第四十七章 逆転の秘策
実は、懸念していた鋼魔法使えない疑惑だが、すぐに解決した。
レメデス先生は、普通の人間だったら爆死するくらいの魔力を注ぎ込み、強制的に体内に眠っている魔力を覚醒させる、とか何とか、少年漫画にしか存在しない方法を提案したのだが、生徒三人の猛反対にあってさすがに却下。
魔力がゼロでは自力で魔法は使えないが、MPがあるのなら魔法の素質はあるかもしれず、だったら魔道具を使って魔法を使ってみたらいつか魔力が上がるかもしれない、とリリーアが提案。
だったら適当な魔道具を、となったところで、突如ブルブルと鋼の腰で木の枝が震えた。もしやと鋼がルーペを使って見てみると、
『伝説の』『名状しがたき』『殺戮好きの』『凄く嫉妬深い』『鋼愛主義の』『名を呼ぶことも畏れ多い』『相棒と呼ばれたら嬉しい』『ハガネ様専用の』『どんどん成長する』『世界創造の』『ヒロ――――――――いる』『もちろん魔道具としても使える』ただの木の枝『ワールドエンド・ブランチ』+24121
とのことで、また嫉妬されても困るという事情もあり、相棒の木の枝を魔道具に採用。
加えて、鋼も最初から薄々と勘付いてはいたのだが、どうもこの木の枝、見る度に変化しているととうとう確信。
前回見た時は魔道具関連の物はなかったはずだし、その前に書かれている、真ん中をあわてて消したような謎の文字列もなかったはずだった、きっとこれは『成長する』の効果に違いない、というのが鋼の考察だ。
何はともあれ鋼が嬉々として木の枝を振り回すと、そこから極太レーザーが出現。
対魔術措置は完璧なはずの部屋の壁をぶち抜いてレメデスに叱られ、場所を移動。貸切の魔法練習場で一時間ほど鋼が調子に乗ってレーザーをぶっ放し続けていると、
HP 6679 MP 818
筋力 93 知力 0 魔力 21
敏捷 47 頑強 0 抵抗 0
「なんだこいつ、反則か…!
あ、今22に上がったし!」
鋼のカードを手に取ってモニターしていたリリーアが、ファンには絶対聞かせられない口調で悪態をつくほどの成長を見せ、あっという間に他の同級生たちとほとんど遜色ない水準まで達するに至ったのだった。
だが地獄はここから始まった。
魔法に関しては素質ありとレメデスにも認められた鋼だが、魔力面で落ちこぼれる可能性がなさそうだと分かると、レメデスの指導も容赦がなくなったのだ。
その後、鋼の知識不足、というより魔法や歴史、神学に関する知識が皆無だということが露見したため、座学全般が苦手なクリスティナと一緒に地獄のスパルタ講義が始まった。
ちょうどその話をしていたらしいので、という理由でこの世界の神様について、から特別講義スタート。最初の内は、さっきも話に出て来た、戦の神でもある光の女神『ルウィーニア』や、謎の魔神『ラビティータ』、悪戯好きでとにかく余計なことしかしないという闇の神『リリイア』(ちなみにリリーアという名前はこの辺りから来たらしい)、神の声が聞けるだけの人間だったはずが、成り行きで神の力を得て神に昇格してしまった審判の神『審神者』、天界屈指のスピード狂で、神様っぽいことは全くしない風の神『ストライト』、などなど、色々と興味深い話が多かったのだが、それでも一時間以上も自分が全く聞いたこともない知識ばかりを詰め込まれれば、集中力も途切れてくる。
だがそれを許さないのがレメデスだった。鋼やクリスティナの意識が講義から逸れた瞬間、レメデスから狙い澄ましたように質問が飛び、答えられないと容赦なく罵声かチョークか魔法が飛んでくる。
幸いなことに鋼には『瞬間記憶復元』があり、出来事の流れや人物の詳しい説明などは無理だったが、人物名や著作などの固有名詞、それに有名な言葉などは、一度見たり聞いたりすれば忘れることはない。
いや、まあ実際には忘れるのだが、瞬時に思い出せた。
あとチョークはともかく魔法は当たった瞬間何かしらのタレントで無効化したりするので、被害はむしろ周りの人に行くことになった。
そして、一方のリリーアを襲ったのは、アイドル活動中サボりにサボった実技課題の数々。見かけや言動に依らず、実に頭脳明晰だったリリーアは、一年生が前期でやるべき座学の課題を前もってほとんど片づけていたのだが、実技についてはそうもいかなかったらしい。
「くぅぅ。アイドルの下積みに比べればぁ…!」
と踏ん張ってはいたが、こちらはこちらで色々と過酷そうだった。
そんなリリーアの苦闘ぶりを見ていると、
「もちろんあんたにも、後であれのフルコースを堪能させてやるよ」
なんてレメデスに宣言されたのは、鋼にとってさらなる過酷な事実だったのだが。
しばらくしてようやく、
「仕方ない。わたしも他の授業があるからね。
今日はとりあえずここまでにしてやるか」
とレメデスが言って部屋を出て行った時、鋼たち三人が一人残らず地面にへたり込んだと言えば、その特別授業とやらがどれだけ大変だったか分かるだろう。
レメデスが出て行った後、疲労困憊し、最後の一滴まで体力を使い果たした鋼たちは、その独房のような部屋ですぐさま泥のような眠りについた……りはしなかった。
「これで、あんたにも、分かったでしょ。
この、魔法学院の、恐ろしさって、奴が……」
魔力の使いすぎでフラフラになりながらも、リリーアが言うと、
「たしかに、連日でこれはきつそうだなぁ」
つらかったとはいえ、途中から意外と無理なくこなせていて余裕があった鋼と、
「わたしぃ、こんな生活が続いたら、きっといつかレメデス先生を焼き殺しにかかると思いますぅ……」
それとは対照的に、よろよろになって、やけにギラギラと危ない目をしてそんなことをのたまうクリスティナ。
「けど、やっぱり追い付くまで部屋に缶詰とかは困るな。
みんな心配しているだろうし……」
考えてしまうのは、やっぱり仲間のことだ。
もちろん身の安全とかそんな物は心配するだけ無駄なメンバーではあるが、真面目なアスティ辺りは本気で困っている可能性もある。
できるだけ早く連絡、もしできれば合流、したかった。
そんな愚痴を漏らす二人を見て、リリーアはなぜか笑みをこぼした。
「そう。そうよね。よかったわ。二人がそういう意見で」
それはあまりに薄情な態度にも見える。
しかし鋼は、その奥に何かの思惑を見て取った。
「何か、考えがあるのか?」
鋼の問いに、
「……三か月よ」
リリーアは、答えにならない答えを返した。
当然鋼には、何の話だか分からない。
「三か月って、何がだ?」
その鋼の困惑を、楽しむように、
「あと三か月で、ここを出られる計画があるって言ったら、あなたはどうする?」
リリーアは優雅とも言える微笑を浮かべ、そんな風に鋼を誘ったのだった。
「この部屋の唯一のいいところは、脱走防止の色々な術式のおかげで、盗聴の心配がないってことね」
とうそぶくリリーアを中心に、鋼たちは疲れた体に鞭打って三人で車座になって集まった。
それを見届けて、リリーアがまず口を開く。
「それでは、わたしたちの計画を説明するわね」
「わたしたち?」
「そう、わたしと、クリスティナ。それと、もしかするとあんたの計画よ」
その言葉に鋼がクリスティナを見ると、
「はい! わたしとリリーアさんは、仲間なんです!」
何ともうれしそうな言葉が返ってきた。
「わたしはアイドルを続けるため、クリスティナは外で冒険者を続けるため。
協力してこの学院を出ようと前から話し合っていたの」
「そんなにアイドルやりたいなら、どうしてこの学院に来たんだ?」
鋼がつい我慢し切れずに尋ねると、リリーアは渋い顔をした。
「父親との約束なのよ。魔法学院に入らないと、アイドル活動は認めないって。
どうせ両立なんてできっこないと思ってたんでしょうけど、お生憎様。
世界初の魔法学院生アイドルって箔がついて、仕事もグンと増えたわ」
「それはまた……」
鋼は思わず言葉を失った。
「ただ、さすがに学院に在籍しながらだと限界があるしね。
出られるものなら、すぐに出たいってワケ」
「なるほどね。
あ、そういえば、学院の生徒たちもリリーアがアイドルだって知ってるのか?」
アイドルが同級生で、しかもこんな気の強い人間だと分かったら驚きそうなものだ。
「当たり前でしょ。隣にいて気付かれないとか、そんなしょっぽい知名度してないわよ。
……ま、ごく一部の失礼な奴には名前を間違えられたりもするけどね」
「あはは」
ギラリ、と刺すような視線が飛んできて、鋼は苦笑いした。
「あ、言っておくけど、学院の中でもわたしはちゃんとアイドルやってるから、部屋の外ではわたしに気安く話しかけないでね」
「……まあ、努力するよ」
初対面からこちら、どんどんアイドルのメッキが剥がれてきている気がする。
アイドルというのは本当に幻想の世界の存在なのだと、身をもって感じる今日この頃であった。
「それで、具体的にはどうするんだ?
また脱走するとか?」
鋼としては、外には出たいものの、あまり荒っぽい方法は取りたくはなかった。
彼女たちの計画の内容次第では、決別するかもしれないな、と思っていたのだが……。
「そんなことしないわよ。
そりゃ、わたしも隙を見て一度外に出たけど、そんなの所詮一時しのぎ。
すぐに連れ戻されるって分かったし、そんなんじゃ逃げるみたいでおもしろくないじゃない」
リリーアの目が好戦的に光る。
「あふ。わたしは、冒険者さえできればぁ、何でもいいんですけどねー」
この期に及んで眠そうな目をしてあくび交じりにそんなことを言うクリスティナとは対照的だった。
「わたしはあくまで、合法的に、完全に誰からも文句を言われない形で、この学校を颯爽と出ていきたいの。
そこで目をつけたのがこれ、一級魔術師認定制度よ!」
そう言ってリリーアが出してきたのは、小さなパンフレットだった。
「基本的に卒業っていうのは魔術師の資格を得ることなんだけど、この学院でもらえる可能性のある魔術師の資格は三種類。
簡単に言うと、ここで三年勉強すれば二級魔術師の資格が、そこからさらにがんばって研究をして、それが認められると一級魔術師の資格が手に入るの。
さらにものすごい功績を上げた人には特級魔術師なんて資格も授与されるらしいけど、まあこれはとりあえず関係ないわね」
「へぇ。なんか本当に大学みたいな……あ、いや、それで?」
「カリキュラムの関係上、どんなに優秀でも、どうしても三年間かけないと二級魔術師の資格は取れない。
だけど、その上の資格、一級魔術師の資格なら、実は二級魔術師の資格がなくても、自分の研究が認められるだけで取得することができるって分かったの」
「じゃあ、もしかして……」
ここまで言われれば、鈍い鋼にでも分かる。
それを読み取って、リリーアは心底愉快そうに破顔した。
「そう。どうしても時間のかかる二級魔術師をすっ飛ばして、一足飛びに一級魔術師になって卒業してしまおうっていうのが、わたしの計画よ!」
鋼の度肝を抜く、それは大胆な計画だった。
「いい? 一級魔術師になるには、自分の研究成果を先生に見せて、そこで優秀な物だと認められる必要があるの。
そこで認められる研究は大きく分けて四つ」
リリーアの説明は続く。
「一つが魔法理論。魔法はこうやってできているとか、こういう風に魔法を使えば効率がよくなるとか、魔法全般に対する画期的な理論を確立できれば、必ず認められるそうよ。
ただ、これはもう開拓され尽くした分野で、ここ五十年ほど、新しい魔法の理論は見つかっていない。絶望的ね」
「ならそれはパスだね」
能力はともかく、知識面で鋼が何かできるはずもない。
「二つ目は古い魔道書の解読。魔術師なんてひねくれ者が多いし、特に千年以上前に書かれた魔道書なんかはそもそもの魔法言語を使って書かれたりしているから、強力な代わりに難解で、今も解読されていない物は多くあるわ。
魔法理論よりは有望かなと思って、わたしもちょっとは期待してたんだけど」
そこでリリーアに、はいこれ、と本を渡された。
ぱらぱらとめくってみるが、正直さっぱりだった。
所々読める単語はあるものの、全体としては何を書いているのだか意味不明だ。
「これを読めばいい、ってこと?」
鋼が尋ねると、リリーアは乾いた笑いを返してきた。
「なら、いいんだけどね。それ、学院で解読の方法を習うのに使う、一番簡単なテキスト」
「ええっ!?」
「モノは五百年くらい前の偏屈な魔法使いが書いたものらしくてね。
五百年でこれだから、千年以上だったらどうなるか、あんたにも分かるでしょ」
「うわぁ……」
想像するだに恐ろしい、という奴だった。
「ま、二千年前の本とかでも、神聖文字だったら今でも神聖魔法に使ってたりするから、高位の神官様とかなら読めるんだけどね。
神聖文字で書かれた本だけは古くても全部解読されちゃってるし、そもそも高位神官なんて身近にいないし、これも断念したわ」
というリリーアの言葉には、鋼はあいまいに笑っておいた。
そういえば身近にそんな人がいたような気がするが、今回に限っては役に立たないようだ。
「で、三つ目は有用な新魔法の開発。あるいは有用な古代魔法の復活。
わたしはそんなに魔法のセンスがないから、こっちは半分あきらめてるんだけど……」
そこで、しばらく静かだったクリスティナにリリーアの目が向く。
「ふわぁ? あふ。あ、新魔法、ですかぁ?
はい。考えてますよ? まほうは、ばくはつですからぁ……」
だが眠気が勝っているせいで、どうやら使い物になりそうにない。
「まあこんなだけど、クリスティナの魔法の才能は本物よ。
こっちはクリスティナに任せてるけど、アイテムボックスに使われている、何でも収納できる魔法、みたいなのを開発しているそうよ。
……できるかできないかもわたしにはよく分からないし、どっちみちわたしがこれで卒業するつもりはないんだけど」
「どうして?」
「だって、そんなのわたしの力じゃないじゃない。
クリスティナは共同で開発したことにしてもいいって言ってるけど、わたしはそんなの認めない。
クリスティナには言ってないけど、こいつには自分のために魔法を開発してほしいの」
「そっか……」
きつい性格の裏にあるリリーアの優しい思いを、鋼はたしかにその言葉の中に感じた。
「ふぅ。ずいぶんと話が長くなっちゃったけど、次が最後。
次の四つ目が最後の研究分野、そして、わたしたちの完全な本命よ」
「魔法理論、魔道書、新魔法……それ以外に、何か研究することなんてあったっけ?」
鋼が言うと、リリーアはにこりとした。
それは今日何度か見せた、獰猛で好戦的な、アイドルではない笑い方だった。
「最後の一つは、単純よ。魔法の運用」
「魔法の運用?」
便利な魔法の使い方とかだろうか、と鋼は見当をつけたが、全然違った。
「そう、もっとも実践的な魔法の運用法を見せるの。
……つまり、戦闘よ」
「せ、戦闘?!」
話がいきなり物騒な方に転がってきて、鋼は声を上げた。
「びっくりした? でも、それがわたしがあんたを仲間に欲しい理由」
その動揺すら、自分の手のひらの上でもてあそぶように、リリーアは笑みを見せて、言った。
「ハガネ。あんたには、学院長を倒してほしいの」
――鋼の学院脱出計画の、それが始まりの言葉だった。