第二十五章 辛口の現実
それから、鋼の護衛の契約はとんとん拍子に進み、正式な契約が結ばれた。
ちなみに唯一ごねそうだった猫耳ララナは、
「今日はこのくらいで勘弁してやんよ!
でも、この二人じゃコウくんを十分に守れないと分かったらふんじばってでもついていくからね!」
と悪役みたいな台詞を吐いて帰って行った。護衛対象をふんじばってどうするつもりなんだろうか。
「それじゃあよろしいくお願いします。ミレイユさん。クロニャさん」
鋼が頭を下げると、ミレイユが嫌そうな顔をする。
「あーあー。敬語とかいいよ。あたしそういうの肩凝っちゃう性質だから」
「そうです……そうか?」
「ま、仕事はちゃんとやるよ。失敗したら依頼料減るし、何よりギルドの有望株潰しちゃったらラトリスの奴怖いからね」
「あはは……。クロニャの方はどうかな?
敬語の方がいい?」
あまり深くは触れないようにして、クロニャに話を振ってみる。
「……いい」
「ええと、それはどっちの意味で?」
「どっち、でも、いい」
「あ、そう」
クロニャはクロニャでめんどくさそうだ。
「なら、とりあえず敬語なしでいい?」
「…………」
無言を消極的な肯定と受け取って、二人にはため口上等で会話をすることにする。
「んで、今日はどうする予定なんだ? 依頼とかやるの?」
「あ、ああ。特に予定はないんだよ。どうしようかな」
ミレイユに言われて、鋼は長期的にも短期的にも何の計画もないことに気付いた。我ながら行き当たりばったりすぎると反省する。
「あたしとしては、今日は色々試してみたいから、あんまり厳しい依頼とかは勘弁してほしいかな」
「試すって?」
「あんたがどれくらい危機管理能力あるか、とか。
……まあ昨日の感じじゃ望み薄だけど」
「あははは」
困った時には笑っておくのが鋼クオリティだ。
「あ、そういえば、ハガネさんにご指名で依頼が来てますよ」
そこで助け船を出してくれたのがキルリスだった。
「指名で、って。そういうシステムがあるんですか?」
「はい。どうしても縁のある冒険者さんに受けてもらいたいとか、どうしても有名なあの冒険者さんではないと任せられないとか、そんな風に考える依頼主さんもいますから」
それは鋼にとってもうなずける話だった。きっと有名になれば、名指しでの依頼もどんどん増えるのだろう。
「もちろん断ることもできますが、依頼の内容くらいは聞いておきますか?」
「はい。お願いします」
断るのが当然と言うようなキルリスの言い方に少し違和感を覚えたものの、鋼は先を促した。
「まず最初に言っておきますが、依頼主は戦神の神官ミスレイさんです」
「それって……」
「はい。あいつです」
話題がミスレイのものになった途端急に口が悪くなるキルリス。
「依頼内容は手紙の配達。配達相手は戦神の神官ミスレイさんです」
「え? でも、ミスレイさんからの依頼なんですよね?」
「はい。手紙もミスレイ…さんが持ってきました」
「……それ、何の意味があるんですか?」
自分で自分に手紙を渡す意味が分からない。
「たぶん、ヒマだから遊びに来いという意味かと。
実は、ミスレイさんから預かった手紙の内容を確認してみたのですが……」
「え? それって無断にってことですよね? いいんですか!?」
「いえ、当然ダメです。配達依頼の手紙を勝手に開ければ冒険者でもペナルティ、ギルド職員なら最悪の場合クビになります」
「で、ですよね。だったら……」
「それで、あいつから預かった手紙の内容を勝手に確認してみたのですが……」
「平然と言い直すんですね!?」
どうやら覚悟の上らしい。鋼はもう関わらないことに決めて、続きを待つ。
「手紙の内容もくだらないものだったので、特に意味はなさそうでした」
「また、『よろぴく』とかですか?」
あの推薦状の内容には本当に驚かされた。
鋼はまたそういうことが書かれていたのかと推測したのだが、しかしキルリスは首を振る。
「いえ。中にはこう書いてありました。
『哀しいですねキルリス。
貴方は自分の人生を賭けてでもわたしの手紙を読み、わたしの裏をかこうとした。
けれどわたしは、そんな手紙を読もうとする貴方の心を読んだのです。
だから今回もわたしの勝ちー!』」
「子供か!」
どうやらキルリスとミスレイは、こういう戦いをずっと前から繰り返していたようだ。そしておそらくだが、キルリスが全敗してそうだった。
「子供じゃありません!」
キルリスが涙目になって叫んだ。
さっきまでの冷静な態度は虚勢だったらしい。
「だいたい勝ち負けとか! そういうことじゃないんです!
ただ、わたしは少しでもミスレイの行動があらたまればいいって思って、それで!!」
エキサイトしてくるキルリス。それを横目に、ラトリスまでが何だか非難のまなざしを向けてきた。
「ま、まあ、だったらその依頼受けます。こっから十分もあれば着けると思うので!」
さわらぬ神にたたりなし。鋼は雲行きが怪しいくなってきたギルド内の空気を敏感に感じ取って、手紙を掴み取るとその場を逃げ出すことを決めた。
「じゃ、行くからついてきて!」
「りょーかい!」
「うむ!」
「分かっ、た……」
小気味よいテンポで返事が返ってきて、鋼たち四人はすばやくギルドを抜け出した。
「…………え、四人?」
で、そもそもそれがおかしいことに気付いたのは、ギルドを出て数歩歩いた時だった。
鋼、で、一人。
Bランク冒険者、護衛のミレイユ、で二人。
Cランク冒険者、もう一人の護衛のクロニャ、で三人。
【ワシも忘れてもらっては困るのじゃ!】、で四人。
「何だ、別におかしくは……っていやいや!」
自分にノリツッコミをした。
【なんじゃよ。最近ワシの出番がめっきり減ってしまっておるのじゃよ。
新しい女ができたからなのかの?】
「何だその恋人気取り発言……」
【こ、こいび…!? にゃああああぁぁあ!!】
気配が去っていく。
「照れた、のか? 意外に純情路線だ」
しかしそれも気になるが、問題はもう一人の方だった。
「何で普通についてきてるんだよ、アスティエール!」
「む。自然に紛れ込んだつもりだったが、なかなかやるようだな、ハガネ殿」
「いや普通にバレるよ!」
いつの間にか四人目として、アスティエールがついてきていた。
「別に構わないだろう? 冒険者とは自由なもの。
この国では自由にストーカーをする権利も憲法で保障されている」
「え、そうなの?!」
驚く鋼。ミレイユがあわてて訂正する。
「いやいや、そんなわけないから」
「だ、だよな! びっくりした」
元騎士が平然とありもしない法を語るのはやめてほしいと鋼は心底思った。
「というか、根本的な話として、この人だれ?」
「え? あ、そっか。ミレイユとは実は初対面か」
ギルドにいた時には既に体育座りして見ているとテンションを吸い取られるオブジェと化していたし。
「そうか。申し遅れた。私はアスティエール。
アスティエール・ベル・フォスラムという」
「名前なっが!」
今度はミレイユが驚いた。
「そうか?」
とアスティエールは首をかしげるが、確かに長いことは長い。
具体的に言うなら、『フィン・ファ〇ネル・ビット』や『ハイパー・メディア・クリエイター』をも凌駕する長さだ。
などと考えていると、脳内から横槍が入った。
【じゃがまだまだ三流。しょせん、
『裏切りは僕の〇○を知っている』や、
『俺の〇がこんなにかわいいわけがない』におよぶものではないのじゃ】
(何か伏字のせいで卑猥に聞こえるな、それ)
そしてそれはたぶん名前ではない。
「でも実際、長い付き合いになるんならもうちょっと短い方が言いやすいかもな」
何の気なしに口にした発言だったが、それがアスティエールの過剰反応を引き起こした。
「つまり貴様は、騎士職を失い、自らの誇りを見失った私に、家名すら捨てろというのか!?」
「いや、そこまでは……」
「全てを捨て、アスティエール・ユーキになれと言うのか!?」
「言ってねえよ!!!」
なんでわざわざ自分の名字を名乗らせなきゃいけないのか、本当に最近のアスティエールの思考には時々ついていけない。真面目な元騎士様ではなかったのか?
「家名云々より、そもそもアスティエールっていうのが呼びにくいよね」
初対面の相手に容赦なくダメ出しをくらわすミレイユ。
「クロニャ、には、数段、劣る……」
めずらしく発言したと思ったらいきなり追撃をしかけるクロニャ。
まあ実際、アスティエールなんて長い名前、パソコンで打つのが面倒だからアスだけ打ったら一発変換できるようにしたくなるくらい面倒だとは思うのだが、
「う、うむ。そう、なのか……」
度重なる口撃に、アスティエールはしゅんとしてしまった。
「なら、愛称をつければいいんじゃないか?」
鋼の言葉に、アスティエールの表情がパッと華やいだ。
「そ、そうだ! そうしよう!」
「あれ、でも冒険者カードにニックネームの欄、なかったっけ?」
アスティエールの表情がパッと曇った。
「い、今のニックネームは……『光の聖騎士様』」
「それニックネームなのか!?」
むしろ二つ名と変わりがない気がする。
「べつにふつーに、アスティエールを短かくすればいいんじゃないの?」
というミレイユの意見を受け、
「ととのい、ました……」
いち早くクロニャが前に出る。
「アスティエール。略して、ィエール」
「すごく呼びにくいぞ!?」
「なら、ば……ステル」
「すぐ置いてけぼりにされそうだ!」
クロニャの名づけセンスはゼロだ!
そんな経緯を経て、元騎士のアスティ(ミレイユ命名)を加えた四人はいよいよ依頼を果たすべく街を行く、はずだったのだが、
「おなか、すい、た……」
クロニャの鶴の一声によって、先に食事をすることになった。
しかも、これもクロニャの要望により、ミスレイのいる教会とは真逆の方向に歩いて十数分、どんどん依頼達成から遠ざかる。
そうやって着いたのは、定食屋だった。
店の雰囲気もだが、メニューを見て鋼は唖然とする。
そこに載っているのは、とんかつやそば、カレーなど、日本で売られているメニューそのもの。
(ごはんとか豚、はともかく、カレーとか、スパイスなんかはどうやって手に入れてるんだ?)
どうしても気になった鋼は、店の人をつかまえて聞いてみた。
が、
「あ、すみませんうちは市販のルーをそのまま使ってるんで」
「ルーあるのかよ! つうか店なのに市販のルーそのまま使うのかよ!」
……と店内で叫ぶワケにはいかないので、諸々の納得のいかない気持ちを押し込め、仕方なくうなずいておいた。
「ちなみにプリンス・オブ・カレーの辛口です」
「ねえよそんなん!」
結局叫んでしまったという。
お冷を持ってきた店員さんに鋼は精神に打撃の少なそうなとんかつ定食を頼み、渇いたのどを潤そうともらったばかりの水のグラスに手を伸ばしたのだが、
「ちょっとストップ!」
それが横からかっさらわれて、鋼は驚いてその犯人を見た。
「あのさ。気を付けないとダメだって言ったじゃん。
とりあえずこれ、毒見するから」
そう言って用心深くグラスの水を飲むと、しばらく眉根を寄せてから、
「ん。飲んでよし」
とグラスを戻してくる。
(か、間接キ……)
と思春期的思考が頭をよぎるが、気合で打ち消して何食わぬ顔で一気に水をあおった。
(ん? カルキくさい?)
水の味に違和感を覚えたのも一瞬、
「う、うぉぉお!?」
体の中から活力が湧きあがるのを感じた。
「な、何か、水を飲んだ途端、急に力が湧いてきたんだけど……」
驚いた顔をしているみんなに、鋼はそう弁解する。
「さ、さっき飲んだ時は普通の水だったけど?」
一番びっくりした顔をしていたミレイユが、ようやく立ち直って言った。
「あ、そう? まあ、元気になったんだし、いいか」
どうせまたタレントのせいだろう。そう決めつけて、鋼は気にしないことにした。
やがて、メインの料理がやってくる。
鋼にはとんかつとキャベツの載った皿と、ごはんと味噌汁とハシ。
まさに日本の食事である。
「どっくみどくみぃ~☆」
しかしそのメインであるとんかつが、さっと横から強奪される。しかも二切れも!
犯人は当然ミレイユである。
「ちょっ、お前な……」
そう言って怒ろうとした鋼は、
「んー? しょーがないっしょ。毒見なんだから」
ミレイユの笑みに、さっきの行動がこの時のための布石だと気付いた。
いきなりとんかつだけを毒見すると言えば、その下心は明白。鋼には拒否することもできただろう。
だが、あえて事前にミレイユにとってうまみのない水を毒見することによって、この行為に正当性を与えたのだ!
――この女、デキる!
そのとき、鋼に電流走る…!
的な展開になってもよかったのだが、
「って、だとしても毒見には二切れは絶対いらないだろ!」
やっぱり下心は見え見えだった。
そもそも、
「かつ、うまー」
護衛対象の話を聞くのもそこそこに、二切れのかつを口いっぱいにほおばっている時点で、もはや毒見とかいう建前はどっかに消えていた。
「え? あんたそんな食べたかったの? しょうがないな。
じゃ、魚一匹まるまるあげるから、それでチャラってことで」
そう言ってミレイユが寄越したのは、ししゃも、か何かだろうか。
明らかにとんかつ一切れよりも小さい焼き魚だった。
「仕方ないな」
食べ物のことでこれ以上もめても大人げない。
鋼はミレイユに渡された焼き魚を口に入れて、
「うわっ!」
一瞬で吐き出した。
「なに? 何か変な味でもした?」
にやにやしながら言ってくるミレイユ。
普通だったらこいつが何かをしかけた場面だが、今回に限ってはおそらく関係ない。
「シロニャ!」
オラクルを発動させ、鋼は小声で叫んだ。
【な、なんじゃよ。さっきは隙を見て出て行っただけで、ワシも今ちょっと来客中で忙しいのじゃ。
おぬしはそこの黒いのと仲良く恋人気取りで銀竜にでも心中させてもらえばいいのじゃ】
「まだ銀竜引っ張ってたのか……。じゃなくて、料理を食べたら何か変な味がしたんだよ。どうせまたタレントだろ?」
【なんじゃよもー。そんな時ばっかり呼び出して。ワシはそんなに都合のいい女じゃないのじゃ】
「いや、そう言わずに頼むって」
【……むう。ま、唯一の友の頼みでもあるしの。
で、料理じゃったっけ? もしやおぬしが食べた料理というのは、魚料理かの?】
「ああ」
【なら間違いないの。それは『シメサバとの蜜月』の効果じゃな】
「シメサバとの蜜月……」
聞いただけでうんざりする名前だと鋼は思った。
「どんな効果があるんだ?」
【魚料理が全部シメサバの味になるんじゃよ】
「おい」
【魚って全部生臭くてダメなんじゃけど、シメサバだけは不思議と食べられたんじゃよねー】
「じゃよねー、じゃないだろ。どうして自分基準でしかアビリティ設定できないんだよ」
もっとこう、魚料理を世のため人のために使うような……と考えたが思いつかなかった。
【じゃってそれ、ボーナスポイント150も使うんじゃよ?
まさか選ぶ奴がいるとか思わないじゃろう?】
「それは、いや、でもそれは……くうぅ!」
色々と反論したい所だったが、今更言っても何の意味もない。
それよりも、こんなしょうもないアビリティに150ポイントも使ってしまったことが口惜しくてならなかった。
【とにかく、ワシはもう行くのじゃ】
「あ、そういや来客中って言ってたっけ? 誰か神様でも来てるの?」
【そりゃおぬしの……何でもないのじゃ】
「そういう言い方されると気になるけど、まあいいか」
鋼にはシロニャのプライベートに踏み込むつもりはないし、それがなくてもシロニャとはいい関係を続けていられるだろうという信頼も実はあった。
【あ、そうじゃ】
「ん?」
【最近おぬしの周りに妙な気配を感じるのじゃ。
ワシはしばらくそっちを見られんかもしれんし、気を付けるんじゃぞ?】
その言葉を最後に、シロニャとの通信は切れた。
「なんだかなー」
言いながら、焼き魚……の仮面をかぶったシメサバ(?)を食べる。最初からシメサバだと思えば、それなりに食べられなくもなかった。
というかそんなことよりも、シメサバ(焼き魚)を口にした途端、
「う、うおぉおお!」
体の中から素早さが湧きあがってきた。
「え? なに? 今度はなに?」
目を見張るミレイユの前で、勢い余って一人エグ〇イル。
ぐるんぐるん回る。
はたして素早さが湧きあがるものかは知らないが、身体の奥からあふれる素早さによって、赤い塗装もしてないのにいつもの三倍くらいのスピードで動けそうだった。
(あ、しまった。これのこともシロニャに聞いておけばよかったな)
と思うが後の祭り。忙しそうだったし、連続で話を聞くのはさすがに気が引けた。
そしてその横で、
「あー、意味分かんない……」
と頭を抱えるミレイユ。
ちなみにそんな二人の陰に、
「あ、毒見、わすれて、た」
鋼の皿に残ったとんかつに手を伸ばすクロニャや、
「うむ。やはりここのタマゴは抜群だな。シャリも申し分ない」
なぜか定食屋で寿司を食べているアスティエール改めアスティがいたのだが、全員が全員、それぞれのやり方で食事を満喫しているようだった。
「あれ? いつの間にか僕のとんかつがなくなっている!?」
「毒見、した。ぜんぶ……」
「クロニャそれ、全く毒見の意味ないぞ!?」
「し、仕方ないな。どうしてもと言うならハガネ殿に私のガリを……」
「何でガリ!? 要らないよ?!」
それは、鋼にとってこの世界に来てから初めてのにぎやかな食事だった。だからこそ、鋼は自分の冒険者カードに表れた新しい文字に、最後まで気付くことはなかった。