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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第六部 異世界勇者編
29/102

第二十六章 機転、反転、急転直下

「無駄に、疲れた……」

 すったもんだの食事が終わり、鋼はよろよろと店を出ようとする。

 が、そこで、ちょうど同時に店を出ようとしていたクロニャとかちあった。

「満、腹……」

 そうやってお腹をさするクロニャは、無表情ながらどこか楽しげに見えた。


「楽しそうだな」

 だから鋼は思わずそう声をかけてしまった。

 おかずを全部奪われた腹いせに皮肉を言ったワケではなくて、単純に、何を考えているかよく分からなかったクロニャの感情の変化に少しうれしくなったからだった。いや、本当に。


「たの、しい? わた、し、が…?」

 しかし、返ってきた反応は、鋼にとって意外なもの。

「クロニャ…?」

 想像すらしなかったことを言われたみたいな、驚いた顔。

 それは、未知に遭遇した幼子のような表情に見えて、鋼は半ば条件反射的に、その手近にあった頭に自らの空いている手を伸ばしていた。

 そのまま、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。


「?? ??!!」

 

 何が起こったか分からないという顔で、目を白黒させるクロニャ。

 そんなクロニャの頭をさらにぐしゃぐしゃとかき回して、

「あ、え、うわ! しまった!」

 まんまるに見開かれたクロニャの目と目があって、その時ようやく、鋼は自分が何をしてしまったのか、自分の行為がどういう意味を持っているのか、気付いた。


(ああああぁ! やってしまった気がする!!)

 弁解をするならば、害意なんてこれっぽっちもなかったのだ。

 ただ目の前に撫でやすそうな頭があって、そこにちょうどあつらえたように自分の左手があっただけなのだ。

 しかし、そんなのは言い訳にもならないだろう。


「ご、ごめんクロニャ! ほんとごめん!」

 謝りながら、鋼はクロニャの頭に触れた手の感触を思い出す。

 ぐしゃぐしゃとかなり激しく手を動かしてしまったし、楽観視はできない状況だろう。何より本人に、なんとなくだがやってしまった感覚があったのだ。


 おそるおそる顔を上げると、

「………………ぅ」

 クロニャがいつも通りの無表情で、しかしちょっと顔を赤らめて立っている。

(な、撫でられたこと気にしてるー!?)

 心の中で絶叫する鋼。クロニャの顔にはまだ鋼に対する非難の色は見えないが、それはそれで気まずいことこの上ない。


 なぜだか二人とも視線を逸らせず、図らずもお見合い状態になっていると、後ろから威勢のいい声がかけられた。

「ちょっとお客さん! うちではラブコメとナデポは禁止だよ!」 

 振り向くと、定食屋のおばちゃんが腰に手を当てて鋼たちをにらんでいる。

 おばちゃんの指が示す方向を見ると、たしかにそこには『ラブコメ、修羅場、ニコポ、ナデポお断り!!』の張り紙が。

 どんな店だよ、とかニコポとかナデポって何だよ、とは思ったが、

「す、すみません! 今、出ます」

 鋼はこれ幸いと店を出ることにした。


 店を出たところで、

「というか、たかが頭さわったくらいで大げさなんじゃないの?」

 ミレイユが真顔でそんなことを言ってくる。完全に事態を軽く見ている。

 しかし、乙女の尊厳が云々、という話はしても理解できなさそうな顔をしているし、何よりこういうのを全部説明するのは鋼だって嫌だし、クロニャだって迷惑に感じるかもしれない。


 こうなったら一刻も早くギルドに戻って一時解散をしてしまうしかない。

 一時間ほど自由行動ということにしてほとぼりが冷めるまで全員バラければ、クロニャが気まずい思いをすることもなくなるだろう。うん。これがこの逼迫した状況を打ち破る唯一の解答だ。

 急いで走ればたぶん五分かからない。まあ少なくとも、後九分もあればギルドまでは帰りつけるだろう。


 鋼は早速ギルドに戻る提案をしようと思ったのだが、

「危ない!」

 突然背後でミレイユの声と、カシャン、と何かが弾かれる音がした。


 振り返って床に落ちた『何か』を見ると、

「……ジョッキ?」

 親父さんがビールを飲む時に使うようなジョッキ。明らかに中身は入っていない。しかし、誰かがこれを投げた?


 やっぱりジョッキを投げる文化でもこちらにはあるのか、と自分が襲われたという危機感も忘れて首をひねる鋼を、さらに困惑させる事態が起こる。

「底面に、『このジョッキは安全な素材を使用しています』と書かれているな」

 持ち上げたジョッキの底を見て、アスティがそんなことを言ったのだ。

「安全な素材?」

 子供が飲み込んでも大丈夫とか?


 疑問の尽きない鋼に、ミレイユが答えを教える。

「極力当たっても人にダメージを与えないように作られた、安全ジョッキだよ」

「安全ジョッキ?」

 鋼が聞き返す間にも、ジョッキが飛んでくる。

「おっと」

 今度もやはり背後から、しかし今度はシャン、という短い音がした。


 振り向いて確かめると、アスティがいつの間にか抜いた剣で、ジョッキを真っ二つにしていた。

 ちなみにその横にいたクロニャはこちらもいつの間にか手にしているコップからジュースらしきものを飲んでいる。護衛の仕事をする気配は微塵もない。

(あーあ、またそんなもの飲んで。お腹壊しちゃうんだぞ?)

 なんていう鋼の親心的な気遣いはともかくとして、

「わ、また来た」「ふむ」

 ふたたびどこからか飛来したジョッキをミレイユとアスティが危なげなく迎撃する。


 アスティの剣によってきっちり等分にされたジョッキのなれの果てを見て、

「安全ジョッキを真っ二つとか。化けもんだなー」

 ミレイユが感心しているが、そんな場合でもない。

 周りを見ると、数人のジョッキを手にした一般人らしき人間が、こちらを取り囲んでいる。しかも鋼に恨みがあるという様子でもなく、楽しげににやにやと笑っているのがさらに不気味だった。


「これ、何のお祭り?」

 鋼はその様子を見て呆然とつぶやく。

「『棒切れ勇者にジョッキをぶつけよう』祭りだね。

 正確にはキャンペーンだけど」

 答えたのは一番動揺の少ないミレイユだった。どうやら事前に情報を持っていたらしい。


「その顔見ると、やっぱり知らなかったんだ。

 昨日辺りから、冒険者ギルド、というかラトリスがそういうキャンペーンやっててさ。あんたに安全ジョッキをぶつけたら金一封、みたいな?」

 いやー、おかげで昨日は護衛大変だったよ、なんてカラカラと笑うミレイユとは対照的、鋼の胸の内はさわやかとはいかなかった。



「あんの、陰険メガネェエエエエエエエエエエ!」



 つまりこれも、ギルドの金儲けの一環であり、鋼に護衛の重要性を認識させる彼女の仕込みだったということだろう。鋼はラトリスの手の上で踊らされていたのだ。


 頭に血が上った鋼は、何も考えずにギルドの方に駆け出した。

「あ、ちょっと待ってって! 護衛!」

 後ろでミレイユの声が聞こえたが、それくらいでは鋼は止まらない。

 それどころか、今の鋼は異様に体が軽かった。

 定食屋で食事をした時の素早さアップ効果がまだ続いている。

 鋼は後続をぐんぐん引き離し、すさまじい速さで道を駆け抜けて、


「わっ!」「きゃっ!」


 曲がり角から突然出て来た少女と正面衝突した。



「あいたたた。あ、すみません! 大丈夫でしたか?

 わたしったら、いつもこんなんで……」

 幸いお互いにケガはないようだった。

 ぶつかった少女が平謝りに謝ってくる。


「いえ、こちらも急いでいたので……。あれ、これ」

 鋼は目の前に落ちていたカードを拾った。

「冒険者カード?」

 しかし、自分のカードはちゃんと保管している。

 だとしたらこれは……、と思った時、目の前の少女が大声を上げた。

「わーっ! それわたしのです! す、すみません」


 突然の少女の声に驚きながらも、鋼がカードを差し出すと、少女は大事そうにカードを仕舞い込んだ。

「ありがとうございます。わたし、いつもカードなくして……。

 今日も依頼あるのに……危なかったぁ……」

 口ぶりからすると、このくらいのことは日常茶飯事らしい。


「でも、優秀なんですね。ちらっと見えちゃいました。冒険者ランク」

 渡す時にランクの所だけ目についたのだが、少女のカードに記されていた冒険者ランクはB-だった。

 ランクBと言えば、鋼に飛んできた安全ジョッキを簡単に撃ち落としたミレイユとほぼ同格の強さということになる。

「あ?! え、うわぁ!? は、はずかしい……。

 その、この前上がったばっかりなんですよ」

 鋼の言葉に、照れながらもどこか誇らしげに話す少女。


「わたしこんなんですけど、昔から魔法だけは得意で、今は『衆生一切焼き打ちのクリスティナ』なんて二つ名で呼ばれてます」

「……衆生一切、焼き打ち?」

「あの、わたし、味方もろとも火炎系魔法で焼いちゃうことが多くて……」

 てへへ、みたいな顔で笑う少女。

 ファンタジーかつリアルなドジっ子だった。


 ドジっ子はマンガとかではかわいいものだが、ランクBレベルの火炎魔法で誤射とかされたら笑いごとじゃ済まない気はした。

 この子も関わったらまずい子だな、と一瞬で見切りをつけて、会話を打ち切る。

「ええと、それより急いでたんじゃ?」

「あ、そうです! ギルドに行かなきゃ!」

 鋼が促すと、少女、たぶんクリスティナは勢いよく拳を握った。


「実は今日、新しい仕事ができるかもしれないんです。

 何でも英雄の人を護衛する仕事だとか」

「え?」

「集合、本当は九時だったんですけど寝坊しちゃって。

 とにかく行かなきゃ! それじゃ!」

「あ、ちょっと……」

 引き留める間もなく、少女は見えなくなってしまった。


 残された鋼は首をひねった。

「英雄の護衛? 九時?」

 思い当たる要素がありすぎる。

 あと遅刻の仕方が豪快すぎる。

「やっぱり一度、ギルドに行ってみるか」

 疑問を解消しようと、冒険者ギルドに向かうことを決意し、そこからの連想か、鋼はなんとはなしに冒険者カードを取り出して、


「……そういう、ことか」


 鋼はある推論にたどり着いた。




「それで、こんなところまでやってきて、どうするというのだ?」

 不思議そうな顔で、アスティが問いかける。

 ここは街の中心部にある森林公園。

 実は鋼が最初にこの世界にやって来た時、着いた場所でもある。

 もう定食屋を出てから四分と二十二秒経っているのであまり時間がないのだが、鋼はどうしてもギルドに行く前に確認しておきたいことがあったので、追いついてきたみんなをここまで連れてきたのだ。


 鋼は即座に切り出した。

「うん。話っていうのはほかでもない。

 実は、僕が誰かに毒を盛られていたことが分かったんだ」

「はぁ?!」

 アスティが間の抜けた声を出す。

 それはそうだろう。自分が毒を盛られていたというには鋼の態度は落ち着きすぎているし、そもそもその本人がぴんぴんしているので説得力がない。


 だが鋼はアスティの反応を無視して話を続ける。

「実は、確信ができたのは、これを見てからなんだけど」

 そう言って、鋼が差し出したのは、冒険者カード。

 そこの一番下には、

『状態:毒・麻痺』

 と書かれていた。


「ま、待て。待ってくれ。

 確かに冒険者カードには状態異常にかかっていると書かれているようだ。

 しかし、見る限りハガネ殿は全く弱っている様子もないし、仮にもこれだけの高レベル冒険者が護衛する中、一体誰がどうやって毒を……?」

 アスティの疑問に、鋼は丁寧に答える。

「僕がなぜ元気なのかは、とりあえずおいておくとして、毒を誰が盛ったか、については簡単だよ。

 だって容疑者は、一人しかいない」

 鋼の視線が、正しく一人を見据える。



「ミレイユ。犯人は、君だ!」



 それはまるで、探偵のごとくに。

 鋼の指が、まっすぐにミレイユを指し示す。


「な!? ミレイユだと!?」

 アスティの驚きの声にかぶせるようにして、

「うわ。あっちゃあ。バレちゃったのかぁ……」

 ミレイユはあっさりと、自白の言葉を吐いた。


 自分の所業が見破られたというのに、全く動じる様子もなく、ミレイユは尋ねる。

「ちなみに、どうして分かったか、聞いていい?」

 それに対して、鋼も全く表情を動かさず、あくまで冷静に答える。

「簡単だよ。僕の体調がおかしくなったのは、水を飲んだ時と、魚を食べた時。

 水は君が毒見したものだし、魚は君から差し出されたものだった。

 これで分からない方がどうかしてる」

「……だね」

 ミレイユは苦笑いをした。


 鋼の追及は、ここで終わらない。

「それに、さっきランクB-の冒険者に会ったんだ。

 彼女は、九時に英雄を護衛する仕事を受ける予定だったと言っていた。

 つまりそれは、本来僕の護衛候補になるはずだったBランクの彼女が、誰かと入れ替わってるってことだ。

 だから……」

「ちょ、ちょいと待って!

 ……一体それ、何の話?」

 今まで素直すぎるほど素直に自白をしていたミレイユが、ここで初めて口をはさんだ。


 ふてぶてしいというよりは、裏表なく単純に訳が分からない、という顔で、ミレイユが話す。

「あたしはただ、護衛対象のあんたが危機意識ゼロでのんびりしてるから、ちょっと毒の怖さを教えてやろうと思って水に毒入れただけだよ?

 それが効かなかったから、今度は魚に麻痺毒仕込んでみたけど、あんたを殺すつもりなんてなかった」

「だ、だけど……」

 思わぬ反撃に、名探偵鋼の仮面はもろくも崩れる。

 だが、ミレイユは容赦しない。


「それに入れ替わったとか何の話?

 あたしは護衛の仕事を無事成功させてお金もらいたいだけだし、そもそもラトリスとは顔見知りだから、入れ替わるなんてできるはずないじゃん」

「う、うぁ……」

 鋼はぐうの音も出なかった。たしかに全てミレイユの言う通りだ。

 入れ替わりの話は、全部鋼の勘違いだったのだろうか。


「それよりあたしは何で毒食らって平気なのかって方が気になるよ。

 無効化されたのかと思ったら、ちゃんと状態異常自体はかかってるみたいだし。

 どういうこと?」

「いや、これはたぶん僕のタレントで……。

 毒で元気になって、麻痺で素早くなったんだから、きっと状態異常の効果が反転する効果だと思うけど」

 頭の半分でミレイユの質問に答えながら、もう半分ではさっきの少女のことを考える。


(だけど、英雄の護衛で九時にギルド集合、そんなのが偶然一致するか?

 ありえない。そもそも僕と別口でそういう集団がいたなら、ギルドで僕は見ているはずだ)

 だとしたらどんな可能性があるのか、鋼は思考する。

(あの少女が嘘をついていた? いったい何のために…?)


 考えながら、ミレイユとの話も続ける。

「……そんなタレント、聞いたこともない」

「あるものはしょうがないだろ。

 僕はそういうおかしなタレントをいくつか持ってて……」

 そして話も続けながら、考える。 


(いや、待てよ。あの子は言っていた。

 ランクは、『この前上がったばっかり』だって。

 もしかすると、ラトリスが調べた時、彼女は前のランク、C+だった可能性もある。

 だとしたら……)

 鋼の思考がようやく一つの実を結びかけた、その直前に、



「規格外、の、タレント。しか、も、複数」



 鋼の近くで、異質な気配が膨れ上がった。


「ちっ!」「何だ!?」「…?」


 ミレイユも、アスティも、鋼ですら身構える、あまりに不自然な何か。

 それが今この瞬間まで、こんなに近くにいたことに気付かないなんてありえない。

 誰にでもそう思わせる、異様すぎる気配、空気。

 その中心にいたのは、


「クロニャ?」


 黒いゴスロリ風のファッションで、意外と食い意地が張っていて、頭を撫でられると顔を赤らめるような、そんな少女。

 いや、そんな少女だったはずの何かが、冷たい目で鋼を見ていた。


 まるで道具を品定めするような、道端の石を眺めるような、感情の抜け落ちたその目。

 戸惑う鋼を前に、いつも通りに小さな、けれどその場の誰にでも聞こえるほどのはっきりとした声で、



「やはり、危険、か。転生、者」



 彼女はそうつぶやき、そして、


「え…?」


 その瞬間、不可視の何かが、鋼の胸の中心を貫いた。


「あ、れ…?」


 クロニャ以外の誰もが目を見張って身動き一つかなわない中、


「おか、しいな……」


 ゆっくり、ゆっくりと、


「力、が、はいらな……」




 ――鋼は、地に倒れ伏した。




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