第二十章 世界にまつわるエトセトラ
(朝、か……)
ぼんやり覚醒する鋼の耳に、小鳥の鳴き声が飛び込んで来る。
(昨日は、いや、ここ十日間くらいは大変だったなあ……)
身体は自動で動いてくれるといっても休憩も睡眠もなしでぶっ続けだ。肉体的な疲労はなくても、精神的にはずいぶんと追い詰められていた。
特に最後の辺りはずっと悪夢を見ているような状態で記憶がほとんどなかったが、無事に巨竜を『天魔滅殺黒龍灰燼紅蓮撃』の即死効果で倒した後、意識を失ったのは覚えている。
(あの後……誰かが宿屋に運んでくれたのか?)
体に感じるこの柔らかさはベッドの物だろう。
そこからここが宿屋であろうと鋼は当たりをつけた。
(いつまでもこうしていても仕方ない。そろそろ起きるか)
そう決心し、完全に目を覚ました鋼の視界に飛び込んできたのは、異世界物ではお決まりの見知らぬ天井、ではなく、
【お、おはようなのじゃ】
頭の中いっぱいに広がる、雪のように白い肌を恥ずかしげに晒す、十二、三歳くらいの少女の水着姿だった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
その日、宿屋に響き渡った悲鳴。それは、鋼がこの世界にやってきてから上げた絶叫の中でも最大のものだったという。
【あ、あまりにも、あまりにも失礼なのじゃ……。
人が勇気を振り絞って見せた人生、いや神生初のセクシーショットを……】
「いや、起きたら知り合いの水着姿が見えたら普通びっくりするだろ」
シロニャの抗議に対して、鋼も一応抗議で返しておく。
しかも水着、生意気にもビキニだったし、なんてシロニャが聞いたらまた激怒しそうなことを思う。
【と、とにかくじゃな! これで約束は果たしたのじゃ!】
「約束?」
【あ、アレじゃよ。あの、し、しり、しりと……】
「ああ。『サドンデス脱衣しりとり』?」
そういえば、あの時にセクシーショットがどうとかいう話をしたようなしてないような……。
適当に流していたのではっきりとは思い出せなかったが、鋼も大体の事情は把握した。
【い、言うんじゃないのじゃ! あ、あの時のワシは、ワシは……。
ううぅ……。いったいワシは、どうしてあんなことを……。
孔明の罠じゃよ。鋼というエロ猿にまんまと騙された結果じゃよ】
「人聞きの悪いこと言うなよ!」
「黙れ今孔明め!」
悪口なんだかよく分からないことを言う
しかし、どうやら言葉にできないくらいに後悔しているらしい。
そこで、鋼はまた余計なことに気付く。
「あれ? そういえば最後はまたはだ……」
【せ、セクハラじゃ! 今はちゃんと服を着ておるのじゃ!】
「あー。だよね」
正直鋼には見えないし興味もないのでどっちでもいいのだが、適当に相槌を打っておく。
「そういえば、さっきのもオラクルなのか?」
【う、うむ? ああ、もちろんじゃ。正確には『オラクル(添付ファイル付き)』の効果じゃな。
通常のオラクルに加えて、映像イメージも見たり送ったりできるのじゃ。
……まあ、静止画限定じゃがな】
「ああ、そういや、あの水着シロニャ、動いてなかったような気がするな」
いきなり頭の中に画像が送られてきてパニックになったせいで気付かなかったが、本物のシロニャであれば鋼の視線を受けて何かしらの動きを見せただろう。
【も、もうその話はおしまいなのじゃ!
それよりこれからどうするのかが問題なのじゃ!】
露骨な話題逸らしだったが、鋼もそれに乗る。
「そうだな。今は……大体朝の七時半くらいかな?」
【分かるのかの?】
「……何か、こっちに来てから時間の経過が秒単位で分かる気がするというか。
最後に時計を見た時間から逆算するとそんな感じかな、と」
【ああ、『完全体内時計』のタレントじゃな。それならコンマ一秒以下の誤差で正確じゃろうな】
「もうそんな台詞を聞いても全く驚かない自分が怖いよ」
他のチート的なタレントに比べれば、そのくらいは許容範囲だろうと思ってしまう。
鋼が運ばれてきた宿屋は、幸いにも初日に止まった所と同じだった。
とりあえず鋼は、体の汗を流してからギルドに向かうことにする。
ちなみに、宿にはお風呂どころかシャワーまで完備されていた。
ガスも電気もないだろうにどうするのかと聞いたら、やはり魔法で完全に代用できるらしい。
しかも、一度設備を作ってしまえば、後は少量の霊子、つまりマナを注ぐだけで使えるとか。
宿泊している人は無料で使えるらしいので、少なくとも50マナ以下で動くのだろう。
鋼もシャワーを使ってみたが、何の違和感もなかった。
他にも照明器具や風呂、洗濯機!?などを覗いてみたが、動力が霊子だということをのぞけば、日本の電化製品と大差ない出来栄えだった。
(こりゃー本当に現代にあるものはほとんど魔法で再現されている気がするなぁ……)
もちろん『再現されている』だけであり、原理は全く異なる。
というか、地球の技術者たちが歴史の中で工夫、研鑽し、数十年、数百年かけて作ったはずの装置を「魔法だから」の一言で完全再現してしまっているこちらの人たちはある意味チート極まりない。
なんて考えていると、シロニャが割って入ってきた。
【まあ、この世界の魔法は神様の力と同じじゃからな。
たしかにチートと言えるかもしれんのじゃ】
「神様の力? それに、この世界の魔法、って言ったのか?」
【うむ。その辺りの説明はしておらんかったのう。
魔法と言っても世界によって色々ちがうのじゃが、この世界の魔法の原理は神が使う力とほとんど同じなのじゃ】
「へぇ。その原理って?」
【原理がないことじゃよ!】
「……は?」
【世界には火の神や水の神、芸能の神や学問の神、いろんな神様がおるじゃろ】
「トイレの神様もな」
【うるさいのじゃ! とにかく、それぞれの神はそれぞれの分野についての力を持つ。
火の神だったら火を出せるし、芸能の神なら歌をうまくさせられるし、トイレの神は……、とにかくそういうことじゃ!】
「ごまかすなよ、父親の仕事だろ……」
【と、とにかくじゃな。神様が振るう力は色々あるんじゃが、その本質は一つなんじゃ】
「本質?」
【願いを叶える力じゃ、ということじゃよ】
【火を出したいと願えば火が出るし、歌をうまくしたいと願えば歌がうまくなる。
そこに理屈はなく、どうしてそうなるかは誰にも、神様にも分からんのじゃ】
「むちゃくちゃな存在だな、神様」
【それはそういうものだ、とあきらめるしかないの。
もちろん、神の振るう力には因果律とかいうものが関係してくるし、それはこの世界の成り立ちとも関わってくるのじゃが、それはおいおい、じゃな】
「じゃあこの世界でも、魔法ってのは理屈じゃないのか。
たとえば火の元素を集めると火が出る、とかじゃなくて、火を出したいと思うだけで火が出る?」
【もちろん、この世界での全ての源である霊子、マナは相応に必要じゃがの。
強いて理屈を言うと、霊子という小さな神様をうまく使うと、願いが叶うのじゃ】
「はぁー」
話が壮大かつ荒唐無稽すぎて、鋼としてはそんなリアクションを取るしかない。
身支度を整えている間に無駄に世界スケールな話を聞いてしまったが、鋼は気を取り直してギルドへ向かう。
が、その道中、
「お、棒切れ勇者じゃないか! おはよう!」
「あー! ぼーきれゆーしゃだ! あはははははは!」
「勇者様、ありがたやありがたや」
見知らぬ人たちがあいさつしてきたり笑ってきたり拝まれたりするのには閉口した。
「い、いったい『棒切れ勇者』ってなんだよ」
【おぬしのことじゃろ? 文脈的に】
「そりゃ分かってるけど!」
顔を隠すようにして道を走り抜けるのだが、金色の衣装を着ている人間が顔を隠しても全く意味はない。
棒切れ勇者、棒切れ勇者と叫ばれながら、鋼は飛び込むように冒険者ギルドに逃げ込んだ。
「あ、キルリスさん!」
そこでようやく顔見知りを見つけ、ほっと息をつく。
「ハガネさん?! もう、大丈夫なんですか?」
自分を心配してくれるキルリスに、ますますほっとする気持ちを感じながら鋼はカウンターに近付いて、
「貴方が、ハガネ・ユーキ様ですね」
鋭い目つきのメガネの女の人につかまった。
【ま、また女の新キャラじゃと?!】
頭の中でシロニャが何かしら騒いでいるようだが、鋼には気にしている余裕はない。
目の前の女性からは、抗いがたい何かというか、命の危険とかとは異なる、妙な威圧感がにじんでいた。
「はい。あなたは…?」
「申し遅れました。私は当冒険者ギルド職員のラトリスと申します」
「……リス縛り?」
「何か?」
「な、何でもありません!」
思わずくだらないことを言ってにらまれた鋼は、あわてて首を振った。
鋼がなんとなく職員室に呼び出された生徒のような気持ちでいると、
「まず、貴方にはお礼を言わせて貰います」
「は?」
「貴方のお蔭で大変儲けさせて頂きました。有難う御座います」
いきなり、ラトリスに頭を下げられた。
あまり頭を下げられ慣れていない鋼は狼狽したが、それ以上に事情がつかめない。
「え? あ、いえ……どういうことですか?」
「その、わたしたち冒険者ギルドは、ハガネさんと巨竜の戦いで少し商売をさせていただいたんです」
「あー。なるほど」
まだ頭を下げ続けているラトリスに代わって、キルリスが説明してくれた。
そういえば、見物客がたくさん来ていた気がする。その関係で何かもうけたのだろう、と納得する。
まさか鋼も、自分の勝ち負けや生死が賭けの対象にされていたとは思ってもいなかった。
「そのお礼、という訳では御座いませんが、以後、将来有望なハガネ様の専属として、私、ラトリスが貴方のサポートを担当させて頂きたいと存じます」
「え? それって……」
ようやく顔を上げたラトリスの爆弾発言に、鋼は助けを求めてキルリスを見る。
「ええと、要は彼女がハガネさんの冒険者としての活動を手助けしてくれるというか、マネージングしてくれるというか……」
「具体的には、特別な依頼の斡旋や鍛錬メニューの考案、知名度の調整や英雄としてのプロデュースを担当します」
アイドルのプロデューサーみたいなものだろうか。鋼は突然の想像もしていなかった申し出に、困惑した。
「あ、でも、すごいんですよ、ラトリスは!
この前担当した方なんて、なんと半年で冒険者ランクをD+からB-まで上げたんです!」
「へぇ。それはたしかに……」
よくは分からないが、冒険者ランクの最高が実質Aだというなら、Bランクでもかなりの物だろう。
ゲーム感覚で考えるとそう大したことがないようにも思えるが、この世界の冒険者は一生、つまり年単位、十年単位で少しずつランクを上げていくはずだ。
それを半年で、となれば、それを可能にさせたラトリスはかなりの凄腕だと考えられる。
「そういえば、その人は今どうしてるんですか?」
ハガネが興味本位で口にした言葉に、キルリスは硬直し、ラトリスが硬い声で答える。
「……逃げました」
「え?」
「あの軟弱者は一月ほど前、私達の街を捨ててどこか遠くの街へ逃亡した、と申し上げているのです」
ラトリスの目には強い怒りが見えた。どうやら鋼は盛大に地雷を踏んだらしい。
「あ、ええと、それはその……」
「そんな事よりも。次の話をしましょう。
ここでは何なので、こちらへ」
ラトリスの迫力に、鋼がまさか逆らえるはずもなく、為す術もなく連行されていく。
「あ、わたしも行きます!」
キルリスがあわててついてくる。
仕事はいいのかと思わなくもなかったが、ラトリスと二人きりなんて怖すぎるので、鋼は何も言わなかった。
個室に連れて行かれた鋼は、革張りのソファに座らされた。
反対側に座るのはラトリスとキルリス。何かの面接みたいである。
ラトリスが雑談などを振るはずもなく、いきなり本題に入る。
「まず、現状貴方がどのような状態なのか、把握させて下さい。
基本状態でいいので、ギルドカードを見せて頂けますか?」
「は、はい…」
ギルドカードを手渡す。それを見て、ラトリスは不機嫌そうに眉を上げた。
「レベル24ですか。思ったより上がりませんでしたね。
巨竜と言っても所詮雑魚モンスター上がりですか」
「え? レベル24ですか?!」
むしろ、驚いたのは鋼だ。レベル2から24なんて、一足飛びにもほどがある。
「当然でしょう? 災害級のモンスターを倒したのですから、この二倍は上がってもいい位です」
「そういうものですか……」
まだ理解しきれていないと判断したのか、ラトリスが言葉を重ねる。
「ラーバドラゴン自体は、火山に多数生息するレベル55相当のモンスターです。
巨竜は魔物を倒して成長する事でボス級以上の強さを持っていたと推測されますが、経験値はせいぜい通常種の数倍止まりだったのでしょうね」
「はぁ……」
【あ、言い忘れておったが、天魔滅殺、暗黒、か、怪人隠れの劇?、の技は……】
(『天魔滅殺黒龍灰燼紅蓮撃』?)
【それじゃ! その技の即死効果は耐性にかかわらず100%発動じゃが、例外的にボス属性のある敵には効かないのじゃ。
ボスの即死無効はシステム的に最上位じゃからな】
どこからか話を聞いていたのか、シロニャが口をはさんでくる。
どうやら、どんな強敵も『天魔滅殺黒龍灰燼紅蓮撃』なら一撃、というワケにはいかないようだ。
……鋼としては、もう二度と使うつもりはないが。
「それに……職業は学生のままですか。
少しだけ、英雄に変化している事を期待したのですが、どうやら貴方の学生属性は存外に強いようですね。
貴方は今も、どこかの学園に所属しているのですか?」
「え? そう……かもしれません」
鋼はあいまいにうなずいた。
日本の高校でどんな扱いになっているか分からないが、もしかすると鋼が学校への未練を捨てきれない限り、鋼の学生という職業は塗り替えられないのかもしれない。
「そして、年齢は15ですか。これはキルリスに聞くのを忘れていましたね。
……私の一つ下、ですか。英雄として売るには、ほんの少し、若過ぎる気もしますが」
「え?」
自分の年齢が転生前より二つほど下がっているのにも驚いたが、それ以上に驚愕すべき事実に鋼は目を見張った。
「何ですか、その目は。まさかとは思いますが、私の年齢を疑っているとか?」
「い、いえ、まさか、そんな……」
実際、ラトリスはとっくに二十歳をすぎていると考えていた鋼は冷や汗をかく。
しかし慣れた反応なのか、ラトリスは表情も変えずに、
「自己紹介が不十分だったようですね。これを」
すっとカードを差し出してくる。
ラトリス・ブルレ
LV 38
職業 ギルド職人
年齢 16
二つ名 インスタント・ヒーロー・メイカー
(うわ! これ…!)
年齢が本当に16だったり、二つ名がついていることも驚いたが、そのレベルにも驚いた。
38というのは、もしかすると冒険者で言えばベテランクラスのレベルではないだろうか。
(職業だけは予想通り、ギルド職い……いや違う! ギルド職員じゃなくてギルド職人だ!
いったいなんだギルド職人って!)
ちら、とラトリスの顔をうかがうと、鋼はよっぽど顔色が読みやすいのか、
「言っておきますが、職業とはカードを司る審判の神がその人の生き様から勝手に付ける物です。
私の関知する所ではありません」
何も言う前からしっかりと釘を刺された。さすが敏腕である。
「これで、理解して頂けましたか?」
「はい…」
むしろ謎は増えたが、これ以上藪を突いて大蛇が出て来ても対処できない。鋼は素直にうなずいた。
「そこで、当面の方針ですが、まず依頼云々の前に、身辺の整理から始めるべきかと思われます」
「身辺の整理?」
「貴方は今、この街一番の有名人です。それは様々に利用可能なアドバンテージでもありますが、当然ながらデメリットも存在します。
例を挙げると、これから貴方は巨竜を倒した事で大量の報奨金を受け取る事になるのですが」
「え? あいつ、懸賞金とかかかってたんですか?」
鋼の記憶がたしかなら、復活してすぐに襲ってきたので、懸賞金なんてかけられる暇はなかったはずだった。
「数十年前にかけられた懸賞金が継続しているのです。
貨幣価値が変わっているので若干額は落ちますが、マナ換算で約65万。実に大金です」
「えええぇ!!」
その額には、ラトリスの年齢よりもシャワーの存在よりも驚いた。何しろ50マナで宿屋に泊まれるのに、その一万倍だ。驚かないはずがない。
もっと具体的に言えばビキニのシロニャを見た時の四分の一くらい驚きである。水着シロニャさんパねえ。
「賞金は貴方のカードにマナとして溜め込まれます。もちろんカードは基本的に本人にしか使えませんが、強制的に使わせる事も出来なくはありません。
この意味が分かりますか?」
「僕からお金を取ろうとして、襲ってくる人がいるかもしれないってことですか?」
「その通りです」
ラトリスはあっさりとうなずいた。
その態度に、鋼の中で不安が広がる。
「もしかして、ここって治安が悪いんですか?
道を少し外れたらスラムがあるとか、奴隷市場が開かれてるとか、街外れに盗賊の根城があるとか……」
その辺りはいかにもファンタジー世界の定番だ。
鋼としてはあまり血なまぐさいのは勘弁してほしいのだが。
「ハガネ様。それはどこのファンタジー世界の話ですか?」
だが、ラトリスには何この人、みたいな目で見られた。その後ろのキルリスまできょとんとしている。
しかし、ファンタジーな世界の人に何そのファンタジーって言われると思ったよりダメージでかい。
「この街にスラムなどありませんし、奴隷市場などという物は寡聞にして存じません。
盗賊については、大きな街にはギルドが存在するという事は聞いた事がありますが……」
思った以上に、ここは平和な世界、ということでいいのだろうか。
モンスターとかいるのに?
などと鋼が首をかしげていると、困った時のシロニャちゃんが出てきた。
【サニーが頑張っておるからの。この世界では犯罪行為はひかえめなのじゃ】
(サニー?)
【ワシとも知り合いの審判の神じゃよ。めずらしい人間上がりの神様で、本名は……ええと、さにわじゃったか、はにわじゃったか……】
(さにわじゃないか? はにわだったらハニーだし)
【たぶんそれじゃ!】
知り合いのはずが名前を忘れた上に『それ』扱い。シロニャに友達ができない理由が見えた気がした。
【神の目をもってすれば人間の悪事などお見通しじゃからな。
悪事を行うと冒険者カードなどに記載されてしまうし、割に合わないのじゃ】
(分かるような分からないような……)
【全盛期の夜〇月がいるデス〇ート世界みたいな?】
(すごく分かりやすい!!!)
だが、その説明は色々と危険だ。
「よ、よく分かりました。それで?」
いい加減不審そうな目をしているラトリスに話の続きを促す。
「……あるいは、こちらの方が可能性としては高いのですが、有名になった『棒切れ勇者』と戦ってみたい、決闘して名を上げたい、などという人間が出る事はあるでしょう」
「あるんですか……」
「はい。間違いなく」
保証されてしまった。
「まあそれならそれで断ってしまえばいいのですが、それ以外にも……」
「まだあるんですか?!」
「まだあります」
断言されてしまった。
「例えば、酒に酔った高レベル冒険者が、勇者である貴方を試してやろうと、自分の飲んだ空のジョッキを貴方に投げつけたとします。
どうなると思いますか?」
「すごく痛い、とか?」
「たぶん死にます」
「死の恐怖ふたたび!?」
鋼は思わず叫んだ。
空ジョッキぶつけられただけで昇天とか、PKKなんて目じゃないくらいの恐ろしさだ。
「レベルは多少上がったようですが、まだ防御が0のままならその可能性もあるでしょう」
ラトリスが言うには何でもダメージ計算というのは状況によって面倒な計算式が適用されるそうだ。
特に総合的な防御力というのは生身の防御と装備の防御の加算ではなく加算と乗算の複合のため片方が0だと思わぬ大ダメージが……云々、ということらしい。
よく分からないが、すごく危険ということだけは鋼にも感じ取れた。
「そこで、護衛を雇う事を提案します」
「護衛、ですか?」
屈強な黒服SPを思い浮かべた。超VIP。
だが、余計目立ってしまいそうな気がする。
「幸い、貴方には65万マナという大金があります。その一部を護衛に回しても、身の安全を図るべきでしょう」
「なるほど。それは、必要かもしれませんね」
鋼にも当然、死の恐怖さんにはできるだけ遠くにいてほしいという気持ちはある。
「特に、有望な冒険者に護衛を頼めばクエストを手伝って貰う事も可能です」
「おお!?」
「そして将来的に、彼らと親しくなって護衛ではなく仲間になれば、費用も掛かりません」
「な、なるほど……」
「実は、貴方が巨竜を倒す前からそういった方々にはもう目星はつけてあります」
「仕事はやっ!」
「お褒めに与り光栄です」
もはやラトリスの言葉にリアクションをするマシーンと化した鋼に、彼女は少しだけ満足そうな顔をした。
「とはいえ、ずっと近くに置く人です。貴方にも何か希望や要望があるなら伺います」
「あ、そうかぁ」
四六時中一緒にいる相手だと考えると、やはり気に入らない相手では落ち着かないだろう。
一日中ずっと筋トレしている汗臭いおっさんとか、毎日たばこを200本吸うヘビースモーカーとか地味に嫌かもしれない。
しかし、鋼も青少年、となると……。
「で、できれば、ですけど」
「はい」
「若い女性の方が、いいかな、というのは……」
鋼が言った瞬間、ラトリスの目がすうぅ、と細くなった。
「あ、いや、あくまでできれば、というくらいで……」
やばい欲望全開しすぎたか、と鋼は焦った。
(でも、ずっと一緒にいるならやっぱりかわいい女の子の方がいいよなぁ……)
と考えるのは、元高校生男子としては正常な心の動きだろう。
しかし、事態は鋼の予想の斜め上を行く。
「色恋が絡むと色々面倒なのですが。仕方ありませんね。
……そういう基準で選んだ訳ではありませんが、護衛候補は全員、若い女性です」
「え?」
「しかも美少女揃いです」
「なん…だと……」
鋼はあまりの幸運に、驚きを隠せない。
自分の脳内で、
【ぬう!? これは、やはり……】
なんて思わせぶりなことをつぶやく神様もいたが、鋼は自らの幸運を神様に感謝するのに忙しく、それどころではなかった。
もちろんこの神様とあの神様は別である。念のため。
「貴方には直接彼女達に会って頂いて、護衛を頼むかを決めて貰いたいのですが、もちろん今すぐ、という訳には参りません」
「ああ、そうでしょうね」
「明日の朝、午前九時頃にここに来る事は可能ですか?」
「はい、大丈夫です」
特に予定はないし、お金がもらえるのならいそいで依頼を受ける必要もない。
「なら、そのように。
今日一日は、護衛なしという事になってしまいますが……」
「それも、大丈夫です。目立たないようにしますので」
心配させないように、はっきりと言い切ったはずなのだが、鋼に向けられたのは冷たい視線。
「だとするなら、せめてその格好は何とかするべきだと私は思いますが」
「……あ」
自分が今、某大尉よりも金づくめだと思い出して赤面する。
これでは目立たないも何もない。
「それに、その左手に持っているトレードマークも、捨てろとは言いませんが隠す事を推奨します」
「え?」
指摘されて自分の左手を見ると、そこには巨竜との戦いで使った木の枝があった。
あの時はその場限りの武器のつもりだったし、持ってきた覚えもなかったのだが、これは、
【言っておくが、そんなタレントは設定しておらんからの】
先にシロニャに釘を刺されてしまった。
だとすると、純粋な自分のうっかりだということか。
鋼は自分の間抜けさにちょっとため息をつく。
「とりあえず、貴方に巨竜討伐の報奨金を渡します。
これで目立たない色の防具と、もう少しマシな武器を買ってください」
「は、はい……」
ラトリスにカードを渡すと、彼女は部屋を出ていき、二分ほどで戻ってきた。
「確認して下さい」
と言われてカードのマナ残高を見ると、確かに65万マナが入っていた。
「何か他に聞きたい事はありますか?」
ラトリスの問いに首を横に振ると、
「では、明日の朝まで死なないよう注意して下さい」
と物騒なあいさつを残し、ラトリスはあっという間にいなくなってしまった。
残ったキルリスと、なんとなく顔を見合わせる。
すると、キルリスが申し訳なさそうに言った。
「あの、今さらな話ですが……」
「うん?」
「あの人はわたしの知る限り、ミスレイの次に出会っちゃいけない人なんです」
それは最初に言ってくれよ、と鋼は思った。
それから、
「ハガネさんがご無事でよかったです」
「いえいえこちらこそ」
などとゆるいトーンで世間話などをして、ギルドを出ることになった。
目的地は、武器屋と防具屋。
ラトリスからは怖くて聞けなかったが、ちゃんとキルリスに場所を教えてもらった。
その、別れ際のことだった。
「ハガネさん!」
キルリスが、急に鋼に頭を下げた。
「え? キルリス、さん…?」
しかも、地面に平行に頭を九十度下げる最敬礼。
そして、
「街を救っていただいて、ありがとうございました。
ハガネさんは、わたしにとって最高の英雄です」
その不意打ちに、鋼はくらっとくるものを覚えながら、
「また、来ますから」
かろうじてそれだけを言って、ギルドを飛び出した。
「いってらっしゃいませ!」
単なる客へのお愛想とは思えない、キルリスの丁寧な見送りのあいさつを背中で受けながら、鋼は赤くなった顔をうつむかせて隠した。
【しかしラトリスとかいうあのメガネ。態度はでかかったが胸は口ほどでもないの。
微乳というかなんというか、アレならワシの方が大きいのではないか?】
「はいはい。いいから黙ろうね微生物胸は」
【な、なんじゃとぉ! だれが顕微鏡なしじゃ観測できない胸じゃってぇ!
おぬしなんか、ワシの裸が見たくてしりとりを必死で訓練しとったくせにぃ!!】
「え!? そういう解釈してたの!?」
シロニャと鋼、二人は仲良し!