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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第二部 右往左往編
10/102

断章1

※断章は本編とは毛色の違う内容となっています。

本編のみでも作品を楽しむことはできますので、作風が合わないと感じた方は読み飛ばすことを推奨します。



「おはよー」

「あ、おはよう。マキ」

 朝の喧騒の中に、私は今日も自分を埋没させる。

 ――私は真白 夕希。真っ白な夕方の希望、と書いて、『ましろ ゆうき』と読む。

 特に変哲のない、一束五百円で売っているような、十把一絡げ感のある普通の高校生だ。

 強いて変わった所を上げるなら、私は少しイタいというか、自意識過剰というか、人よりポエミィというか、私ほど頭の中が装飾過剰な言葉で埋まっている人は、あんまりはいないと思う。もちろん、他の人の頭の中なんて覗いた事がないのだから、本当の所は分からないのだけれど。

 でも、脳内ナレーションで自分語りな自己紹介をしちゃう女子高生なんて、たぶん他にいなさそう。

「あ、蒲田くん」

 友達の挨拶と雑談をさりげなく躱して、教室を突っ切って目的の場所へ。

 見つけたのは目的の大柄な男子生徒、が見つめる空っぽの机だ。

「あ、ああ。真白さんか」

 大柄な男子、蒲田くんが気付いて、こちらを向く。

 でも、その目は寝ぼけているみたいに精彩を欠いている。

 二日前まではそんなによく見ていた訳ではないけれど、たぶんそうだ。

 ――それとも、そうであって欲しい、のかも。

 そんな思いをおくびにも出さず、私はいかにも世間話という体を装って声をかける。

「やっぱりコウくん。今日も休みなんだ」

「ああ。たぶんな。この時間なら、たしかいつも来てたはずだから……。もう、二日になるんだよな」

 蒲田くんがまた後ろの席を見てため息をついた。

 この蒲田くんが見つめる空席の持ち主は、結城 鋼。私の名前と同じ読みの名字を持つ男の子だ。そのせいで、クラスメイトは男女問わずほとんどが彼の事をあだ名である『コウ』と呼んでいた。

 彼はもう二日、学校に来ていない。今日もこのまま来なければ、三日間の連続欠席という事になるだろう。

 それが、ただの風邪や体調不良の類であれば大して騒ぎ立てるような事でもないのだが、その理由が行方不明――事件や事故か、あるいは家出か何か――であることは、もうこの教室の公然の秘密となっている。

 蒲田くんは、そんなコウくんの、たぶん一番の友達だった。

「やっぱり蒲田くん。コウくんがいないと寂しそうだよね。さっきも机見てたし」

「え? 俺、そんなにジッと見てた?」

 自分でも驚いたみたいに、蒲田くんは言う。

「分からないけど。私が来た時は、少なくともそうだったよ」

「そうかね。……まあ、HR前はすることがなくてヒマだからな」

 蒲田くんはそう言って苦笑するが、そんな事はないだろう。少なくとも、周り中で楽しそうに囀っているクラスメイトを見れば、朝のこの時間が高校生にとって決して暇な時間ではない事は明白なはずだ。

 それが無為な時間でないかは、また別として。

「だけど、真白さんだって同じじゃないか? 俺、コウがいなくなってから毎日おんなじこと聞かれてる気がするぜ?」

「毎日って、大げさだな。まだ三日目だよ?」

「だよな。まだ、三日目だもんな」

 笑い飛ばす彼の瞳には、しかし勢いがない。

 それをからかおうかとも思ったのだが、代わりに私の口から出たのはもっと素直な言葉だった。

「コウくん。早く戻ってくればいいのにね」

「……そうだな」

 最後のこのやり取りだけは、二人共もはや誤魔化しようがないほどの情感がこもっていた。



 学校の帰り道だった。

 蒲田くんの後ろの席が今日も空席のままだった事に、自分でも理解不能なほど気落ちして、独りとぼとぼと家路を歩いていた時の事だ。

「か、可愛い……」

 私が自分の名前を返上しなくてはいけないほどに真っ白い子猫が、通りの向こうを歩いていた。

 トコトコ、トコトコトコ。

 あ、立ち止まった。

「む、むむ?」

 立ち止まった子猫は、まるで見えない誰かとお話でもするみたいに虚空を見上げ、たまに相槌を打つみたいに首をこくこく動かしている。その動作一つ一つが、

「可愛い! 可愛すぎる!」

 超絶技巧的な可愛さを誇っていた。可愛さの宝石箱、否、可愛さの総合商社だった。

 それに、あの白い子猫の姿を見ていると、心の中が温かい、どこか懐かしい空気に満たされていくような感じがする。

 嬉しいのと同時に切なくて、何だか胸が締め付けられる。

「あの子、そう、あの子にシロニャンという名前を授けよう」

 茹った頭で私は更に暴走する。

 白いニャンコでシロニャン。安易に見えて深遠、深遠と見せてただひたすらに可憐。何という素晴らしいネーミングセンスだろうか。自画自賛の嵐。

 それに不思議と、自分で適当に付けた名前であるにも拘らず、あの白い子猫の本質をきちんと言い表しているような、具体的には八割ほど正解しているような、そんな奇妙な感覚があった。

 もう自分でも何を言っているのだか分からない。それほどの可愛らしさだ。

「あ、れ?」

 しかしそんな可憐な子猫が、突然ビクリと不自然に体を硬直させて動きを止めた。

 どうしたのだろうと私が何の気なしに辺りを見回すと、

「危ない!」

 目に映ったのは、ちょうど子猫に当たりそうな位置から落ちてくる植木鉢。

 私は咄嗟に駆け出していた。


 ――ガシャン!


 アスファルトに叩き付けられ、耳障りな音を立てて砕ける植木鉢。私は間一髪、子猫を抱き上げて、落下する植木鉢を避ける事に成功していた。

 急に抱き上げられた子猫はしばらく、私を驚いたような目で見ていたが、

「にゃ!」

 と感謝の言葉のような物を告げると、するりと私の腕の中から抜け出して、歩き出して行ってしまった。

 そのまま、すぐ近くにあった建物に入って行ってしまう。見た所自動ドアのようだったが、他の人が開けた所にうまく滑り込んだみたいだ。

 あそこは確か、ゲーム屋さんだっただろうか。

「……ふぅ」

 それでも私に、それを追う気力はなかった。

 我が身に起こった、あるいは起こりかけていた事の恐ろしさに、今更ながらに腰が抜けていた。

 ――ギリギリのタイミングだった。

 助けに入ったのが私より鈍臭い人だったり、飛び出すのを少しでも躊躇っていたりしたら、子猫を抱くだけで精一杯で、子猫を庇った代わりに植木鉢が頭に命中して死んでしまっていたかもしれない。

 全然関係がないはずなのに、何となく、コウくんの事が心配になった。

 私は普段はいじいじと考え込む癖に、肝心な時には意外と考える前に動くタイプだ。でも、コウくんはどうだっただろうか。はっきりとは言えないが、真逆のタイプなのではないかという気がする。

 それでも子猫を助ける為に命を張るなんて馬鹿らしい、と切り捨てられるタイプならいいのだが、コウくんにそんな事が出来るだろうか。一拍遅れで結局助けに入って、意外と要領悪く失敗してしまいそうな気がする。

「なんて、やめやめ!」

 ネガティブになってしまった妄想を頭の中から追い出す。何でもコウくんに繋げて考えてしまうのは、今の私の悪癖だった。これでは陰で『妄想ガール』なんて呼ばれていても文句は言えない。ちなみに、私に妄想癖がある事は誰にも知られていないはずなので、実はその想像こそが純然たる被害妄想なのではあるが。

 その時、件の白猫が店から出てきた。しかも、首からゲーム屋さんのロゴが入った買い物袋を提げている。袋の中のあのデコボコとした膨らみは、やっぱりゲームソフトだろうか。

「か、買い物をする猫……」

 荷物が重いのか、どこかよたよたと、けれど不思議と嬉しそうに歩くシロニャンのあまりの愛らしさに、私は瞬間、全ての悩みを忘れたのだった。




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