第二十三章 魔獣の真実
翌朝、少し早めにギルドにやってくると、そこには先客がいた。
「君は! アス、アス……ええと」
「アスティエールだ!」
「冗談だよ。ちゃんと覚えてるよ、アスレティール」
「微妙に違う!」
といったコミュニケーションを交え、本題に。
「それで、何か用?」
まだ僕を恨んでいるのだろうか、と警戒しながら鋼が聞くと、アスティエールは目を逸らした。
「や、約束があっただろう」
「約束?」
鋼が本当に分からずに聞き返すと、なぜかアスティエールは激昂した。
「勝負のことだ! 先にレベル30以上のモンスターを倒したら勝ちという勝負で、敗者は、勝者に……」
「メイド服で奉仕をする約束だったな」
「ち、違う!」
打てば響くような反応で、アスティエールは否定した。
「貴様は、神聖な勝負を一体何だと思っているのだ!」
などとアスティエールは言うが、そもそも鋼はまともに勝負するつもりがなかったのだから今さらである。
それが本当に腹に据えかねるのか、アスティエールはしばらく怒りをこらえるようにじっとうつむいていたが、
「し、してほしいのか?」
「え?」
「め、メイド服で奉仕」
上目遣いで鋼をちらちらとうかがってきた。
「いや、特には」
「貴様は本当に碌でもない男だな!」
ふたたび激昂するアスティエール。全く意味が分からない。
「……まあ、いい。今日はその、貴様……いや、ハガネ殿に、感謝と謝罪を言いに来たのだ」
「は、ハガネ殿!?」
中世の騎士キャラなのに、人の呼び方は武士キャラだった。
「すまないな。本当はもっと早くに尋ねるのが筋であると思ったのだが、最近あまり寝ていなかったものでこんなに遅れてしまった」
心底から申し訳なさそうに言う。それを見て、鋼はただこの人几帳面そうだなと感想を持ったのだが、そこでキルリスが鋼に耳打ちしてきた。
「アスティエールさん。鋼さんのことを心配して十日間、一睡もせずにずっと鋼さんのことを見守っていたらしいですよ」
それは感動エピソードな気がするのだが、人って十日も完徹して生きてけるものなの、って疑問が先に浮いて来て、鋼としては素直に感動できなかった。
というか、愛が重い。……いや、愛ではないだろうけど。
そこで、アスティエールは表情を改め、おそらく騎士式であろうビシッとした礼をする。
「ハガネ・ユーキ殿。先日私が貴方に対して働いた無礼な言動の全てを謝罪する。本当にすまなかった。
そして同時に、貴方の誇り高く尊き行動に精一杯の感謝を。私の命は貴方に救われた。ありがとう」
「ああ。もういいよ。……で、キルリスさん、ラトリスさんいる?」
「あ、じゃあ呼んできますね」
パタパタとキルリスが奥に入っていく。
「え?! あれ、私それだけ?!」
後ろでアスティエールが何か驚いている風だったが、鋼は気付かないフリをした。
関わったら面倒なことになりそうな気配がした。
キルリスが奥の部屋に入ってから一秒ほどしてラトリスはやってきた。絶対待ち構えてただろというタイミングだった。
「お早う御座いますハガネ様。お命を拾われたようで何よりです」
「当然のように命の危険があったみたいな言い方しないでくれますか!?」
昨日の話を聞くと、あまり洒落にならない。
「いえ、実はこっそりと配下の者をつけて護衛を頼んでおいたのですが……」
「ええ!?」
「昨日一日だけで、ハガネ様に挑戦しようとする者が8名。もちろんこれは配下の者が直前に『説得』して諦めて頂きましたが」
「配下の人こわっ!」
「ハガネ様を闇討ちをしようとして私の配下の者に闇討ちをされ返された者が6名」
「ここ治安いいんじゃなかったのかよ!?」
「空になったジョッキを後頭部に投げつけようとした者が26名」
「この街の人、どんだけジョッキ投げたいんだ?!」
「ケルベロスに騎乗してハガネ様に飛びつこうとしていた修道女が1名」
「なぜだか知り合いの予感がする!」
「ちなみに首は合計4つ」
「片方ケルベロスだからな!」
「ケルベロスの名前はポチ」
「実は知ってたよ!」
きっと弟のようにかわいがってもらってるんだろうポチは。
「強面だけど実はメス」
「ポチって名前じゃかわいそうだろ!」
どんどん嫌な新事実が発覚する、パンドラのびっくり箱みたいな修道女だった。
「さて、次は……」
「まだあるんだ!」
「まだいきます」
宣言されてしまった。
「ハガネ様にサインをねだりに来た子供たちが18名」
「あれ? 誰も来なかったけど」
「ハガネ様は三度の飯より子供嫌いだと説明して帰って頂きました」
「イメージダウンだそれ!」
鋼の英雄としてのプロデュースはどうしたのだろうか。
「いえ、三度の飯より子供が好きというのも問題があると思いまして」
「単に言い方の問題だよな、それは!」
「ハガネ様が道に迷っていた時間、約2時間」
「そこはいいよ!」
「ハガネ様が目に見えない何かに話しかけた回数、57回」
「それもいいよ!」
「ハガネ様が昨日一日で得た経験、プライスレス」
「それでオチたと思うなよ!」
「配下の者がむしゃくしゃしてハガネ様を刺そうとした回数、カウントレス」
「そんなオチはいらないし、実はそれが一番危険だったんじゃないの!?」
報告を終えると、ラトリスはふたたび冷徹なメガネの顔で鋼に向き直った。
「改めまして。お早う御座いますハガネ様。お命を拾われたようで何よりです」
「ああ。僕も今は心から何もなくてよかったって思えるよ」
あれだけ脅されればさすがの鋼も危機感くらい覚える。
ラトリスの作戦通りかもしれないが、一刻も早く護衛が雇いたくなってきた。
「実際に護衛候補に会う前に聞いておきますけど、どういう条件で護衛候補の人を集めてくれたんですか?」
鋼の質問にラトリスはメガネを光らせた。
「そうですね。ではその条件を先に話しておきましょうか」
「まず、第一の条件として、現在火急を要する依頼等を受けてはおらず、他にも長期の依頼を妨げる要因を持っている者は除外、確実に長期間、護衛だけに専念出来る環境にある事を条件に挙げました」
「たしかに、それは大事ですね」
途中で依頼があるからと抜けられても困るし、何かのしがらみで街を離れられないとかでは困る。
その時ちょうど、
「うーむ。そういえば、私は最近騎士団を首になったせいで、日々の糧を得る方法が何もないなー。そろそろ長期の依頼を探さなければなー」
などと後ろでアスティエールが愚痴を言い始めたが、鋼は特に気にしなかった。
「第二の条件は犯罪歴等がなく、性格が善良、誠実である事」
「自分の護衛に後ろからズドンとやられたらたまらないですもんね」
「それに、将来ハガネ様の仲間になるかもしれない事まで考慮すると、仕事はこなすけれども冷徹な人間や高圧的な人間は相応しくないとの判断です。
しかし残念ながら、こちらについては調査不足という他ありません。
申し訳ありませんが、護衛の選定についてはハガネ様の裁量で自分の信じられる方を慎重に選んでくれるようお願いします」
「し、しかし大丈夫だよな! 私は元とはいえ騎士!
騎士とは清廉潔白、善良無比、誠実無双もいい所だから、きっとすぐに色々な依頼のオファーが来るはずだ!」
後ろでアスティエールの独り言が多少前向きに変わっていたが、鋼は特に気にしなかった。
「第三の条件はハガネ様の我儘により、若い女性であり見目麗しい容姿を持っている事」
「いや、だからできればって言ったし、ラトリスさんだってそういう条件で選んでないって言ったじゃないですか!」
抗議するが、その言葉はラトリスのメガネに跳ね返されるばかりで何の効果もない。
「そ、それに私はまだ年若い女性であるし、見た目も……うむ、まあ人の好みもそれぞれだが、美しいと言ってくれた人も多いし、うん!
ハガネ殿はあんまり眼中にないようだが、その、十分イケてる?、という奴だよな、うん」
アスティエールが後ろでまた騒ぐ。何だか内容が微妙にシンクロしている気がしたが、鋼は特に気にしなかった。
「第四の条件は、周囲に気を配る事が出来、可能なら護衛対象を目立たずに守る能力がある事」
「美人だったら、それだけでどうしても目立っちゃうと思いますけどね」
「はい。残念ながら、第三の条件がある為にこれについてはあまり適格な人間はおりませんでした」
ラトリスはさりげなくハガネに責任を押し付けてきた。
「わ、私は父様に『アスティエールはよく気の付く子だね』と言われたことがあるぞ!
それに貴族の令嬢を護衛した時、
『蝶よ花よと育てられた温室の花も、真実の美を持つ天然の花の前では霞んでしまうのですね』
『どういう事でしょうか』
『お分かりにはなられませんか?』
『申し訳ありません。非才の我が身を嘆くばかりです』
『ふふ。貴方がいると、わたくしが目立たなくなるので助かると言っているのですわ』
『はっ。お褒めに与り光栄至極です』
という感じに目立たない護衛法を褒められたこともある!」
後ろで鬼の首を取ったように騒ぎ立てるアスティエール。
そろそろ鋼も、こいつこっちの話聞いてるんじゃないか、と感じ始めてきたのだが、特には気にしなかった。
「第五の条件は、将来ハガネ様と共に歩むに足るような輝きを持っている事」
「輝き、ですか?」
「はい。私がハガネ様に見出したような、可能性の輝きです」
「はぁあああああ! 煌めけ聖色! 今、私を、輝かせろぉおおおおおおおお!!!」
後ろでまばゆい光が生まれて話に邪魔なことこの上なかったが、鋼は特に気にしていないフリをした。
「では、最後の、そしてもっとも重要な条件は」
「はい」
「戦闘能力です。どんな危地にあっても、必ず護衛対象を守り抜ける程の、卓抜した戦闘力」
「はぁぁ、閃光斬! 食らえ、稲妻、斬り! そして、必殺必中、奥義、白夜の……」
「あの、ちょっと!」
後ろでブンブン剣が振り回されるにいたって、鋼も気にしないワケにはいかなくなった。
アスティエールはなぜか期待にあふれた目で鋼を振り返った。
「な、何だ? 何か用なのか? 自慢ではないが、今の私はちょっと暇だぞ?」
「ほんと自慢になんないな!
ええと、正直話の邪魔なんでもうちょっと静かにしててくれないかな?」
「え……?」
言った瞬間、アスティエールは裏切られたみたいな顔をした。
「いや、そんな顔されても……」
鋼としてはごくごく真っ当な要求をしたつもりだったのだが。
「はぁ。ハガネさんはダメですね。そういうことじゃないでしょ」
それを見て、キルリスがため息をついて前に出た。
「アスティエールさん」
しっかりとしたまなざしで、アスティエールの前にキルリスが立つ。
自分を期待の目で見つめる彼女に、キルリスは言った。
「ストレス溜まってるのは分かりますけど、ギルド内では刃物は禁止ですよ」
「うわあああああああん!!」
アスティエールは突然泣き出したと思ったら、部屋の隅に行って体育座りを始めた。
いちいち挙動不審な人だなぁと思いながら、鋼はラトリスの方に戻った。
今は彼女の奇行に付き合っている暇はないのだ。
「では、よろしいでしょうか。
そろそろ時間ですので、護衛候補の方々に入って来て貰いたいのですが」
「は、はい!」
「分かりました。……どうぞ、入ってきてください」
その言葉と同時に、ラトリスが奥の扉を開ける。
いよいよ対面のときが近づいていると感じて、鋼はつばを飲み込んだ。
もしかするとこの奥に一生の仲間になる人間がいるかもしれないと思うと、鋼だって緊張する。
鋼がじっと見守る中、扉の奥で誰かが動く気配。
そして、次の瞬間、鋼の視界に入ってきたのは、
視界いっぱいに広がる、メイド服を着て「ビシィ!」とでも擬音のつきそうなポーズを取った、十二、三歳くらいの少女の姿だった。
【ふわぁああ。おはようなのじゃぁ……】
「またこのパターンかぁ! シロニャァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
それが、その日最初の鋼の絶叫だったという。