第三十四章 空艇2万マイル
「え? 移動? そんなの飛空艇に決まってるでしょ!」
というララナの鶴の一声で、キョートーの街まで飛空艇で行くことになった。
さすがファンタジー、と鋼は戦慄と興奮を隠せなかった。
ちなみに、
「今なら『脳散らす号』『隠微ジブリ号』『Enterプリーズ号』があるけどどれにする?」
「ちょっとその名前考えた奴ここに呼んでこい!!」
みたいな一幕もあったりするけれども、割愛。
結局は非常に物騒かつ潜水艦っぽい名前の飛空艇に乗り込んだ。
この世界の飛空艇は浮かび上がって数秒で最高速度が出る物理法則に喧嘩を売るファンタジー仕様で、魔法で空気抵抗とか慣性とかを打ち消す便利機能付き。船によって性能差はあるが、この船は平均時速は800キロくらいで、あっという間にキョートーの街までたどり着けるらしい。
しかもララナのよく分からないコネを使ってタダで乗り込めた。ちょっと怖いくらいの至れり尽くせり感である。
こういう時にはでっかい落とし穴が待ってるのではないか、と鋼は勘ぐってしまう。
「あー、大丈夫大丈夫。今回はボクが乗ってるしね。飛行機事故と一緒で、そうそう飛空艇なんて落ちないよ」
というララナの台詞までが何だか『前フリ』に思えてくる。
しかし、いつまでも疑っても仕方がない。
「それじゃ、僕は一人でやることがあるから」
とあてがわれた部屋にこもる。
目的は、もちろん、
【コウよ。ワシは、自分の才能が恐ろしいのじゃ……】
このやっかいな神様と話をすることである。
「で? 今日はどんな与太話を聞かせてくれるんだ?」
【よ、与太話ではないのじゃ! ワシは、ワシには未来が見えてしまったのじゃ……】
「へぇー」
話十分の一くらいで聞く。シロニャの場合、大抵こういう風に大げさな言い方をした時ほどしょうもない話の時が多いのだ。
ただ、こいつの侮れない所は、口にした大言壮語を実際に叶えかねないくらいのスペックは持っていることだ。仮にも神様だし。
【おぬし、たしかこれから大会に向かうと言っておったな】
「ん? ああ」
【やはりか。読めたぞ。
実はその大会、武道大会ではなく葡萄大会だったというのが今回のオチ……】
「ねえよ!」
やっぱりしょうもない方だった。
「そもそも武道大会じゃなくて武闘大会だよ!」
根本的な所に誤りがある。
【な、なるほど。それなら安心……ハッ! 実は武闘大会ではなく舞踏大か……】
「ねえよ!」
これからこの能天気神様と真面目な話をしなくてはいけないのだ。鋼はちょっと憂鬱になった。
「ちょっと、真剣に聞いてくれ」
鋼は、なおも武芸大会かと思いきやぷげー大会、武技大会かと思いきやブギウギ大会、とか頭の悪いことを言っているシロニャを、正気に返らせる。
ぷげー大会って一体何するんだよ……。
「クロニャが言ってたこと、そろそろ説明してもらおうと思ってさ」
【まあ、構わないのじゃが、『約束』は忘れてはならんのじゃぞ?】
「ああ」
シロニャの念押しに、はっきりうなずいてみせる。……まあ向こうには見えないが、受話器に向かって礼をする日本人の気分だ。
久しぶりに聞く真面目声で、シロニャはこんなことを語り始めた。
【まず、この世界の成り立ちについてじゃが……。
いつかの神様会議で大体こんなことがあったそうなんじゃ】
「それじゃ、神様会議、はっじまーるよー!」
「yeah!」「huu!」「yes!」「kool!」「ほっほぁあああああ!」
「で、今日の議題なにー?」
「フリートークで!」
「oh!」「humm!」「yes! yes!」「kool!」「ほっほぁああああああああ!」
「なんか俺、最近力使うたびに因果律が腰にくんだよなー。もう年かなぁ……」
「はー。たしかに儂ら、力使うたびに因果律がどうとかでめんどいんじゃよな」
「因果律、マジパないっすよねぇ」
「異世界勇者とか使えば多少軽減できますけど、あれだって制限つきますし」
「んじゃいっそ、人間使っちゃうとかどスか?」
「はぁ? お前それマジで言ってんの? あんなん弱くて使えないじゃん!」
「いやいや、そこは人間を神様レベルに強くすればおk、ですよ」
「神様の力与えちゃったらそいつも因果律に引っかかるから同じじゃーん!」
「あ、そっか。てへっ☆」
「いや。何とかできるかもしれんぞよ」
「な、なんだってー! kwsk!」
「人間にめっちゃ試練を与えて神くらい強くすればいいのじゃ!」
「ちょっ! マジ頭いーんですけどー!」
「でもそんな試練とかよく知れん! なんちて☆」
「あーそれならいーのがあるよー」
「なん…だと…」
「人間界にあるげーむとかあーるぴーじーとか使えばいくなーい?」
「なんじゃその、解餌夢とかいうものは、それに、阿亜瑠非…?」
「対戦車ロケットランチャーの名前ですね、分かります」
「RPG違いだよぉおおおおおおおお!! ほぁあああああああ!!」
「とにかく、それ使えばおk!」
「「「じゃ、それで!!」」」
【という感じで、この世界が作られたというワケなのじゃ!】
「それ実話?!」
事実を元にした限りなくフィクションに近い再現VTRとかであって欲しいと切に願う鋼だが、とりあえず事情はなんとなく分かった。
【というワケでじゃな。『新神類育成計画』とかいう大仰な名前で世界を一個作ってまで行ったこの実験なんじゃが、これが始まったのはだいぶ前のことでな。
えー、実は結局、神様を創れるほどの試練を設定してしまったせいで、この実験はほとんど失敗しておるんじゃ】
「どういうことだ?」
【つまり、そのぅ、……人にとっての試練、つまり魔物、を強くしすぎたせいで、じゃな……】
「うん?」
【……この世界、近いうちに魔物たちに滅ぼされるんじゃ、たぶん】
「おい?」
剣呑な響きを帯びた鋼の声に、シロニャはあわあわと弁解する。
【ち、ちがうのじゃ! ちがうのじゃよ!?
そ、そもそもじゃな。神の力には因果律というものがあるからして、死んじゃったおぬしを安全な世界に転生させるなんてのはちょっと難しかったのじゃよ】
「ほおーう?」
【神の気まぐれ補正と生前の善行補正があったとして、死んじゃった人間を転生なんてさせるにはちょっと色をつけて滅びゆく世界に送る程度がせいぜいで、じゃな、最初の話でもこっちにも事情があるとも……】
「つまり、僕をだましてたってワケか」
【そ、そんな、ち、ちがうのじゃ、それこそ、誤解なんじゃよ…?】
「何が、誤解だって?」
【こ、この世界がたぶん滅びちゃうことをおぬしに伝えなかったのは、隠しとったんじゃなくて、単に伝えるのをド忘れしてただけなのじゃ!】
「なお悪いわぁああああああああああああああああ!!!!」
鋼、久方ぶりのシャウトだった。
「まあ、いいや、その話はもう。大体わかったし、考えてもしょうがない」
どう逆立ちしたって、世界を救うほどの力を自分が手にするとは思えない。とりあえず出来るだけモンスターを倒した方がいいということだけ覚えておくことにする。
「それで、そろそろ自分に何ができるのか知りたいんだけど……」
世界の現状が少しだけ分かったところで、今度は時間がある内に自分の特殊能力を把握しておきたいというのが鋼の考えだった。
【めんどくさいのう。そんなのせんでも、見つけたダンジョンに片っ端から『ちきゅうはかいばくだん』を投げ入れればいいのではないのか?】
「お前がそんなこと言うのかよ。アレだって、今回みたいなケースじゃなければとても使えないだろ」
今回のダンジョンの構造が『洞窟型』で、『次元連結型』の入り口があったから偶然有効だっただけで、本来ならとても使えたものではない。
ダンジョンの全ての道が地続きになっている洞窟型でなければ、最深部まで爆弾の威力はいきわたらなかっただろう。例えば転送魔法陣などで進むタイプならそこで爆発は途切れるだろうし、隠し扉などの奥まで届くかも未知数だ。
あるいは、このダンジョンの入り口が次元連結型でなければ大惨事が起こっていたはずだ。スイッチを押さない限りは中で何が起こっても外に影響がない次元連結型の出入り口だからこそ、あんな物騒な物を使えたのだ。
それに、そもそもアレはダンジョン内に人がいたら使えないし、中にいるモンスターに熱とか火の耐性があれば効かないなんてこともありえるかもしれない。
「あと目立つのは嫌だし。また都合よく見張りの人が一人だけで、しかも協力的だとも限らないだろ」
一度使ったら終わるまでに十日かかる上、ボスには即死が効かない『天魔滅殺黒龍灰燼紅蓮撃』のように、『ちきゅうはかいばくだん』も強力だが制限の大きい武器なのだ。
【お、おぬし……。もしかして、ちゃんと脳みそ入ってるのではないか?】
「何だその僕が頭悪い前提での驚き!!」
しかもそれをシロニャに言われるというのがひとしお業腹である。
「とにかく、そういうワケで色々他のタレントとかも調べたいから、協力してくれ」
それを抑えて、何とかシロニャに協力をしてもらおうと思ったのだが、
【待つのじゃ! 長くなりそうじゃから、その前にワシとの約束を果たしてほしいのじゃ】
そこに本人から待ったが入った。
「そういう交換条件だったな」
シロニャは、自分が鋼の質問に答える代わりに、ある物を要求していた。
それは、
【そうなのじゃよ! いい加減その連コン返すのじゃ!】
鋼が無意識に持ち出した、秒間360連射のできるコントローラーである。
「だけど、どうやって渡せばいいんだ? 神様ってこっちの世界にも自由に来られるのか?」
【無理なのじゃ! だから、オラクルを使うのじゃ】
「オラクル?」
【オラクルに小型ワームホール機能を付けて、物品の受け渡しを可能にするのじゃぁ!】
「それもうオラクルじゃねえよ!?」
と、怒鳴ったものの、それしか方法がないのならそれを試すしかないワケで、
「どうするんだ? 神様の力でオラクルを改造でもするのか?」
【浅はかなり! 簡単に言えば、このままではオラクルのレベルが足りないのじゃ。逆に言えばオラクルのレベルアップをすればいいのじゃ】
「そんなのどうすればいいんだよ?」
【とにかくワシをほめるのじゃ!】
「ほ、ほめる?」
いきなり言われても、はっきり言ってシロニャはほめるべきポイントより怒るべきポイントの方が圧倒的に多いだろう。
鋼は心底困惑しながらも、何とか文句をひねり出す。
「し、シロニャはいつでも傍若無人ですごい……なぁ?」
本当に文句みたいになってしまった。
【アホじゃろ! むしろ気を悪くしたわ!】
当然のダメ出し。
【この際真偽はどうでもいいのじゃ! 嘘でもいいからワシを気分よくさせてみるのじゃ!】
「それでいいんだ……。
ええと、シロニャは三歳児の割に頭がよくて色々できてすごいなぁ」
ぴろりん
しろにゃ の なかよしど が 3 あがった。
「やっすいなお前!」
口に出した途端頭の中に出て来たメッセージに、鋼は思わずそう言ってしまうが、
【ち、違うのじゃ! 方向性はまちがっとらんが、まちがってるんじゃよ!】
「え、ダメなのか……」
前も仲良し度が上がったら新しいオラクルを覚えたからてっきり成功かと思ったが、そうでもないらしい。
ではここはシンプルに行くか。
「し、シロニャかわいいよシロニャ!」
そのテンプレと化した褒め言葉を口にした瞬間、
ぴろりん
しろにゃ の こうかんど が 4 あがった。
頭の中に変なメッセージが流れた。
【そうじゃ! その調子でどんどん来るのじゃ!】
「こんなのでいいのか……」
「と、時よ止まれ、お前は美しい……」
【ファーウストォオオオオ!!】
ぴろりん
しろにゃ の こうかんど が 3 あがった。
「えーとえーと、シロニャたんマジ天使!」
【失敬な! ワシは神様じゃぞ!】
鋼は神様に怒られた。
ぴろりん
しろにゃ の こうかんど が 4 あがった。
「って、好感度上がってるじゃないか!」
【乙女心は複雑怪奇なのじゃ!】
「結城鋼は神様シロニャを愛しています。世界中の、誰よりも」
【……う。それはちょっと重すぎて正直ひくのじゃ】
「逆効果ッ!?」
ぴろぴろりん
しろにゃ の こうかんど が 17 あがった。
「って、めちゃくちゃ好感度上がってるじゃないか!」
【乙女心は奇妙奇天烈摩訶不思議なのじゃ!】
そして、その一言が決め手になったのか。
しろにゃ との かんけい が きになる に なった!
鋼の脳内に新しいメッセージが。
「あれ? 『気になる』って、前の『比翼連理の友』より下がってないか?」
「そ、それは……とにかく見ておくのじゃ!」
はがね は おらくる(わーむほーるつき)を おぼえた!
しろにゃ に みつぎもの を おくれるように なった!
「う。あんまりうれしくない機能……」
」
だが、おそらくこれでいいのだろう。
【よしよし。じゃあ次は、『かわいいシロニャ様に貢物を贈りたい』と念じながらコントローラーを差し出すのじゃよ!】
シロニャの弾んだ声の指令に従って、
(早くこのコントローラーをシロニャのところに厄介払いしたい)
と念じながら手を突き出す。
すると、目の前にバスケットボールくらいのサイズの、明らかに平面な穴が開いた。
鋼はおそるおそる、その穴にコントローラーを差し入れる。
【来た! 来たのじゃ!】
という声で、向こうに届いたことを知る。
渡し終えると、
【やった! やった! やったよ! Wow Woo!】
頭の中から喜んだような声が。
ちょっと喜び方がほとんど昭和な気がするが、まあいいだろう。
コントローラーを取り戻したシロニャは、上機嫌で鋼に言った。
【これでワシの召喚獣はもっと強力になるのじゃ!】
「ほどほどにな」
色んな意味を込めて鋼が言う。秒間360連射なんてやったらゲームが壊れそうだ。
【それはそれとして、もう一つだけ質問してもいいかにゃ?】
「何で急にあざとい語尾を使い出したのかは分からないが、いいぞ」
【あ、これは、シロニャに改名した効果にゃ。新たな特殊語尾を使えるようになったにゃ。
あえてパラメータ的に言うと、あざとさが3上がって代わりにSAN値が10くらい下がった感じじゃにゃ】
「……正気に戻れよ」
本当か嘘か分からなかったが、改名を勧めた鋼としてはあまり強くは出られなかった。
【それで、質問なんじゃが……】
「ああ。何だ?」
【うむ】
そこでシロニャは言葉を切って、少し言いにくそうに言う。
【さっきからずっと天井におるそれは、いったいなんなんじゃ?】
「え?」
シロニャの言葉に、鋼は視線を上に向けると、
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!」
天井に張り付いた何かと、思いっ切り目が合ってしまったのだった。




