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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第四部 勇者爆誕編
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第十五章 覚醒の予兆

 アスティエールは元騎士である。

 先祖にも何人もの偉大な騎士を輩出してきた自らの家系にならい、アスティエールも迷うことなく騎士の道を選んだ。

 幼少の頃より、かつて国一番の騎士と謳われた祖父の指導を受け、本人にも才があったことから、騎士としての技量はめきめきと上がって行き、12歳で騎士候補になった時には既に、その剣の冴えは最上位の騎士にも劣らぬほどだった。

 だが、彼女にとっての不幸は、年を経るに従って成長したのが剣の腕だけではなかったことである。


 幼い頃より、活発で可愛らしい子として男女問わずに人気のあった彼女だが、成長するに従い、その美貌もまた際立っていく。

 生来の気の強さとは対照的な儚げな面差しは多くの男共を魅了し、どれだけ鍛えても少女そのものの肉の薄いその体は、ある種幻想的な、妖精のような美しさを醸し出す。

 そしてその体を制御する、訓練と規律の行き届いた流麗ながら力強さにあふれる所作や身のこなし。

 それは、非常にアンバランスな、それ故に人を引き付けてやまないガラス細工のような美を生み出した。


 彼女の美しさを狙って、あるいは、彼女の美貌から来る影響力を利用しようと、有形無形のありとあらゆる策謀が彼女を取り囲んだ。

 幸い、彼女が持つ『不可侵の聖色』という、鋼が聞いたら「厨二! チート!」と叫びそうなタレントは邪な企みを持つ者の接近を許さなかったし、毒や睡眠薬などの直接的な手段による謀略を防いではくれた。しかしそれは隔絶した才能や美貌の生む羨望や嫉妬から身を守ってくれるものではなかったし、直接的ではない謀略には全くの無力だった。

 気付けば彼女は、誰よりも高い戦闘の腕と、比類なき名声と、やや独善のきらいはあるものの気高き心を持っていると誰しもに認められながら、騎士の座を追われることになった。


 そして、

「その末路が、コレか」

 思わず呟かずにはいられない、この惨状。


 アスティエールは騎士の職を辞した後、すぐに隣の街に移り、冒険者ギルドに向かった。

 自分を騎士の座から追い落とした者、それを黙認した者たちに目にもの見せてくれようと冒険者ギルドを訪れたまではよかったが、そこで妙な男におかしな言いがかりをつけられ、さらには勝負を持ちかけられる。

 考えてみれば、いくら勝負とはいえ、街の物見という本来対価をもらって行うはずの仕事をただでやることになっているのだが、まあそれはいい。

 騎士時代の収入はほとんど使わずに残っているのでお金には余裕があるし、物見の仕事は街の人々のためになるので、騎士の精神にも合致する。

 問題は、現在の勝負の相手であり、物見の仕事の相棒である。

 名前はたしか……ハガネ、とか言っただろうか。


 対立する過程でこの男も意外と気骨があるのかと考えたものの、次の日、実際に勝負が始まって、その評価は覆された。当然、悪い方に。

 まず、動かない。まったくもって動かない。

 たしかに前にギルド員に聞いた通り、魔物の数は普段に比べて激減しているものの、それでもスライム程度なら何度か現れた。

 しかし、ハガネは、

「僕は大物専門だから」

 と言って、一瞥すらしない。

 いくら小物とはいえ、街を脅かすモンスターであることには変わりない。放置することも出来ず、全てアスティエールが処理することになった。


 それだけなら、まだ許せる。イライラはするがまだ許せる。

 しかし、一番度し難いのが、アスティエールが横に立っているというのに、それを全く無視し、ぶつぶつと独り言を言い続けていることだ。


 アスティエールは、どこにいても、誰からでも注目される人間だった。

 いくら本人が放っておいてほしいと思っても必ず誰かが寄ってくる。たまにあえて無視をしてくる人間がいたにはいたが、その陰には何かの思惑が隠されており、相手が彼女の存在を強く意識しているのがはっきりと分かった。

 だが、今彼女の横にいるハガネという少年は違った。

 アスティエールが何をしていても完全に意識の外、完全無視で楽しそうに独り言を言いながら、時々にやにやしたりしている。


 これはアスティエールに失礼なだけでなく、仕事の効率という点でも愚策としか言えない最悪の態度ではあるまいか。

 そんな風にアスティエールは思う。

 お互い時間をずらして一時間だけ休む(その間に倒したモンスターについては勝負に影響しない)のだが、それ以外の八時間を共に過ごすのだ。

 だったらお互いが退屈にならないよう、最低限の会話くらいはするのがマナー、エチケットなのではないか。

 アスティエールは自分が鋼と勝負していることなど忘れて、そんな風にも思う。


「貴様は、独りでぶつぶつと、一体何をしているのだ?」

 一度だけ、仕方なく会話をしてやろうと話を振ったこともあったのだが、

「エア友達と話してるんだよ! 悪いか!」

「い、いや、悪くはないが……。しかし、寂しくないか?

 その、近くに生身の人間がいる場合はそちらに……」

「ともちゃんをバカにするな! ともちゃんはかわいくて頭もいいんだぞ!」

「す、済まなかった……」

 なぜか謝罪するはめになって黙るしかなかった。

 『煌めく聖色』『不可侵の光姫』とまで言われたアスティエールの、完全敗北である。


 ちなみに、彼女には知る由もないが、その裏ではこんな会話が繰り広げられていた。

【か、神様を捕まえてエア友達とはなんじゃ! エア友達とは!】

「ただごまかしただけだろ。そんなに怒るなよ」

【じゃ、じゃって。ワシは、エアなんかじゃなく、ちゃんとおぬしの友達じゃろ?】

「え? 何? デレモード?」

【で、デレとか言うでないわ!

 それより、ゲームの続きをやるのじゃ!】


「ええと、じゃあもう一回しりとりやるか?」

【む。むぅー。それは嫌じゃよ! おぬしは『る』でばっかり攻めてきてズルいのじゃ!

 ここは平和的に古今東西に決定なのじゃ】

「ヒマ潰しになれば何でもいいけど。お題は?」

【マンガとかゲームに出てきそうな地名や人名、でどうじゃ?】

「なんかマニアックだな!」


【じゃーワシから行くぞ。サラミス海戦!】

「いきなり地名でも人名でもないな! えっと、カスケード山脈!」

【マゼラン海峡!】

「インノケンティウス三世!」

【アルビオン!】

「だんだん微妙になってきたな。マリク・シャー!」

【普通にかっこいい名前路線で来るとは! おぬし、あなどれんな!】

「おまえもなー!」

 実に楽しそうである。

 その間も隣から矢のような鋭い視線がガスガス突き刺さっていたのだが、鋼は古今東西に夢中で全く気付いていなかった。



 やがて午後二時になり、あらかじめ決めておいた鋼の休憩時間となる。

「じゃあ、一時間後に」

 なぜかすごい目つきで睨んでくるアスティエールとはできるだけ目を合わせないようにして、鋼は街に戻っていく。


「ふぃー」

 行きつけの店などないので、見かけた屋台で鳥の串焼き(のように見える何か)を買って、とりあえずギルドに行って休むことにする。

「あ、ギルド内は飲食物持ち込み禁止ですよ!」

「え? あ、そうなんですか?」

「ま、いいです。どーせお客さんもいませんし。

 座ってください。お茶くらい出しますよ」

「はぁ。ありがとうございます?」

 いいのかな、と思いつつ、鋼はその言葉に甘えさせてもらった。


 お茶を片手に、二人で向かい合う。

「どうですかそっちは? 順調ですか?」

「はい。あの騎士の人がスライムを何匹か倒してたみたいですよ」

「他のモンスターは?」

「たぶん、まだ出てないんじゃないですか」

「はぁ。やっぱりそうですか。

 ハガネさんは、戦ったりしていないんですか?」

「全く戦ってませんよ。雑魚モンスターだって僕の手にはあまるでしょうし、たぶんLV30以上の敵とか出てきたら即座に逃亡します」

 大物狙いだとアスティエールには言ったし、LV30以上の敵を倒したら勝ち、などというルールにしているが、それは勝負を長引かせつつ自分の実力を見せないために言った方便であり、鋼としては内心ではLV30以上のモンスターなんて来るはずないと考えている。


「そっちはどうなんですか? 見たところ、人が全然いないみたいですけど」

 鋼がキルリスの方に話を振ると、彼女は疲れたような仕種で首を振った。

「こちらは全然です。今日は昨日にもましてモンスターの姿がなくて。

 もしかして、そろって休眠期にでも入ったんですかねぇ……」

「モンスターにそういうのってあるんですか?」

「今までに聞いたことはありませんけど」

「そうですか」

 原因は不明らしい。


「面白い話を聞かせてあげましょうか」

「急になんです?」

 鋼は不審そうに聞き返したものの、興味があることはその表情を見れば分かった。

 キルリスは気にせずに続ける。

「ハガネさんたちが物見をしている場所の正面に、大きな岩山があるのを覚えていますか?」

「……そういえば、そんなものもあったような」


 最初の内はシロニャと話もせず、多少真面目に周りを見ていたので、地形はよく覚えている。

 街を背にして、左手に森、右手に平原があり、ちょうど森と平原の中間辺りに大きな苔むした岩山があったような覚えがある。

「その岩山、実は休眠したモンスターなんです」

「あんなに大きいのが、ですか?」

 岩山は、遠くにあって正確な大きさなど分からないが、目算でも30メートル以上の高さがあったように思えた。


 キルリスは、

「そうですけど、あんまり驚かないんですね」

 と少し口をとがらせてから、

「ただ、あのモンスター、溶岩竜ラーバドラゴンっていうですけど、元は人間より小さいくらいの弱いモンスターだったんです」

 詳しい話を聞かせてくれる。


「あのモンスターは、昔子供だった頃に人間の魔物使いの仲魔になったんです。

 それから、その魔物使いと一緒に冒険をする内に5メートルほどの成体になって、強力な戦力になっていきました。

 でも、問題はその後。主人だった魔物使いがモンスターに殺されて、暴走したんです」

「暴走?」

「はい。普通のモンスターは、モンスター同士で争うことはほとんどありません。

 けれど一度人間と一緒にモンスターを倒すことを覚えたそのドラゴンは、主人が死んで野生に戻った後も、モンスターを倒し続けました。

 そして、人間が経験値を得て強くなっていくのと同様に、モンスターの霊子を奪って、そのドラゴンはどんどん成長を続けました。

 体高は50メートルを超え、その口から吐く豪炎のブレスは一噴きで辺り一面を荒野に変えたとか。

 ボスに匹敵するほど巨大なモンスターとなったそのドラゴンは、当然ながら人間とも衝突、激闘の末に封印され、できたのがあの岩山、という話です」

 そうして、キルリスは長い語りを終えた。


「今の、本当の話なんですか?」

「さあ、どうでしょう。でも、夢がありませんか?

 人間よりも小さくて弱いモンスターが、最後には50メートルを超す、強大なドラゴンに成長する、なんて。

 わたしは、冒険者も同じだと思っています」

「キルリスさん……」

 そこで、鋼は彼女がこんな話をした意図を悟った。

 冒険者ランクHからだって、頑張れば成長することができる。彼女は鋼を励まそうとしてくれていたのだ。


「それに、今の話、将来への布石、あるいは伏線、という言い方もできるんですよ?」

「伏線?」

「百年後か、十年後か、あるいは明日か。あの巨竜は目覚めて、わたしたちの街を襲うかもしれない。

 そんな時、心構えがあるとないとでは、だいぶ違うでしょう?」

「なる、ほど……」

「何しろ、昨日だって、あの岩山が動いた気がするって報告が……」

 キルリスが何かを言いかけたその時、


「きゃっ!」

「うわぁ!」


 突然、地面が揺れた。

 その後も、ズン、ズン、という鈍い振動が、地面を伝って鋼たちに伝わってくる。


「と、とりあえず、外に」

「は、はい!」

 鋼に誘導され、キルリスも外に出た。

 そこで、二人は地震の元凶を目の当たりにすることになる。



 それは、苔に覆われた巨体を震わせながら、大地と同化しかけていた自らの体を揺する、まぎれもない竜の姿。



「巨竜、ラーバドラゴン…? そんな、まさかこのタイミングで…?」


 あまりの事態に、キルリスは呆けたように、その場に立ち尽くした。

 そんなキルリスの肩に、手が乗せられる。

「伏線、無駄になりませんでしたね」

「え?」

「それが百年後でも、十年後でも、明日でもなく、今日だったってことです」

「ハガネ、さん?」


 いまだに現実に戻ってこられていないキルリスに、鋼は叫んだ。

「とにかく、動きましょうキルリスさん。

 住人の避難とか、たぶん必要ですよね?」

 その鋼の言葉に、キルリスの目に正気の色が戻る。

「そ、そうですね! 冒険者ギルドのわたしが、しっかりしないと!

 魔物襲来時のガイドラインに従って、冒険者ギルドから正式な避難勧告を発令します」

 自分のやるべきことを見定め、キルリスははっきりと自分を取り戻していた。


 それを見届けて、鋼はキルリスに背を向ける。

「は、ハガネさん? 一体どこへ……」

「向こうに、こういう時真っ先に突っ込んでいって死にそうな奴がいるんです。

 だから、ちょっと行って連れ戻してきます」

 キルリスにはそれだけで全てが通じたようだった。

「気をつけて!」

 そんな声を背に受けながら、敏捷0の低速で、けれど懸命に鋼は走り出す。


 遠くに見えるまるでビルが立ち上がったような巨体をあらためて視界に収めながら、なぜか鋼は、自分が昂揚しているのを感じていた。




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