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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第四部 勇者爆誕編
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第十七章 鋼の選択

「何だこのリアル邪気眼厨二病バトル……」

 鋼は、アスティエールと巨竜の戦いを、少しだけ離れた場所から呆然と見ていた。


【怪獣対超人の一大スペクタクルじゃな! かっこいいのじゃ!】

 騒ぐシロニャの台詞を笑い飛ばしてしまいたいが、鋼の眼前に広がっているのは、まさにそのくらいに非現実的な光景だった。

 何かかっこいい台詞と共にアスティエールの体が白いオーラに包まれる。

 さらに何か技名らしき物を叫んだ彼女の剣からレーザー光波みたいなものが飛んでいき、巨竜に当たって爆発した。


「あー。なんだこれ。僕は夢でも見てるのかな?」

【まあ、車にひかれてからここまでのくだりがおぬしにとっては悪夢みたいなもんじゃろ?】

「それシロニャが言うの?!」

 などと言っている間にも、戦いは進む。


 アスティエールが剣からすごい光る何かを出したせいで怒ったのか、巨竜が吼える。

 その声があまりに大きすぎたせいか、アスティエールは攻撃を止めてしまった。

 戦士としてはどうかと思うが、まあビビっても仕方ないくらいの迫力だったからしょうがないな、と鋼はうなずいた。


 さらに巨竜の反撃は続く。体よりも長い尻尾を思いきり振り上げてそのまま落とした。

「うわっと!」

 それが鋼の近くをかすめ、街壁を豪快に破壊していって、鋼は思わず変な声を上げてしまった。

 さて、アスティエールは、と見ると、お前はバッタの改造人間かと言いたくなるくらいのジャンプ力で横にぴょーんと避けた。が、尻尾が追いかけてきて当たった。

 その様は、まあアスティエールには悪いが、ハエ叩きにはたかれた虫に似ているかもしれない。

 アスティエールはその攻防で形勢不利と見たのか、森の中に入り込んで行った。


【ううむ。アレはまずいのではないか?】

「そうなのか? というか、見えるのか?」

【うむ。オラクルがパワーアップしたからの。そちらの光景も見えるようになったのじゃ。

 まあ、残念ながら静止画限定じゃが】

 なんか不便そうだな、というのが鋼の感想だが、それどころではない。


「まずいって、やっぱりアスティエールが?」

【そうじゃ。ほら見てみるのじゃ。あのドラゴン、大規模な炎のブレスを吐くために息を吸っておる。

 どうやらあのツンツン騎士にはバリア的なものが使えるらしいが、それで防ぎきれるとは思えんの】

「防ぎきれないとどうなるんだ?」

【死ぬじゃろ、そりゃ】

「な…!」

 あっさり言ってのけるシロニャに、鋼は絶句した。


【それで、どうするんじゃ?】

「どうするって、そりゃ……」

 鋼の言葉が止まる。

 今までなんとなく逃げず、物見遊山的に戦いを遠くから眺めていたが、これが命のやり取りだと鋼にだって分かっていた。

(このままじゃ、アスティエールが死ぬ?)

 だが、そんなことを言われても鋼はどうしたらいいか分からない。


(じゃあ助けるのか? 僕が? どうやって?)

 昔、小さな白い子猫を助けた時の記憶がよみがえる。

 考えなしに突っ込んだ結果がアレだ。

 動かない身体。どんどん失われていく体温。自分という存在が終わってしまう恐怖。

 鋼は、もう二度とあんな思いを味わいたくはなかった。


「……無理だ」

 結局鋼が口に出したのは、そんな言葉だった。

「僕に、何かができるとは思えない。それに……アスティエールは、ほんの少し話しただけの、他人だ」

【ほう? じゃあおぬしは、あの騎士を見捨てると言うのかの?】

「そんな言い方……」

【まあ、言い方も何も、こんな話、全くの無駄じゃと思うんじゃけどな】

 シロニャは声に呆れのニュアンスを含ませて、言った。


【じゃって、おぬしの足は、とっくにあの騎士を助けようと走り出しておるではないか】


「……………」

 実は、そうなのだ。

 鋼自身、色々と葛藤しているつもりでも、アスティエールが危ないと聞いた辺りから、もう彼女を助けに走っていた。

 走りながら、鋼は細切れに言葉を繰り出す。

「そりゃ、だって! しょうがない、じゃないか!

 ヒューマニズムとか叩き込まれた、現代の日本人がっ!

 目の前で死にそうな知り合いを、見殺しにするとか、絶対、無理!」

【むぅ。自分の行動を社会や教育のせいにするのはよくないと思うんじゃが】

 シロニャの言葉を聞き流しながら、鋼は敏捷0の体で一心に走る。


 息を吸い込み終えた巨竜が、今度はその息を灼熱の吐息に変えて吐き出していく。

 アスティエールに向かって走っている鋼にも当然それは届くが、鋼は全く気にしない。

【善行を積むのにも言い訳が必要とは、おぬしも難儀な性格じゃのう】

「だっから、そういうんじゃないんだって!」

 だって、鋼にそんなものが効くはずがない。

 鋼はゴッドブレス(神様が耳元に「ふーっ」て息吹きかける攻撃)すら防ぐタレント『ブレス無効』があるのだから。


 炎の海をかき分けるように、鋼は一直線にアスティエールを目指して進む。

【お。まずいぞ、コウよ。そろそろあのツンツン騎士のバリアが消えそうじゃ!】

「くそ! こっちは足が遅いってのに!」

 悪態をつく鋼からも、アスティエールの白いオーラが消えかけているのが見えた。

 それが、点滅し、消えた瞬間、

「こ、れでっ!」

 間一髪、巨竜とアスティエールの間に体を差し込むようにして、アスティエールをかばうことができた。


 ぐったりしているを抱きかかえ、自分の体を盾に、アスティエールをブレスから守る。

【……おぬし、今、役得じゃとか思ってはおらんじゃろうな?】

「さすがにそんな余裕はないよ!」

 何とか間に合ったと思ったのだが、それにしては腕の中にいる彼女はやけにぐったりしていた。

 本来なら、急に誰かに抱きかかえられた彼女が暴れるというのが自然な反応なのだ。

 それなのに彼女にはほとんど動きがなく、むしろ鋼に身をゆだねている様子なのが気になった。


「なぁ! MPがなくなると死ぬとかないよな!」

【MPを使いすぎるとぼうっとしたり気持ち悪くなったりすることはあっても死ぬことはないの。

 というか、おぬしずっとMP0じゃったろ?】

「あ、そっか……」

 驚きの説得力だった。


「これで、大丈夫なんだろうな……」

 今はきちんと守れているつもりでいるが、右足だけはみ出していて片足が灰になっちゃってました、なんてことになったら目も当てられない。

 鋼は神経質に、何度もアスティエールの位置を確認して抱え直す。

 腕の中にある生き物の命運を、自分が握っているという実感。

 それは、鋼をひどく消耗させた。


(早く! 早く終われ!)

 鋼は必死でそう念じるが、炎のブレスはなかなか終わらない。

【まあ、こういう時はあわてずさわがず、のんびりしりとりでもするのが一番なんじゃよ】

「だからそんな余裕はないし、さりげなくさっきの古今東西の勝負流そうとしてるだろ!

 次、シロニャからだって覚えてるからな!」

【何でこんな非常事態でもちゃんと覚えてるんじゃ……】

「非常事態って分かってるならそんなことで僕を騙そうとするなよ!」

 マイペースなシロニャに鋼は怒鳴るが、それが極限状態にある鋼の精神の均衡を支えていることもたしかだった。


(終わ、った……?)

 肝を冷やすような数十秒が終わり、周りから炎の気配が消えた。

 かつて森だったその場所は、今はもう焼け野原としか呼べない場所になっていて、巨竜のブレスの強大さを否応なしに思い知らされる。

 鋼がアスティエールを解放すると、呆然とした顔のアスティエールが、鋼を見上げた。


「ハガ、ネ……」


 信じられないといった目で、アスティエールは鋼を見る。

「どう、して……。私は、たす、かった? まさか、ハガネ、が、私を…?」

 自分が助かったことが、そして助けてもらえたことが、心底理解できない、といった顔をしていた。


 それを見ていて、鋼は何だか無性にイラッときた。

「……理解できないって言いたいのは、こっちだ!

 力があるから戦うとか、何だよその理屈は!」

 気が付けば、アスティエールに向かって本気で怒鳴っていた。

「じゃあ金持ちは破産するまで貧乏人に施しをし続けなけりゃいけないってのか?

 名誉ある騎士様は、街がピンチになるたびに飛び出してって自殺するってのか?

 そんなバカな話があってたまるか!」

「待って、待ってくれ。一体何の話をしている?」

 さらに混乱するアスティエールに、何で僕が、と思いながら、告げた。



「これから僕が、あのデカブツを倒しに行くって話だよ!」



「な、に…?」

 アスティエールが驚きの声を上げたが、その時にはもう鋼は彼女を見ていない。


「武器、何か、剣の代わりになるもの……」

 技を使うために必要な武器を探し、鋼の視線がさまよう。

「これで、いいか」

 見つけたのは、三十センチほどの枯れかけた木の枝。

 辺り一面の木が灰に変わる中で、鋼やアスティエールの陰にあったのか、奇跡的に燃え残った一本だった。


「うわ、おっもい!」

 それを、腕力0の非力で持ち上げる。

 木の枝はもうボロボロで、今にも崩れそうだった。

 だがそれで十分だ。武器はただ、武器であればいい。

 威力はいらない。耐久力も。


 あとは……。

「なぁ、シロニャ……」

【な、なんじゃ?】

「僕、この戦いが終わったら、故郷に帰って結婚するんだ」

【なぜこのタイミングでその台詞を言うのじゃ!

 というかおぬしの故郷は日本じゃし、そもそも婚約者とかおらんじゃろ!】

「……うん。シロニャが驚いた時に言う、そのちょっと腰が引けたツッコミ、僕は嫌いじゃなかったよ」

【死亡フラグ増量じゃと?!】


 シロニャのびっくりした声を聞いて、正直なごんだ。

 狙い通り、熱くなっていた鋼の頭がクールダウン。平常運転に戻る。

 すると、どうして自分がこんなに苛立っているのか分かった気がした。

(巨竜なんてものが出てきたって聞いて、ワクワクしたし、目の前で人が死にそうになって、嫌な気持ちになった。

 ……たぶん、それだけなんだな)

 自分の周りでは楽しいことばっかり起こって欲しい。嫌なことや辛いことが起こって欲しくないというワガママ、それが今の鋼を動かす原動力だと自覚する。


「シロニャ。これが終わったら、バカらしいことたくさんやろうか」

【それは、死亡フラグ的な意味で?】

「いや、非死亡フラグ的な意味で」

【……ふむ】


「僕はここがゲームの世界なら、この世界はもっとバカバカしくて、笑えるくらいでいいと思うんだよ」

【ふむ? じゃから?】

「できるだけバカなことばっかりやって、嫌なことは自分のできる範囲で減らしていきたい。

 そうやっていって、世界がもうちょっと楽しくなればいいなって思うんだ。ダメか?」

【一種の世直しじゃな。まあ、好きにやればいいのじゃ。

 まあ、なんじゃ。ワシは神様として、人に手を貸すことはできん】

「……分かってる」

【ち、ちがう! 分かってないのじゃ! じゃから、そうじゃなくてじゃな。

 神としては無理でも、その、友としてなら、ワシは最後までおぬしの傍におる。

 ……まあ、それだけじゃ】


【ん、ん。うおっほん】

 念話なのにせき払い。

 頭の中にシロニャからの照れ照れとした空気が伝わってくる気がして、鋼まで照れくさくなった。

 こんな時のシロニャは、必ず話題を変えてくる。

【じゃ、じゃが、勝てるのか? あいつは強いぞ。たぶん、銀竜の次くらいに】

「ゲームと現実をごっちゃにするなよ! というか銀竜よりは強いだろ!」

【じゃ、じゃから、どうなのじゃと聞いておるのじゃ!】

「まあ、たぶん大丈夫。僕は、銀竜の振り向きに合わせて大剣溜め2を翼に当てるのがうまいんだ」

【それなら安心じゃ!】

 適当な鋼の言葉に適当に納得してくれるシロニャ。

 こういうノリにもやっと慣れてきたな、と思いつつ、ようやく巨竜に向き直る。


 シロニャと話をしている間、巨竜は口から煙を吐くばかりで動こうとはしなかった。

 もしかしてブレス硬直だったのだろうか。銀竜なら溜め1とかを喰らわすチャンスだ。

 そう考えるともったいなかったと鋼は思わなくもなかったが、どのみちアスティエールから離れるワケにはいかなかったのだからと思い直す。

「まあでも、さすがにそろそろみたいだな」

 口から出ていた煙の量が、だんだん少なくなっている。

 もうすぐ動き出すだろう。

 とりあえず、戦闘に行く前にアスティエールからもらった、『無敵の丸薬』を取り出して口に放る。


「にっが!」

 最悪の味のそれを、何とか飲み下した。

 これで、あと二十秒は好き勝手ができる。

(もしこれの時間切れを狙われたら厄介なんだけど……)

 頭上の巨竜を眺めて、鋼はその懸念を安堵と共に振り捨てた。

 ドラゴンは頭のいい魔物かと思っていたが、巨竜の瞳に知性の輝きは見られない。

 せいぜいが、「こいつどうやって踏み潰してやろうかなぁ」くらいのことしか考えていないことは明らかだった。

 一応歴戦の勇士と言えるだろうし、普通の獣より頭がいいのかもしれないが、所詮動物ということだ。


 巨竜はまた尻尾で攻撃するつもりなのか、尻尾を持ち上げるようなそぶりを見せる。

 それなら一度軌道も見たし好都合。

 後ろから、

「だ、駄目だ。逃げてくれ……」

 なんていう声が聞こえた気もしたが、無視する。

(……問題はタイミング)

 こちらの足は遅く、耐久力も低い。『無敵の丸薬』の効果がなければおそらく一瞬で殺されるので、相手の一撃目が勝負。

 ここで決められなければ、死ぬと考えてもいい。


(それに……)

 ほんの一瞬だけ、後ろを振り返る。

 まだ動けないでいるらしいアスティエールの姿が見えた。

 鋼が失敗すれば、丸薬で無敵になっている鋼はともかく彼女は無事では済まないだろう。

 泣きそうな顔で何か言いたそうにしている彼女に、とりあえず意味ありげにうなずいておく。

 別に何の意図もないが、勝手に深読みしてくれるだろう。


 巨竜に目を戻すと、これみよがしに尻尾を振り上げようとしている。

 もうあまり時間がないようだ。鋼は口早にささやく。

「天魔滅殺、黒龍灰燼、紅蓮――


「GYOOOOOOO!!」


――撃!」


 咆哮と共に繰り出される尻尾の一撃に合わせ、技名を言い終えると同時にゆっくりと枝を振り上げた。



「ハガネェエエエエエエエ!!」



 アスティエールの悲痛な叫びが響く中、魔物と打ち合うにはあまりにも頼りない、か細い木の枝の先に、恐るべき速度と質量を持つ巨竜の尾が激突した。





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