第四十六章 ピンクタイフーン
転移が終わった後、
「ふん! わたしはちょっと用事がある。
その間、しばらくここで頭冷やしとくんだね!
脱走仲間と一緒に、な!」
「どわぁ!?」
そう言われて鋼は、レメデスにとある部屋に叩き込まれた。
「いててて。転生直後なら死んでるとこだぞ」
と言いながら、鋼が顔を上げると、
「あ、あんた……」
「あ、あなたは……」
そこには、見覚えのある二人が立っていた。
まず、
「あんたとこんな所で再会するとは思わなかったけど……。
ま、とりあえずようこそ、このクソッタレな独房に」
そう毒舌を吐いて男前に笑ってみせたのは、
「リーリア!?」
「だっからリリーアだって言ってんでしょ何回間違えれば気が済むのよこのスカートめくり魔がぁ!!」
あの武闘大会で実況を務めたリリーアで、
「す、スカートめくり魔?」
そう怯えを含んだ声で言って、じりっと身を乗り出して震えたのが、
「ええと、そっちは『衆生一切焼き打ちのクリスティナ』さん、だったっけ?」
「あ、やっぱり、あの時の人なんですね!?」
昔、クロニャとの対決の前に路上でぶつかったランクB-の冒険者の女の子だった。
思いがけない対面の驚きが終わると、
「なぁんかみんな顔見知りらしいけど、一応自己紹介しときましょうか」
委員長気質なのか、リリーアが仕切りだした。
「顔見知りって言っても、本当に顔を知ってるだけだし。
その方が僕もありがたいかな」
「わ、わたしも構いません!」
残る二人も特に異存はなく、すぐに賛成。
それを受けて、
「そ、じゃあまずわたしからね」
さすがは現役アイドル、ビシッとポーズを決めてリリーアが宣言する。
「わたしはリリーア・マリルリール!
やがて世界の全てを魅了する、超学院生アイドルよ!」
傲慢で傲岸ながら、見ている者が思わず見惚れ、聞く者全てが聞き惚れるようなその宣言は、しかし、
「あれ? リリーアさんの職業って、アイドルじゃなくてバードじゃありませんでしたっけ?」
隣から発せられた一言に寄って凍りついた。
ちなみにバードとは歌を使って味方を補助する職業で、別名は吟遊詩人である。
「今、なんてった?」
ギギギ、と音がしそうな動きで、リリーアがクリスティナを振り返る。
同時に恐ろしいまでのプレッシャーがクリスティナに向けられるのだが、当の本人はそれに気付かず得意げに、
「えへへ。リリーアさんて意外とそそっかしいところあるんですね。
あのですね。勘違いして覚えちゃってるみたいですけど、リリーアさんの職業、アイドルじゃなくてバード……はわっ!?」
「か・ん・ち・が・い・な・ん・て・し・て・な・い・わ・よ!!」
「ひぇっ! ご、ごめ、ごめんなさい…?」
訂正しようとして、リリーアに修正された。
「ほら、あんたも早く自己紹介!」
散々耳を引っ張られた後、ようやく満足したリリーアにクリスティナは背中を押され、自己紹介を始める。
「う、うう。わたし、クリスティナ・ラズベルです。
得意な魔法系統は火で、特技は火の魔法。趣味は火の魔法で、休みの日によくやるのは火の魔法。戦闘の時よく使うのは火の魔法で、日常生活で活用するのは火の魔法。明日世界が滅ぶとしたら最後の日にやりたいのは火の魔法で、死ぬまでに一度食べておきたい食べ物は女体盛りです!」
「いやそこは火の魔法で統一しとこうよ!!」
「え、えぇ? 何でわたし、怒られてるんですかぁ?」
まさか自己紹介にケチをつけられるとは思わなかったのか、クリスティナが涙目で怯えた顔をするが、どうでもいい。
鋼のツッコミ役としての魂は、どうしても彼女の暴挙を見過ごせなかったのだ。
さすがに見かねたのか、リリーアが割って入ってくる。
「あー、聞いての通り、こいつは火の魔法マニアの火の魔法バカで、外では『衆生一切焼き打ちのクリスティナ』なんて呼ばれてる、んだけど、それはあんたも知ってるのよね。
ちなみに、ここでは『学院の最終兵器』なんて呼ばれてたわ」
「そんなにすごいのか?」
鋼が聞くと、リリーアは神妙な顔でうなずいた。
「わたしは今まで、色々な人間を見てきた。
一目会っただけで魅了されるほどのカリスマを持った人や、頼りなさそうに見えてハーレムを作ってる奴、こっちの頭がおかしくなるほど変な奴にも会ったし、この人だけは絶対に敵に回したくないと思った人も何人かはいた。
だけど、こいつは絶対味方にも回したくないと思ったのは、後にも先にも一人だけよ」
「……なるほど」
とにかく、すごいらしい。
もっと詳しく言うと、たぶんすごい迷惑らしい。
さっきまでのやり取りを見ると、納得できてしまうのが恐ろしい。
「それで、僕の番だけど……。
僕はあんまり話すこともないかな。
名前はハガネ・ユーキ、冒険者をしてる。
えっと、よろしく」
鋼はそれだけで簡単に自己紹介を収めようとしたのだが、
「はぁ!? 話すことないとか、適当言ってるんじゃないわよ!
『暴風竜』の魔法を防いだタレントは話すまでもないっての!?
というかあんたがここの生徒だってのも初耳なんだけど!」
「あ、あの、わたし知ってますよ。ハガネさん、英雄さんなんですよね!
あの後三時間くらいかけてギルドに行ってハガネさんのことを受付の人に話したら、『バカモーン! そいつが英雄だ!』みたいなこと言われたので、間違いないと思います!」
二人からの猛バッシングを受けるはめになった。
あらためて説明。
「あー。まず、僕がここの生徒だって知られてないのは、僕が入学してから一度も学校に来たことないから、かな?」
「え、じゃああの一度も学校来てない男子生徒ってあんただったの?!」
心当たりがあったのか、大声を上げるリリーア。
「もしかして、噂になってたりする?」
そこに悪い予感を覚えて、鋼が問いかけると、
「あったり前でしょ。
一度も姿を見たことがない、『幻の転校生』って言ったら生徒たちの間でも有名よ!」
「えぇ!? 別に転校してきたワケでもないのに!?」
なぜか普通に入学したはずなのに、転校あつかいになっていた。
昔から、あだ名というのは謎が多い。
「そ、それより、英雄の話です!
あの、ハガネさんはトーキョの街の英雄なんですよね?」
クリスティナまで好奇心が抑えられない様子で鋼に迫ってくる。
「そう、だったかな…?」
解決策が微妙だったこともあり、適当にぼやかす鋼。
「もう、ごまかさないでくださいよぅ!」
さらに迫るクリスティナから逃れようと、
「あー。のど渇いちゃったな」
なんてわざとらしく言いながら、手近なグラスを取って、水道から水をそそぐ。
「……ねぇ。ほんとにこいつ、英雄なの?」
それを不審に思ったのか、リリーアがクリスティナに問いかける。
しかしどうせクリスティナならうまく説明できずにうやむやになるだろう。
そう思って水を飲みながら静観していたのだが、それがよくなかった。
「え、ええと、ハガネさんはその、すっごい、すっごいのを退治して、それでなんかすっごい英雄になったんです!」
「具体的に言いなさいよ……」
リリーアに疑われたクリスティナは、信じてもらおうと必死に記憶をたどった。
そして、
「ちゃ、ちゃんと、覚えてますよ!
ハガネさんは、復活したきょ、きょ、きょ、きょにゅーを倒して、それでええと、ぼ、ぼき、ぼうき……あ、『ぼっきで勇者』って名前をもらったんです!!」
「ゴブハァ!!」
鋼は飲もうとしていた水を全部吹き出した。
「や、やっぱりHENTAI!?」
リリーアはスカートを押さえ、思い切り鋼と距離を取ろうとするし、
「すごいですハガネさん!
お仲間もみんな美人で強い女の人ばっかりだし、わたし、ホント尊敬します!」
クリスティナは目をキラキラさせて近づいてくるし、本当にもう勘弁して欲しかった。
「それで、本題なんだけど」
苦労して誤解を解くと、ふたたびリリーアが詰め寄って来た。
「あんたのタレントはどうなってるの?」
どうやらリリーアは、鋼のタレントに興味津々らしい。
「ええと、それはその……」
鋼は口ごもった。
事情を説明するには複雑すぎるし、まさか「神様転生のチート能力をバグ増殖しました」とか、「エディット画面でやけを起こした上に完全隠蔽タレントのせいで自分でも分かりません」とか、自分でも何言ってるのか分からないような説明をするワケにもいかない。
鋼がまごついていると、
「分かった。なら、冒険者カード見せて」
リリーアはそんな要求をしてきた。
「……はい」
仕方なく、カードを手渡す。
アビリティとタレント欄は見られなくなっているのだから、見せても問題ないだろうという判断の上だ。
「ふーん、どれどれ」
とリリーアがカードを覗き込んだ、直後だった。
「……なにこれ」
一秒も経たずにリリーアの眉間にしわが寄る。
「え? なんですかなんですか?」
面白いものを見つけたとでも思ったのか、クリスティナまでが寄って覗き込む。
「何でハガネなのに、ニックネームがコウなの?
……というのは、置いておくとして、名前、ハガネ・『ベルアード』・ユーキになってるんだけど」
「え? 嘘だろ!?」
しかし、鋼があわててたしかめてみると、本当だった。
この前そう呼ばれたせいで、カードの情報が変化してしまったらしい。
「『ベルアード』ってあれでしょ。
光の女神様とも肩を並べたっていう、大昔の聖王の名前でしょ?」
「「せ、せいおう…!?」」
鋼とクリスティナの驚きの声が重なった。
鋼が思わずクリスティナを見ると、クリスティナは赤くなって目を逸らした。
「いや、授業出てないハガネはともかく、何であんたまで驚くのよ。
すごく有名な人でしょ、あれ」
「そ、そんな人が出てきたら、絶対覚えてると思うんですけど」
などと不服を漏らしているが、たぶんリリーアの反応の方が正しいのだろう。
やはり、この世界での鋼の先祖は有名な人、ということになっているらしい。
事態の推移についていけていない鋼に対して、クリスティナは異様な好奇心でぐいぐいリリーアに迫っていた。
「そ、その、王、なんて呼ばれるってことは、やっぱりその人、すごかったんですか?」
「ん? そうね。わたしもあんまり詳しくないけど、すごかったらしいわよ。
二刀流の使い手で、一対複数の戦いも自由自在。
どんな屈強な男も、あるいはどんなに美人の刺客も、まさに鎧袖一触。
百人斬りもやったことがあるとか」
「ま、まさかの両刀使い…!? それに、百人斬りとか……。
ほかには!? ほかにはないんですか?」
クリスティナの食いつきがやばかった。
そしてそれを見る鋼の脳裏に、一つの疑惑が浮かぶ。
「ええ? うーんと、最初にも言ったけど、伝承によると女神や魔神とも肩を並べたとか……まあ、眉唾だと思うけど」
「女神や魔神と朝チュンとか! すごい! すごすぎます!!」
困惑するリリーアに、大興奮するクリスティナ。
一方鋼は、疑惑を確信に変えていた。
(クリスティナ。たぶんそれ『せいおう』違いだよ……)
しかし、そう分かっていても微妙な話題すぎてツッコめなかった。
ツッコミ王鋼。まさかの敗北である。
「ま、まあハガネもよく分からないって言ってるし、クリスティナが怖いからこの話題は終わりにするとして……。
問題はこっちよ!」
「まだ何かあるの!?」
鋼は悲鳴を上げた。
「あるんだからしょうがないでしょ!
問題があるのは、能力値よ!」
そう言ってリリーアは、全員に見えるように能力値画面を呼び出し、かざしてみせた。
「まずHPとMPがバカみたいに高い!
……のは、問い詰めたいけどいいとして」
「いいんだ…」
「よくないわよ!
よくないけど……いいのよ!」
「どっちだよ」
と言いつつ、鋼にもなんとなく気持ちは分かった。
「問題なのはこっち。
筋力と敏捷が異様に高いのに頑強と抵抗はゼロ、なのも、よく、ないけど、いいとして…!」
「すごい葛藤だな」
「他人事みたいに言うな!
それより問題は、これなのよ!」
そう言ってリリーアが指差したのは……。
魔力 0
それを聞いて、鋼は首をかしげる。
「いや、それは普通だろ?
だって僕は、一度も魔法とか使ってないし……」
しかしそれを聞いて、リリーアどころかクリスティナまで呆れた顔をした。
「あのね。ここがどこだか分かってるの?
魔法学院よ。そこで、魔法が使えないとなったら……」
「あ……」
ようやく鋼にも事の重大さが分かってきた。
「もしかして、退学とか?」
おそるおそるそう聞きながら、それはそれでありかも、と思ったのだが、
「まさか!? ここはラーナ魔法学院よ!
退学なんてできるワケないでしょ!
もし、魔法が使えないとなれば……」
「なれば?」
「一生、ここから出られないかもね?」
「マジ…?」
鋼がそう言った瞬間だった。
バァン!と爆発音のような音がして、扉が吹き飛ぶように開いた。
そしてそこから、見覚えのある長身の偉丈婦が現れる。
「さぁて待たせたねぇ、子猫ちゃんたちぃいいいい!
楽しい楽しい、お勉強の時間だよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
かくして地獄の窯は開かれた。
鋼は、生き残ることができるか?