第十一話 漆黒
「自動車密輸業者の仲間割れってとこだな」
「そんなお手軽な」
「お手軽さ。警察だってそれが解決ならそれで解決する」
ダッシュボードに足を乗せて、シートを倒した。
街の灯りにヤニで汚れた天井が見えた。
まだ何か言いたげなキーツに「警察が解決したと発表して、マスコミがもっともらしく報道する。これで真実の完成だ」と、タバコを持っていない方の手をヒラヒラさせて見せた。
「どうしてそんな事を?ちゃんと捜査すれば——いや、今回は困るけど......」
「国民の安心の為だろ。ちゃんと原因が分かってめでたしめでたしだ」
開いた口が塞がらないを実演しているキーツに「結果が報じられないニュース、結構あるだろ。あれは大抵がこれだ」と教えてやったが、これ以上は開かないらしかった。
「闇ですね。それも漆黒だ」
呻くようにキーツが言った。
そして車は速度を上げた。
「ところでお前、このドラテクはどうしたんだ?」
私はずっと気になっていた質問をした。
「上京前は走り屋でした」
顔が赤くなった。
「黒歴史だな」
「はい」
「闇だな。それも漆黒だ」
そう言ってからかうように笑った。
久しぶりにネオンに彩られた街の中に居る。
いつもはあの処理場の中から、僅かな明かりだけの港湾から眺めるだけの街。
こんな状況でなければ、ちゃんと笑えたかもしれない。
「リヤ、上からの指示は?」
キーツの声に思索が止まった。
「ああ、戻って来いって。別の入口から処理場に行く」
「分かった。方向は?」
「その前にコンビニ寄ろうぜ。ヤニ切れだ」
私はマルボロのソフトケースを握り潰した。
それと缶コーヒーが飲みたかった。
よく冷えたやつだ。
駐車場の端が空いていたのはツイていた。
それもレジ側の窓ガラスの無い方だ。
キーツをフロントグリルの前に立たせると、私はナンバープレートを引き抜いた。
下から別のナンバープレートが現れた。
リアのナンバーは、店を出てから同じように変える。
もちろん、最初のナンバーも新しいのも"本物"だ。
「首都高に乗って環状線を一周しろ」
マルボロの煙が立ち上った。
「?」
怪訝な表情のキーツを無視して缶コーヒーを開けた。
コーヒーとタバコの組み合わせは神だ。
「美味いな、これ」
キーツは不思議そうな顔のままで、ゲートを抜けた。
「いい加減に何処で降りるか、教えてくださいよ」
そろそろ一周する頃だった。
「なぁ、キーツ。後続車が居なくなったことあるか?」
「えっ!?」
「バカ、後ろ見るな」
振り向こうとするキーツを止めた。
「午前二時だぜ。普通、後続車なんて居ないだろ。居たとしても抜いてる」
「尾行——ですか?」
言い終えてキーツは唾を飲んだ。
「それを確かめる。そこ、上野線に入って入谷まで行け」
「了解です」
キーツはきっちりウィンカーをあげて1号を冠する首都高の盲腸、上野線へ進路を変えた。
「来ましたね」
「ビンゴだ」
後続車は距離を保って上野線に入って来た。
「次はどうしますか?」
「昭和通りに出たらすぐにUターンだ。信号は無視して構わない。やれるな?」
「了解、やります」
「OK、上等だ。そうしたらそのまま上野線に乗り直せ」
防音壁越しの右カーブ、上野駅が見えた。
あと数分で決まる。
「乗り直したらどうしますか?」
「終わりだ」
「え?」
「料金所を過ぎたら終わりだ。あとは好きな道で処理場の西ゲートに向かえ」
入谷の出口にはしっかりと赤い光が見えた。
「絶対に止まるなよ」
「しっかり掴まってて下さい」
キーツは私の指示に答えずに、逆に指示を出してきた。
私は天井のグリップを左手で掴んだ。
キーツは一気にハンドルを切ると同時にサイドブレーキを引いた。
けたたましい獣の悲鳴のような音が静寂を割いた。
急激なGが横にかかってドアに身体が押し当てられた。
後続車も慌てて同様のサイドターンで追い掛けてきた。
もうなりふり構わないらしい。
「いいか、ETCではしっかり減速するんだぞ」
「追いつかれますよ」
「追いつかせるんだよ」
「分かりました」
キーツはそう言うとゲート前でしっかりと減速した。
尾行する車両も行儀良く減速する。
「なんかシュールだな」
私が笑うとキーツもバックミラーを見ながら「シュールですね」と笑った。
その刹那——
パンという乾いた音が四つとマズルフラッシュが小さく見えた。
尾行車はゲートを徐行するようによろよろ抜けると、防音壁に当たって止まった。
ドアが開き、人影が乗り込むと尾行車は再び走り出した。
何事も無かったように。




