第六章 神の言葉、人間の言葉
「これは、一体何が起こったんだ?」
木々に囲まれた野原で一人、鋼は混乱していた。
混乱の元は、一番見慣れているはずの自分の体だ。
しかしよく見ると生前(?)の自分の体よりも少し小さいような気がするし、何より全裸だ。
状況がまったく分からない。
だが、ただ一つ、分かることもある。
それは、この事態がおそらく、ある一人の能天気な神様によって引き起こされたのだろうということ。
鋼は、その鬱憤全てを込めて、空へと咆哮を上げた。
「くっそぉ! シロニャァァァァァアアアアアアア!!!」
【なんじゃよ、もー。そんなに大声出さなくても聞こえるのじゃ】
「え? え? シロニャ? 何で?」
返事を期待しての言葉ではなかった。なのに突然頭の中におなじみの猫神の声が聞こえてきて、鋼は大いに狼狽した。
【大方、おぬしが転生前の最後の二秒間に『神託』のタレントでも取得しとったんじゃろ。
『神託』のタレントで習得できるスキル『オラクル』を使えば、面識のある神様と通信できるでの】
「スキル、ってゲームで言う技みたいな奴か? でも僕は、別にそんな特別なことなんて何もしなかったけど」
【『オラクル』は通信したい神を思い浮かべて呼びかけるだけで発動するのじゃ。
まったく、人と話すのなんて面倒じゃから、必要ボーナスポイントを多めに設定しといたのに。
なんでこんなもの取得するんじゃ……】
シロニャはさっそく不良神様ぶりを発揮して毒を吐き始めるが、今の鋼にそんなものに構っている余裕はなかった。
「そ、そんなことより! いきなり転生前と同じくらいの年でスタートしてるんだけど! あと全裸なんだけど!」
【ああ。そういうことならアレじゃ、たぶん、タレント『少年期編スキップ』を取得しとったんじゃな】
「『少年期編スキップ』?」
【ほら、よくゲームとかであるじゃろ? 子供の頃はチュートリアルばっかりじゃから、二週目からは飛ばせる機能。
ワシも二度もパ〇スが死ぬところなんて見とうないなぁと思ったもんじゃし】
「いやいや! ゲームなら分かるけど、そんなの現実に実装するなよ!
じゃ、じゃあ何? 僕の子供時代はそんな軽いノリで省略されちゃったワケなのか?」
【たぶん、そうじゃのう】
「いや、もうそれタレントとかの域を超えてるから! あと全裸なんだけど!!」
鋼はあまりの事態に頭がくらくらしてきたが、とりあえずショックを受けるのを後回しにして、現状の把握に努める。
というか、子供時代がどうとかより、正直今だけはとにかく全裸を何とかしたかった。
【全裸……そうじゃな。少年期編をスキップした場合、装備は年相応のものが支給されるはずじゃから、全裸の原因は『少年期編スキップ』ではないの】
「他に何か心当たりはないのか?」
【ふむ。そうじゃな。……おお、そうだ! 過去に似たような事例があったのを思い出したのじゃ!】
「おおぉ!」
【コウよ。もしやおぬしがいる場所、公園なのではないか?】
「公園? 言われてみれば、たしかにそんな感じかも」
【なるほど、なるほど】
過去の事例とやらに合致したのか、鋼の頭の中でシロニャがしきりにうなずく気配がした。
【それと、何だか頭が痛かったりはせんか?】
「頭痛、は、ないけど?」
【うむ? では、近くに空の瓶は転がっとらんか?】
「? いや」
【あと、おぬしの新しい名前は草薙つよ……】
「酔って脱いだとかじゃないからな?!」
三年前に生まれたはずなのにアイドルのスキャンダルとか詳しいのかこの神は。
この非常事態にボケを挟み込んでくる神経の太さに、鋼はあきれ果てた。
【なんじゃ、違うのか……】
声はなぜか残念そうだ。
「真面目に考えてくれよ! 僕の異世界ライフが変質者からのスタートになったらシロニャのせいだぞ!」
【うぅむ。しかしのう。全裸になるアビリティなんてワシも設定しておらんのじゃ。本当に服はないんじゃろうな?】
「当たり前で……あれ?」
実際に体に触ろうとしてみて、鋼は服は見えないが、感触だけは感じられることに気付いた。
「もしかして、見えないだけで服はあるのかも」
【やはりか! それなら分かるぞ。ならばアレじゃな! アレ! そうじゃ、『初期装備透明化』!】
「何であんたはそういう余計な能力ばっかり作るんだよ!」
【いや、じゃって選んだのはおぬしじゃし】
「くぅ、この、ホントに、あんたって人はぁああ!」
【人じゃないもん。神じゃもん】
「くぅぅぅぅう!」
この大人げない三歳児に何か痛烈な一言を浴びせ倒してやりたかったが、そんな時間はない。
今は周りに人影はないが、こうやってくだらない言い争いをしている間にも誰かがやってくる可能性はどんどん上がっているのだ。
「ふー。まあ、今はその話はいいや。それよりこれ、どうすればいい?」
【え? ふつーに誰かに頼んで服借りればいいじゃろ?】
「あのね! いくら何でもこの格好で人前に出れるワケないだろ!」
【そうか? んー。最後の手段は、あるにはあるんじゃけどなぁ】
「それは、どんな?」
【ある意味定番の方法じゃよ。まず、大きめの木を見つけてじゃな。その近くに落ちている葉っぱを……】
「あ、オチ見えたからもういいや」
【葉っぱを拾って、股間に……】
「だからもういいって」
【通称『忍法木の葉かく……】
「いいからだまれぇえええええええええええええええ!」
鋼の大声に、耳がキーンとなった神様は、しばらく黙った。
【なんじゃよもぉ。せっかくのアドバイスじゃったのに……】
「頼むから司法当局ににらまれないタイプの解決法を教えてくれよ」
【むぅ。仕方ないのう。もしかすると、こういう時に使えるタレントを習得しとるかもしれん。それを試してみるか?】
「あるなら最初からそういうのにしといてくれよ!」
鋼は半泣きで懇願したが、シロニャがこのくらいで方針を変えないのはもう鋼にも分かっていた。
とりあえず見た目全裸を回避するため、シロニャの指示に従うことを泣く泣く決意する。
【よーし。ではまずは『配色変更!』と大声で叫んでみるのじゃ】
「は、配色変更!!!」
無人の野原に鋼の声が響く。
コウは おたけびを あげた。
しかし なにも おこらなかった
「何も起こらないじゃないか!」
しかも結構はずかしかった。鋼の顔は少し赤くなっていた。
【うむ。『衣装配色変更』のタレントは所持しとらんようじゃの。
なら次は『燃えろ俺のコスモ!』と言ってくれるかの?】
「……………………………………………………も、もえろおれのこすも」
鋼が小声でそう口にした次の瞬間、鋼の服が突然光を放ち、黄金色に輝いた。
【おおお! おぬしは『黄金聖闘士化』のタレントを取得しとったようじゃの】
「黄金聖闘士って?」
【う、うむ。ペガサスとか、ドラゴンとかのかっこいい金ぴかの闘士のことじゃ】
「いや、それだけじゃ意味分からないんだけど」
【う、正直言うとワシもテレビCMでしか見たことないので、よく分からんのじゃ。
でもとにかく、『黄金聖闘士化』をすると装備が全部金ぴかになるので、全裸を免れるはずじゃ!】
「それ以外の効果は?」
【特にない! でもかっこいいじゃろ?】
「……まあ、全裸じゃなきゃどうでもいいけどさ」
鋼はだんだんと、あきらめの境地に達しようとしていた。
「あ、人だ!」
大声で叫んだり、金ぴかになったりしていたせいか、森の奥からこの世界の住人とおぼしき人間が向かってきていた。
「あの長い耳、エル、フ?」
こちらに小走りでやってくるのは、ファンタジー世界の魔法使いが着るようなローブを身に着けた細身の男性。
しかも、地球の人間ではありえないほどに耳が尖っている。
【おお。そういえば転生前に言い忘れとったが、そちらの世界にはたくさんの亜人がおるぞ。
定番のエルフにドワーフ、ホビット、あとはちびのハーフリングや、トカゲ人間のドラコニアンなんかもおるの。
亜人の中ではエルフなんか比較的よく見る方じゃ】
ほんの数時間前の鋼だったら信じられないようなシロニャの台詞も、さすがに実物を目の前にしては説得力が違った。
「こ、こんにちは! 今日はいい天気ですね!」
初めての異種族間交流。せいぜい愛想よくしようと、鋼は元気よくあいさつをしたのだが、
「fwf; aampwa zv.@gk jvawie?」
言葉が通じない!
相手が何を言っているのか鋼にはさっぱり分からなかったし、相手も鋼が何を言っているのか全く分かっていないようだった。
「これは、よくないんじゃないか……」
言葉が通じないなどと考えてはいなかったので、あまり深く考えはしなかったが、誰もいない場所で大声で叫び倒している見慣れない金ぴかの男。
これって結構怪しい感じじゃないだろうか。
「wja wfj;di ebohz;gijr ajo?」
エルフの男性がふたたび話しかけてくるが、やっぱり何を言っているのか分からない。
見た感じでは急に警察に突き出されるような雰囲気でもないが、言葉が通じなければ事態の打開を図りようもない。
エルフの男性の方も、言葉が通じないことは分かったようだが、どう対応していいか分からず困惑しているようだった。
お互いに手詰まりになった、その時、
――クウゥゥゥゥゥ。
鋼のお腹が、心細げな音を出した。
転生したてというのは、どうやらお腹が減るらしい。
しかしそれは、どんな言葉よりも雄弁に鋼の状況を伝えてくれたようだ。
心もち難しい顔をしていたエルフの男性も、これには破顔一笑、ついてこいとばかりに前に立って歩き出した。
もしかすると、人里に出れば鋼の言葉が分かる人にも出会えるかもしれない。
鋼は嬉々としてエルフの後をついていくのだった。
鋼がエルフの男に連れて来られた場所は、石造りの建物が並ぶ街だった。
海外旅行の経験はないからよく分からないが、ヨーロッパの古い町並みはもしかしたらこんな風なのかもしれない、と思わせるような光景だ。
同時にそれは、この街がよくゲームに出てくる街そのものだということで、街の人に突然「ハマジリの町にようこそ!」とか声をかけられても鋼は大して驚かなかっただろう。
とはいえ実際には街には多くの人がいたが、彼らが話しているのはやはり鋼にとっては異国語で、何を言っているのかさっぱり分からない。
当然だが、この街に日本語を話せる人間はいないようで、鋼を大変がっかりさせた。
【普通は転生しても赤ん坊からのスタートじゃからの。子供の内に言葉なんぞ自然に覚えるんじゃが】
まだオラクルでつながっていたのか、聞かれてもいないのにシロニャがそう補足する。
そんなことを言われても、鋼には今さらどうしようもなかった。
「というか、まだいたんだ、シロニャ」
【うむ。今、ゲームは連コン放置してレベル上げしとるからのう。暇なのじゃ】
「あんた、本当に神様なんだよなぁ?」
ちなみに連コンとは連射機能付きコントローラーの略であり、その機能を使って自動でレベル上げやアイテム集めをすることを、連コン放置と言ったりする。
【失礼な奴じゃな! じゃからこうやってゲームの合間に仕事しとるじゃないか!】
「せめて仕事の合間にゲームしろよ!」
【あ、それよりワシの360連射コントローラー知らんかの? 見当たらなくなっちゃったんじゃが】
「それよりじゃないし、そんなの知らないよ!」
などと頭の中で雑談をしながら、エルフの男性に連れられて街を歩いていると、
「光よ!」
唐突に、鋼にも理解できる言葉が耳に飛び込んできた。
あわてて声の主を探すと、道路の反対側を歩いている、地球で言うシスターのような恰好をした女の人を発見した。何か特別な道具なのか、鋼が現代日本では見たことがないような、ぼんやり光る球のようなものを手にしている。
彼女がどこかに歩き去ってしまう前に、鋼はいそいで駆け寄って声をかける。
「あ、あの! 僕の言葉が分かりますか? 今、たしか『光よ』って言ってましたよね?」
そう呼びかけながら、驚くべきことに、自分が今、日本語以外の言語をしゃべっていることを自覚した。
もしかすると今自分が話しているのがこの女の人の母国語だろうか。
鋼はそんな風にも期待したのだが、
「wjoa waoa w-tj4 bakfkepq」
次にシスターの口から漏れたのは、エルフの男性と同じ言葉のようだった。
ただ、それが伝わらないと分かると、一度考え込むように首をかしげ、身振り手振りで鋼に何かを伝え始めた。
どうやら、ついて来いと言っているらしい。
状況はよく分からないが、もしかするとこれで言葉が通じる人に出会えるかもしれない。
鋼がシスターに声をかけにいってからぽかんとしていた男に丁寧にお辞儀をし、シスターについていくことにする。
エルフの男性は、神経質そうな外見とは裏腹に、気さくに手を振って鋼を送り出してくれた。
案内人を変え、鋼の異世界探訪は続く。