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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第九部 武闘大会編
50/102

第四十四章 本当の勝利者

「……いない、かぁ」

 リングを降りたところで少し探してみたが、近くにラトリスの姿はなかった。

 もしかすると試合が始まる前に観客席の方に律儀にも移動したのかもしれない。

 仕方なく一人で戻ろうとすると、


「待ちなさいよ!」


 後ろ、つまり今まで鋼がいた闘技場の方向から、声をかけられた。


 振り返るとそこには、闘技場の上でよく見た顔。

 たしか、名前は……。

「リーリアさん?」

「リリーアよ!」

 『瞬間記憶復元』が発動しないと、鋼の記憶力なんてこんなもんである。


「アイドルの名前間違えるとか信じらんない。

 ホンット、信じられない!」

 気の強そうな顔で何か言っている。

 どうやら人前に出ている時はでっかい猫をかぶっているらしい。

 スカートめくりの辺りで既に、いくらかメッキが剥がれていたような気もするが。


「それで、何か用ですか?」

 鋼が聞くと、その一言で冷静になったらしい。

 今度は感情を押し殺したような声で、鋼をにらみつけながら、話し始める。

「わたしね。無理言ってさっきの試合、あんたのとこの担当になるように代わってもらったの。

 あんたが無様に負けるところを見るためにね」

「それは……ご苦労様です?」

 やっぱりアイドルをやっている時と違って、ずいぶんと乱暴な言葉遣いだった。

 おそらくこっちが素なのだろう。


 鋼としてはとりあえず当たり障りのない対応を心掛けたつもりだったのだが、

「ふざけないで!」

「ええ?」

 いきなりキレられてしまった。

 鋼としては、ふざけていたつもりはないが、しかしアイドル様にはお気に召さない態度だったようだ。

「一回戦を見た時、あんたの目には何かがあった。

 強い目的意識。戦おうとする意志。そんなものが。

 だからわたしは、あんたの試合を担当しようと思った!

 なのに、あのザマは何?」

 それは、さっきの試合のことを言っているのだろうか。


「二回戦にやってきたあんたの目には、気負いも怖れも何もなかった。

 おかしいなと思っていたら、いきなりの敗北宣言。

 ……ふざけるな!

 こんな結末、わたしは許さない」

「いや、許さないって言われても……」

 実際終わってしまっているワケで、今さらどうしようもないのではないだろうか。


 そこで、リリーアは急にトーンダウンした。

「わたしが、すごく理不尽なことを言ってるのは分かってる。

 勝手な期待をかけてただけってことも。

 だけどわたしは、あんたの最初の試合を見た時、こいつは何か違う、って思ったの。

 きっと、この退屈な大会で、何かをしでかしてくれる奴だって。

 そう思ったから、気の進まなかったこんな仕事も、楽しくやることができた。

 なのに……」


 そこで、彼女はキッとまなじりを上げた。

「あんたは、ううん、あなたは本当に、あんな終わりでよかったの!?

 あなたは何のためにこの大会に出場したのよ?!」

「……はぁ」

 鋼には、結局彼女がどうして怒っているのか、よく分からない。

 だが彼女には、鋼が参加した裏の事情を話さなければならないらしい。


 仕方ないな、と鋼は内心で嘆息し、

(突然ですが、ここで怖い話をします。

 リカちゃんはある夜、こっそり学校に忘れ物を取りに行きました。

 誰もいない教室に入って、リコーダーを……)

【ぴぎゃああああああああああ!

 怖い話はダメなんじゃよぉおおおおおお!!】

(……………よし)

 ややこしいことになりそうなシロニャを追い出して、あらためてリリーアに事情を話すことにする。



「僕の、目的は……」

 本当は、闘技場の前で並んでいた時のことや、そのあとの流れも話さなければ、はっきりとは理解されないかもしれない。

 そう思いながらも、鋼は端的に、自分が大会に参加した理由だけを告げた。

 鋼の参加理由を聞くと、リリーアは一瞬目を丸くして、


「っは、あは、あははははははは!!」


 その後、お腹を抱えて笑い出した。



「そんなに笑うことないだろ」

 たしかに自己満足でちっぽけかもしれないが、ここに来て初めて、状況に流されて、ではなく、鋼本人が望んで起こした行動なのだ。

 あまり笑われたくはない。


 さすがに笑いすぎたと思ったのか、リリーアも涙をふきながら謝った。

「あっはは、ごめんごめん。

 いやぁ。今時、そんなことに体張るようなバカがいるとは思わなかった。

 でも、まあ、うん。そういう探し物なら、たしかにここに来るしかないね」

「……まあ、ね」

 探し物、というのとは少し違う気がしたが、鋼はうなずいた。

 実際、昨日と一昨日の夜は街をそれとなく見渡して、それらしい奴を探してみたりはしていたのだ。結局、収穫はゼロだったが。


「時間取らせて悪かったわね。

 わたしはもう行くわ。

 仕事、放り投げとくワケにもいかないし」

 そう告げるリリーアには、さっきまでの険しい雰囲気はない。

 かといって仕事モードの時とも違って、何だかフランクな印象だった。

「ああ、うん」

 思わずうなずいてしまってから、そういえば途中から思いっ切りため口で話していたことに遅ればせながら気付く。

 アイドルにこの態度はまずいのでは、と今さらながらに鋼は思った。


 しかしリリーアは、そんなことを気にしなかったようだ。

「なーにしょぼくれた顔してんのよ。

 これからご対面なんでしょ。

 シャキっとしなさい。シャキっと」

「え、あー。がんばるよ」

 よく分からない激励の言葉を受けて、よく分からないなりにうなずいておく。


 その態度にリリーアはふぅとため息をつくと、

「あんたの目的、人によっては不純だとか言うかもしれないけど、わたしは応援する。

 あ、でも……」

「ん?」

「スカートめくりの件は、一生根に持つから!」

「なっ!?」

 思わず狼狽する鋼を愉快そうに見て、

「じゃね!」

 リリーアは嵐のように去って行った。


「一生根に持たれるのは、ちょっとなぁ……」

 不可抗力なのに、と鋼は一瞬思ったが、二回目はめちゃくちゃわざとだったことも思い出して、弁解する材料を失った。

 まあ、もう一生会うこともないだろうと思い直し、

「行くか。あーでもそういや、あんな負け方して、ララナとかアスティはなんて言うかな……」

 鋼は心なしか重くなった足を動かす。

 リリーアの言った通り、本番は、ある意味ここからなのだ。




 それから鋼は、ふたたび闘技場の受付を訪れた。

 一応賞金と、それから賞品が出るため、申告しに行かなくてはいけないのだ。

「残念でしたね」

 と心底残念そうに言って袋を渡してくる受付の人に苦笑を浮かべた時、


「コーウくん!」


 鋼は背中にどえらい衝撃を受けた。息が詰まる。


「負けちゃったね、コウくん」

 ララナはあっけからんと言う。

 なんで降参をしたのか、とか、どうして相談してくれなかったのか、とか、そういう詮索じみたことは一切言わない。

 その気遣いが、少し身に染みた。


 そんなララナの前では気丈にしていたかったし、何より受付の人の前だ。

「まあ、いいんだよ。

 対戦相手は僕と違って実力であそこまで来てたワケだし、あのまま戦っても勝てなかったと思う。

 だから、いいんだ」

 できるだけ何とも思ってない風に、そう笑い飛ばす。


 それを、どう取ったのか。

「…うん。よし、コウくん」

「んん?」




「飲もう!!」




「……はい?」

 ララナの口から、とても十歳とは思えないような提案がなされた。

 さらに、


「偶には羽目を外すのも良いかもしれませんね」

「わたし、宴会って好きですよ?」


 いつの間にか駆けつけていた女性陣からも賛成多数で可決。

「え? いや、ちょっと……」

 こうして、なぜか、宴会が始まった。






 それは、普通の高校生だった鋼は経験したことのないような、それはもう激しいどんちゃん騒ぎだった。


「それではー! これから『コウくんぶとーたいかい本選しゅつじょーおめでとう&二回戦敗退しちゃったね。残念だったね会』を開催しまーす!」

 という、ララナの既に酔っぱらってるような音頭と共に幕を開けた大宴会。

 それは、闘技場の近くの食堂兼酒場のような店を半ば貸切にして、ララナやラトリス、ミスレイのみならず、そこら辺にいた全く関係ないお客まで巻き込んで盛大に行われた。



「うわははははぁ! 酒持ってこいやぁー!」

 十歳のはずのララナは飲むわ飲むわ。

 酒は飲んでも飲まれるな、という格言はあるが、ララナは酒に飲まれた自分を楽しんでいるようで、いつも着ている防具を脱ぎ散らかして周りを巻き込んで大騒ぎしながらも、一応なにがしかの一線は守りつつ、楽しんでいるようだった。



「ハガネ様。グラスが空になっていますよ」

「私が飲ませて差し上げましょうか?」

「いえ、お酒と言ったら鼻から飲む物でしょう?」

「大丈夫です。ハガネ様のその蔑みの視線があれば、私は充分以上に酔えますから」

 ラトリスはこんな時なのに鋼にべったり張り付いて、鋼の世話だの余計なお世話だのを焼こうとしていた。

 この宴会中、鋼にとって一番手がかかったのがラトリスだったと言える。



 手がかかるというのとは違ったものの、間違いなく鋼が一番手を焼いたのは、また別の人物だった。

 もちろんそれは、言わずと知れたあの人である。

 他二名と違って、意外にも完全に正体もなく酔っぱらってしまったのがそのミスレイだった。


「ぁふ。ふにゃーん。ごわごわ~」

 最初は本選一回戦での無謀な戦いについて、何やら説教をしようとしていたらしいが、だんだんとその視線が鋼の顔ではなく体の方に移って行き、説教を受けるのもめんどくさいなと思った鋼が、

「今日は無礼講ですし、いくらでもさわってもいいですよ」

 と言ったら、あとはもう猫まっしぐらだった。


 その時既に鋼の近くにいたラトリスからそこはかとなく鬱陶しそうな視線を受けながらも、鋼の背中に飛びつき、頬ずりし、甘噛みし、全身をこすりつけ、それから片時も離れようとはしなかった。

 今はもう完全に出来上がっていて、

「もぅ、コウさまはぁ、わたしをこんなによわして、どうするつもりなんですかぁ~」

 とか思い出したように言ってくるが、これで一滴も酒を飲んでないのだから恐れ入る。もしかするとゴワゴワにはミスレイを酩酊させる成分でも入っているのかもしれない。

 結局鋼は、とにかく愛想笑いを切らさないようにしながら、背中に当たる種々のやわらかい感触に正気を持っていかれないように、意識を逸らし続けるしかなかったのだった。









「いい風だな……」

 宴会開始から既に数時間以上。

 すっかり酔っぱらいの巣窟と化した宴会場から抜け出し、鋼は一人、夜の街を歩いていた。


 前方のラトリス、そして後方のミスレイを引き離すのは至難の業かと思われたが、鋼が逆襲に転じ、『俺の酒が飲めないのか』的にお酒を飲ませながら、同時に懐柔策にと『ラトリスのいいところ百選』を切々と語っていたら、ラトリスは顔を真っ赤にして倒れてしまった。

 意外にお酒に弱いんだなと驚いたが、さすがにそのまま放置しておくワケにもいかない。だが、鋼が上着代わりの聖王の法衣をかぶせてミスレイに後をお願いしたら、すごくいい顔で請け負ってくれたので、ラトリスはきっと大丈夫だろう。


 ……まあ、正直に言うなら、さすがにミスレイの絶え間ない精神攻撃に鋼の心は限界を迎えていたので、ラトリスに押し付けたという側面はもちろんある。

 ミスレイの異様に輝いた目を鑑みるに、翌朝気が付いたら百合ップル(意味はお察しください)ができている可能性とかはゼロではないが、鋼はあえて考えないようにした。



 だが、それは全て、ついで、でしかない。

 鋼の目的は、もっと別のところにあった。

 誰よりも騒ぐのが好きなはずなのに、宴会が始まってから一言も話していない、鋼の大切な、もう一人の仲間のことだ。


「シロニャ。さっきから、何も言わないじゃないか。

 どうかしたのか?」


【……コウ】

 頭の中に、シロニャの今にも泣きだしそうな声が響く。

 これは弱ったな、と鋼は思う。

 鋼は何も、シロニャをこんな風にするために、武闘大会に出たワケではないのだ。


【ワシの、ワシのせいなのか?】

「え?」

 シロニャの、いつになく弱々しい声が、脳を揺らす。

【おぬしが、二回戦であんなことをしたのは、もしかして、ワシが、ワシが無理をするななどと言ったから……】

「それは違う!」

 シロニャがそんなことを思っているなんて、鋼は全く考えていなかった。

 だから、それは誤解だ、と強く否定する。


【ウソじゃ。ウソじゃよ……。

 じゃあどうして、おぬしはあんなところで降参したのじゃ!?

 ワシにでも分かる。二回戦の相手はその前の男より弱かった。

 普通に戦えば、おぬしは負けなかったはずじゃ。

 なのにおぬしが二回戦で負けたのは、ワシのせいなのではないのか?】

「それは……」

 いけないと思うのに、鋼はつい、口ごもってしまった。


【正直に言えば、ワシはおぬしがまたケガなぞをしなくて、うれしいのじゃ。

 じゃが、身勝手じゃが、ワシが言ったことがおぬしのジャマになってしまったとすれば、ワシは、ワシは……】

「大丈夫だよ。そもそも武闘大会には、気まぐれで参加したようなものだったんだ。

 それに、大会に出た目的なら、ちゃんと……」

 興奮するシロニャを落ち着かせようと、鋼が懇々と、諭すように話しかける。

 だが、それは逆効果だった。


 シロニャは堪え切れず、感情を爆発させる。

【ウソじゃ! ワシじゃって、ちゃんと聞いとったんじゃ!

 おぬしたちが、あの二人組の木札を焼いた犯人を探そうと話しておるのも!

 その犯人のヒントが黒いローブと武闘大会参加者の木札以外にないから、武闘大会に出て探そうと話しているのも、全部じゃ!

 二回戦を勝ち抜けば、おぬしはその犯人にもたどり着けたかもしれんのに、ワシが、ワシが……】

「シロ、ニャ……」


 その言葉を聞いて、鋼はとうとう凍りつく。

 そして、





「ええと、黒ローブ?とか、犯人?とか、そんな話、完全に初耳なんだけど……」





【な、なんじゃとぉ!?】

 シロニャを仰天させる言葉を吐いたのだった。



「んー。ちょっと整理してみようか。

 それで、僕が何だって?」

【そ、その、闘技場に行く途中、おぬしがぶつかったスキンヘッドとモヒカンの二人組がいたじゃろ?】

「ええっと、いたっけ?」

【いたのじゃよ!

 その二人組が謎の黒いローブの人物に襲われて、大会参加用の木札が燃えてしまったのじゃ】

「ああ。そういえばそんなこともあったな。それで?」


【じゃ、じゃから、その犯人をつかまえるために武闘大会に参加することにしたんじゃろ?】

「え? 何で?」

【な、何で、と言われても……】

 それは鋼側の理由であって、シロニャに聞かれても分からない。


「よく覚えてないけど、たぶんあの二人組が絡んだから相手が反撃したんだろ。

 過剰防衛だとは思うけど、死人も出なかったんだし、わざわざ僕らが犯人捜しするほどのことじゃないと思うんだけど」

【いや、うむ、その、そう、思うのじゃが……。

 そこはほら、おぬしのありあまる正義感で】

「え? そんなの全然持ってないけど?」

【そこは少しでも持ってるって言ってほしいのじゃよ!?】

 どうして鋼が転生できたのかとかをちょっと思い出してほしいシロニャだった。


 が、しかし、それはともかく、

【じゃ、じゃったら、おぬしが武闘大会に出たのは……】

「その件とは全く無関係。

 そもそもその時考え事してたから、犯人が武闘大会参加者だってところも聞き流してたよ」

【な、なんという……】

 シロニャ、大勘違いの巻、であった。


「あー。やっぱりアスティたちと微妙に話がかみあわないと思ったら、そういう勘違いしてたのか」

 犯人の話をしている時に、鋼が偶然武闘大会に出ると言ったために、関連付けされてしまったのだろう。

【ちょ、ちょっと待つのじゃ!

 じゃ、じゃったら、コウが武闘大会に出た理由というのは……】

 その言葉に、鋼はしばし黙り込む。


 そして、

「出でよ、ワームホール!」

【な、なんじゃ?】

 シロニャの下へと通じる例のワームホールを作り出し、手にしていた包みをその中に押し込んだ。

【い、いきなりなんなのじゃ?

 こ、この包みはいったい……】

 急に自分のところに何かを送り込まれて焦るシロニャに、鋼は照れくさそうに言った。


「その、シロニャへの、プレゼントだよ」

【ワシ、への…?】

 驚くシロニャに、鋼が急かす。

「い、いいから、とにかく開けてみてくれって」

【う、うむ…】


 戸惑いながらも、シロニャが包みを開くと、中から出て来たのは、



【これは……ヘラクラー?】



 武闘大会オリジナルキャラの特製マスコットだった。


【もしや、ワシがこれを好きじゃと覚えとったのか?

 それで、わざわざワシのために、これを?】

 感動に声を震わせるシロニャに、

「ああ。それと、ついでに言うとそれが理由」

【む? 理由、じゃと?】

「そう。僕が、大会に出た理由だよ」

 鋼は、さらなる真実を突きつける。


【なん、じゃと…?】

 驚くシロニャに、鋼は最初から説明した。

「あの時、武闘大会の受付に並んでいた時、シロニャはこのヘラクラーを見て、歓声を上げてただろ。

 考えてみれば、シロニャがゲーム以外にあんなに何かに興味を持つなんて初めてだったから、ちょっと気になってたんだ」

 某ムー〇ン谷に生息しているカバ的生物のように、魔物なんだか人なんだか分からないような得体の知れない生き物だし、子供たちを怖がらせてばかりで一体何のためのキャラクターなんだ、とは思ったが、シロニャを喜ばせたことについては、感謝と共感と、それにちょっとだけ嫉妬を覚えていた。


「そしたら、ちょうど武闘大会の賞品に大会オリジナルキャラの記念マスコット、なんて書いてあったからさ。

 恩返しをかねて、シロニャにこれをプレゼントできたらな、って思ったんだ」

 いくら神様で三歳児とはいえ、女の子にプレゼントなんて、柄ではないと分かっていた。

 だけどヘラクラーを見ていた時のシロニャの楽しそうな声が忘れられなくて、それがもう一度聞けるなら、自分にもそれができるなら、と思った。

 念のため街中でも同じようなマスコットが売っていないか探したが、不人気なせいかどこにも売っていなかった。



 ――だから鋼は、大会に出て、あそこまで戦い抜いたのだ。



「街中で人を焼いた犯人をつかまえてやろうとか、この大会で優勝してやろうとか、僕はそんな大それた立派なこと、初めから考えてなかったよ。

 いつも僕によくしてくれるシロニャに、そのマスコットをプレゼントしてあげたい。

 それだけのために、僕は大会に出て戦ったんだ。

 だから……」

 だからシロニャが気に病む必要なんてまったくない。


 鋼は、そう続けようと思ったのだが、

【本当、なのか?

 おぬしは、本当に、これのために、たったこれだけのために、大会に?】

「ま、まあね」

 シロニャが、震える声で問いかける。


【ワシに、ワシにただ、これを渡すだけのために、そんなことのために、あんな……】

「そ、そんなことなんて言うなよ。結構苦労したんだぞ、取って来るの」

 ヘラクラーのマスコットは、大会九位から十六位までの選手に渡される賞品。

 つまり、本選の一回戦を勝ち抜き、二回戦を『負けなければ』もらえない賞品だ。

 そのためには一回戦ではかなり痛い思いをしたし、優勝もあきらめて、二回戦で降参をした。

 それは全て、シロニャの笑顔のためで、


【バカじゃよ……】


 しかし、シロニャは、それを否定する言葉を吐いた。


「ば、バカって……」

 必死の努力を否定されて、さすがに動揺する鋼。

 だがシロニャは、涙ににじんだ声で叫ぶ。

【バカなものはバカなのじゃ!

 こんなもののために、あんな苦労をして、大ケガをして、おぬしは、おぬしはバカじゃ!

 本当に、本物の大バカじゃ!

 じゃが……】

 たしかに、鋼は自分でもバカだとは思う。けれど、




【ありがとう】




 その、たった五文字の言葉は、どんな勝利も、どんな賞賛も、どんな名誉もおよばない、たった一人、鋼のためだけの、最高の栄冠で、


 ――きっと僕は、その言葉を一生、誇りに思う。


 そんな風に、思ったのだった。






 二人の気持ちが、通い合った瞬間、


 パパパパーパーパーパッパパー!


 まるでそれを祝福するみたいに、勇ましいファンファーレが鳴り響いた。

 そして、鋼の頭の中にメッセージが……。



 しろにゃ の こうかんど が 1046 あがった。

 しろにゃ との かんけい が きみしかみえない になった!



「上がりすぎだろ! 好感度!」

 鋼が安定のツッコミを見せる。

 そしてさらに、



 はがね は おらくる(てれびでんわつき) を おぼえた!

 はがね は おらくる(しろねこつき) を おぼえた!

 しろにゃ を おもちかえり できるように なった!!!!



「だから何なんだこのコメントは!!」

 鋼、吼える。

 あっという間に、ちょっとしたいい雰囲気が台無しになっていた。





「はぁー。まったく」

 浮かび上がったメッセージにすっかり照れてしまったシロニャは、オラクルで呼びかけても返事をしなくなってしまった。

 こうなるともう戻るしかないのだが、今からあの魑魅魍魎渦巻く場所に戻るのはなんか嫌だった。


 何かないかと辺りを見渡すと、闘技場が魔法の光で綺麗にライトアップされているのが見えた。

「そういえば、もう武闘大会決着ついたかな?」

 自分は途中でリタイアしたとはいえ、その結果が全く気にならないワケでもない。

 さらに闘技場の方を見てみると、幸いなことに、武闘大会の掲示板らしいものがすぐに見つかった。


 ここからでは見えないな、と鋼がそちらに向かって歩き出した瞬間、

「コーウくん!」

 という甘い声と共に、背中にのしかかってくる温かい感触。

「ら、ララナ……」

 声が思わず震えてしまった理由は単純。

 いつもと違い、防具というくびきから解き放たれた『これで本当に十歳!?(仮名)』が二つ、背中にぐにぐにむにむにと押し付けられているからであった。


 それでも鋼はミスレイの精神攻撃にすら耐え切った男である。

 何でもないフリで、武闘大会の掲示板を指さした。

「ララナ。あの掲示板、なんて書いてあるか分かるか?」

「あははは。そんなのらくしょう! ボクの視力は五十三万だよ?

 えーと……あはは。文字が五重に見える」

「この酔っぱらいが」

 役には立たないようだった。


「あははは。コウくーん、コウくんが五人ー。あははははー」

 と笑うララナを背中に垂らしたままでよたよた進み、

「おっ」

 ようやく近くまで行って見てみると、既に大会は終わり、当然ながら全ての結果がもう発表されているようだった。

 掲示によると、何でも優勝したのは、アスティエール・ベル・フォスラムとかいうやったら長い名前の人らしい。


「……あれ?」


 ひどい既視感に、ごしごしと目をこする鋼。

 そんな鋼の首にかじりつきながら、能天気にララナが言った。

「そーいえばぜんっぜんアスティ見ないよねー。はくじょーだなー。

 どーこであぶら売ってんだろ?」


 その言葉に、鋼はもう一度掲示板の名前を見上げる。



「……………あれー?」



 肌寒い、夜の街で。

 立ち尽くす鋼の顔を、ひとすじの汗が流れていく。








 第三十四回キョートー武闘大会。

 その覇者であるアスティエール・ベル・フォスラムの優勝者コメント、「いいさ。どうせ私はぼっちなんだ」は本人の美貌と、優勝者とは思えない哀愁漂う姿ともあいまって、あまりに有名な台詞となったという。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] おもちかえり……………シロニャ、召喚!!!
[一言] 一回戦で優勝候補をのしちゃったから...
[良い点] しろにゃ の こうかんど が 1046 あがった。 しろにゃ との かんけい が きみしかみえない になった! [一言] 好感度の上昇によって鋼とシロニャの会話がもっと楽しくなりそうです。…
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