第三十一章 過去との再会
とりあえずアスティを先に帰すことにして(どのような理由でそうなったかは、本人の名誉のために伏せさせて頂く)、疲れた体を引きずって、よたよたと鋼たちがギルドの方に向けて歩いていると、
「GYAOOOOOOOOOOU!!」
いきなりご機嫌な吼え声を響かせて、モンスターが鋼にとびかかってきた。
「うあぁあ!」
突然の大質量に押しつぶされ、鋼は抵抗する間もなく地面に引き倒された。
耳元で聞こえる、はっはっはという獣の荒い息。しかも、それが三つ分。鋼は生きた心地がしない。
「あれ? このモンスターって……」
鋼を襲ったのは、三つ首の、まるで犬のようなモンスターだ。
ということは、鋼だって知っているあの有名モンスターだろう。
するともしかして……。
「コウ様!」
ボン、と鋼の上に、青と白の何かが降ってきた。
それは当然、
「ミスレイさん……じゃない!?」
旧知の人物かと思いきや、木の人形に修道服を着せた何かだった。
「ふふふ。まだまだ甘いですよ。金ぴかの人あらため、ゴワゴワの人」
「まだ名前覚えられてなかった!?
あ、いや、違う! もう騙されませんからね!
さっき名前呼んでましたよね!?」
別方向から現れたミスレイは、あいさつ代わりに早速キツいボケを入れてきた。
かろうじてツッコミでしのぐ鋼。
「それはともかく回復!!」
「それはともかかないけどすごい回復力!」
傷はもとより、こびりついた血や泥などの汚れまできれいになっていく。
「そしてえい!」
一切の迷いもなく、間髪入れずに鋼に飛びついた。
ケルベロス以上の豪快ダイブである。
「ちょ、ちょっとミスレイさん?!」
「ああぁ。この頬ずりするだけでやすりで削られるような、決して肌にフィットしないゴワゴワ感。癒され……ふわぁ」
「あ、あのですね……」
「神の信徒だけに、まさにヘヴン状態!!」
「いいのかその発言!?」
鋼は大声でツッコんだ。鋼はツッコミ時にたまに敬語を忘れる。
「も、もうさすがにやめてくださいよ」
見えないはずの聖王の法衣の位置を正確に読み取り顔を寄せるミスレイに、鋼は閉口した。
そういう高能力はもっと重要な場面で発揮してほしいものだし、これはかなりの羞恥プレイである。
「ミスレイ様、あれが大司祭にして最強の……」
ミレイユはミレイユで、何か衝撃を受けているらしく、助けに入ってくれない。心持ち名前の構成要素が似ているせいだろうか。
しかしファンタジー世界の人名に於けるマ行とラ行とア行の使用率は異常だという鋼の持論からすると不思議でも何でもないのだが、そんなことはどうでもいい。
「やはりこの肌触りこそ、至高。
ハッ!? つまりこれこそが神の現身?」
と何か頭のわいた感じのことを漏らしているシスターを何とかして欲しいのだ。
ちなみにファンタジー世界の悪役の名前に於けるガ行とダ行の使用率には目を見張るものがあったりするがやっぱりどうでもいい。
「って、うぉあぅ!」
されるに任せて放置していると、何かミスレイの手が鋼の服の中をうにうにと動き回り始めた。こそばゆいが、かといって突き飛ばすこともできず、硬直する鋼の体。
そんな中、聖王の法衣に頬ずりをし続けたミスレイの顔は、とうとう鋼の顔の横までやってきて、
「……いけない方。本当に、心配したんですよ」
耳元に何かを囁いたかと思ったら、今までの苦労が嘘のよう、ミスレイはさっと鋼から離れると立ち上がった。
「あら。やっぱりボロボロになっちゃってますね」
そうつぶやく彼女の手には、いつの間に抜き取ったのか、配達を依頼されたミスレイの手紙がある。
「あ、あの、すみません、それは……」
おふざけとはいえ一応正式な依頼の品だ。さすがに説明しないとマズイだろうと鋼は口を開きかけたが、ミスレイがそれを制する。
「いいえ。皆までおっしゃらなくても分かります。
きちんと役目を果たした道具を、責めたりなんて致しません。
だって、この懐に入れておいた手紙が、あなたの身を凶弾から守ってくれたのですよね?」
「いやいや! なに一つ分かってないですから!」
あと、この世界にも銃とかあるんだろうか、と鋼は今はどうでもいいことが気にかかった。さっきからどうでもいいことが気にかかりすぎである。
「ふふ。たらららららー」
とか何とか言いながら、ミスレイはこれ見よがしに自分の胸元に手紙をしまい直すと、ケルベロスにまたがった。
「仕事ほっぽって来ちゃいましたから、今日はもう帰ります。
一応目的は果たしましたし」
「あ、ああ。はい」
嵐のような人である。
しかし少しだけ、鋼は名残惜しいとも感じた。
そんな感慨を知ってか知らずか、ミスレイはじっと鋼を見つめて、言った。
「わたしはもう行きますけど……。これで貸し、百個ですよ」
「いや、一個ですよ!!」
水増しが豪快にすぎてさすがに気付いた。
「じゃ、ポチ! 行きますよ!」
言うなりミスレイとケルベロス(ああ見えてメス)はすごい勢いで遠ざかっていき、すぐに見えなくなってしまった。
「ふはぁ……」
ミスレイの姿が見えなくなると鋼は大きく息を吐き出してその場に座り込んだ。
鋼はこっちの世界に来てから色々な人だのモンスターだのと渡り合ってきたが、どうしてもミスレイだけには勝てない気がした。
「緊張、したぁ……」
意外にも、それはミレイユも同じだったらしい。めずらしくこわばった顔を見せている。
「緊張するようなタイプの人でもなかったと思うけど」
「いやいやいやいやいや!」
鋼が首をかしげると、ミレイユは大げさに否定した。
「ミスレイ様と言えばかなりの有名人だし、あれだけ殺気を向けられてたら、ね」
「殺気?」
欲望のまなざし、というのなら分かるが、殺気なんて微塵も感じられなかった。
鋼はなおも首を傾ける。
しかし、ミレイユは頑強に主張した。
「いや、あれあたしに釘刺しに来たんだよ、たぶん。
次に護衛をしくじったらどうなるか分かるな、って」
「そんなタイプじゃないと思うんだけどなぁ……」
話は平行線だが、とにかく二人は疲れていた。
「まあ、何でもいいや。とりあえずどこかで休憩して、それから一度ギルドに報告に戻ろうか」
「さん、せい…」
ずいぶんとおかしな形になってしまったが、配達の依頼を果たしたのはたしかなのだ。
ちなみにその前にどこかに寄ってから行く、というのは、まあつまり、十分以上時間を使ってアスティが気まずい思いをするのを回避しようという二人の気遣いであった。
「申し訳、御座いませんでした」
「焼き土下座だ!?」
喫茶店的な店でちょっと時間を潰し、ギルドに入った鋼を待ち受けていたのは、ぺったりと地面に座り込んで土下座をする女の人の姿だった。あと焼き土下座と言ったがさすがに焼いてはいなかった。
だが、それくらいの気迫を感じた。普通に顔を上げてと言ってもテコでも動きそうにない。
「ちょ、ちょっと、とにかくこんなところじゃアレなので奥の部屋に行きましょう!」
鋼は大慌てで土下座をする女性、ラトリスを奥の部屋まで連れて行く。
ギルドでちょっとすねた顔で待っていたアスティも突然のラトリスの奇行に固まっているし、一緒に歩いてきたミレイユも、
「師匠…?」
と目を丸くして驚いている。
というか、師匠だったのかーい!、とか平時ならツッコミを入れたのだが、鋼にそんな余裕はなかった。
とにかくキルリスの許可をもらって、奥の部屋までラトリスを運んでいく。
そして、奥の部屋に着いた途端、
「申し訳、御座いませんでした」
「焼き土下座再び!」
やっぱりすぐに地面に土下座。
それだけ何かを申し訳なく思っているのだろうが、それでは鋼がいたたまれない。
「あの、とにかく話はうかがいますからそこに座ってください。
これじゃ、落ち着いて話もできません」
いつかのソファに座るようにラトリスに促す。
今の状況ではラトリスも鋼の言うことを聞いてくれるだろうと打算があってのことだ。
「分かりました。ハガネ様がそう仰るなら」
そう言ってラトリスはおとなしくソファに向かって、
「申し訳、御座いませんでした」
「焼き土下座リターンズ!」
まさかのソファ上土下座。
上なのか下なのか分かりにくいことになった。
ともあれ鋼はソファに座り、話を促す。
「まずは、話を聞かせてください。そうしないと、ラトリスさんの謝罪を受け入れていいのかも分かりません」
とは言いつつも、何にせよ焼き土下座リチャージとかリローデッドとかリインフォースだとかは免れたいところだった。
しばらくラトリスは戸惑っていたようだが、
「判りました。お話致します」
やがて観念したのか土下座を中断し、丁寧な口調で話し出した。
「なるほど、つまりラトリスさんは、クロニャを僕の護衛にしてしまったことに責任を感じている、ということですね」
「……はい。あのような危険な目論見を持った人物を護衛に付けてしまう等、信じ難い程の手抜かりです。弁解のしようも御座いません」
険しい顔のままでラトリスは言う。気を抜けば、すぐにでも土下座スタイルに戻ってしまいそうだった。
「とは言っても、あっちはかなりのチートキャラだったしなぁ……」
思い返してみれば、この冷静で用心深いラトリスが、名前も知らず、適性もよく分からない人間を雇い入れようとした時点でおかしいと考えるべきだったのだ。
そもそも、自分の名前を知らない人間なんているはずないし、冒険者カードを見せてもらえるように頼めば色々と一発だった気もするのだが、誰もそれに思い至らなかった。
あるいは、それこそが彼女の能力だったのかもしれない。たとえば『完全認識阻害』とか、『絶対絶対矛盾』とかそういう厨二臭い何かを使っていたとしても鋼は驚かない。
しかし、だとしてもラトリスの気は収まらないだろうというのは分かった。
「事は命に関わる事。如何なる処罰も甘んじて受ける所存です。
あるいは罪滅ぼしになるのであれば、何でもご命令下さい」
しっかりと鋼の目を見据えて言ってくる。どうやらなかなか意志は固そうである。
「僕は気にしてないんですけど、謝罪も罪滅ぼしもいらない、とか言っても、聞いてはくれませんよね?」
「いいえ。ハガネ様が重荷に思われるなら、私も無理強いは致しません。罪を償うのが目的で、私の罪悪感のためにハガネ様が不自由をされては本末転倒ですので」
ダメ元で聞いたのだが、案に相違して、ラトリスはうなずいてくれた。
鋼もほっと息をつく。
「よかった。じゃあ、僕が必要ないって言ったら……」
「はい。私は人知れずどこかで腹を切るだけです」
「それのがよっぽど重荷だよ!?」
全然安心できる状況ではなかった。
「な、なら、無理のない範囲で僕の手助けをしてくれるって言うのは……」
腰が引け気味になりつつ、そう提案する。
これなら実質、今までやってくれたサポートを続けてもらうだけで何とかこの場は収まるはずだ。そう判断してのことだったのだが、
「了解しました」
そううなずいたラトリスの目の鋭さに、鋼はすぐに自分が何か間違ったことを言ったのではないかと瞬時に後悔した。
「キルリス。プランBになりました。そのように」
そして、横に控えていたキルリスに何か指示を出す。
「う、うん。ちょっと待ってて」
キルリスがぱたぱたと走り去っていくのを見て、鋼の不吉な予感は昇り竜のごとく高まっている。
「あ、あの、何を……?」
「ハガネ様がお気に掛ける程の事でも御座いません。少々私の休職の手続きを進めているだけですので」
「きゅ、休職!?」
給食?!ここ学校なの?!とか言ってボケる余裕もなかった。しかし、ラトリスは当然のようにうなずいて、
「今のハガネ様に必要なサポートは、ギルド職員という立場ではこなせそうにありませんので」
あっさりとそう言ってのける。
そうして、鋼が絶句している間に、キルリスが戻ってきた。
「有難う御座います」
そして、ラトリスは改めて鋼に向き直ると、
「まず、私の事をもう一度ご説明させて頂きたいと思います。
こちらをご覧ください」
かつて一度見せたことのある、自分のカードを見せた。
ラトリス・ブルレ
LV 38
職業 くノ一
年齢 16
二つ名 インスタント・コフィン・メイカー
冒険者ランク A-
「あ、あれ? この前と違ってる?」
たしか以前鋼が目にしたラトリスの職業は『ギルド職人』だったはずだ。
それに、二つ名の『インスタント・コフィン・メイカー』。一体何を生産するのかは、あまり想像したくない。
しかし、一番目に引くのはやはり最後の項目。
「冒険者ランク、A-?」
「はい。恥ずかしながら、私はかつて冒険者をしていた時期があるのです。
齢が十を数える頃には自分の実力に見切りを付け、英雄をサポートする業務を目指してこのギルドの職員の道を選んだのですが、適うならば今一度、微力ながら私の力をハガネ様のお役に立てたいと思います」
「いやいや、どんだけだよ……」
ラトリスは謙遜しているが、ギルドの職員でレベルがそうそう上がるとは思えないので、ラトリスは十代になる前に冒険者として活動し、既にランクA-、レベル30程度までは成長していたという計算になる。
それを実力に見切りをつけたとか微力だとか、謙遜にもほどがある。というか、今でもまだ16歳なのだ。末恐ろしいという表現しか見当たらない。
「これから、私がハガネ様に付かせて頂きます。ハガネ様の陰になり日陰になり、精一杯の努力を致しますので、どうかよろしくお願いします」
「努力する割に表に出る気ゼロだな!!」
「では草葉の陰から……」
「それ死んでる上にやっぱり陰から出れてないから!!」
鋼はかなり激しくツッコミを入れたつもりだったが、それを見てラトリスがうれしそうに破顔した。
「そう、その感じです」
「え?」
「これからハガネ様は私を使う立場になるのですから、何時までも私に敬語を使っていてはいけません。平時より、先程のような話し方で接して下さい」
「はぁ…」
それをラトリスが指示してくるのは何か違う気がするのだが、鋼はその不満を飲み込んだ。こういうのは気が済むようにさせるに限る。
「それで、次は護衛の話です。まず、ミレイユは違約金を払って貰った上で解雇するとして……」
「え、ええ!? ちょっと聞いてな……」
あまりに急な決定にミレイユが文句を言いかけるが、
「これは師匠命令です。アスティエール様から事情は全て聞きました。
護衛対象をみすみす死なせたのに、何のお咎めもないとでも思っていたのですか?」
それを鋭い目のラトリスが制した。
「で、でも、あの状況じゃしょうがなかったというか、その後ちゃんと生き返らせたし……」
「黙りなさい。不確実な即死技による蘇生に頼る時点で護衛失格です。
状況判断さえしっかり出来ていれば、クロニャという者自体は止められなくても、ハガネ様が死ぬ前に状態異常回復のポーションが投げられるのを阻止するか、すぐにハガネ様に毒を掛け直す事だって出来たはずです」
「う、うぐ。で、でも、依頼の解約は……」
「私よりも働けるというのなら、続行を許可します」
「う、うぅ。やめ、ます……」
そう肩を落として、ミレイユは部屋を出て行った。
ちなみにその間、鋼は、
(ラトリスさん、蝶・怖ぇええええええええ!!)
と内心で震えていた。
「さて、それで護衛なのですが……まず、アスティエール様」
「は、はい!?」
ぼうっとしていたアスティは、急に話を振られて直立不動になった。
「ハガネ様へのご助力、期待してもよろしいのでしょうか?」
「私は……」
ちらっと鋼を見て、
「私は、ハガネ…殿には命を救われた身。
その恩があればこそ、いや、それを抜きにしても、ハガネ殿と旅路を共にしたいと考えております。
……もちろん、ハガネ殿が許可してくれれば、ですが」
元騎士らしい、毅然とした態度でそう答えた。
「僕は、構わないけど。
むしろ一緒に来てくれるっていうならこっちからお願いしたい」
二人に無言で答えを促され、鋼は迷いなく答えた。
アスティが自分を気に入った経緯はいささか不透明だと思ったが、あれだけの好意を示されれば、鋼だって突き放す理由はない。
「それは有難い選択です。しかし、アスティエール様でも単独ではハガネ様の護衛が難しいというのも先の一件で証明されています。
私が常にハガネ様に付いていられるかも疑問ですので、ここはせめてもう一人、最低Aランク相当の、腕の立つ護衛を雇い入れたい所なのですが……」
そうして、居合わせた皆が首をひねった時、
「その必要はないよ!」
扉が音を立てて開かれ、そこから見覚えのある少女が入ってきた。
鋼が立ち上がって叫ぶ。
「お、お前は……この前の護衛候補の中に入っていたけど結局僕に選ばれず、捨て台詞を残して去って行ったAランク冒険者で猫耳族のララナ!」
「とっても説明くさい台詞をありがとうコウくん!!」
鋼に向かって威嚇するような笑顔を迎えてから、ララナは部屋中の人の視線が突き刺さる中、堂々と部屋の中央まで進み出た。
「話は全部聞かせてもらったよ! 前にボクは言ったよね。
『コウくんを十分に守れないと分かったらふんじばってでもついていく』って。
その約束を、果たさせてもらう!」
しかし、その言葉に反発したのはアスティだった。
「ま、待て! 護衛は私とそこのラトリス殿で充分だ!」
だが、ララナは悠然と首を横に振る。
「ダメだよ。ボクは話は『全部』聞かせてもらったって言ったよね。
そこの忍者の人が護衛がもう一人欲しいって言ったことも聞いたし、アスティ、君の無様な敗北の報告も聞いてたんだよ」
その台詞を聞いて、アスティは鼻白み、ラトリスは目を細めた。
「その時から、ですか。私に気配を悟らせないとはさすが現役Aランク冒険者」
「猫耳ついてるからね。耳はいいんだ」
ラトリスにそれだけ言うと、やはり本命はアスティとばかりに向き直り、言った。
「聞いたよ。勝手にコウくんたちの後についていった挙句、裏切ったクロニャに噛ませ犬っぽくやられて、結局コウくんの機転で助かったって」
「わ、私は、噛ませ犬では……」
「いいや。噛ませ犬だね。大体ラノベの二巻で急にライバルキャラとして出てきて、二巻の最後くらいで主人公を好きになる女の子キャラと同じくらい噛ませだね」
「それは噛ませ犬すぎる!!」
あまりにむごい例えに思わず鋼が呻いた。噛ませ率100%だ。
その瞬間鋼の脳裏にチワワや十字架やウサギなどが横切ったが、これらは本編とは何ら関係がない。
「ま、全く意味は分からないが、侮辱されたことくらいは分かるぞ!!」
憤るアスティ。
正直鋼も今回ばかりはアスティに同情したい心地だった。
だが、
「いいでしょう」
先にラトリスが結論を出してしまった。
「聞き分けて下さい、アスティエール様。
Aランカーで長期の護衛を受けられるような奇特な方はそうそう居られませんし、私が事前に調べた以上、経歴にも問題はありません」
「しかし……」
「それにボクを仲間にしてくれるなら、当然お金はいらないよ!
やっぱりコウくんといると楽しそうだからね!
こんな好条件、めったにないと思うんだけどな」
実質、そのダメ押しが決め手になった。
アスティが渋々折れる。
「分かった。ただし、妙な真似をしたら……」
「心配しなくても、仲間に手はあげないよ。
……ま、コウくんに手を出さなければ、だけど」
「私がそんなことをするはずないだろう!」
「どうかなー。別の意味で手を出したりして」
「貴様っ!!」
ふたたび一触即発の雰囲気。
「お止め下さい、お二人共」
それをただの一言で散らすと、ラトリスはララナに手を差し出した。
「その前にララナ様。前例がありますので、冒険者カードを拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! これから仲間になるんだもんね!」
ララナは迷いなく、その場にいる全員に自分の冒険者カードを見せた。
ララナ・ナナナン
LV 74
職業 拳闘士
年齢 10
二つ名 ゴッドネス・フィンガー
冒険者ランク A+
「じゅ、十歳!?」
名前やレベルや二つ名にも驚いたが、一番驚いたのは年齢だった。
鋼は改めてララナを見るが、どう見ても自分と同年代、十五歳程度にしか見えない。
「ああ。猫耳族は早熟だからね。ボクも最初はびっくりしたよ。
でも心配しなくても、そろそろ成長は止まって、人間族と同じようになるらしいよ」
「そ、そうなんだ……」
とはいえ、不思議な感じではある。
「む。言っとくけど、ボクの方が精神的には年上だからね!」
とほおを膨らませるララナは、たしかに十歳の少女と言っても通用する幼さがあった。
「……まあ、そういうことでいいか。
この前は断ったけど、やっぱり君に護衛を頼みたい」
鋼としても、今さらララナを雇う方針を変える意思はない。
手を差し伸べたが、ララナは少し不満そうな顔をした。
「ボクとしては、仲間として誘ってくれる方がうれしいんだけど」
「なら、仲間になってくれるとうれしい」
正直、鋼には仲間と護衛の違いがあまり明確ではなかった。
「そういうことなら、えへへ」
うれしそうに、ララナは鋼の手を握った。
「知ってると思うけど僕は結城 鋼。
みんなは僕のことを……」
「前に聞いたよ。ハガネだからコウなんでしょ。
ボクは君のこと、コウくん、って呼ぶから、ボクのことは……」
「ララナ、って呼んでもいいか?」
「うん!」
「そうか。じゃ、これでララナも仲間だな」
「えへへ。……って、ちょっと待って」
ララナは鋼に迫られて思わずいい返事をしてしまったが、気付いた時は後の祭りだった。
「これで、護衛についてはとりあえず問題なしとしましょう。完璧であるかは分かりませんが、これ以上のメンバーはあまり望めませんから。
それで、今後の展開ですが……」
もうララナの話は終わったものとして、次の話題に移っている。
「ちょ、ちょっと待ってって。
あ、あのね、仲間であるみんなにだけ話すけど、ララナ・ナナナンというのは世を忍ぶ仮の名前。ボクには真の名前があって……ってちょっと! 聞いてよ!」
当然誰も聞いていない。
「少し、ここでは目立ちすぎた気がするんだよね」
「確かにな。棒切れ勇者の名は、街中に響いていると言える」
「成程。何処かでほとぼりを冷ますというのも手かもしれませんね」
真剣な顔で話し合っている。
「ちょ、ちょっとボクを置いてけぼりにしないでよー!」
人一倍さびしがり屋で目立ちたがりでもあるララナは強引に輪の中に割って入る。
少しだけ迷惑そうな顔でラトリスが追い払おうとするが、
「……今は、今後の方針について、真面目な話をしていますので」
「だったら、ボクからも提案があるよ!」
逆にぐいぐい来るララナ。
「近く、キョートーの街で武闘大会があるんだ。そこに行くのはどうかな?」
「キョートーの街?」
まさか教頭の街とかじゃないよな、と不安になる鋼。
そういえば、まだこの街の名前もこの国の名前も聞いていないことに気付いた。
「ハガネ様。ここはジャッポン国のトーキョの街です」
「……ソウデスカ」
絶対に神様の介入があったろ、ここらの地名。
そう思って、鋼は一応軽くシロニャを呼んでみたが反応がない。
たぶんまだ鬼につかまって何かされてるんだろう。
「昔の首都だったトーキョの街の人はどちらかというとはんなりしてて、今の首都でもあるキョートーの街の人はせかせかしてて喧嘩と火花が好きなんだよ」
「火花が好きなんだー。そりゃー武闘大会も開くわー」
鋼はもうあきらめモードだった。
色々とツッコミどころはあったが、とりあえず全スルーした。
「しかし、なぜ武闘大会に? 今の段階でハガネ様が目立つのは極力避けたいのですが」
ラトリスでなくとも自然と出るだろう質問に、ララナは胸を張って答えた。
「定番だからだよ!!」
「ならしょうがないな!」
何の定番なのかは今一つ不明瞭だったが、鋼はその勢いに負けた。
「ハガネ様がそう仰るなら……」
つられてラトリスもうなずいた。
「やっぱりコウくん、自分のいる街や国の名前も知らなかったくらいだし、ここに来てから日が浅いんでしょ。
そこへ行くとボクには十年もの経験があるからね。困った時には何でも聞いて、……って違うよ!」
自分も話し合いに参加できて、ついララナは満足しそうになっていたが、ようやくララナは自分の目的に気付いた。
「って、それはいいんだよ。そうじゃなくて、ボクにはソウルネームが……って、いないよ!?」
しかしその時には、ラトリスと鋼の二人はどこかに消えていた。
「二人共、ララナ殿が何かぶつぶつと独り言を言い始めた頃、旅の支度を整えると言って外に出て行ったぞ?」
それをさすがに哀れに思ったのか、アスティがそう教えた。
ララナがハッとして部屋を見回すと、誰も気付かない内にキルリスも自分の仕事に戻っていて、部屋にはララナと、なんとなく鋼たちについて行き損ねたアスティの二人になっていた。
「そ、んな、ボクの、ソウル、ネーム……」
ララナは相当にショックだったのか、そんなことをつぶやきながらその場に座り込んでしまった。
(根は悪い人間ではないのだな)
さっき激しく渡り合ったばかりだが、その相手が空気の抜けた風船のようにこうも激しく気落ちしていては、根が善良なアスティとしてはいたたまれない気持ちになる。
「そ、それで、ララナ殿のソウルネームは何と言うのだ?
私はとても興味があるなぁ!」
気は回らないが意外と気を遣う性格ではあるアスティが、すごく気を遣ってそう言った。
「え? ほんと?!」
あまりに不器用な話の振り方だったが、それだけでララナは復活した。
「ほ、ほんとならまっさきにコウくんに話すつもりだったんだけど、そんなに聞きたいって言うならボク、言っちゃおうかなー」
そして急に復活してもじもじし始めるララナをアスティは生温かい目で見守る。
いくら迷っても結局言いたいのは明白であり、数十秒の全くの無駄な時間ののち、やっぱり言うことになった。
「あ、でも、コウくんには自分で言いたいから、黙っておいてね。
えっへへ。ボクの、ソウルネームはね」
そこでララナは、アスティに近付いた。
おや、と思うアスティの耳元に口を寄せ、イタズラが見つからないか怯える子供のように、あるいは自分の秘密を恥じらいながら打ち明ける乙女のように、本当に小さい声で、アスティに自分の名を告げる。
「アイリ・シノヅカ、って言うんだよ」
聞き慣れぬ名に戸惑うアスティに彼女は、地味な名前だよね、と言って、笑った。