第四十五章 初めての再会
「アスティ、悪かったって。
ほら、この店は僕がおごるからさ」
武闘大会の翌日。
鋼たちはふたたび、昨日宴会をした食堂兼酒場(現在は食堂として営業中)で、食事をしていた。
「当たり前だ!
ハガネも、一人だけの表彰台の寂しさを感じてみるがいい。
私が決勝で破った準優勝の男は、敗北に涙し、しかしそれを仲間たちに慰められていたのだぞ。
身勝手だとは思ったが、あの時ほど他人を羨んだことはなかった!」
アスティエール、ご立腹中である。
「だから、悪かったって、あむ。
ひかしアスティはすごいな。んぐ。
すごいとは思ってたけど、本当に優勝までしちゃうな……ちょっとラトリス今はいいって!」
ご機嫌取りに奔走するのは当然鋼だ。
ララナはこんな時でも全く空気を読まずに追加注文とか頼んでしまっているし、ミスレイは不可視の鋼の服の裾をしっかりつかまえて、すっかりはにゃーんしている。
ラトリスに至っては運ばれてきた料理を一口大に切って鋼の口に運ぶ作業に夢中で、結果的にアスティとの話を妨害する始末だ。
普段なら無理矢理にでもやめさせるところなのだが、昨夜倒れたラトリスをミスレイに差し出してしまった手前、あまり強くは言いづらい。……ちなみに幸いなことに、百合ップルは成立していなかった。
「大体何だそれは!
アレか? これが俗に言うハーレムという奴か?
全くけしからんな!」
「実はこれ、コ〇ミコマンドによる追加オプションで……いやいや、冗談だって!
だからその抜きかけた剣を元に戻してくれよ!」
「で?」
剣呑な視線が鋼と、鋼の横に侍る二人の美女へと突き刺さる。
「で、って言われても、僕だって何がどうなってこうなったのやら……」
アスティの糾弾はある意味もっともだと思うのだが、どうやら二人とも、まだ宴会から心が戻ってきてない様子が見受けられる。
(二人ともかなり酔っぱらってたからなぁ……)
まあミスレイは一滴も飲んでいなかったところが逆に脅威ではあるが。
ちなみに鋼もアルコールは飲まなかった。
こちらの世界では未成年の飲酒は認められているようなのだが、日本の小市民的感覚が抜けなかったのだ。
じっと見つめ合っていると、先にアスティが目を逸らした。
「……ふん。まあ、いい。
しかし道中で不埒な真似をしているようなら、問答無用で叩き斬るからな!」
「しないって!
あ、これおいし…」
そんなことするはずないのにどこまで信用がないんだ、と憤然としながら差し出された料理に口をつける鋼。
それを呆れたように見て、アスティが愚痴を再開する。
「お前たちは来てもくれなかったが、三回戦の相手なんて凄く怖かったのだぞ!?
普通の相手なら身動きできなくなるくらいの打撃を与えても、『ワタシの、炎……』とかぼそぼそつぶやきながら立ち上がって炎魔法を繰り出してきてな。
不死者のごとく立ち回る相手と戦いながら、こういう時に仲間が応援してくれれば、と思わずにはいられなかった。
結局その相手、邪炎のローブとかいう禁制品を使っていたらしくて、試合のあと騎士団にしょっ引かれていったがな!」
実はそれが件の人間火付け犯で、鋼を見て「だったら、ワタシの炎ならどうかしら」とか言って笑っていた人物だったりするのだが、それに鋼たちが気付くことはなかった。
というか本当に最後まで、全く勘付くことすらなかった。
「それからも、本当に苦労したのだぞ!?
運よく優勝出来たものの、途中、何度心が折れそうになったか……」
「あ……」
その言葉を聞いて、鋼は何かに気付いたように声を出した。
そして、
「そういえば、ちゃんと言ってなかったな。
……アスティ、優勝、おめでとう。それと、お疲れ様」
「う、うむ」
二人でカン、とグラスをぶつけ合わせる。
「……何だかようやく、私が優勝出来たのだときちんと実感出来た気がする」
「えっ?」
「な、何でもない!」
ぼそっとつぶやいた言葉に鋼が聞き返すと、アスティはあわてて首を振った。
そして照れ隠しのように立ち上がると、鋼以外の三人にあらためて文句をつける。
「そ、それにしてもお前たちは本当に薄情だな!
分かっているのだぞ!
お前たちにとっては、どうせ私の優勝よりハガネの二回戦敗退の方が重大事なのだろう?」
すっかりすねてしまったアスティがそんなことを言うと、そんなことないと鋼がフォローに入る前に、ララナが出て来てぽんぽんと肩をたたいた。
「アスティ。そんな当然のことを言って、わざわざ自分を傷付けなくてもいいんだよ?」
「~~~~ッ!」
何も言えずにその場に潰れるアスティ。
「お前、鬼だろ」
あまりに鮮やかな追撃に鋼は戦慄したが、
「え? 何のこと?」
ララナはそんなところばかりは年相応だった。
「一日目で既に全選手の分析は終わっていました。
あのメンバーでアスティエール様がハガネ様以外に負けたとしたら、その方が余程問題でしょう」
「わたし、そもそもこの中でコウ様以外が出場してたなんて知りませんでしたよ?
ふわぁ…ごわごわ……」
ラトリスとミスレイからもフォロー?が入り、
「うぅぅ……」
アスティはさらに沈み込んだ。
そんなアスティを鋼が励ましにかかり、
「アスティ、そう気を落とさず……アスティ?
どうしたんだよ、返事をしろって。
そんな、嘘、だろ?
返事をしろよ? なぁ……。
アスティエェエエエエエエエエエエエエエエル!」
「申し訳ありませんお客様、今日は他のお客様もいらっしゃいますので」
「あ、すみません」
店の人に怒られたという。
「考えてみるとさー」
アスティが復活し、鋼がミスレイを服から引きはがし、ラトリスには自分の食事をするように言いつけたところで、ララナが愉快そうな顔をして言った。
「この五人って、みんな相当なもんだよねー。
よくもまあこんなメンバーが集まったな、ってくらいの」
ララナの言葉に、全員がそれぞれの顔を見渡した。
「そういえば、ここにいる人みんな、色々やってそうですよねー。
だからコウ様ぁ、もっとごわごわー」
「何がだからですか。もういい加減にしてください。
……たしかに、みんながすごい人生過ごしてそうだってのは同意できますけど」
「そうだな。私は皆の過去を知らないが、少なくとも平凡だったということだけは想像出来ない」
「私はある程度存じ上げておりますが、皆様、信じ難い経歴の持ち主ですね」
集まったみんながみんな、口々にそんなことを言い出した。
「ただ……」
そこでラトリスの視線が鋼を射抜く。
「え? 僕?」
この中では少なくとも一番平凡な人生を送っていると自信を持っていた鋼は、その視線に目をしばたたかせる。
「ハガネ様の経歴だけが、すっぽりと抜け落ちています。
本気で探った訳でもないのですが、これは不自然です。
ハガネ様は常識知らずですが、無教養ではありません。
少なくともどこかしらの教育機関に属しているのではないかと疑ったのですが……」
「いや、その……」
目を逸らす。
じっとこちらに向けられ続けるラトリスのメガネに、鋼はいたたまれなくなった。鋼には眼鏡属性はあまりないのだ。……つまり、ちょっとはあるということである。
「たしかに、ボクもちょっと不思議には思ってたんだよね。
年齢的にさ、いろいろ計算合わないなって」
そこに、ララナまで加わる。
「ごわごわー」
「よ、よく分からないが、仲間外れはもうごめんだぞ?」
なぜかミスレイとアスティまで仲間に加わった。
「う……」
四人分の視線の圧力に、鋼はもうタジタジである。
「貴族の子女として、家庭教師に教わっていらっしゃるのか。
あるいは王立騎士学校やラーナ魔法学院のような、情報の漏洩の少ない学校に属していらっしゃるのか」
「待った待った!
どうしてそんなことになるんだよ!」
鋼は焦るが、まさか日本の高校に通ってました、なんて言えない。
困った鋼は、
(シロニャ! シロニャ! 聞いてるか!?)
いつも通り、我らが知恵袋に助言を頼むことにした。
のだが、
【にゃ、にゃんじゃ? な、何か用なんじゃよ?】
(何でいきなり動揺してるんだ?)
鋼の呼びかけに応えたシロニャの様子は、明らかに不審だった。
【べ、べつにワシはぜんぜんドキドキなんてしとらんのじゃ!
ホントもうぜんっぜん、これっぽっちも意識なんてしとらんし、ヘラクラーをずっと抱きしめておったりせんのじゃからな!】
(いや、別にヘラクラー抱いてても構わないんだけど、何でそんな……。
あー。ま、いいか)
突然のツンデレ調の台詞に戸惑ったものの、シロニャが変なのは今に始まったことではないと無理矢理自分を納得させる。
【そ、それで、何の用なんじゃ?
で、でぇとのお誘いなら、とりあえず今日と明日と明後日と、今日の日付をxとし、aを自然数とした場合に、x+a+2で表すことのできる日だけなら空いてるのじゃよ?】
(シロニャお前、本当に大丈夫か?)
本格的なシロニャの乱心に、鋼もさすがに心配になった。
(と、とにかく聞きたいのは、僕の過去のことだよ!)
【過去? おぬし、べつに記憶喪失キャラじゃないじゃろ?】
ようやく戻ってきたいつものシロニャの調子にホッとしながらも、鋼は言葉をつぐ。
(そうじゃなくて、この世界での過去だよ。
『少年期編スキップ』の効果で省略しちゃった僕の人生は、対外的にはどういうことになってるんだ?)
【あー。『少年期編スキップ』。そういえばそうじゃった、かの?】
人の半生を豪快に省略したくせに、そもそも覚えてすらいなかったらしい。
【それはアレじゃな。前に神の力については話したじゃろ?】
(なんというか、原理も理屈も何もない、とかだっけ?)
【それじゃ! つまり、神の力に過程はないんじゃよ。
例えば神にとある電気ネズミをレベル50にして下さい、と祈って叶えられたとしよう。
そうすると手元にレベル50の電気ネズミが来るのはまちがいないのじゃが、それ以外はどうなっとるか分からんのじゃ】
(どういう意味だ?)
【うむ】
と前置きしてから、シロニャは話し出した。
【神の力に過程はない。じゃができたモノに過程がなければおかしい。
じゃから、その電気ネズミはひたすら洞窟で蝙蝠を倒し続けてレベルを上げたせいで素早さの努力値が最大になっとるかもしれんし、ひたすら不可思議な飴を舐めさせてレベルを上げたせいで努力値が何も上がっとらんかもしれん。
あるいはこっそり名前の同じ電気ネズミをどこかから引っ張ってきたせいで、なぜかなみのりを覚えているかもしれんし、完全な神様的インチキのせいで、レベルは50あるものの能力値は全く上がってないということも考えられる。
それは、実際にやってきた電気ネズミを見なければ誰にも分からんのじゃ】
例え話は理解できなくもないが、それを鋼の過去に置き換えるとどうなるか分からない。
(つまり?)
【おぬしの過去がどうなっとるかは神のみぞ知る、じゃな】
(むしろ神様知らないんだろ!)
どんな時でもツッコミを忘れないのが鋼のいいところである。
「ハガネ様? どうされたのですか?」
長い間シロニャと話し続けて他を放置していたせいで、ラトリスの視線がすっかり険しくなっていた。
「ああ、いやその……」
しかも、シロニャとの脳内密談で得られた有益な情報はゼロ。
鋼は窮地に陥っていた。
ラトリスのメガネが光る。
「私達にはお話し出来ない事なのでしょうか。
しかし、ハガネ様の現在のしょ……」
「もう、やめようよ!」
だがそこで、ララナが立ち上がった。
「そりゃ、みんな昔は色々あったと思うけどさ。
それは、今大事なことじゃないでしょ」
そこでララナは、ぐるっと他の四人を見渡す。
「ボクたち、仲間じゃないか。
ボクはここにいる全員の過去なんて知らない。
でも、なんだかんだでみんなといるの、楽しいよ?
みんなは、そうじゃないの?」
ララナのその言葉に、
「ララナ様……」
「ララナ……」
ラトリスと鋼が、感心したようにララナを見上げた。
鋼としては、お前も思いっ切り追及側に加わっていたくせに、いけしゃあしゃあとよくもまあ、と感心していた部分もあるのだが。
それでも、理屈としてはララナの言うことに共感できた。
そして、もう一人、
「申し訳ありません、ハガネ様、皆様」
当事者であるラトリスが頭を下げ、そして鋼に手を差し出した。
「ハガネ様、私が間違っていました」
「ラトリス……」
「こういう話は、お部屋でじっくりと二人きりで尋問するべきでした。
申し訳ありません」
「微塵もあきらめてないっ!?」
鋼が驚きの声を上げる。
日常パートの鋼はリアクション要員である。
だが、鋼としても、この場を収めることには否やはない。
「こっちも、説明できなくてごめん」
ラトリスの手を握る。
そして、
「僕も、みんなといると楽しいよ。
これからも、このメンバーで色々できるといいと思ってる」
鋼がそう言うと、
「ふふ。私もお前たちといると退屈しない」
まずアスティが、その手を二人の手の上に重ね、
「わたしも、ゴワゴワを抜きにしてもみなさんのこと、好きですよ」
と包むように手を乗せて、
「もちろんボクも! チーム鋼は永遠に不滅だね!」
最後にララナが勢いよく手を重ねて、図らずも全員が手を重ね、円陣でも組むような態勢になっていた。
至近距離から顔を見合わせて、誰からともなく、みんなで笑いだす。
そんな和やかな雰囲気の中に、
「やっと、見つけたよ!! コウくん!!!!」
突然の乱入者は、現れた。
十二歳くらいだろうか、魔法使い風の格好をした黒髪黒目の少女が、そこに立っていた。
「君は…?」
鋼は目を細める。
この世界の、しかもこんな年齢の少女に知り合いなんていないはずなのに、鋼はなぜか、目の前の少女に見覚えがあるような気がしたのだ。
「コウ、くん。ほんものの……」
その鋼の姿を見て少女は、探し続けていた物を、ようやく見出したとばかりに、満面の笑みを浮かべて優雅に一礼、そして、
「この姿では、初めまして。私は、真白……」
「やぁぁぁぁっっと見つけたぞ、こぉんのジャリガキィイイイイイイイイイ!!」
「だ、だれ…?」
背後から現れた別の乱入者に、思いっ切り台詞を被せられた。
新たな乱入者は、二メートルに届かんばかりの長身の女性。
魔術師の物らしきローブを着ているが、一般の冒険者とはその装飾が違う。
「彼女は、魔法学院の『爆炎の獄卒』レメデス教師!?」
ラトリスが突然の事態に立ち上がる。
その反応すらも無視して、
「あ、え? ちょ、ちょっと……」
邪魔な少女を脇に除け、レメデスという名らしい偉丈夫ならぬ偉丈婦は、まっすぐ鋼たちの前に歩いてくる。
そして彼女は、
「覚えているか? いや、お前は覚えてなんかいないだろうな。
しかし、わたしは覚えているぞ。
一度顔を合わせた、しかも自分が担当する生徒の顔を、わたしは忘れたりしない」
他の誰でもない、はっきりと鋼の前で、立ち止まったのだった。
「ええと、人違い、では?」
プレッシャーに圧されながらも、鋼は何とかそれだけ言った。
鋼としては本当に心当たりがないのだ。
「まだとぼけるとは、いい度胸だなぁ、ハガネ・ユーキ!
いや、ハガネ・『ベルアード』・ユーキと言った方がいいのか!?」
それに対して、怒りが収まらない、といった様子でそう漏らすレメデス。
鋼には全く訳が分からない。
しかし、レメデスの言葉を聞いて、無関係なはずのラトリスが驚きの声を上げた。
「ベルアード…? ユーキ…?
そうか、私とした事が見逃していた!
聖ベルアード王の末裔と言われる、ユーキ公爵家!
しかしあそこは、先の魔物の大襲撃を受けて全滅、その血筋は傍流を含めて全て断絶していたはず!」
「その公爵家の人間、しかも直系の男児が生き残っていたんだよ。
そしてもちろん、その男児ってのが……」
全員の視線が、鋼に集中する。
「いや、僕は知らないぞ?」
鋼はあわてて首を横に振るが、
【あー。これはたぶんアレじゃな。
タレント名『高貴な生まれ』か『英雄の血筋』の効果じゃな。
まあ、両方かもしれんが……】
「…………」
何だか頭の内側からの声に、外堀を埋められたような気がした。
「まさか、そんな事が…?」
ラトリスがめずらしく表情を変え、目を開き切るほどに驚いているが、レメデスはその事実に対しては興味がないようだった。
「しかしねぇ。まあその辺りはわたしにとってはどうでもいいんだ。
この話にはまだ、続きがあってね。
公爵家の唯一の生き残りである少年。
そいつは父の遺言に従って、自分が十五になった年に魔法学院の扉を叩いた訳だ。
うん。そこまではいい。立派なことさ」
レメデスは穏やかに話しているのに、鋼は真綿で首を絞められているような圧迫感を感じていた。
できれば弁解するか逃げ出したいところだが、どちらも不可能だった。
しかしそこで突然、レメデスは一見鋼と何の関係もないことを話し始めた。
「今年のわたしの担当の生徒は、どいつもこいつも活きのいいばかりでね。
入学後三か月で数々の課題をこなし、その時に出来た空白を使って学院を脱走して好き勝手やっているマリルリール。
火炎魔法の実習で現地に行ったら道に迷って失踪、気付いたらなぜか冒険者として大成していたラズベル。
二人とも言語道断な事をしでかしてくれたし、散々手を焼かせてくれたが、もう一人の問題児ほどじゃない。
……お前もそう思うだろ。なぁ、ユーキ?」
「え、ええと……。も、もう一人の問題児、って、何ですか?」
ものすごく嫌な予感がしたが、プレッシャーに耐え兼ねて鋼が尋ねると、レメデスは心底楽しそうににやぁりと笑った。
めっちゃ怖かった。
「さすがに前例もないんだけどな。
わたしの担当の生徒に一人、入学したのに、入学式どころか、その後の授業にも一度も出席しない剛毅な男がいてなぁ。
もちろんこの半年、探して探して探し尽くしたんだが、どうしても見つからない。
もしかすると何かやむにやまれぬ事情があるのか、なんて思い始めた時だ」
レメデスが懐から白紙のカードを取り出した。
「その生徒の、学院の生徒証が白紙になった。
これがどういうことか、分かるか?」
「ええと…?」
鋼が困惑していると横からラトリスが解説してくれた。
「冒険者カードや魔法学院の生徒証等は身分証明カードになります。
既に身分証明カードがある時、それを申告せずに完全新規で別の身分証明カードを作ると、前の身分証明カードの機能は停止する事になります」
「逆に言えば、冒険者カードを作る時、一言でも申告すればそんなことは起きないってことだ。
あの火の魔法以外に脳みそを一ミリたりとも使わないラズベルだって、さすがにそこまではしなかったのに、なぁ」
レメデスのプレッシャーが増す。
ここに来て、さすがに鋼は事態が飲み込めてきた。
(これって、もしかしてまずい…?)
冒険者ギルドに初めて行った時にその辺りの説明を聞いたかもしれないが、シロニャの話に夢中になって全く聞いていなかった。
まあ、自分が既にカードを持っているなんて想像もしていなかったので、結果は同じだったかもしれないが。
内心の怒りを押し隠すようにして、レメデスは話を続ける。
「それを知ったわたしは、その申請が行われたギルドを何とか探し出し、急いでそこに駆け込んだよ。
しかし既におま……その生徒はどこかに行ったと言うし、仕方なくそこで偶然見つけた問題児を一人捕獲。
ついでだからもう一人の問題児もつかまえてやろうとこの街に来たら……くくくく。何だか見覚えのある名前があるじゃないか?
なぁ? 武闘大会本選出場選手、ハガネ・ユーキさんよぉ?」
もはや鋭いという形容ではとても足りないほどの眼光が、鋼を貫いた。
「あー、えっと、そのー、やっぱり誤解というか、人違いというか、そういうのが……」
非常に矛盾する表現だが、生きながら殺されそうなレメデスの迫力に、鋼はしどろもどろで最後の抵抗を試みる。
だが、それを断ち切るように、
「冒険者カード、持ってるんだろ? 出しな?」
「え?」
「出しなって言ってるんだよ!」
「は、はい」
レメデスが鋼の冒険者カードを取り上げた。
そして、そこに書かれた文字を見て、にんまりとした笑みを浮かべた。
「ほうれ見ろ、これだ。これだよ。
お前の魔法学院の生徒証に上書きされて冒険者カードが作られたと聞いた時は、本当にはらわたが煮えくり返るかと思ったが、これこそが動かぬ証拠だ。
そうだ。これこそがお前に刻まれた刻印。
お前が魔法学院に所属しているという、隠し切れない烙印の紋章だよ!!」
そう言って、レメデスが示した場所に記されていたのは、一点。
職業 学生
「なんだその伏線!? ロングパス過ぎるだろ!!」
鋼は思わず叫んだ。
最初に冒険者カードを見た時からこちら、たまーに冒険者カードを覗いた時に職業欄を見ることはあったが、もともと高校生だったからと思って完全にスルーしていた。
そしてひとしきり驚いた後、
「というか、それは紋章ではないのでは…?」
と引き気味ながら律儀にツッコミを入れる鋼は本当に偉い。
だが、そんな偉さは当然レメデスには通用せず、
「さぁて。これでもう言い逃れなんて出来ないって分かっただろ?」
「あ、いやその……」
「公爵家の生き残りだろうが何だろうが、一度学院に入った以上、いや、わたしの担当になった以上、手心を加えられるなどと思うなよ?
今までサボりにサボった半年分のツケ、払ってもらうぞ?」
言うなり、レメデスは鋼の体をいとも簡単に抱え上げ、
「ちょっと待っ……」
「テレポート!!」
懐から取り出した石を掲げ、鋼ともども一瞬にして姿を消してしまった。
あとには、
「あー。ボクが永遠に不滅だなんて言っちゃったのが離散フラグになっちゃったのかなぁ……」
事態の推移についていけず、呆然とする鋼の仲間たちと、
「わたし、ましろ、ゆうき……」
戸口に立ち尽くし、名前の通り真っ白に燃え尽きる魔法使いの少女だけが残ったのだった。
――結城 鋼の転生譚。
まさかの魔法学院編が、その幕を開ける。