第十話 敗北
「羊は何かをしたんですか?」
「キーツ、お前は何かをした羊を生贄にするのか?」
「いえ、羊を生贄にしたことが無いので......」
キーツの頭を手刀で軽く小突いた。
「危ないですって、運転中ですよ」
「お前、ヘボ詩人だろ」
「ヘボだからここまで堕ちたんですよ。リヤと同じ場所にね」
もう一度、今度は強めに小突いた。
「危ないですって!」
「たまたまだ、たまたま目に付いたからスケープゴートにしたんだろうよ。ま、将来の入閣でも約束したんだろ」
「でも、処理するんですよね」
「そうだ。この街、この国は誰しもが薄氷の上。踏み抜けばウチらよりも深く沈むだけだ」
灰皿に、フィルターの根元近くまで吸ったマルボロを揉み消した。
「居ましたよ」
処理場の手前の信号。
そこでトレーラーが止まっていた。
後ろに乗用車が一台。
更にバイクが一台。
「バイクが邪魔だな、割れるか?」
「やってみます」
「警察が来るような事故にならなければいい」
私がそう言うと、キーツは青信号で動き出した車列に側面から突っ込んだ。
仲間の乗用車はバイクが避けられない限界まで、我々を引きつけると急加速をした。
一瞬の隙間。
その隙間にキーツは躊躇なく突っ込んで、バイクから無事に分断した。
「ちょ、バカ」
フルブレーキで真横になったバイクが、私の助手席に向かって来た。
キーツがためらいなくアクセルを踏み続けると、バイクはリアハッチのガラスの向こうを滑って行った。
「死ぬかと思った」
脱力してシートに身を沈めた。
「あのライダーもかなりの腕ですよ」
キーツの言葉に外を見回した。
こちらにヘッドライトを向けたまま、交差点の中央に止まったバイク。
苛立つように空ぶかしの咆哮を響かせた。
「ざまぁ!」
中指を立てた直後、大きな爆発音と黒煙が上がった。
処理場の入口の方だ。
「キーツ!!」
私が叫ぶとキーツはハンドルを切ったまま、アクセルを全開にバックをした。
タイヤが滑るように空回りをして、一瞬で方向が変わった。
アクセルターンだ。
溶けたゴムの臭いに顔をしかめた直後、窓の外を中指を立てたライダーが走り去って行った。
「チックショウ!」
窓に拳を叩きつけた。
ひとしきり悪態をつくと、視線を前に向けた。
赤い炎と黒煙が、螺旋を描く二匹の蛇のように絡み合い天を焦がしていた。
炎が吹き出したキャビンの様子から、運転手の生存は絶望的だろう。
海上コンテナの扉は開き、そのすぐ下に寝台車が横転していた。
駆け寄り確認したが、そこに議員の姿は無かった。
「キーツ、そっちは」
私の声に護衛車を確認しに行ったキーツは首を振った。
寝台車の運転手も、胸に二発受けて絶命していた。
「リヤ、掃除屋を」
キーツの言葉に、今度は私が首を振った。
「隠蔽のレベルを超えている」
遠くでサイレンの音が聴こえた。




