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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第五部 町内探索編
23/102

第二十二章 刹那の魔剣『グラン・ウィンド』

「最強の、武器……」

 さすがの鋼も、その言葉にはごくりとつばを飲み込んだ。

 ゲーム好き、RPG好きとしては、最強の剣という響きには惹かれずにはいられない。


「そうだな。ちょっとこいつを見てみろ」

「これは?」

「『鑑定』の効果のあるモノクルだ。これを使えば、この剣のすさまじさが分かる」

 言われた通り、モノクルを使って剣を見てみる。

 すると、


『暴風を制する』『選ばれし者の』風の魔剣『グラン・ウィンド』+146


 という文字が浮かび上がって見えた。

「これは?」

「最初に出てきたのが『武器称号』、真ん中に見えたのが『アイテム名』、最後の名前が『固有銘』、+なんとかってのが『強化値』だ」

「それって……」

 戸惑う鋼に、ファルザスはため息をついた。


「なんでぇ坊主。武器のこと、良く知らねえのか?

 いいか。武器も人と同じ、レベルってもんがあるんだ」

「レベル? アイテム界にでも潜ると上がるんですか?」

「あ? アイテム界?」

「いえ、何でもないです」

 不機嫌そうな声に、鋼は急いで口をつぐんだ。


「武器のレベルってのは、使われると上がる。もちろん、素振り程度でも少しずつ上がっていく。

 だがな。すげえ強敵を倒したり、すごい使い手にめぐりあってすんごい技を使ってもらうとすんげえたくさん上がるんだ」

「はぁー。なるほどー」

 適当な相槌を打ちながら、この人すごいって言葉すごい好きだなー、と鋼は思っていた。


「真面目に聞け! まあ中でも人間のレベルと違うのは、格上の相手とやり合った時のレベルアップが大きいってことだ。

 人間は経験値でレベルが上がるから、雑魚を大量に倒した方が能率よくレベルを上げられることが多い。

 だけど武器はそうじゃねぇ。まさに命を、刀身を削って手に入れた経験が、本当に強い武器を作るんだよ」

「じゃあ、弱い武器が強い武器を超える、なんてことも?」

「当然よ。この『グラン・ウィンド』だって、元は中級レベルの武器だ。

 さっきも言ったが、『風の魔剣』ってのが元のアイテム名でな。

 こいつも作られた当時は、ただの『風の魔剣』だった。

 それが、後のSSランク剣士、ザックフォードの手に渡った時からこの剣の伝説は始まったのさ」

 その言葉を聞いて、鋼は本能的に、

(あ、この話は長くなるな)

 と感じていた。

 真面目に聞く気ゼロである。


「優れた資質を持ちながら孤児という境遇から誰にも相手にされず、また誰も信用しなかったザックフォードには敵も多かった。そりゃあ直接命を狙う奴らが多いってことでもあれば、冒険は基本ソロだったってことでもある。分かるだろ? たった一人で戦うんだ。その戦いは必然的に一対多の厳しい戦いになりやすい。だがそれは剣を成長させるにはもってこいの環境だった。ザックフォードは特別なタレントによる自分の驚異的な回復能力と自らの剣技だけを頼りにして全く魔法を使おうとはしなかったし、そんな彼にとっては魔法が使えなくても遠距離攻撃が可能なこの『風の魔剣』ってのは都合がよかった。使い続けて愛着が湧いたってことも、使い続けてこの剣自体が強くなっていたってことももちろんあったんだろう。とにかくザックフォードは通常の人間に倍する機会と年月、この剣を使い続け、彼自身がSランクの冒険者になる頃には、上等な造りとはいえ量産品に過ぎなかったこの剣は、どんなユニーク武器にも負けないほどの力を……。

 って聞いてんのか坊主!?」

 ファルザスは途中から明らかに上の空の鋼に気付き、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「へっ?! あ、はい大丈夫ですよ!? まだ最後の二枚は脱がせてませんから!」

【お、おぬしは鬼じゃあ! しりとりの鬼なのじゃあ!】

 怒鳴られて言わなくてもいいことを答える鋼と、泣き叫ぶシロニャ。

「てめえは一体オレの店で何してんだよ!」

 何をしたかはまさに神のみぞ知る、である。ちなみにヒントは『サドンデス』。


 しばらくファルザスは鋼をにらみつけていたが、やがて根負けして話を戻す。

「まあ、来歴についてはこれくらいにしとくか。

 とにかく、だ。武器にはレベルがあって、それは外から見えないが、強くなればそれが色んな所に表れる。

 まず分かりやすいのは強化値だ」

「せいぎのそろばん+1、みたいな奴ですね」

「そ、そうだな。なんで算盤をわざわざ武器にするのかは分からんが、間違ってはいない。

 お前も冒険者なら、強化値をつけるのがどれだけ大変か分かるだろ?

 +10がついた武器だって破格なのに、+100以上がついた武器なんて、オレはこれ以外に見たことがない」

「なるほど」

 強化値をつける苦労は全く分からなかったが、とりあえずうなずいておく。

 少なくとも『せいぎのそろばん+1』と『こんぼう+99』のどちらが強いかくらいは鋼にも分かるつもりだった。


「それだけじゃない。武器はレベルが上がると、アイテム名の前に武器称号がつき、特殊能力やボーナスがつく」

「それが、『暴風を制する』と『選ばれし者の』みたいな奴ですか?」

「そうだ。これは少なくとも、+20以上に鍛えた武器でしか見たことがない。

 これが二つもついているとなると、その強さは分かるだろ?」

「はい」

 ここでも、鋼はとりあえずうなずいておく。

 ごまかし笑いととりあえずうなずきは既にマスターしつつある。


「『暴風を制する』は風属性攻撃の威力や種類を大幅に増強するもので、『選ばれし者の』は使い手を選ぶ代わりに全体的な能力が飛躍的に向上するもの。

 どちらもかなりレアで強力な武器称号だ」

「最後の『グラン・ウィンド』というのは、武器称号とは違うんですか?」

「それは『固有銘』。特別な武器につけられた名前……お前ら冒険者の二つ名みたいなものだな。

 その武器の性質に合ったような名前がつけられるし、固有銘のある武器は例外なく強い。

 特殊能力やボーナスがつくのは同じだが、必ず一つの武器に一つずつしかつかない」

 まあ一つの武器に色々な名前がつけられたら混乱してしまうだろう。

 鋼はめずらしく納得してうなずいた。


「説明はまあ、こんなとこだな。で、だ。

 ……よければ坊主、お前がこの剣、試してみるか?」

「え?」

 最初鋼には、ファルザスの言っていることの意味が分からなかった。


「だってさっき素振りはしましたよ?」

「そういうことじゃねえんだ」

 鋼の当然の疑問に、ファルザスは首を振って答えた。

「手にして、振るところまでなら誰にでも、まあ相応の筋力さえあれば、できる。

 だが、何かを切れるかどうかでこの剣に認められたかどうかが分かるんだ」

 ファルザスの視線が、鋼の手にある魔剣『グラン・ウィンド』に向けられる。

 そして、真実を告げる者だけが持つことのできる真摯さで、こう言った。

 

「もし、お前が『選ばれし者』なら、この剣はこの世に存在する森羅万象を思うまま切断するだろう。

 だが、もしお前が『選ばれし者』でないなら、この剣は何も切ることができない。何もだ。

 扱える者以外の手に渡れば、なまくら以下。そういう風に、こいつは出来ている」


 厳かにそう言い切ったファルザスに、鋼もまた静かに問いかけた。

「何も、ということは、たとえ切るものがキャベツでも切れませんか?」

「ああ。もちろん、キャベツも切れないだろうな」

「千切りにしたくてもですか?」

「千切りにしたくても、だ」

「豆腐でも?」

「ああ、豆腐も切れないだろうな」

「寒天でも?」

「かっ……。まあ、寒天も切れないだろうな」

「水だったら?」

「水も切れないだろうな!」

「じゃあ濡れたらどうするんですか?」

「そういう意味じゃねえよ! 拭けよ! 布で!

 つうか遊ぶな! 真面目に聞けよ!」


 ファルザスのツッコミに概ね満足し、鋼は話を進める。

「それで、もし僕がこの剣で何かを切ることができたら?」

「坊主にその剣をやる。もちろん無料でな」

 その提案には、さすがに鋼も驚いた。

「いいんですか?」

「ハッ! オレを舐めるなよ。武器ってのは使ってなんぼだ。

 ここで腐らせてるよりは、使える人間に使ってもらった方がいいんだよ。

 それに、この剣に選ばれた人間が、まさかその力をよからぬことに使うなんてことはありえねえしな」


「分かりました。じゃあちょっと試してみてもいいですか?」

 鋼のその言葉を聞いて、ファルザスはにやりと笑った。

「そう来なくちゃな。もちろん構わないぜ。

 ……だが、やる分には自己責任で頼むぜ?」

「え。やっぱりこの剣を傷つけちゃったりしたら弁償ですか?」

「あん? はっはっは! そんなこたぁ万に一つもありえねぇが、心配しなくていいぜ!

 仮に魔剣が傷ついたり壊れたりしても、一切弁償はしなくていい」

「じゃあ自己責任っていうのは…?」

「選ばれなかった者が使っちまったら、何が起こるか分からねえからな」

 その覚悟があるのか、とファルザスの目は問いかけていた。


 鋼は少しだけ迷った。

(覚悟、覚悟か……。完全な興味本位なんだけどな)

 失敗してしまう恐怖より、成功してしまった場合、自分みたいな人間があんなすごそうな物を手に入れていいのか、という疑問はあった。

【コウ! コウよ!】

(……何だよ?)

【迷うのはいい。じゃが、自分の可能性をあきらめるのはダメなのじゃ】

(シロニャ……)

【よいか? あきらめたらそこで試合終了じゃぞ!】

(お前はそれ言いたかっただけだろ!)


 よけいな助言を聞いた気がするが、逆にそれで肩の力が抜け、決断することができた。

 鋼はファルザスを見据え、無言でうなずいた。

「よし! なら適当なもの切ってみろ。

 うん、もうそれでいいんじゃないか?」

 ファルザスが試し切りの標的として選んだのは、鋼の持っている木の枝だった。


 鋼は顔をしかめる。

「コレ、それなりに気に入ってるんですけど」

「いいじゃねえか! 魔剣が使えなきゃ切れないんだし、切れたらどうせ魔剣使うことになるからそいつぁお役御免だろ?」

「まあそうですけど。何も切らなくたっていいじゃないですか」

 何しろ、あの生涯で一番つらかった十日間を共に過ごした相棒ではあるのだ。


「めんどくせえなあ! じゃあその先の方の二股に分かれてるとこ。

 そこだけ切っちまえばいいじゃねえか! かっこよくなるぜ!」

「……まあ、そのくらいなら」

 内心で、どうせ切れないだろうし、という気持ちもやはりあった。


「ま、そんな枝っきれくらいじゃ、豆腐を切ったくらいの抵抗もないだろうから、すぐには切れたかも分からんかもしれんがな。

 ……ま、それも魔剣に選ばれたら、の話だ」

 なんてファルザスの軽口を聞きながら、鋼は武器を構える。

 左手に枝を持って、右手にしっかりと魔剣『グラム・ウィンド』を握る。

 そして、大きく振りかぶり、


「よい、しょ!」


 あまり緊張感のない声と共に振り下ろす。




 パキン!




 なんて音が、耳に届いた気がした。

 鋼は軽く魔剣を振り抜いたのだが、木の枝とぶつかった瞬間も、本当に何の手ごたえも感じなかった。

 一瞬で切れたというか、ぽっきり折れた。










 …………魔剣が。




「「ええええええええぇええぇぇえぇえええええ!!!!」」


 ファルザスと鋼の驚きの声が重なった。


 もう一度魔剣を見る。完璧に折れている。というか切断されている。

 床には半分になった刀身が転がっていた。

 一方で、左手に持っていた枝には傷一つない。

 むしろ心持ち誇らしげにしているようにすら見える。


「ええっと。コレ、どういうことでしょう?」

 助けを求めてファルザスを見ると、ファルザスもハッと我に返った。

「ちょ、ちょっとそれ、貸してくれ!」

「え? あ、ちょっと……」

 止める暇もなかった。

 ファルザスは鋼の左手の枝に手を伸ばし、


「ぎゃああああああああ!」


 触れた途端に店の反対側まで吹っ飛んで行った。


「なにこれ? ドッキリ? コント?」

 首をかしげる鋼に、身を起こしたファルザスがよろよろ、よろよろと寄ってきた。

 相当足に来ている。ゾンビウォークだった。

「ち、きしょう。さっき鑑定した時はたしかにただの木の枝、だったのに……。

 まさか、オレの鑑定のレベルが足りなかったってのか?」

 ぶつぶつと言いながら、懐から高級そうなルーペを取り出して、鋼の持っている木の枝を覗き込んだ。

 そして、


「な、なんじゃこりゃぁあああああああああああああ!!」

「うわっ!」


 鋼が思わず引くほどの声を出した。


 すぐに興奮したように騒ぎ出す。

「こ、こいつはただの木の枝じゃねぇ!」

「ええ! ただの木の枝じゃないんですか!?」

「あ、いや、ただの木の枝なんだけど、ただのただの木の枝じゃねぇ!」

「正直ややこしいです!」

「あー、めんどくせぇ! つまりだな! これを見ろ!」

 言われた通り、ルーペ越しに木の枝を見る。

 すると、さっき魔剣を見た時と同じように文字が浮かび上がる。




『伝説の』『名状しがたき』『殺戮好きの』『嫉妬深い』『博愛主義の』『名を呼ぶことも畏れ多い』『ハガネ専用の』『成長する』『世界創造の』ただの木の枝『ワールドエンド・ブランチ』+23045




「ぜんっぜん、『ただの』じゃねぇええええええええええええええええ!!」


 鋼も思わずファルザスが引くほどの声で叫んだ。


 今度は鋼が興奮してまくしたてる。

「というか、殺戮好きで嫉妬深いのに博愛主義って矛盾してませんか?!

 名状しがたくて名を呼ぶことも畏れ多いのに思いっきり伝説になってるし二つ名ついてるし!

 おまけに世界創造なのに二つ名がワールドエンドって!!」

「い、いや、まあなんというか落ち着け、坊主。

 気持ちは分からなくもないが、ツッコミどころそこじゃないから、な?」

 自分以上に興奮する鋼を見て落ち着いたのか、ファルザスが鋼を必死でなだめた。


「問題は、だ。武器称号が九つもついている上に、強化値が二万もあるってことだ。

 これはもうどう考えても規格外というか、ありえないとか言うのも馬鹿らしいというか……。

 一応聞くが、何か思い当たることは? これはどこで手に入れた? 特別なクエストか?」

「いや、普通に森に落ちてるのを拾いました」

「森で拾った……のか。敵と戦ったり、倒したりは?」

「ええと、一匹だけ」

「一匹だけ……か。どんな状況で? 相手は?」


 そこで鋼は少しためらったが、正直に話すことにする。

「巨竜を、特別な技で一億発ほど殴って……」

「な、い、一億……巨、竜……!?」

 そこでファルザスはたちくらみでも起こしたようにフラッと後ろによろめいた。


「そうか。外で『棒切れ勇者』がどうとか騒いでたが、それが坊主か」

「……はい」

「まあ、大体分かっちまったような気もするが、その時の坊主のレベルは?」

「2、です」

「レベル2で巨竜なんざ倒すなよぉおおおおおおおお!!」

「え、ええー?」

 いきなり怒られて、鋼も混乱した。


 幸い、ファルザスはすぐに落ち着いた。

「わ、悪かった。今のは単なる八つ当たりだ」

「はぁ」

 そうやって謝ったファルザスは、鋼が店にやってきた当初より老け込んでしまっているように見えた。

 具体的には、店主のおっさんだったのが、店主のおじさんぐらいになっていた。

「それにおそらく、だが、原因は分かった」

「本当ですか?」

「ああ……」


「武器ってのは、格上と戦うとレベルが上がるんだよ。

 で、その判定は武器の強さと持ち主のレベル、それからそれに対する敵の強さに大体依存する」

「はい」

「武器の強さは木の枝だからほぼ最弱、持ち主のレベルは2でびっくりするほど弱い、なのに戦ったのは巨竜。

 これはもう、これ以上ないくらいの格上と言っていい」

「でしょうね」

「それでも、その状態で普通に攻撃しただけなら木の枝自体が大幅にレベルアップして、その差は少しずつ埋まっていただろう。

 だが、坊主は技を使った。しかも、一度で一億発攻撃するとかいうアホみたいな数の連続攻撃だ。

 基本的に、レベルアップってのはどんなに経験値が入っても一つの動作が終了するまで起こらない」

「つまり?」

「最弱の状態で格上相手に一億発攻撃した経験値が一気に入った」

「はぁぁ……」


 鋼はなんとなく感心して、自分でも色々と想像してみた。

 RPGに例えると、レベル1のキャラクターが一回の戦闘でLV100のボスを一億匹倒したようなものだろうか。

 普通にボスを一億匹倒すより、レベル差ボーナスが大量についてめちゃくちゃレベルアップ、という感じか。

 ……例えてもよく分からないが。


「まあ、いくつもの偶然が集まって、奇跡的にこんな終末武器が出来ちまったってことだな。

 こんな現象は二度と再現できないだろうし、そもそも木の枝一本で巨竜に立ち向かうとかオレにはそもそも意味が分からん」

 少しだけ復活してきたファルザスがそう言って締めた。


 話が一段落したのを察知したのか、すかさずシロニャもくちばしを突っ込んでくる。

【つまりアレじゃな。最初っから強いダブルオーク〇ンタより、必要経験値の低いマゼラ〇ップの方がすぐに強くなる、みたいな?】

「またマニアにしか分からないようなネタを……」

 しかも宇宙適正なしを育てるとかありえないだろ、とか鋼は思ったりもした。


「へへ。さらにそいつの攻撃力を見せてやろうか?

 びっくりして腰抜かすぜ?」

「あ、腰抜かすんなら別にいいです」

「いいのかよ!?」

 萎れていたファルザスからの久しぶりにキレのあるツッコミ。

 自分がツッコミを受けるのはほとんどないので、鋼はことのほか嬉しかった。


「大丈夫です。称号や二つ名を見ただけで強いってことは分かりました。

 しばらくこれ一本で戦うつもりなんで、攻撃力は見なくても同じです」

 あんまり現実を直視したくないとも言う。

「そうか? まあ、坊主がそう言うならそれでもいいんだが」

 微妙に納得しているような感じではかったが、無理強いはしてこないらしい。


「まあ、お前さんにはそれがあれば他の武器なんていらんだろ。

 はっきり言って神器レベル……いや、そんな規格外と一緒にされちゃ神器がかわいそうか。

 やっぱり終末兵器って呼ぼう」

 この木の枝どんだけだよ、と鋼は自分の左手を見た。

 やっぱりただの木の枝にしか見えない。


「あ、そういえば魔剣、折っちゃいましたけど」

「んん? ああ。いいさ。もう。

 弁償はしなくていいって約束だったし、もうそんな物を見ちまったらいろんなもんがどうでもよくなってきた」

「あははは……」

 鋼は得意のごまかし笑いをした。


「そうだな。また、武器が壊れた時にでも来い。

 あ、つっても万が一その枝が壊れても持ってくるなよ?

 絶対直せねえし、そんなもんが壊れた時はたぶん世界なんてとっくに滅んでるからな」

「あは、ははは……」

 ごまかし笑いもストック切れが近い。


「ありがとうございました」

 それでも鋼はきちんと礼を言って武器屋を出ようとすると、

「坊主!」

 何かが鋼に投げつけられた。反射的に受け取る。

 ……あの、高級そうなルーペだった。

「それはまあ、すげえもの見せてくれたお前へのお礼と餞別だ。

 たぶん、その武器の鑑定が出来るのはこれくらいだろ。

 持っていけ」

 鋼は一瞬だけ戸惑ったが、ここで好意を無下にするのも余計に悪いと思い、もう一度一礼してからその店を後にした。



 外に出る。

 夕方の少しだけ肌寒い風が、鋼とその手に持った枝に吹きつける。

「……うん」

 当初予定していたような武器は手に入らなかったが、それ以上のものが手に入った。


「ま、よろしくな、相棒」


 これから末永くお世話になる予定の左手の相棒に声をかける。

 そういえば、とルーペできちんと鑑定ができるかどうか、木の枝を覗いてみた。

 すぐに文字が浮かび上がる。



『伝説の』『名状しがたき』『殺戮好きの』『嫉妬深い』『博愛主義の』『名を呼ぶことも畏れ多い』『相棒と呼ばれて嬉しい』『ハガネ専用の』『成長する』『世界創造の』ただの木の枝『ワールドエンド・ブランチ』+23047



「……ん?」

 鋼は一瞬だけ眉をひそめたが、

【どうしたのじゃ? もしや失敗したのかの?】

「あ、いや、何でもない。たぶん」

 シロニャに問われて、すぐに歩き始める。

 その足取りは軽やかだ。



【しかし、ちょっとアレじゃな。かわいそうじゃったな】

「ん?」

【いや、あの魔剣。最強の武器とか鳴り物入りの登場の割に、出番、一瞬じゃったなと思って】

「ああ……うん」

 長かった解説の割に、実際に使われたのはまさに一瞬、いわばほんの刹那の間だったと言える。

 というか、完全に噛ませ犬ポジだったなと鋼は思った。

「たぶん、元の持ち主のザックフォードが死んだ時点で、あの剣の物語も終わっていたんだよ」

【そうかも、しれんの……】

 かわいそうなので鋼は何とか無理やりいい話にまとめてみた。


【ところでじゃな。あの店を出る前から、ずっと言おうかと思っとったんじゃが】

「うん?」

【ワシ、そろそろ服着てもよいかの?】

「…………」


 しばらく、鋼は答えなかった。

【あ、あのじゃな。ワシ、このままじゃとまた風邪を……】

「まあ、それはどうでもいいとして」

【え? いや、全然どうでもよくはないのじゃよ!?】

「ここ、どこなんだろうな?」

 鋼は周りを見渡した。見覚えのない風景が続いている。


「何だか用事が済んで全部解決した気がしてたけど、道に迷ってるのは変わらないんだよな」

【いやいやいや! それは後でもよいじゃろ! それよりワシの……】

「とにかく歩いてみようか、大きな通りに出ればどうにでもなる」

【無視? 無視する気なんじゃな!? そうやってワシに意地悪をするつもりで……】

「はー。ここは一体どこなのかなー?」

【お、おぬしは鬼じゃあ! しりとりの鬼なの……へくちっ!】



 その日、暮れ方。

 冷たい世間の風は、人にも魔剣にも神様にも、等しく吹きつけたという。




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[一言] よし! 魔剣が折れるのは想定通りだ!!
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