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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十部 魔法学院脱出編
55/102

間章 あるアンフェアな少年の夢

 交通事故だった。死体は見つかっていないが、生きてる見込みはないらしい。





 くすんだ視界の中で、父親がそんな意味のことを口にした瞬間、


 ――ああ、これは夢だな、と確信した。


 そこには何の不思議もない。

 以前にも、何度も何度も繰り返し、同じ夢を見ているからだ。

 だから過去を再現しているはずのその光景も、どこかよく出来た映画を見ているような、こなれ過ぎて、完璧過ぎて、どこか現実味がないように映る。



(最近あいつの姿を見ないな。

 借りてたゲーム、オレはもうクリアしちゃったんだけどな)


 『あいつ』が事故にあって数日は、間抜けにも『オレ』はそんな風に呑気に構え、その裏にある残酷な真実なんて想像することもなく生きていた。





 当時の『オレ』が『あいつ』に起こったことを知ったのは、『あいつ』からの音沙汰がなくなって二週間も経った頃。

 そしてたぶん、『あいつ』が死んでから十三日が過ぎた後だった。


 その日、いつもより少し遅く仕事から帰ってきた父親は、『オレ』に淡々と『あいつ』にまつわる事実を告げた。

 そこで『オレ』は、初めて『あいつ』を襲った悲劇の存在を知る。



 『あいつ』がこっちに何の連絡も寄越さないのは、『あいつ』の意思ではなく、事故に遭ったから。

 事故の原因は、車道に飛び出していた動物を『あいつ』が助けようとしたせいらしい。

 事故の現場を見ていた目撃者の証言では、轢かれそうになっていたのは白がちな三毛猫に見えたが、猫は事故後すぐに逃げ出してしまったそうなので、はっきりとは分からないそうだ。


 だが、そんなことは『オレ』には関係がなかった。

 『あいつ』は猫が好きだったが、それ以上に底抜けに優しい奴だった。

 車道にいた動物が犬だろうがハムスターだろうが狐だろうが、何だって助けに飛び出しただろう。たとえそれがカエルだったとしても助けたかもしれない。


 目撃者が言うには、車道に飛び出してしまった猫がいて、それを『あいつ』が助けに入って、そこをスピード無視をしたトラックが通りかかり、いや、もしかすると逆で、トラックが通りかかったところに猫を見かけたから助けたのかもしれないが、その辺りはどうでもいい。

 結果として猫は助かり、『あいつ』はトラックに轢かれて宙を舞い、地面に投げ出されたらしい。


 そこからの証言は、途端に曖昧になる。

 トラックは、人を轢いたことに恐怖したのか、その先の山道に向かって更に加速して逃走。

 地面に倒れた『あいつ』の体は人形のようにピクリとも動かず、何かで切ったのか、あるいはよっぽど当たり所が悪かったのか、明らかに致死量ではないかと思われるほどの出血をしていたそうだ。

 その一部始終を見ていたその人はハッと我に返って警察に電話、その後慌てて現場に駆けつけてみると、もう『あいつ』の死体はなく、ただ地面に血の痕だけが残されていたとか。


 都会の真ん中なら死体が消えるなんてありえないのだけれど、残念ながらそこは『あいつ』の家族が旅行で訪れた山の中で、ガードレールの向こうは崖だった。

 轢かれた『あいつ』が錯乱し、最後の力で山に落ちたかと考えられ、連絡を受けた警察と、それから『あいつ』の両親がやってきて、ほとんど半狂乱になって捜索をしたようだけれど、『あいつ』の姿はどこにも見当たらず、ただ地面に残された血の量と、複数の目撃者の証言から、生存は絶望的だという事実だけが残った。


 その事故から約二週間。山道で結構なスピードを出していたというのに『あいつ』を轢いた車はそれ以上事故を起こしたりせずにうまく逃げおおせたらしく、轢き逃げの犯人はつかまらず、『あいつ』の死体もやはり見つからなかったそうだ。

 それでも進展がなかったワケではない。ごねる『あいつ』の両親を、その親である祖父母、つまり結城家のおじいちゃんとおばあちゃんが「何事にも区切りは必要だ。お前たちも自分の生活をしなくてはならない」と説得して、とうとう『あいつ』の葬式を出すことになったらしい。


 父親の話はまるで夢の中の話のようで、夢を見ていないはずの過去の『オレ』は、今と同じようにまるで夢を見ているようだと考えていた。

 けれどこの話の最大の悲劇は、『オレ』が体験しているこれが全て現実にあったことだという一点に絞られるのであって、父親の話を聞いたその三日後には、『オレ』は学校を休んで『あいつ』の葬式に参列していた。





 おかしな匂いのする見慣れない建物の中に、やはり慣れない格好をしたたくさんの人が詰まっている光景には、子供心に違和感しか覚えなかった。お坊さんの上げるお経が耳障りで、お焼香の仕方もよく分からなくて、正面に飾られた『あいつ』の楽しそうな笑顔が、やけに癇に障った。


 その場違いな笑顔を見ていると、一緒にいた時の楽しい思い出ばかりが浮かんで、胸が苦しくなる。『あいつ』はいつも楽しそうで、『オレ』に無理矢理に自分の好きなゲームを押し付けたり、『オレ』を無理矢理外に連れ出して一緒に冒険ごっこをしたり、『オレ』をさんざん振り回しては喜んでいた。歌がやけにうまくて、なのにわざと調子っぱずれな声で、「ぼーくはうまれかわったらねーこになるー!」なんて歌っていたのも覚えている。

 今にして思えば、『オレ』も『あいつ』も年に似合わない厨二病だったのかもしれない。それでも二人でバカなことを言い合うのが楽しくて、『オレ』たちはずっと、夕方になるまで遊んでいた。


 空っぽのお棺を睨み付けながら、『オレ』はふと、『あいつ』は猫に生まれ変われたかな、なんてことを考えて、考えてしまって、そうしたらもうダメだった。こんな場所で泣かないと決めたはずなのに、こんなところに『あいつ』はいないのだと分かっていたはずなのに、両目から熱い物があふれてきて止まらなかった。

 立ち竦んだまま、ぬぐいもせずにぼたぼたと地面に滴を落とす『オレ』の耳に、どこからか猫の鳴き声が聞こえた気がした。




 家に帰った『オレ』がまずやったのは、泣くことでも悲しむことでも悔やむことでもなく、荷物の整理だった。

 『オレ』の家に残っているゲームやマンガのほとんどは、『あいつ』が置いて行った物だ。本来の持ち主がいなくなったその荷物と一緒に日々を過ごすことは、その時の『オレ』にはとても耐えられないことだった。

 どれ一つとっても『あいつ』との思い出が詰まっていない物はない。それらを全部まとめて、どこかに捨ててしまうつもりだった。


 内容を出来るだけ見ないようにしながら、大きな袋の中にどんどん詰め込んでいく。機械的に、追い立てられるように、どんどんどんどんと詰め込んでいく。

 そして最後の一つを手に取った時、思わず『オレ』の手が止まった。それは、『あいつ』が最後に貸してくれたゲームソフトだった。


 ゲームの内容は単純で、剣と魔法のファンタジー世界の冒険者になって、魔物と戦ったり住民からの依頼をこなしたりする、典型的なRPGだ。『あいつ』のセーブデータも一緒に受け取っていたが、飽きっぽい『あいつ』のデータなんてすぐに抜かして、『オレ』の方がすぐにクリアしてしまった。

 『あいつ』が生きていたなら特に思い入れを感じることのなかったはずの、何の変哲もないゲームソフト。なのに、これを貸してくれた時の『あいつ』の笑顔が脳裏をかすめて、じわりと視界がにじんでくる。


 それでも未練を振り切って『オレ』がそのソフトを袋に放り込もうとした時、


「にゃぁ…」


 まるで、それを引き留めるように、猫の鳴き声が聞こえた。



「お前、なのか…?」

 自分でも、その時なんでそんなことを言ったのか分からない。

 けれど、いつの間にか現れたその猫は、ゲームソフトを捨てようとする『オレ』の手を押し留め、『オレ』の問いを肯定するように、もう一度、にゃぁ、と鳴いた。


 その猫は『オレ』の前に来ると、人のように器用に、自分の右前足を差し出した。差し出されたそこには、見覚えのある紙が結ばれていた。

「お前、それ……」

 忘れもしない。その手に巻き付けられていた紙は、『あいつ』と二人、ゲームの攻略で大事な情報をメモするのに使っていた、クマの絵が描かれたメモ帳だった。


 『オレ』は震える手でその紙を開くと、そこには平仮名だらけで、まるで利き腕じゃない手で書いたような、ふにゃふにゃな字で、こう書いてあった。



『ぼ くの でー た   れべる 99ま であげとい て』



 それを読んだ瞬間、『オレ』は叫んでいた。

「もっとほかになかったのかよ!!」

 いくら何でも、こんなの最後の言葉にしてはひどすぎる、と思った。

 こんな時に書く言葉じゃないし、こんなことしたって何の意味もない。

 本当に心の底から自分の死を悼んでいる人間にやることじゃない。

 その時の『オレ』は子供過ぎて、本当はそんなにきちんと自分の想いを言葉にできなかったが、大体そんなことを思った。


 なのにその猫は、楽しそうににゃぁ、にゃぁと鳴いて、まるで喜んでいるみたいだった。

「鳴いてるんじゃねーよ! そもそもこのゲーム、レベル50でおわりだよ!」

 『オレ』もそれに叫び返しながら、本当はもう分かっていた。

 大事な場面だろうが何だろうが、こんな軽くてバカみたいなノリこそが、いつもの『オレ』たちの雰囲気で、姿は変わっても、『あいつ』は『あいつ』として、『オレ』に会いに来てくれたんだってことが。


『……ネ』


 そして、『オレ』は、ついさっきまで一緒に騒いでいたはずの猫が、なぜかこっちをじっと見て、止まっているのに気付く。


『…ガネ』


 見ると、その猫の小さな口が動いている。

 なのに、その声は遠すぎて『オレ』には聞こえなかった。

 『オレ』はその声を聞こうと、必死で耳を澄ます。















『ハガネ!』














 耳元で呼ばれた自分の名前に、慌てて飛び起きた。


「あ、やっと起きた」


 目を覚ました時、目の前にいたのは、『あいつ』とも、もちろん猫とも似ても似つかない少女だった。


「あれ、オレ、は……」

 言いかけて、頭を振る。

 自分のことを『オレ』なんて言っていたのは遥か昔。

 小学生のくせに厨二病全開で、それこそ「勇者王に、オレはなる!」なんて息巻いていた十年以上前の話だ。


 だから、

「ぼく、は、僕は、どうしてたんだっけ?」

 だから、これが正解だ。

 だというのに、なぜかしっくりこない気もしていた。

 たぶん、まだ頭が体についていけていない。

 状況の把握が出来ていなかった。


 それを見た目の前の少女、ほんの数日前に知り合ったリリーア・マリルリールが、僕に呆れたような目を向ける。

「まだ寝ぼけてるの? やっぱり疲れてるんじゃない?

 さっきもうなされてたみたいだし、なんかひどい夢、見てたんでしょ?」

「そう、だったっけ?」

 よく分からない。

 夢の記憶はまだ残っているけれど、胸に迫るあの情動は、僕の胸を焼いた渇望と寂寥の想いは、現実への覚醒と共にどこかへ行ってしまったように思う。


 想いの芯をなくした僕は、それでも自分に問いかける。

 さっきの夢は、僕にとって、本当にひどい夢だったのだろうか、と。

 たしかに、悲しさばかりが詰まった夢だったようには思う。

 でも、懐かしい人のことを思い出せたのだから、僕にとってはいい夢だったようにも思えるのだけれど。


「あんたさ。もしかして、何か大きなトラウマでも持ってたりするワケ?」

 突然、リリーアがそんなことを聞いてくる。

「何で? そういうの、全くないけど?」

 僕を見て、そういう発想が生まれるということ自体が理解不能だった。

 自分で言うのも何だけど、そういう物とは一番縁遠い人間だと自覚しているのに。


「そ、ならいいけど」

 単なる思いつきだったのだろうか。

 彼女は軽く流すと、

「あ、ちょっと待って」

 起き上がろうとした僕を、両手で押し留めた。


 彼女の手のひらの熱が胸に染み込んでいくような気がして、なぜだかむずがゆかった。アイドルなんて物をやっている彼女が、絶世の美少女だということを、どうしてかこんな時ばかり意識してしまう。

「な、何を……」

 僕の動揺になんて微塵も気付かないまま、彼女の顔がぐっと近付いてくる。

 僕は身も世もなく悲鳴を上げそうになって、必死でそれを押し殺した。


「動かないで」

 むずがる僕を押さえつけるみたいに、僕の心臓の上に置いた彼女の手に力がこもる。

 そして伸ばされた反対側の手にハンカチを掴んで、彼女はそれを僕の目元に押し付ける。ほんの数瞬、彼女の長いまつ毛が、二、三度、瞬くくらいの時間を置いて、

「もう、いいわよ」

 彼女は何もなかったみたいに僕から離れていった。

 それから、僕を一瞬、何か哀しい物でも見るかのように一瞥して、

「……別に、何でもないわよ。ただ、ゴミが、ついてたから」

 弁解するみたいにそう言って、僕とは反対側の部屋の隅へ。

 そして、

「顔、洗って来たら?」

 そっけなく言って、自分の定位置に座り込んだ。





 レメデス先生の用意したこの独房のような部屋にも、一応別室で風呂とトイレ、それから洗面台くらいはついている。

 リリーアの勧め通りに、洗面台の蛇口をひねって水を出し、荒っぽく顔に水をかける。冷たい水を浴びて、ようやく頭がはっきりとしてきた気がした。

 鏡に映る自分の顔を見る。

 ちょっと目元が赤くなっている気はするものの、それはやっぱりいつもの自分の顔。17、いや、こっちに来て少し若くなった15歳の、いつもの結城 鋼の顔だった。


「もう、あれから十年も経つんだよなぁ……」

 そうして、僕はもう一度さっきの夢のことを思い出す。

 十年前に死んだ仲の良かった従兄弟の夢で、それから一年くらいは何度も何度も繰り返し見ていたから、もうおなじみとも言える、そんな夢だった。


 基本的には僕の過去をベースにしているので、多少の記憶違いはあるかもしれないが、今朝の夢で起こったことは、最後の場面で猫が僕の名前を呼んだこと以外は本当にあったことだ。

 最後の場面については……『あいつ』が僕のことを『ハガネ』なんて呼んだことはなかったから、きっと現実でリリーアが僕の名前を呼んでいたのとごっちゃになったのだろうと思う。


 あの後、つまりあの夢の場面より後の話をすると、それからの僕は、前と比べて少し性格が変わったとよく言われる。

 昔の僕は、ませていたけれどどちらかというと活発な子供だったが、『あいつ』が死んでからは、外に出て遊ぶよりも家でゲームをしたり、本を読んだりするのを好むようになった。

 変化はそれだけではない。もしかすると『あいつ』のしゃべり方が移ったのだろうか。自分のことを『オレ』ではなく『僕』と呼ぶようになったのも、たしかこの時期からだったと思う。


 ちなみに、僕の部屋を訪ねてきたあの猫は、僕とひとしきり騒いで、僕がちょっと目を離した隙にいなくなっていた。

 下手な字で書かれたメモは残っていたから、それが夢だったということはないと思う。でも、あの猫が僕を訪れることは、あれから二度となかった。


「まったく、さぁ……」

 思わず口から、ため息が漏れる。

「どうして、いなくなっちゃったり、したんだかね……」

 恨み言でも口にしていないと、よみがえってしまった情動が、目の奥からこぼれ落ちてしまいそうだった。

「こっちはもう一度、お前と話したいって、言うのにさ……」

 そう言って、結局は堪え切れない涙を、その目にあふれさせた時、





「にゃぁ…」





 それはまるで、あの時、あの瞬間の、焼き直しのように。

 僕の視線の先、水で濡れて歪んだ鏡の中。その、情けなく泣きじゃくる僕の顔の横には、小さな猫の姿があった。


「お前、なのか…?」

 恐る恐る、けれど確信をもって僕が問いかけると、鏡の中の猫は、照れたようにもう一度、にゃぁ、と鳴いた。


「あ、はは……」

 信じられなくて、夢みたいで、でも夢ではないことがうれしくて、自然と口からかすれた笑いが漏れる。


「また、さ。たくさん話をしようよ」

 振り返ったら消えてしまいそうで、僕は、僕たちは、鏡越しに見つめ合ったまま話をする。


「ゲームの話とか、マンガの話とか、何でもいいんだ」

 目の前がどんどんぼやけていく。視界が涙でにじんで、鏡の中の猫の姿が、水で歪んでいるのか涙で歪んでいるのか、分からなくなる。


「お前がどんな存在かとか、どんな姿をしてるかとか、そんなの関係ないんだ。

 ただ僕は、お前が傍にいなくなったのが、悲しくて、寂しく、て、だから…っ」

 涙で、喉が詰まる。

 たくさん話したいことがあるはずなのに、口はうまく動いてくれない。


 すると、鏡の中の猫が顔を上げ、








「わ、ワシもなのじゃよ! コウ!」








 しゃべった。


「……え? いや、え?」


 猫が、しゃべった?

 いや、というか、


 ――これ、ちがくね?


 そんな僕の不安を、加速させるように、


「そ、その、本当はあのあといつでもこの姿で会いに行けたのじゃが、あのときはほら、アレじゃろ、あんなことがあったものじゃからちょっと気まずくて、昨日魔法学院とやらに連れていかれてからは忙しそうじゃったのでジャマしちゃ悪いじゃろうと思っておとなしくしておったのじゃが、まさかおぬしがワシのことをそんな風に思っていてくれたとは露ほども思っておらず、今日もおぬしが一人になったからチャンスじゃと思ったのじゃがこんな姿で会いに行って歓迎されるかどうか不安で、もしおぬしが顔を洗ったあとすぐに部屋にもどってしまったら今日会うのはやめようと思っていたのじゃがやっぱり決断してよかったのじゃとワシはちょっと前のワシをほめて……」


 立て板にシャワーくらいの勢いで、ものすごい饒舌に鏡の中の猫はしゃべり倒していた。


「ちょ、ちょっと待って」

 もはや演説レベルのそのおしゃべりを中断させ、僕は声の主をたしかめようとあわてて振り返って、

「うあ、ぁああ!」

 声にならない声が口から這いずり出た。


 鏡越しではぼやけていて分からなかったが、そこにいたのは明らかに見覚えのある白い猫。僕が車に轢かれて死んだ日に見た猫で、つまりとある神様がお猫様トラップだとか言って変身していた猫に寸分違わずそっくりで。

 というかそもそも、十年前に見た猫は白猫じゃなかったことを今さら思い出す。


 どうしたのじゃ、とばかりにつぶらな瞳で見つめられて、僕はようやく、認めがたい事実を認めようと口を開いた。


「ええと……シロニャ?」


 返事は当然、


「そうなのじゃよ! 猫になって、おぬしに会いに来たのじゃ!」


 とっても元気のいい肯定でした。



 発覚したとんでもない勘違いに、頭がくらくらした。

 そりゃあ今までの十年間、まったく出て来なかった『あいつ』が、偶然夢に見たからってこんな異世界まで出張してくるはずなんてない。

 ちょっと考えれば、分かったことなんだけど……。


 目の前が暗くなるような思いをしながら、僕が視線を前にもどすと、

「ん?」

 白猫、というかシロニャが、何かを期待するみたいにこちらを見上げて、くいっ、くいっ、と、前足を動かしていた。


 しばらく考え込んでしまったが、

「ああ、そうか。ほら、おいで」

 シロニャが望んでいるものを読み取ると、僕はシロニャを迎え入れるように両手を開いた。

 ……うん。だって基本、僕は猫が好きだし。


「コウー!」


 それを見たシロニャが、たっぷり助走をつけて、僕の胸に飛び込んでくる。





 飛びついてくるシロニャを、胸の中に受け止めながら、僕は、


「ごめん、アイちゃん」


 十年前に死んだ僕の従姉、篠塚 藍理に、小さく謝ったのだった。



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