雨男
俺は雨男。
どこに行っても雨が降る。
小学校の運動会、遠足、林間学校、修学旅行…
今まで、ここぞという時、一度だって晴れたことはなかった。
でも、最近、そんな俺の考えを覆すようなことが頻発している。
部活の合宿、晴れ。
デート、晴れ。
旅行、晴れ。
一体どうしてなのか、まぁ、大体想像はつくのだが。
そう、俺の彼女は、晴れ女。
それも相当の。
「恵介、一応傘持ってく?」
「ああ」
由紀子はいつも太陽みたいに笑っている。正直、それに何度救われたか分からない。
彼女の、あの笑顔が太陽を引っぱり出すんじゃないかな、なんて思ってみたりする。
「今日、天気予報で雨マークだったのに、やっぱり晴れたね。よかった」
由紀子は助手席で微笑みながら携帯を取り出す。「今日はいいことばっかだなぁ」
俺は、お前がいるからな、と彼女を見遣ったが、気付いていない。
あの時。
俺が、引きこもりだった時。
まるで、太陽を引っぱり出すくらいのあの笑顔で、3ヶ月ぶりに俺に話しかけたのはお前だった。
生きている意味が分からなくて、毎日ただ退屈で、つらくて、最悪の気持ちで。
全てから逃げて引きこもっていた俺に、
「デート、行こうよ」
2コ下の近所の女の子が、突然ドアを開けて入って来た。
それが由紀子だった。
「ケイちゃん、鍵、閉めてないんだね」
俺は、PCの画面から振り向き、目を丸くして唖然としていた。「は」
「本当はさ」
由紀子はあの笑顔で言う。
「外、出たかったんでしょ」
それから、無理やり遊園地に連れていかれて。
そして、やっぱり。
雨が降ったんだ。
「俺、雨男だから雨降んだよ」
前髪が濡れてシャンプーの匂いが漂っている由紀子に、話しかける。
「どこ行っても、ぜってー雨降んの」
「あっそ」
由紀子は、俺達が雨宿りをしていた売店の軒先から一歩足を出す。
「じゃ、見てて」
そして、俺は見た。
虹。
太陽が顔を出す。光が、強い光が遊園地のカラフルな遊具を照らし出す。
眩しい。
俺が目を細めると、いつのまにか遠くに立っていた由紀子は、光の中で笑っていた。
「奇遇だ。ケイちゃん」
「あ?」
「私、晴れ女なんだ」
そしてニヤッと八重歯を見せる。
「太陽も、ケイちゃんも、私が引っぱり出してあげる」
思えば、あの瞬間。
雨が完全に止んで、青空が一面に広がったあの時、俺は君に引っぱり出された。
全て。
「なあ、何かいいことあったの」
俺はハンドルを握り、話しかける。明らかに由紀子は普段以上ににこにこしている。
由紀子は俺に振り向き、秘密、と笑う。
でも、俺はその瞬間に気付いた。
由紀子のお腹がほんの少し、ふっくらしたことに。
まさか。
でも。
俺のハンドルを握る手に力が入る。
やばい。どうしよう。
すごく、すごく嬉しい。
そして、はた、と思った。
雨男と晴れ女、混ざったらどうなるんだろう。
「虹!」
隣りから由紀子が指をさす。「向こう、雨降ってたんだー」
そうか、虹か。
俺は鼻がツンとなるのを感じながら、必死で泣くのをこらえていた。




