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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十部 魔法学院脱出編
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第五十二章 雪辱戦

 ラトリスが去っていった時、すでに時刻は十二時五分前。

 ついでに言えば、四時間目開始まで残り五分と迫っていた。

「コウ。四時間目からはどうするのじゃ?」

「あ、もうすぐ十二時か。

 んー。次、何ページくらいだっけ?」

「そうじゃなぁ……。

 昨日の六限の初めでたしか115ページじゃったから……そろそろ200ページくらいからじゃと思うぞ?」

「もうそこまで行っちゃってるかぁ。

 やっぱペース早いよなー」

 などと話し合いながら歩くのは、もちろんご存知、鋼とシロニャ。

 魔法学院生と白猫の異色コンビである。


「あー。その辺りはまだ飛び飛びでしかやってないなー」

「ほう。なら、どうするのじゃ?」

 本人としてはポーカーフェイスで尋ねたつもりなのだろうが、その顔を裏切るように後ろでぶんぶんと振れるシッポで、鋼にはシロニャがどういう答えを望んでいるか分かってしまった。

 鋼は内心苦笑して、期待通りの言葉を返す。

「それじゃ、今日はもう授業サボって図書館行くか」

「応、なのじゃ!」


 ちょっぴり学生っぽい会話をして、鋼とシロニャは昼以降の授業はサボって図書館に行くことにした。

 授業をサボるのは根が真面目な鋼としてはあまり気が進まないのだが、もともと普通に卒業するつもりはないし、普通に魔術師になるつもりはもっとない。

 それに、鋼が図書館に行くのは、鋼たちの『計画』にとっては欠かせない要素なのだ。





 クリスティナが突如としてどこかに消えてしまった時、リリーアは少しだけ困った顔をして、

「あの子の心配は、そんなにしなくていいと思う。

 あいつああ見えて、どこでだって生きてけるから。

 ……でも、こっちの計画はちょっとだけ狂っちゃったかも。

 理想を言えば、クリスティナが魔法を開発してあの子の卒業を確定させた上で、それを理由にわたしたちが学院長と戦うっていうのが一番いいと思ってたんだけど」

 めずらしくも、そんな弱音を吐いた。


 これがどういう意味なのかというと、さすがに学院長でも、資格欲しさにやってくる生徒全員とたびたび戦っていたら身が持たない。というか面倒くさい。

 そのため、『学業においてある程度の成果を上げた生徒』に対して、ほとんど記念という形で学院長に挑むことが許されているのである。

 実際に学院長と戦う人間のほとんどは、一級魔術師に上がった時に『ついで』として高名な学院長との戦闘を望んでいるだけであり、学院長を倒して一級魔術師になろうなどと思う輩の方が圧倒的に少数らしい。


 つまりこれは裏を返せば、一級魔術師に認められる程度の研究でも持っていかないと学院長と戦えるかどうかは分からない、ということで、それができるなら学院長となんて戦わないだろ、という実に本末転倒な事態と言える。


 ただ、集団で挑む場合は最悪その内の一人が相応の功績を上げていればいいワケで、リリーアがそれだけの人材を引き込めばいいのではと鋼は提案したのだが、

「だけどこの計画の中心人物として、せめてそのくらいはわたしたちの手でやりたいじゃない?」

 というのがリリーアの答えだった。

 その後も、

「学期末の筆記でわたしがトップを取れば……でも、それじゃ弱いかなぁ」

 なんて悩む、隠れエリートにイラッとした気持ちを抱かなくもなかったのだが、


(僕がクリスティナの代わりになれないかな?)


 という考えはこの時に生まれた。




 そのチャンスは意外なところから来た。

 監禁部屋から解放される条件として言い渡されたレメデスからの特別課題なのだが、リリーアから以前、

「あんたはできるだけ図書館のあの場所にいて、学院長の情報を探るか、できれば試合が申し込みやすいように渡りをつけて」

 と言われていたため、『図書館で一人でやれるような課題』を希望したところ、


「大陸共通語の書き取り、ですか!?」


 何だかえらく幼稚な課題が来てしまった。

 大陸共通言語の書き取り、とは、要はアレである。現代日本の小学生とかが、覚えなくてはいけない漢字をひたすら何回もノートに書いていく、アレのことだ。


「魔法言語とかなら分かりますけど、今さらなんでこんな……」

 と鋼が聞くと、

「あんた、聞くところによると翻訳の首輪がなけりゃぁあ、読み書きもできないそうだねぇ?」

「うぐ……」

「笑わせるんじゃないよ!

 勉強するなら、魔法言語より先に、日常の言葉だろう?」

 そう言われてしまえば、鋼としてもさすがに反論しにくい。


 すっかり顔をうつむかせてしまった鋼だったが、

「いつまでかかってもいいし、どんなやり方でやってもいい。

 大陸共通語を書き取りしたノートを、最低でも一冊分、多い分なら何冊でもいい、自分が十分だと思うまでやって、わたしに提出するんだ。

 この課題で、あんたなりの学業に対する誠意って奴を見せな!」

 という言葉に、鋼の目に光が灯った。


 その時、鋼の頭には『学業においてある程度の成果を上げた生徒』の言葉が踊っていた。

 念押しのために、鋼は尋ねる。

「こんな課題でも、もし僕が頑張れば、それはきちんと評価してくれるってことですか?」

 対してレメデスは、

「お前は何を当たり前のことを言ってるんだい?

 わたしはねぇ、努力に貴賤なんてないと思ってる。

 だからもちろんこの課題だって、わたしは正当に評価してやるよ」

 そんな風に答えたのだった。


 その言葉を聞いて、

「分かりました、それでいいです。約束ですからね」

 レメデスの手前、表面上は不満そうな顔をしながらも、どうやらこれで、懸案だった『舞台に上がる手段』は確保できたようだ、と鋼は内心安堵したのだった。





 それから鋼が行ったのは、リリーアに案内してもらって文房具を購入することだった。

 売っているのが羊皮紙と羽ペンとかだったらどうしようかと思ったのだが、それはそれでどうかと思うくらい、現代日本で使われているような筆記用具がそこには並んでいた。

 鋼は『ラーナ』のロゴのついたシャープペンとボールペンを数本ずつと、『カンバス』とかいうパクリっぽいネームのついた、魔法学院生御用達、横罫線付き三十枚のA4サイズノートを十五冊まとめ買いした。


 座学の六科目にそれぞれ一冊ずつ、二冊を予備にして、残り全てを『書き取り用』とタイトル部分に書き殴って、図書館に持ち込むことにする。

 課題は最低一冊で上限なしなのだから、さすがにこの量を書けば受け取ってくれないということはないだろう。


 後は図書館にこもってノートを埋めるだけである。

 ちょっと試しに取りかかってみたのだが、翻訳の首輪をつけたまま書き写すだけなら意外とすらすらやれた。

 翻訳の首輪をつけたままだとそもそも大陸共通語の勉強にならないのではないか、とも思ったのだが、基本的に手段は問われていないし、何よりなしでやると非常に面倒くさい。まあ『悔恨の波動』が致命的なレメデスは図書館に来ないだろう、という判断の下、鋼は首輪ありでの作業を開始することにする。





 リリーアと足並みをそろえなくてはいけないのであまり早く終わっても意味がないのだが、これならせいぜい三週間足らずで終わるだろう、と思われたこの課題。

 しかし予想外の障害があり、書き取り作業開始から一ヶ月が過ぎてもまだ終わっていない、というのが鋼の現状であった。


 そんな事情もあり、

「楽しみじゃな! 楽しみじゃな!」

 すっかり定位置と化した鋼の肩の上で、楽しそうに踊る白猫を、鋼はたしなめた。

「あのな。言っとくけど、図書館には書き取りのために行くんだからな。

 わざわざ四時間目の授業をサボってまで行くんだから、そんな遊んだりしないぞ?」

「もちろん分かっとるのじゃよ!」

 いつだってシロニャは返事だけはいい。


「本当に分かってるんだろうな?

 今日は真面目に書き取り。

 余計な遊びは……まあ、途中の休みの時だけだぞ」

 厳しいのか緩いのか分からない鋼の台詞に、

「もちろんなのじゃ!!」

 やっぱり元気だけはよく返事をして、手を上げる白猫。

 ある意味シュールな光景だった。


 もっとも、その白猫がその後、小声で、

「ふふ。今日はあやつが来るじゃろうからな。

 熱いバトルの予感じゃよぅ!」

 とつぶやいたのは、もっとシュールだったのだが。






 ――そして、そのシロニャの予感は、鋼にとって最悪の形で現実となった。


(くそ! くそ! どうしてこうなった…!)

 鋼は毒づいて、眼前の強敵をにらみつける。

 そいつは、あまりに強大な敵だった。

 ハガネの体格は十人並みで、少なくとも他の人より小さいということはない。

 なのに奴は、そんなハガネの数倍はあるように見えた。


 ハガネはそいつと己が相棒たる武器を手に、一対一で向かい合っていた。

(ダメだ。今の僕の状態で、こいつと一対一で立ち向かうのはつらい。

 シロニャと別れて行動してしまったのが痛かった。

 おまけに最初に動揺して食らった一撃、あれさえなければ……)

 しかし、今さら後悔しても何も変わらなかった。


 出会い頭にハガネが食らったのは、バインドボイスだ。

 鋼に図書館の『悔恨の波動』なんて目ではないと思わせるほどのすさまじい迫力が押し寄せ、ハガネは一切の行動の自由を奪われ、棒立ちになったところを痛烈な攻撃を受けた。

 そしてハガネは、そのダメージを回復させる暇もないまま、逃げ回るハメになったのだった。


 追い詰められ、このままでは逃げることもできない。

 ハガネは一か八か、接近してそいつに攻撃をしかける。

 だが、

「弾かれたっ!?」

 渾身の力でもって放った攻撃も、そいつの堅い頭部の骨にぶつかって、跳ね返されてしまった。


 その隙をそいつが見逃すはずがない。

(これまでか!)

 まさに絶体絶命。

 鋼が次に訪れる運命を悟って目をつぶった瞬間、


【助けに来たのじゃよ! コウ!】


「シロニャ!」

 頼もしい声が鋼の脳を揺らす。

 待ちに待った援軍に、鋼は目を見開き、その救い主の姿を見て、



「どうして双剣なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 絶叫した。


【え? じゃってワシ、ハ〇ヲとか好きじゃから……】

「いや、さっきまでお前、ハンマー使ってただろ!」

 なんて言っている暇があるはずもなく、ハガネを一噛みして転ばせると、次はおっかなびっくりで尻尾を攻撃したシロニャに目標を変更し、突進していく。

 すると、

【うわ! や、やっぱりこいつは怖いのじゃよぉ……】

 さっきまでの勢いは一転、シロニャが逃げる。


「いいから戦ってくれよ!」

【じゃ、じゃけど、双剣じゃ高いところは狙えんし、頭に当たると跳ね返るし……】

「だから、何で双剣にしたんだよ、お前は……」

【じゃって、ハ〇ヲとか好きじゃから……】

「話題がループした!?」

 これはやっぱり絶体絶命、いや、むしろ絶対絶命か、と自らの運命を嘆きかけた時、



「まだじゃ! まだ終わらんよ! GIGIフラァァァァァァァッシュ!!」



 戦場にスタングレネード的な物が投げ込まれ、目の前が真っ白になる。

 その閃光と声に、新たな援軍が到着したことに気付く。

「やっと来てくれたのか! って……」

 鋼は一瞬だけ、その表情を緩めたのだが、 



「何であんたは防具装備してないんだよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 そこへ現れたもう一人の援軍、GIGIは、なぜか上半身裸、半裸だった。


 その後、敵にまともにターゲットにされたシロニャは慣れない武器のせいかあっさり死亡。

 防具をつけていないGIGIは、

「説明しよう! GIGIフラッシュとはGIGIの体内の魔力を爆発的に爆発させることにより爆発したような爆発力を生み出す爆発技である。

 その範囲は半径数百メートルに及び、その範囲内にいる者は全員あっという間に昏倒する。

 GIGIの百八の技の一つ、SSランクの超必殺技である!!」

「これにそんな技はないし、そんなんだったら僕たちも昏倒しちゃうだろ!」

 と話している間に一発で葬られ、最後に残ったハガネも健闘虚しくブレス攻撃をまともに食らって死んだ。


 残ったのはのしのしと画面上を歩く銀の竜と、クエスト失敗の文字だけだった。



 P○Pの画面から顔を離し、鋼は怒鳴った。

「お前らのせいで負けただろ!

 というか何でさっきと装備が違うんだよ!」

 しかし、それに対して二人は動じない。


【一人だけいい子ぶって自分の準備をした後に勉強なんてしとるからこうなるのじゃ!】

「ほむほむほむ。そうじゃそうじゃ。しかもわしには何を勉強しとるのかまだ見せてくれんしのぅ」


 盗人猛々しいとしか言えないような態度で平気で鋼を非難し返す二人。


 ちなみに口調が似ているため同一人物と思われるかもしれないが、実は違う。

 一人は当然、『シロニャ』というキャラを動かしていたシロニャ。

 そしてもう一人、ほむほむほむ、と関係各所から苦情が来そうな声で笑う、『GIGI』というキャラを動かしていたこの爺さん、実は、


「学院長、子供じゃないんですから、がんばってる生徒の足を引っ張ろうとするのはやめてくださいよ」


 この魔法学院の学院長だった。


「遊ぶ時は遊ぶ。勉強しなければならない時はサボって遊ぶ。大切なのはメリハリじゃよ」

「遊んでばっかりじゃないですか!」


 そして、親しげに話す彼らの手にはラディアントレッドに輝くP○Pがある。




 鋼が魔法学院にやってきて、はや一ヶ月。

 鋼はなぜか、ラーナ魔法学院の学院長とゲーム友達になっていた。

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