第十二章 紹介状の真意
【「僕は、何を間違ったのかな……」
あの、衝撃の『俺YOEEEEEEE!!』事件から、一夜が明けた。
僕は自分が選ばれた人間だと信じていた。でも、それはただの勘違いだった。
それからの生活は、あまりにもみじめだった。
あまりに弱かった僕は誰にも相手にされず、最弱最低な冒険者の烙印を押された。
友人なんてできるはずもないし、仕事も全く見つからなかった。
その日の食事を得るためだけに、ほとんどただ同然の値段でアイテムボックスも聖王の法衣も売ってしまった。
それでもお金はすぐになくなる。
初めてこの世界に来た日を思い出し、何とかお金を借りようと教会に行ったが、ミスレイさんに門前払いをされた。
後から聞いた話だが、ミスレイさんは近々、聖王の法衣を高値で買い取った貴族と結婚するそうだ。
今では服を金色にできる特技を生かして、乞食と大道芸の中間くらいのことをして何とか日銭を稼いでいる。
でも、それもだんだん飽きられているし、ボロを着た僕をみんなが汚物を見るような目で見てくる。
野良猫までが僕をさげすんで、通り過ぎる度に僕に唾を吐きかける。
そんな時だ。絶望の淵にいた僕の前に、一匹の白い子猫が現れた。
ああ、忘れもしない。彼女だ。彼女だけが、いつだって僕の味方だった。
なぜ僕は、彼女を邪険に扱っていたのだろう。
それこそが、全ての間違いだったのだと今ようやく気付けた。
ああシロニャ、君こそが僕にとっての……】
「長いんだよ! 勝手に僕のモノローグ騙るのもいいけど、いや、よくないけど無駄に長いよ!
しかもちょっとリアルだったからなんか聞き入っちゃったし!」
【自信作だったんじゃが……。野良猫に唾吐かれるところとか、ちょっとうるっと来なかったかの?】
「いや、そこは不自然だったよ!」
と、あいかわらず脳内でハイテンションなやり取りを続ける二人。
当然ながら鋼の能力値が判明してから一夜明けたりはしてはいない。
鋼の冒険者ランクが決まった後、
「紹介状のこととか手続きとかがあるから少し待っていてください」
と言って受付の人は奥に引っ込んでいってしまった。
あの人、奥に行ったのこっそり笑うためじゃないだろうな、などと邪推してしまうのは、鋼も若干ショックを受けているからだ。
別に、転生先で能力値の高さを活かしてオレマン無双、なんて考えていたワケではないのだが、能力値オール0なんて予想外だったし、受付のお姉さんの最後の台詞なんかはちょっと衝撃だった。
「あ、その、待っている間、気を付けてくださいね! 転んだりしないように」
「え? あ、はい?」
「その能力値だと、派手に転んだらたぶん、死にますから!」
「……………はい?」
と来たものだ。
「でも、実際どうなんだ? いくらなんでも転んだって人は死なないよな?」
【いや、たぶん死ぬのじゃよ?】
「マジかよ……」
神様にあっさりと断言されて、鋼はちょっと泣きが入った。
【この世界は地球ベースの世界じゃからなぁ。
言語はともかく、重力や日の長さ、大気組成に度量衡もほぼ地球と同じで違和感なんかあまりないんじゃろうが。
実はこの世界、おぬしの元いた世界とは根本的に法則が違うのじゃよ】
「具体的には?」
【たとえばじゃな。……この世界、大地は球形ではなく平らで、世界は巨人が支えとる】
「嘘だッ!!」
【残念ながらマジじゃ。世界の果てに行くと、水が滝のようになって落ちていくところが見えるのじゃ】
「だ、だからって、いくらなんでも人間が転んだだけで死ぬなんて……」
【あー。この世界はゲームが元になっとるからのう。
なんというか、パラメータが物理法則より上位の法則となっているというか……】
「ゲーム? パラメータ?」
【う、うむ。ここはもともと『神人類育成計画』、あるいは『新神類養成計画』などと呼ばれる計画に基づいて作られた世界でじゃな。
そもそも『神人類育成計画』とは因果律に打ち勝つため神のごとき人間を……ううぅ。説明が面倒なのじゃ】
「信じられない……」
【うむ。話が大きくてにわかに信じられないのも分かるのじゃ。じゃがの、これを現実と受け止めて……】
「シロニャがこんな神様っぽいことを言ってるなんて……」
【失礼じゃなおぬしは!! ワシはすごい神様なんじゃぞ!】
「あ、普通に戻った」
久しぶりにシロニャがキレて、なんか安心した。
【もう、分からないなら分からないでいいのじゃ!
ただ、思い出してみるのじゃ。
おぬし、あの巨乳の渡してきた首輪を重いと感じたじゃろ?
ここで渡されたカードと針についても同じじゃ!
それに、歩くのが異様に遅いとも思ったじゃろ?】
「そういえば……」
翻訳の首……チョーカーやカードや針が特別に重いのかと思っていたのだが、それは逆だったのか。
【とにかく、ここではパラメータが肉体に影響するのじゃ】
「つまり?」
【転んだら死ぬのじゃ】
「それは嫌だぁあああ!」
叫んで駄々をこねる鋼。
いつもと逆の立ち位置に、シロニャが呆れつつも優しい声をかけた。
【安心するのじゃ、コウ】
「シロニャ?」
【おぬしが死んだら、墓にはメガド〇イブとワンダース〇ンカラーを供えてやるのじゃ】
「超いらねぇえええええええええええええええ!!」
と、一応オチがついたところで、受付のお姉さんが戻ってきた。
「お待たせしました」
そう言って受付に戻るお姉さんに、鋼も平静を装って、
「いえ、大丈夫です」
と返した。
まあ内心全然大丈夫ではないのだが、そこは一応男の子であった。
お姉さんは、言い出しにくそうに話を切り出した。
「その、ミスレイとは、親しいのですか?」
「ミスレイさん、ですか? いえ、今日会ったばかりですけど、色々とお世話になった……恩人です」
「なるほど」
お姉さんはうなずいた。
「紹介状ですが、その、なんと言いますか……」
「何が書いてあったんですか?」
鋼が質問すると、お姉さんは少し迷ったようなそぶりを見せて、
「そうですね。……読んでみますか?」
紹介状を差し出してきた。
「いいんですか?」
「はい。どうせ大したことが書いてある訳ではないので」
「なら……失礼します」
受け取って、開いてみた。
中には、簡潔に、一言。
『 よ ろ ぴ く 』
「……………」
なぜだろうか。色々とお世話になった恩人のはずのミスレイに、今ちょっとイラッとしたのは。
大したことが書いていないと言っていたが、こんなに大したことが書いていない紹介状もめずらしいだろうと鋼は思った。
「こういう奴なんです、ミスレイは」
同情するような口調で、お姉さんが慰めてくれる。
「その……知ってました」
鋼があきらめたように言うと、ぽん、とお姉さんは優しく肩に手を乗せてくれた。
ハガネは 受付のお姉さんの同情 を手に入れた!!!
「他に、冒険者カードで分かることってあるんですか?」
すっかり協力的になってくれたお姉さん(キルリスさん、と言うらしい。名前を教えてもらった)に、話を聞く。
「そうですね。後は、自分の装備なんてものも見れますよ。ほら」
キルリスがカードにさわると、カードの表示が入れ替わった。
まさかのタッチパネル方式かと思って驚いたが、どうやらそういうものでもなく、見たいものを考えながら触ると、その項目が自動的に映るらしい。
ある意味タッチパネル以上のハイテクである。
鋼の装備は以下の通りだった。
?ぼうし?
*祝福された*聖王の法衣+3
?ふく?
?ずぼん?
*呪われた*翻訳の首輪『バウリング・R』
?うでわ?
?デバイス?
「やっぱり首輪かぁああああああああああ!!!」
ここで、ミスレイが渡してきたチョーカーが実は首輪だったことがはっきりと判明した。しかも、しっかり呪われている。
「分かる。分かるよ」
急に叫び出す鋼にも動じることなく、キルリスがそう言って慰めてくれた。
鋼としては感謝する一方、この人一体ミスレイさんにどんな目に遭わされてきたんだ、と恐ろしく思わなくもない。
ふたたび私人の顔から職業人の顔に戻ったキルリスは、鋼の姿を見て、目を細めた。
「残りの装備はほとんど未鑑定品ですね。でも、金色だということをのぞけば、大体想像がつきます」
キルリスは『?ぼうし?』が『安物の帽子』、『?ふく?』が『布の服』、『?ずぼん?』が『ただのズボン』であることをただちに看破した。
『?うでわ?』は『アイテムボックス』かと思われたが鑑定できず、『?デバイス?』についてはどれのことを指しているのかもよく分からなかった。
ただ、
「そのポケットに入っているもの、なんです?」
キルリスに言われて見てみると、たしかに鋼の右のポケットが不自然にふくらんでいた。
取り出してみると……。
「……あ」
思わず、鋼の目が点になる。
「心当たりがあるんですか?」
「はい。まあ……」
それは、懐かしきあの360連射コントローラーだった。転生のどさくさで持ってきてしまったらしい。
同時に、『?デバイス?』の表記が、『マジック・コントローラー』に変わった。
【か、借りパクは犯罪じゃよー!】
という声が聞こえた気がしたが、とりあえず無視。
これで、ようやく自分の初期装備が大体どんなものなのか、鋼には把握できるようになった。
「あと、冒険者カードで見られるのは、フィートだけですね」
「フィート?」
「特別なことをした時に手に入れられる、称号のようなものです。
行動次第で変動しやすいタレントのようなもの、と言えば分かりやすいでしょうか」
「特別なこと、ですか? 僕には何もなさそうですけど……」
「とりあえず見てみましょう」
「これは……」
鋼が獲得しているフィートは三つだった。
「一つ目は、『戦女神の加護』ですね」
キルリスは、鋼が見やすいようにカードを鋼の目の前まで持ってきてくれた。
『戦女神の加護』
〈戦女神の加護を受けている証。戦闘にまつわる種々の事象に対して微量のプラス補正を得る。戦女神に仕える司祭、ミスレイによってもたらされた〉
「ミスレイさんが……?」
「神官に認められた人間は、その神からの加護を受け取ることができたりするんです。
たぶん、こうやって加護を得られる可能性を見込んであなたに紹介状を持たせたんでしょう。
……たまにこういうことをしてくるから、どうしても見捨てたりできなくなって泥沼にはまるんですけどね」
後半は聞こえなかったことにして、鋼は他のフィートも見せてもらった。
『生物史上最弱』
〈最弱生物の証。スライムや子猫なんかが寄ってきて同情してくれる。嬉しいか? ん?〉
『異界の神とマブダチ』
〈懇意にしている異界の神がいる証。それにしても私、マブダチって言葉久しぶりに聞きました〉
「何だか、説明文に悪意が見えるんですけど」
「そういう仕様です」
仕様と言われれば仕方がない。それよりも、キルリスが『異界の神とマブダチ』のフィートを見ても何も言わなかったことに鋼は感謝した。
どうやらシロニャよりは数倍空気が読めるらしい。
「とりあえず、カードで分かることはこれで全部ですね。
他に何か、聞いておきたいことはありますか?」
「そうですか。だったら、実際の依頼を見てみたいんですが」
鋼がそう言った瞬間だった。
今まで少しだけ打ち解けていた空気が、一瞬で凍った気がした。
「そのことなんですが……」
そこで、キルリスは最高に申し訳なさそうな顔をする。
鋼が非常に嫌な予感をひしひしと感じる中、彼女は言った。
「実は、あなたが受けられる依頼は、このギルドにはないんです」