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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第九部 武闘大会編
43/102

第三十七章 鋼の理由、鋼の覚悟

「どけどけぇ! 邪魔だ邪魔だぁ! どけどけぇ!」

 容姿と年齢にそぐわない乱暴な言葉で先頭を走るのはララナ。

 その後を、アスティ、鋼、ラトリスの順で続く。

「んー。このちょーしならギリギリ日没までに闘技場につくかなぁ……」

 さすがにA+ランク冒険者のララナは、走りながらも全く息を切らさず、あくまでマイペースに見通しを口にする。

「そうじゃなきゃ、困るって!」

 そこに怒鳴り返すのは、当然我らがツッコミ王、鋼である。


 日没までに登録しないと武闘大会に参加できないという驚愕の事実が発覚してからすぐに鋼は一行と合流。

 全員で闘技場に向け、全速力で進軍することになった。


 途中、なぜか見覚えのある修道服の人物も見えたのだが、

「じゃ、コウ様、頑張ってきてくださいねー。

 もし間に合ったら、ぎゅっとして、ごわっとしてあげますから」

 何か意味の分からないことを言って、にこやかに手を振って鋼たちを送り出しただけだった。

 たぶん走るのが面倒くさかったのだと思われる。



「あそこを曲がれば、闘技場正面です」

 最後尾からのラトリスの言葉に力を得て、鋼は速度を落とさずに角を曲がり、


「うわっ!」


 歩いていた人物に、思い切り正面衝突をした。



「す、すみません」

 顔を上げると、ぶつかった相手は食パンを加えた美少女転校生、ではなく、


「あぁ!? なんだぁ、テメェ! やんのか、オラァ!」


 見るからに柄の悪い、顔に傷のあるスキンヘッドのあんちゃんだった。

(最悪だぁ……)

 やはり後期デス〇ート的平和世界でも、このくらいの荒くれさんはいらっしゃるらしい。


「あんじゃぁワレェ! ワビィ入れるゆうならさっさと兄貴に金出して土下座せんかい!

 ナマ言いよるならドタマかち割ってタマとったるでぇ!」

 その心の声を聞き咎めたというワケではないだろうが、隣にいたバリバリのモヒカンの世紀末ファッションのお方が詰め寄ってくる。

 それにしても脅し文句のクオリティが色々ひどい。


【おおぅ! す、すごいのじゃコウ!

 これはそっちの世界ではすでに絶滅したと伝えられる伝説の人種、893さんではないか!?

 まだ実在しておったとは……】

(はしゃいでる場合かよ)

 脳内でシロニャは一人喜んでいるが、少なくともここで時間を取られるワケにはいかないハガネとしてはピンチではあった。

 困り果てた鋼の耳に、シャン、シャン、という涼しげな音が二回聞こえた。

 すると、


「あ、何だぁ! 急にオレのズボンが……」

「うあ! ワイの荷物が……」


 急にわたわたと焦り出す二人組。


「ごめんねおっさきー」

「申し訳ありませんが、先を急ぎますので」

「心配するな、峰打ちだ」

「何かほんと、すんません」

 その隙に全員でその横を駆け抜ける。



「って、待て。思わず流したけど、峰打ちって絶対嘘だろ!

 両方とも思いっ切り切れてたぞ」

「いや、峰を使って斬ったのだ。

 こちらに非があったとはいえ、あのような恫喝、元騎士としては見過ごせん」

「峰打ちの意味ねえな!」


 などと、速度を落とさないまま鋼とアスティが言い合っていると、そこにララナまで入ってきた。

「あの札見た? あの二人も大会参加者みたいだね」

「ふだ?」

 そういえば、スキンヘッドもモヒカンも、首から下げるヒモのついた木の札を持っていた気もする。

「武闘大会参加者には参加証として木札が配られるのです。

 簡単ですが個人認証機能を持っていて、なくすと失格になるので注意して下さい」

 やはり走りながら、ラトリスが補足する。


「ま、アスティの剣閃も見切れないとか、雑魚だよねー」

「あの程度の連中に、我が覇道を阻ませはせん!」

 あくまでにこやかなララナと、何だかテンションがおかしくなっているアスティと並走し、走り続ける。

 そして、

「見えました。あちらです」

 ラトリスの声に顔を上げる。

 闘技場が、見えてくる。

 そこには、


「う、わぁ……」


 壮観としか言えないような光景が、鋼の前に広がっていた。

 そう、それは、


「ものっすごい、並んでるねぇ……」


 闘技場参加受付の前に、長蛇の列がある風景だった。





 列の最後尾に並び、鋼はようやく一息つくことができた。

「この列見たときは、もう終わったと思ったけどね」

 どうもこういう場合、大抵は日没までに列に並んでさえいれば、受付はしてもらえるらしい。

「参加料で5000マナも取られるし、そういう意味じゃ客商売だからねー」

 大会運営側としては、参加を断るメリットがあまりないのだ。


「それにしても、すごい建物だな……」

 差し迫った問題が半ば片付いて、ようやく周りに目を配る余裕もできる。

 武闘大会の会場であり受付でもあるその円形闘技場は、ローマのコロッセオもかくや、と思うほどの巨大な建物だった。


【実際に大きさで言ってもそれ以上なはずじゃよ。

 少なくとも東京ドームよりもでっかいのじゃ!】

(へぇー。すごいんだな)

 観光に便利なシロニャの解説を聞きながら、鋼はおのぼりさん気分で辺りを見回す。

 さすがに大会前日、闘技場前の熱気もかなりのものだった。


「武闘大会開催記念、キョートー名物武闘大会クッキーはいりませんかぁ!?」

「券、あるよー。券、買うよー」

「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!

 安心の専門家による勝敗予想、たったの50マナだよ!」


「色んな商売あるなぁ……」

 武闘大会に便乗した商品や、ダフ屋や予想屋までが出張って来ているらしい。

 しかし、中でも目を引いた、というか、


【う、うぉおおおおおおおおお!

 なんじゃぁ、あれはぁ!!】


 シロニャの琴線に触れたのは、

「……ほんと、何なんだ、あれ」

 近くの子供に無差別に風船?を配ろうとしては泣かせている、謎の昆虫?集団だった。


【あ、あの優美さと力強さを兼ねそろえたフォルム!

 そして光沢と力強さを共にそなえたあの肌つや。

 さらに雄々しさと力強さをこれでもかと前面に押し出したあの角。

 かっこかわいいんじゃよー!】

(……そうかぁ?)

 なんて言いながら、めずらしく素直に子供のような興味を発揮するシロニャを、鋼はほほえましく思っていた。


「アレは、大会マスコットのヘラクラーですね」

 鋼の独り言を聞きつけたのか、もう一人の解説キャラ、ラトリスがそう教えてくれた。

「ヘラクラー?」

 言われてから見ると、たしかに日本で言うところのヘラクレスオオカブト、つまりカブトムシに似ているような気がした。


「ええと、こっちにもカブトムシとかっているのか?」

「はい。小さいものでは体長10センチ、大きいものでは5メートル程度の個体が確認されているようです」

「そ、そうか……」

 さすがファンタジー世界。しかし、子供の自由研究にはそぐわない巨大さだ。


「比較的捕獲が簡単なため、一部好事家の間では人気の高い生物ですが、正直マスコットとしては……」

 言葉を濁すラトリス。

 というか、近寄った傍から子供を泣かせたり親ににらまれている姿を見れば、一目瞭然である。


 ただ、

【行け! 行くのじゃヘラクラー!

 人類なんてブッ飛ばすのじゃー!】

 と大興奮のお子様もいるので、もしかすると一部の人には大受け、だったりするのかもしれないが。



「あ、ねえねえ、アレ! 大会の賞品一覧が出てるよ!」

 ララナに腕を引っ張られ、鋼は強制的にヘラクラーから視線を外した。

 仕方なくララナが示す方に目を移すと、たしかにそこには『武闘大会賞品目録』と大書された掲示があった。


 さらに特筆すべきこととして、

『本選出場者全員に、大会から豪華賞品を進呈!』

 と威勢よく書かれているのだが、

「なんか、格差がひどいな……」

 その内容に、鋼はちょっと言葉を失った。


 一位、つまり優勝賞品は、優勝賞金百万マナとトロフィー、それに副賞の『金剛力奥義書』だ。

 奥義書の価値は正直鋼にはよく分からないが、

「金剛力、奥義、だと。こんな場所で……」

 などと分かりやすくつぶやきながら奥義書の文字を見つめる、アスティのうずっとした瞳を見れば、相当に貴重な物だと分かる。


 二位の商品は賞金十万マナと秘宝『シューティング・スター・リング』。なんとつけているだけで敏捷性が大幅に上がるという、戦いを生業にする者ならのどから手が出るほど欲しい腕輪だ。


 ちなみに三位になると、賞金はがくっと下がって二万マナ。それと記念のブロンズメダル。

 四位は賞金額かろうじて一万、賞品は希少回復薬一式。ここまでがギリギリ豪華賞品と言えそうなところだ。


 五位から十六位になるともう一括りで、賞金は驚きの五千マナ(参加費用が返ってくるだけ)で賞品が大会オリジナルキャラの記念マスコット。

 十七位から三十二位なんてさらにひどく、賞金はなしで、賞品は大会のロゴが入った羽ペン。

 まさに誰得な内容である。


(……ん?)


 その時、鋼は意識の端にふと、何か引っかかりのような物を感じて、



「ぅぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」



 次の瞬間、どこかから聞こえたまさに魂消るような悲鳴に、意識の全てを持っていかれた。

「ッ! どこだ?」

 思索を中断された不愉快さからか、あるいは何か予感を感じたのか、鋼はいてもたってもいられず、反射的に列から飛び出して駆け出していた。


 幸いにも、騒ぎの発生源は一目瞭然だった。

 そこから悲鳴が起きたと思しき場所から火の手が上がっていて、そこから断続的な悲鳴や怒号が響き渡っている。


 人の流れに逆らい、その中心に向けて走っていると、

「護衛、置いてっちゃダメだよ」

「捨て置けんな。私もご一緒しよう」

「自分から厄介事に首を突っ込むその気性、案外同類ですか?」

 ララナが、アスティが、ラトリスが、鋼の横に並んでくれる。


 騒動の現場にたどり着いて、鋼はその異様な光景に絶句した。


「だずげ、たずげでぐれぇああ!!」


 火の手が上がっている、と見たが、燃えているのは人だった。

 二人の男が、炎にまかれて苦しみに踊り狂っていた。


 あまりの光景に呆然としていた鋼に代わり、素早くラトリスが動く。

「水遁! 水剋火!」

 その叫びが終わらない内に、燃えている二人の男に水が押し寄せる。

 炎は一瞬、抵抗のそぶりを見せたが、やがて水に呑まれて消えた。

 燃えていた二人の男は、同時に地面に倒れた。


「誰か回復魔法を!」

「私がやろう」

 鋭い叫びには、アスティが応じる。

 さすがの冷静さで男たちに駆け寄り、両手を使って二人に同時に回復魔法をかける。


「大丈夫、なのか?」

 ようやく我に返った鋼が近寄って聞く。

 たしか、人体の二割だか三割だかを火傷すれば助からない、と聞いた覚えがある。

「確かに派手な炎だったが、ダメージ自体はさほどでもない。

 きちんと処置すれば、後遺症も残らないはずだ」

 アスティは軽く請け負った。


 ラトリスが補足する。

「先程の炎は魔法の火です。二人共それなりの魔法耐性を持っていたおかげで、一命は取り留めたようです。しかし……」

 そこでラトリスは、二人の横に落ちていた、黒焦げになった物体をつまみあげた。 

「これでは、仮に傷が治っても武闘大会の参加は絶望的ですね」

 それは、焼け焦げて原型を留めなくなった木札だった。


「あれ、もしかして、この二人って、さっきの……?」

 そこでようやく鋼は気付いた。

 倒れていたのはスキンヘッドとモヒカン。

 鋼が闘技場に向かう途中ぶつかった二人組だった。




「これで大丈夫だろう。回復魔法は私の得手とする所ではないが、応急処置としてはこれで充分なはずだ」

 処置を終え、アスティが立ち上がる。

 すると、

「ぅ、あ……」

 二人組の内、スキンヘッドの方がうめいて、目を開いた。


「目が覚めたのか?」

 アスティが声をかけるが、まずスキンヘッドの男がまず気にしたのは、目の前に立つアスティでも、自分の身でも仲間の身でもなく、黒焦げになった木札だった。

「そ、れは、オレの…?」

 茫然とした様子でラトリスの手に握られたそれを見る男に、ラトリスはいつもの調子で話しかける。


「私達が魔法の炎にまかれ、燃えている貴方方を助けました。

 一体誰にこんな事を?」

「わから、ねえ。ぶつかって、声をかけたら、やろう、いきなり、オレたちに……」

 そこで男は、屈辱のせいか恐怖のせいか、ブルブルと震えだした。


「顔は? 見ていないのですか?」

「魔法使いが着るような黒いローブを着て、顔も、隠してやがった。

 見えたのは、オレたちに向けられた手と、大会参加者用の、木札だけだ。

 くそ! 燃えちまった。オレ、の、札が!

 ちくしょうが、オレは、この大会こそ、ちきしょう…!

 ちきしょぉお!!」

 そこからは、もう会話にならなかった。

 スキンヘッドの男はラトリスの手から奪うように燃えカスになった木札をもぎ取って握りしめると、しきりに悪態の言葉を吐きながら涙を流していた。




 もう自分たちにできることは何もない。

 そう判断して、鋼たちは男たちの下を離れた。

「あんな男だが、大会には人一倍、思い入れがあったようだな」

「さすがにアレ見ると、ちょっとかわいそうになるよね」

「それより問題なのは、大会参加者の中に、あのような事を平然と行う輩がいるという事です」

 ラトリスの表情は険しい。


「持続性のある火属性魔法を相手に使うというのは、明白な犯罪行為です。

 それを堂々と人目のある往来で行うとは、とても正気の沙汰とは思えません」

「うーん。放っておくと、もしかするとまた被害が出るかもしれないね」

「だが、犯人の目星などつかないだろう。ただでさえ大会時期で人の出入りが激しい。

 ヒントは、一つだけ。となれば、持ち得る手段は……」

 そこでアスティが、ちらりと鋼を見た。 



 だが、鋼は全く気付いていなかった。

 いや、そもそも、闘技場への帰り道、鋼はずっと無言だった。

 衝撃的な光景に頭が一瞬空っぽになって、それが一応収まって、頭の中がリセットされて。

 なのにそれでも、まだ振り払えないものが残った。いや、何もなくなったからこそ、自分が気にしている物が何か、鮮明に分かったとも言える。


 ――あの、声。


 闘技場でのんびりと並んでいる時に聞いた、今まで一度も聞いたことのなかったようなあの声。それが、いつまでも耳から離れない。

 同時に、そんな声を上げさせた存在に、想いを馳せる。


 鋼の脳裏に浮かぶのは、黒い異形のイメージ。人なのか魔物なのかも判然としない、幻じみた存在。

 あんな風に人を怖がらせて何がしたいのか、その目的もよく分からない。

 だが鋼はそいつに、不思議なシンパシーと憎悪を感じていた。

 正体は分からないし、どうでもいい。

 だがそいつは、大会を勝ち抜いた先に、必ずいる。


 地面がでこぼこした石畳で、足元もよく見えないため、何度か転びかけたが、それでも鋼は、一心に、ただ一つのことだけを考えていた。


 そうだ。こんなの、柄ではないと分かっている。

 それでも自分にできることがあると、知ってしまったから。

 だったら、


「僕は、武闘大会に、出たい」


 気が付けば、鋼は自然とそう口にしていた。

 驚くみんなの顔を見ながら、鋼は語り出す。


「できれば、とか、流されて、じゃなくて、自分の意志で、本当に出場したいと思ってる。

 もちろん出るだけじゃダメだ。予選を勝ち抜いて、本選に出て、それで……」


 ほとばしる想いのままに、つたない言葉を紡いだ。

 ありあまる感情と、もつれる口、それを、聞いていられないとばかりに、


「ハガネ!」


 誰よりも美しく凛々しい元騎士が、彼の名を呼んでそれを制する。


「ハガネ、あ、いや、その、ハガネ…殿」

「もう、呼び捨てでいいよ」

「う、うむ。その、ハガネ」

 照れたように頬を赤らめ、わざとらしく咳払いをする。


「貴方の心意気を、私は立派だと思う。

 かつて、貴方をその精神の在り方から害悪と断じた者がいたが、それは違う。

 他人のために動こうとするその輝くような心こそが、貴方の最も優れた資質と私は断じよう」

「そんな……」

 鋼は首を振る。


 たしかに他人のためであっても、鋼がやろうとしているのはほんのちっぽけなことで、しかもただの自己満足だ。

 むしろ、そんなことを口にするアスティこそが、この世の光そのもののように鋼は感じた。

 大袈裟な言い方をするなら、美しいその立ち姿は、薄暗い街に現れた、夕闇に輝く月のようにも見えた。


「しかし……」

 そこでアスティはその輝くばかりの美貌を憂いに染めて、



「残念だが今年は無理だ。諦めろ」



 鋼の希望を、断ち切った。


「どういう、ことだ?」

 言いながら、呆然とアスティの顔を見る。その姿はやはり、薄暗い街に現れた、夕闇に輝く月のようで……。

 と、ここで気付いた。


 『薄暗い』街に現れた、『夕闇』に輝く月?


「……あ」

 気付いて、空を見上げる。

 日は完全に西の空に没し、気付けば街はやわらかい闇に包まれていた。



「時間、切れ…?」



 ぼんやりと空を見上げるしかない鋼に、

「あっはは! こういうこともあるって、ドンマイドンマイ!」

 ララナの軽快な笑い声が、やけに胸にずしんと響く。

「え? ほんとに、これで、終わり…?」

 あんまりにもあんまりな終わり方に、がっくりと肩を落とす鋼。


 ポン、とその肩をたたかれる。

「ハガネ、その、今回は残念な結果に終わったが、そんなに気を落とすな。

 私でよければ、まあ、愚痴くらいなら聞いてやれる」

「アスティ……」


 ポン、と鞭を手に乗せられる。

「そうですね。辛い事があるのなら、全て私にぶつけて下さい。

 その苛立ちも、憤りも、全て私が受け止めてみせましょう」

「ラトリス……」


 こうして、仲間たちの優しさに包まれながら、鋼の武闘大会にまつわる物語は、幕を閉じたのだった……。












 と、いつもならここで終わってしまうところなのだが。


「しょうがないなー。ほかならぬコウくんの願いだし、ここはボクが一肌脱ぎますか!」

 そこで鋼を救うべく行動を起こしたのが、さきほど無神経な台詞で鋼を失意のどん底まで叩き落としたララナであった。


 闘技場まで戻ると、

「ちょっとズルっこい感じがするから、あんまりやりたくないんだけどねー」

 なんて言いながら、すっかり人気もなくなってきた受付に歩いて行き、受付のやたらいかつい係員に話しかけた。

「すみませーん。武闘大会の参加登録をお願いしたいんですけど」

「申し訳ありませんが、今年度の大会受付は終了しました」

 即座に返される、にべもない返事。


 しかしララナはへこたれなかった。

「そうですか。でも、こういう大会なら、推薦枠、ってありますよね。

 これを持って、責任者の方に相談してもらますか?」

 と言って、受付の人に何かを手渡す。

「それは……?」

 といぶかしげだった受付の人の表情が、それを目にした途端、変わった。


 それはララナのギルドカードだった。

「ララナ、ナナナン、様?」

 目の前にいる人物がこんな所にいるのが信じられない、という風に手をわなわな震わせ、目を見開いている。

「あれ? ボクを知ってるの?」

「と、当然であります! この業界で、ララナ様を知らない者などおりません!」

 それを聞いて当然鋼はどの業界だよ、と思ったが、そこは自重する。


 しかし、その叫びを耳にして、隣にいたもう一人の受付の人も同じように目を見開いた。

「ら、ララナ様? ま、まさか、昨年に行われた大陸統一総合闘技大会で『覇刃の滅姫』様と壮絶な死闘を演じられた、あのララナ様ですか?」

 本当にララナはこの業界?では、有名人らしい。


 それを聞いて、ララナはめずらしくもはじらうような姿を見せた。

「はずかしいな。結局負けちゃったからね、あれ」

「いえ、とんでもありません! 勝負は紙一重でしたし、アレは大会一の激戦でした。

 結局ララナ様との戦いで疲労なさった滅姫様は決勝で負けてしまわれましたが、実力的にはお二人が最強であったと自分は信じております」

「あー。あのバトルフィールド、傷は治すくせに疲れ取ってくんないもんねー」

 という感じで、その場はすっかりララナペースである。


「も、もしかして、今大会、ララナ様も出場したい、いえ、出場なさってくれると…?」

 期待半分、疑い半分みたいな複雑な目で、受付の人がララナをうかがう。

 しかし、

「あはは。ボクはもう大陸統一大会に出ちゃったからね。

 いくらボクでもさすがにそういう横紙破りはしないよ」

 ララナはあっさり否定。

「さ、左様で御座いますか」

 すごく不自然に堅苦しくなっている受付の人だが、どうやらララナが参加しないと知って残念に思っていることだけはうかがえた。


 鋼としても、てっきりララナは参加するものとばかり思っていたので、少し意外である。

「参加基準の厳しい上位の大会で結果を残した者は、通例として下位に当たる地方の大会には出場しないという不文律があるのです」

 と何につけても事情通なラトリスが、こっそり耳打ちをしてくれた。


「今日はボクの仲間を出場させてもらいたくてね。

 ええと……」

 ララナの視線がこちらを向く。

 それにつられるように、受付二人の視線もこっちに動いた。


「すみません、お願いします!

 僕にはどうしてもこの大会に出たい理由があるんです」

「私も、是非ともお願いしたい。このような大会に出場した経験はないが、一度自分の力を思い切り試してみたい」

 即座に答えた鋼とアスティに続き、

「私は遠慮しておきます。余人に手の内を晒す危険は冒せません」

 ラトリスだけが不参加を表明する。


「というワケ。

 ……二人ともこういう大会の経験はないみたいだけど、実はここだけの話、トーキョの街で巨竜と戦ったのがこの二人なんだよ」

「え? 巨竜は本当に復活していたのですか? てっきりよくある噂話の類かと……。

 しかし、もし、それが本当なら、さぞや……」

 受付二人の視線が、にわかに熱を帯びる。

 倒した手段が手段だけに、鋼は少し居心地の悪さを感じた。


 脈ありと見たララナが勢い任せに頼み込む。

「推薦って言っても、別にシードとかじゃなくて、普通に予選からの参加でいいんだ。できないかな?」

「それは……いえ、ララナ様の頼みとあれば!」

「できるの?」

「もちろんです!!」

 胸を張る受付の男性。隣のもう一人も、調子のいい相方に苦笑しているが、反対ではないようだった。


 何かを調べていたその相方の受付の人が言う。

「幸運なことに、ついさっき木札の破損が確認され、欠場者が二名出たところなんです。

 予選から出場の普通の枠ですが、これでよければすぐにでも手続きできますよ」

 それ自体は幸運な申し出ではあったが、一行は渋い顔をした。


「欠場者、か。それって……」

 男泣きに泣いていたスキンヘッドの姿が脳裏に浮かぶ。

 鋼自身、もうあの一件は割り切っているつもりでいるが、あまりいい気分はしなかった。それでも、

「それで、お願いします」

 鋼は、怯まなかった。


 自分の目的がちっぽけで独善的であることを自覚している以上、その罪悪感すら呑み込んで進むつもりだった。

「……そうだな。私もそれでお願いしたい」

 続くように、アスティも名乗りをあげる。

「はい。これよりお二人の大会登録を致します。

 では、二人のお名前をお伺いします」



「ハガネ。ハガネ・ユーキです」

「アスティ。アスティエール・ベル・フォスラムだ」



 こうして、大会史に長くその名を残すことになる、いまだ無名の冒険者のエントリーは無事に成立し、鋼の武闘大会にまつわる物語が、ここに幕を開ける。




 大会へのエントリーは何事もなく終わって、鋼は待っていたララナたちの下に戻ってきた。

「その、ありがとう、ララナ」

「んぅ? あ、あはは。何だよ、まじめな顔してさぁ。

 もう、照れるよ、この女たらしぃ!」

「さりげなく悪口混ぜるなよ! 全然たらしてないぞ!」

 どうしたってシリアスにならないララナとの会話を楽しみながら、しかし鋼の心はもう翌日、大会当日まで飛んでいた。


「ハガネ。色々あったが、これで私たちも……」

「ああ。明日はいよいよ、武闘大会だ!」 





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