしてやろうと思ったか知れない」


 横目で襲撃者を見る。

 それは、ライルが注意をしろと促した、暗器使いの髪の長い少女だった。

 鋼の額を冷や汗が伝う。


 しかし、

「だが、さっきの一件で多少は見直した。ある程度の将才はあるらしいな。

 私は今回の計画で手柄を立て、リリーア様に近付きたい。

 そのために、貴様を生かしておいてやる」

 その話は意外な展開を見せた。

「私の針の有効射程は二メートルほどだが、命中すれば十秒ほど、特定属性の攻撃を封じる特殊効果を持っている。うまく使え」

 その言葉を最後に、首の後ろの圧迫感がなくなる。


 鋼がゆっくりと顔を上げた時、周りにはすでに誰の姿もなかった。

「サーシア・ナイト、か……」

 その黒髪の少女の名を、鋼は口の中でつぶやいた。

 彼女が来る戦いでどういう役割を果たすか、それはまだ、誰も知らない。




 しばらくして……。

 思い思いに休憩をしていた多くの前衛部隊の生徒も、おもむろに中央に集まってくる。

 作戦会議が始まって、そろそろ三十分が経つ。

 今回企画されていたメインイベントの時がやってきたのだ。

「そろそろ時間、ね……」

 その雰囲気を敏感に感じ取って、リリーアが前に出る。


 まだ作戦を話し合っていた後衛部隊の人たちも、口を閉じ、この時ばかりはリリーアの姿を見つめた。

 そして、リリーアの隣には学院長の魔法がこめられた『聖邪魂滅の書』がある。

 作戦会議が始まったのが、三十分ほど前。

 正確には二十九分ほど前、三十分ごとに放たれる『悔恨の波動』が図書館に放たれた直後を見計らってリリーアたちは会議を始めたのである。


 では、今から行われるイベントとは何か。

 それは、『悔恨の波動』を乗り越えるという、学院長攻略には絶対に欠かせない要素の、いわば予行演習なのだ。

 迫るカウントダウンの中、リリーアは勇ましく呼びかける。

「わたしたちの先人たちは、みな学院長の『悔恨の波動』を受け、十分な実力も発揮できずに倒れてきました。

 彼らとわたしたちが違うということを、今から証明しましょう!」


「「「「「おおーっ!!」」」」」


 リリーアの声に応えて、四十八人分の賛同の声が上がる。ちなみに声を出さなかったのはリリーア本人と、高いテンションにすっかり乗り遅れた鋼である。


 またこれが、なぜこの日集まったのが限界の二百五十人ではなく、五十人だったのかという答えでもある。

 リリーアの計画に参加した中でも『悔恨の波動』に対して抵抗力を持つ者を厳選し、ここに集めたのである。

 『悔恨の波動』を使われてもある程度自由に動ける彼らは、当然ながら実際の戦いでの主戦力になる。一方で、二百五十人を超える人間が一気に集まってもまともな話し合いは望めない。

 だから、まず彼らとの連携を取っておこうというリリーアの計算だった。


「では、これから『いさおしの詩』を歌います!

 耳を澄ませて聞いていてください!」

 それでも無強化で『悔恨の波動』に耐えるのは困難だ。そこで出て来るのが、大人数を一気に強化できる、リリーアの『歌』である。


「~~~♪ ~~~♪」


 『勲の詩』は『勇気の詩』の強化版だそうで、たしかに聞いているだけで勇気があふれてくるような歌だった。これなら『悔恨の波動』もいくらか中和できるだろう。

 ちなみに歌詞としては『勇気の詩』の続きのようで、強さの証明のために少女が孤独に戦うという、聞いているだけで天使の鼓動が聞こえてくるような素晴らしい物だったが、まあそれはどうでもいい。


 問題なのは、


「やった!」「オレ、正気だぜ?」「何が『悔恨の波動』だ! なんともないぜ!」「わたしはトラウマを乗り越えた!」「オレ、もう*いしのなかにいる*なんて怖くないぜ!」「リリーア様の歌の力をもってすれば当然」「これなら勝てる! 俺たちは勝てるぞぉ!」


 時刻はもう『悔恨の波動』が放出される時間を過ぎたというのに、周り中から口々に喜びの言葉が聞こえるということだった。


「みんな大丈夫ですか? 誰か、気分が悪くなった人は?」

 その声を聞いて、歌をやめたリリーアが辺りを見回すが、少しつらそうにしている人はいるが、全員が無事だった。倒れたり、叫んだりといった奇行をしている者もいない。

 予行演習は、大成功だった。


 今回のメインイベントの成功に、誰もが、鋼すらも肩をなで下ろした瞬間だった。





「わぁるぅいぃこぉぉたぁちぃはぁあああ!!

 いねがぁあああああああああああああああ!!!」




 

 やたら既視感のある登場台詞と共に、図書館の扉が開く。

 そこには、大柄な影と小柄な影。


 泣く子も黙るレメデス教師と学院長の登場だった。

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