第四章 やっとこさっとこ転生開始
東西南北、どちらを見回しても地平線すら見えない、不可思議な空間。
そこには先ほどまでと違い、迷いなく一心不乱にコントローラーを操る鋼の姿があった。
まず鋼は、12まで振り分けた筋力を一気に戻していく。筋力の値があっという間に0になり、その代わりに残りポイントが12になる。
次に鋼は、さっき減らしたばかりの筋力にまたポイントを振り分けていく。12あった残りポイントがあっという間に0になる代わりに、筋力が『13』になった。
もう一度、同じ動作を繰り返す。筋力は『14』に。
さらにもう一度。今度は筋力は『15』まで伸びる。
増えていく。
「ほんとに、成功しちゃったな……」
鋼は呆然とつぶやいた。
この筋力の増強、というより、ポイントの増殖。仕組みは実に簡単だ。
最初の状態では、筋力を上げる時と下げる時のレートの比が5:1だった。だから、筋力を上下させるたびに、4ポイントずつ損をしていたのだ。
だが今、アビリティとタレントの効果で、そのレートが0.87:1になっている。そうすると、何が起きるか?
単純だ。
筋力を上下させるたびに、0.13ずつポイントが増える。
まさかのお手軽錬金術である。
鋼もこういうバグというか、仕様の抜け道のようなものを探していたはずなのだが、実際これほど単純で、これほど致命的なミスがあるとは想像していなかった。
そして一度できると知ってしまうと、とことんまで追求したくなるのが人情で、鋼はそういう欲求に素直な人間だった。
夢中になってポイントを増やす作業を進めていく。
地道のポイントの上げ下げを続けていくと、筋力の値はどんどん増えていき、とうとう筋力99に到達、頭打ちになる。
ヘルプを参照すると、能力値自体の上限は99ではないようだが、『転生キャラクターエディター』では、99までしか上げられないらしい。
しばらくは筋力を99まで上げ、0まで下げる、という作業を繰り返す。この一工程に大体30秒。一周につき大体13ポイントが増えた。
これを数分繰り返し、指が痛くなった所で中断した。
ボーナスポイントは筋力99の状態で220。初期値と同じくらいまでにたまってきた。
だが、鋼はこれを元手にさらなる作業効率の向上を目指す。
タレント一覧を開き、『脳筋の誓い』と同じような筋力の必要経験値を減らすタレントを探す。
しかし見てみると、デメリットはあるもののポイント50消費で必要経験値半分という『脳筋の誓い』は破格だったらしく、100ポイント使って1割減少とか、150ポイントで5パーセントだけ減少などの使えないタレントばかりが見つかる。最終的に、200ポイント使って3割減少というそこそこのタレントを発見。取得する。
残ったポイントは20ポイント。鋼は指を酷使してためたポイントのほとんどをこれに費やしてしまったことになる。
しかしそのかいあって作業効率は飛躍的に上がり、今まで一周13ポイントしか増えなかったのが、40ポイント程度になった。
数分間ポイントを増殖させる作業を繰り返し、そのポイントを筋力の必要経験値を減少させるタレントにつぎ込む、という流れを何回も繰り返し、少しずつ作業の効率を上げていく。
コントローラーの十字キーを押す鋼の指の疲労と引き換えに、それは順調に進んでいたと思われたのが、一周につきポイントを98ほど稼げるようになった辺りで低レベル帯にある筋力経験値を減少させるタレントを全て取り終えてしまう。
次に見つけた筋力経験値を減少させるタレントはポイントが4500も必要で、さすがになかなか手が出ない。
筋力によるポイント増殖法はここで一つの壁にぶつかることになった。
……ちなみに、たぶんこの辺りで鋼は当初の目的である自分の転生等の事情を完全に忘れていた。
ただポイントを稼ぐだけの機械になった鋼は行き詰った筋力増殖法に見切りをつけ、他の能力値を試す。
まずアビリティ一覧から『アビリティ成長+』をレベル10まで取得。アビリティを取得するのに必要なポイントを抑えた上で、『知力成長+』などの他の能力値の必要経験値を減少させるアビリティを限界まで取得する。
その後、他の能力値の必要経験値を減少させるタレントも取得。
筋力と同じように試してみるが、
「……一周98から上にどうしても上がらない?」
筋力でポイントを稼いだ時と全く同じ壁に直面する。
「そうか。いくら消費ポイントを抑えても、一周で稼げるポイントの上限が99なのか」
どんなに能力値を上げる時のポイントが少なくても、99から0に下げる時に稼げるポイントが99で固定だという事実にようやく気付く。
それは、このやり方ではどんなにがんばっても一周99以上のポイントは稼げないという証明でもあった。
システム的な限界点にぶつかった鋼だが、ここで大事な要素を思い出す。
完全に無駄機能だと見切りをつけて気にもしていなかった、コントローラーの連射機能である。
試しに連射機能を適用して十字キーを操作してみると、バグったような音を立てて一瞬で能力値が上限まで上がった。
秒間360連射が嘘でないのなら、99まで上げるのに約0.3秒しかかからないことになる。
ここへきて作業効率は飛躍的に向上。
鋼は一秒間に100ポイント強のペースでポイントを稼げるようになった。
そしてそのまま、数時間が過ぎる。
鋼の下から立ち去ったシロニャが戻ってきたのは、結局鋼と別れて十時間ほど経ってからであった。
「ふぅ。あの似非怪獣め。ビビンバの親戚のような名前をしとるのになかなかしつこかったの。
じゃが、所詮ワシの敵ではないの、じゃ……」
上機嫌でしゃべりながら歩いてきたシロニャの言葉が止まる。
戻ってきたシロニャが見たのは、目をどんよりと曇らせて、まるで幽鬼のように画面にかじりつく鋼の姿だった。
「あー。シロニャじゃないかぁ……」
ゾンビのような緩慢な動作で、鋼がシロニャに振り向いた。
ある意味昔見たミイラを超える、そのあまりに不健全な空気に、シロニャは思わずたじろぐ。
「な、なんじゃ、そのパンダみたいなでっかな隈と、つや消ししたみたいなレイプ目は。おぬし一体何しとったんじゃ?」
十時間にもおよぶ超単純作業である。
が、今の鋼にその質問に答えられるほどの正気は残っていなかった。
コントローラーを動かしながら、ほけーっとした顔で首をかしげるだけ。
「それにおぬし、まだ『転生キャラエディター』をやっておるのか?
あまり考えすぎるなと言うに、どれだけ優柔不断な……」
ぶつぶつと文句を言いながらシロニャは画面を覗き込んで、
「な、なな、なんじゃぁ! これはぁ!」
すっとんきょうな叫び声を上げた。
しかし、シロニャが叫ぶのも無理はなかった。
その時すでに、鋼のボーナスポイントは三百万を超えていた。
そんな空気をまったく読まず、鋼が作業を続ける。
「あはは。シロニャ、おもしろいんだよ。これを、こう、やって、こうやるとね。
こう、ポイントがバーッとふえるんだよ」
増減する筋力。そして、それに釣られて増えるボーナスポイント。
「ま、まさか、アビリティとタレントで筋力の上昇レートを抑えて1以下にした? し、しまったのじゃ! それをされたらたしかにポイントが増えてしまうのじゃあ!」
さすがに制作者。
一瞬で鋼が何をやっていたのかを見抜いた。
そして見抜いたからこそ、ことの重大さに気付いて顔を青くする。
同時に、シロニャを見たことで鋼もほんの少し、当初の目的を思い出した。
「あー。そういえば、きゃらくたーをつくらなきゃ。これだけポイントあれば、つよいのつくれるかな?」
しかし、それで顔面蒼白になったのは当然シロニャだ。
必死で止める。
「だ、ダメじゃダメじゃ! そんなのダメじゃ! だ、だってそんなのズルいもんじゃから!」
「えー。でもこんなにがんばったのに……」
「ダメったらダメじゃ! 三百万ポイントとかもう神様の力超えちゃっとるもん!」
「え? むりなの?」
「無理なワケじゃな……そう! 無理なんじゃ! そんなポイントたくさんあると無理なんじゃからあきらめるしかないんじゃ!」
「へー。そうなんだー」
「そうなんじゃ! そうなんじゃから、こう、ほら、ぽちっと初期化を」
「でもためしにやってみよー」
「だ、ダメじゃああああ!」
あせったシロニャは、鋼の予想もつかない掟破りの強硬策を取った。
「え、ええと……あ! も、もう時間切れなのじゃ! 残念なんじゃがあと十秒でおぬしを次の世界に送らなきゃいけないんじゃあ!」
「え? あと十秒?」
その言葉が、鋼のかろうじて残っていた正気をよみがえらせた。
「そう! そうなんじゃ! じゃから残念じゃのう! たくさん増やしたそのポイントを使う暇はないんじゃよ!」
「そーなんだー、ってそんなワケないだろこの前三週間悩んでた奴もいたって言ってたじゃないかこのほら吹き神ぃ!」
ようやく正気に戻った鋼が早口に怒鳴るが、カウントダウンは止まらない。
「ダメなものはダメじゃもんねー! ほーら。もう五秒経っちゃったんじゃもんね! ごー、よーん……」
「く、くぅ! こうなったらぁ!」
破れかぶれになった鋼は作業を中断して『タレント』を選択。
タレントのページの一番下、必要ポイントの多い、最高レベルのタレントのページを開いて、
「これ、だぁああああああ!」
名人顔負け、360連射を起動させる。
「ああぁ! そんなデタラメな!」
シロニャの悲鳴。
しかしそれとは無関係に、固定された十字キーの上と決定ボタンは人の限界をはるかに超えた速度で連打を続ける。
残り時間はたったの二秒。
だが、その間に720回の連射を可能にする悪魔の機械は寸毫の遅れも緩みもなく自らの仕事を果たし、
「ま、まさか……!」
とうとう三百万あったはずのポイントをきっかり0にまで消費した瞬間、
「う、うわぁああああああ!」
鋼の体は、突如現れた闇に飲み込まれていった。