道化師たちの影//見せしめ
……………………
──道化師たちの影//見せしめ
樺太で起きた事件について語るミオン。
「日本国防軍による樺太での作戦は知っての通り、対反乱作戦だった。それに対してオホーツク義勇旅団を始めとする現地の反体制勢力は、ゲリラ戦とテロに打って出た」
第二次ロシア内戦のどさくさに紛れて得られた樺太。
そこは日本にとっての北アイルランド問題と言われるほどの激しい抵抗運動が繰り広げられた。
ミオンが従軍したのもそんな戦争だ。
「次々にロシア系住民を焚きつけてゲリラやテロリストにする反体制勢力とどう戦うか。情報軍は一種の心理戦を行った。デッド・クロウ作戦っていう名前の作戦でね」
「でっど・くろう作戦……?」
ミオンの言葉にファティマが怪訝そうに首を傾げる。
「畑を荒らす烏を追い払うのに、昔の農家は死んだ烏や瀕死の烏を畑のそばに吊るしていた。それと同じことを──情報軍は人間でやった」
「え……」
ミオンがそう言うと車内の空気が凍った。
野性の獣は確かに仲間の死臭がすれば、その場所に危険があると知って避ける。
しかし、それを人間でやったとはどういう意味なのだろうか?
「つまり、人間の死体を吊るしたってことか? オホーツク義勇旅団とかの捕虜の?」
「そう、なるべく残忍な方法で殺した上で、ね。ときには拷問するだけ拷問して瀕死の状態になった捕虜を村落や道路に放置することもあった。それが情報軍のやっていた見せしめってやつだ」
「しかし、それは戦時国際法違反じゃないのか……?」
「樺太の反体制勢力はテロリストだ。民間人に紛れて攻撃を繰り広げる連中は、戦時国際法で守られる正規の戦闘員じゃない。だから、どう扱ってもいい。そう情報軍の上級将校たちは言っていたよ」
「それは滅茶苦茶だぞ……」
ミオンが伝聞のように伝えるとスクリューは頭を抱えた。
「それを考えると君は非常にやばい状況にある、スクリュー。相手はただ殺すだけではなく、見せしめになるような残酷な死を望んでいる。もし、連中の捕虜になるぐらいなら自殺した方がマシかもしれない」
「畜生、畜生。最悪だ……」
情報軍の、第919部隊の残虐性を知ったあとではミオンの言うことは冗談には聞こえなかった。
スクリューは顔を青ざめさせている。
まるで悪夢でも見ているかのように。
「しかし、付け入る隙があるとすれば今回の彼らは見せしめのためだけに行動していて、動きが鈍いこと。素早くKMCに逃げ込み、それから国外に逃げることだね。助かるには他に方法はないと思うよ」
「ああ。そのつもりだ。クソ、何だって俺がこんな目に……」
嘆くスクリューを乗せた車両は高速道路を西へと走る。
TMCとKMCは高速道路の他にリニア新幹線で接続されている。
そのリニアを使えばそれこそあっという間にKMCだが、流石に敵も駅は見張っているだろうから選択肢に入らなかった。
「李可昕。マトリクスの方はどう?」
『大井統合安全保障の氷が砕かれそうだ。使っている氷砕きがやはり高度軍用のそれだな。それと、だ。犯罪組織の連中の動きを見張っていたが、とうとうスクリューの首に賞金が掛かった。だが、どうにも妙なことに生け捕り指定になっている』
「やっぱり見せしめにする気か……」
犯罪組織は最初マトリクスと現実でスクリューを殺しに来たが、その目標が生け捕りに変化した。
背後にサーカスが存在するとすれば、そしてサーカスが第919部隊の背景を引き継いでいるとすれば、その目的はスクリューを見せしめにすることだろう。
畑に烏が近寄らないように、なるべく残虐な方法で殺した死体を吊るすように。
「可能な限り急いでKMCに逃げるよ。彼らに捕捉される前に」
ミオンはそう言い高速道路を突き走る。
奇しくもの同じハッカーを護衛する仕事ながら、サブマリンのときとは正反対の方向に向けてミオンたちは走っている。
それが相手にとって予想外だったのかは分からないが、まだミオンたちは銃撃戦の類には巻き込まれていない。
ミオン、ファティマ、そしてスクリューはいつ襲撃されてもおかしくないように身構えながら、高速道路をひたすら西へと進む。
「すまん。次のサービスエリアに入ってもらえるか?」
「なに? トイレ?」
「そうだよ。それから食い物を調達しておきたい」
いくら惨たらしく拷問されて見せしめに殺される可能性があったとしても、生理現象が止まってくれるわけではない。
お腹は減るし、トイレの必要もある。
「分かった。でも、すぐに出るからね?」
「分かってる。長居は禁物だ」
それからミオンはスクリューの求めでサービスエリアに入った。
TMCに人口と富が一極集中したこの時代の日本でもまだサービスエリアはそこそこ機能している。
とはいえ、それはTMCとKMCの間でのことぐらいであり、ここから別の地方都市に向かうとなるとサービスエリアのほとんどが採算が取れずに閉鎖されてしまっている現実に直面する。
「よし。あたしは車を見張っているから、ファティマはスクリューの護衛をお願い」
「了解です」
ミオンに言われてファティマはスクリューについていく。
スクリューは男子トイレに入ったので、ファティマはトイレの外で彼を待つ。
もし、トイレの中でスクリューが襲われたらどうしようとファティマは少し不安になったが、スクリューはトイレに入ってから3、4分で戻ってきた。
「ふう。散々おっかない話を聞かされたせいで膀胱までぶるっときちまったぜ。さあ、食い物を買って、すぐに車に戻ろう」
「は、はい」
サービスエリアにはコンビニが設置されており、ファティマとスクリューはそこで食料を買い込む。
おにぎりやサンドイッチ、お湯のいらない即席めんなどなど。
すぐに食べられる品を買い込み、それから車へと戻ろうとしたときだ。
「……!」
不意にスクリューが立ち止まり、後ろから荷物を抱えて付いてきていたファティマも慌てて立ち止まる。
「ど、どうしました?」
「……俺のARデバイスにメッセージが送られて来た。こいつはやばい……」
そう言うとスクリューは血相を変えて、車に向けて走る。
荷物を後部座席に放り投げ、彼自身も飛び込むように車内へ。
「おっと? トイレは済んだの?」
「すぐに出してくれ! 連中からこれが届いた!」
「これ……?」
そこでスクリューからミオンのARデバイスに送られて来たのは動画だ。
ミオンが動画を再生するとそこに映っていたのは──。
「……これは……」
映っていたのは生きたまま解体される人間の映像だった。
悲鳴が上げられないように猿轡を噛まされた男性が、手術台のようなテーブルの上に縛られており、それをナイフや鋸、メスといった刃物を持った男女が取り囲んでいる。
男性が激しく苦痛に呻く中、周囲にいる男女は男性の皮膚や身体の末端から男性を少しずつばらばらに解体していく様子が映像に表示されている。
ぽとぽとと滴る赤い血。
繋がれた点滴。
骨の削れる音。
くぐもった悲鳴。
あまりにもグロテスクなその光景にミオンは一瞬顔を歪めた。
だが、彼女は冷静に動画を解析してもいた。
「アドレナリンやナノマシンを投与して、拷問の途中で意識を失ったり、死なないようにしている。このやり方は……情報軍のそれだ……」
「こいつは俺に樺太の日本情報軍施設について教えたエログロ動画マニアだ……! こいつが拘束されてこうなっているってことは、つ、次は俺が……!」
「落ち着いて。まずそのARデバイスは捨てて。さっきの動画にマルウェアが仕込んであって位置情報を送信しているかもしれないから」
「あ、ああ。こいつは捨てる!」
ミオンに言われ、スクリューはすぐにコンタクトレンズ型のARデバイスを外して地面に捨て、踏みにじって破壊した。
「ファティマ! 急いでここから離れるよ! サーカスの連中が脅迫してきた! 位置がばれているかも!」
「は、はい!」
ファティマも慌てて車に荷物を放り込んで、助手席に座る。
ミオンは全員が乗り込んだことを確認すると、すぐに車を出した。
「しかし……現実でも顔なじみだったの? 君とその拷問されたエログロ動画マニアは?」
「ああ。やつはTMCのセクター10/3に住んでいるんだ。オフで何度か会った。確かに趣味は悪いが、人間としてあんなことをされるようなやつじゃない……」
ミオンが尋ねるとスクリューはため息交じりにそう言う。
TMCでは変わらずエロ動画もグロ動画も商売になる。
過激であれば過激であるほど、マニアが高い金を出す。
だから、裏でその手の動画を作ったり、集めたりしている人間は大勢いて、スクリューが言うにはあの動画で拷問されていた男性もその手の動画を売買する生業の人間だったそうだ。
「これが見せしめってやつだよ……。恐怖で相手の行動を制限する……。それが情報軍が樺太でやっていたこと……」
「なら、効果は絶大だな。俺はもう動けなくなりそうだ……」
ミオンのその言葉にスクリューは歯の根が合わない様子でそう言った。
身近な誰かが惨殺される。
それは無関係な誰かの死より響く。
スクリューはこれまで散々グロテスクな映像を見てきたが、面識があり、言葉を交わしたこともある人間の拷問映像には心の底から震えていた。
「頑張って、スクリュー。もう少しでKMCへ逃げ込めるんだから。ここで動かなかったら無駄死にだよ」
「分かってる、分かっちゃいるが……」
スクリューはただのハッカーであり覗き屋だ。
彼は軍人ではなく、ミオンのようにすぐに覚悟は決められるはずもなかった。
見せしめの効果は抜群だ。
スクリューもあのように拷問されて死に、その動画が拡散されたならば、これからはもう誰も第919部隊やサーカスについて詮索しなくなるだろう。
それが恐らく京極率いるサーカスの狙い。
情報の漏洩そのものを防ぐ気ははなからないのだ。
「そろそろKMCに入るよ。KMCに入ってからのことは計画してるんだね?」
「あ、ああ。してある。してあるが……不安になってきた……」
「しっかりしてよ。流石にあたしたちもずっとは護衛できない」
「分かってる! ああ、畜生、畜生……! すぐにシンガポールか香港行きのチケットを手に入れないと……!」
ミオンが渋い顔をしてそう言い、スクリューは半ばパニックになっていた。
「大丈夫でしょうか……」
「分からない。ただ、あたしたちの仕事は彼を無事にKMCまで逃がすこと。それだけだから、そこまではちゃんと全うしよう」
不安に思うファティマにミオンはそう言い、車はついにKMCに入った。
……………………




