第9話
一体どれくらいの高さからどの位の距離を飛んだのか分からないが、着地点が岩や石だらけなのをものともせずに、普通ならば確実に骨折大怪我間違いなしという無謀な大ジャンプの飛び降りをした。
その時の私には恐怖心というものが一切なく、実はかなり危険な心理状態だったかもしれないが、滞空時間およそ3秒後に私は全く危なげなくソフトランディングしてみせた。
そのまま私はいかだへと近づき、なんといかだを押して着水させるのではなく、両腕で持ちあげて豪快に川に放り投げ、そのまま自分もジャンプしていかだに飛び乗った。
「出発進行!ヨーソロー!」と、私は一人二役で船長と操舵手を演じながら満面の笑みで川下りを開始したのだが、河原をピョンピョン飛び跳ねて進むよりもはるかに速度は遅かった。それでも一応歩くよりは少しだけ速かったし、ただ立っているだけで良いのでラクではあった。
しばらくの間は岩などに行く手を遮られることもなく、落差の激しい滝もなく、実にのどかな川下りをしていた。
途中で切り株が岩に引っかかっているのを見つけたのでジャンプして岩に飛び移り、素早く抜刀して木の根の部分を切り取って円柱形にしてから脇に抱えて、通過しかけているいかだに再度飛び乗り、脇に抱えた切り株をイス代わりにして座って、たまに長い棒で軌道修正しながらゆっくりのんびり川下りを楽しんだ。
ひたすら川下りを続けていると別の小川が合流して川幅が5メートル程に広くなり、さらにまた別の小川も合流してきて川幅は10メートルを超えてきて、水深も深い所では5メートルはありそうだった。
こうなると岩などに乗り上げる心配もなくなり、軌道修正の回数も激減してひたすら座ってるだけの状態になった。これはラクで良いのだがその反面大いに退屈で眠くなってきた。
私はだんだんうつらうつらし始め、次にこっくりこっくりし始め、とうとう頭を垂れて眠ってしまった。
たまにハッとなって頭を上げて回りを見渡したが相変らずゆっくりといかだは下流に進んでおり、その後もそうした事を何度か繰り返し、再度ハッとして目覚めたときはいかだは岸に乗り上げていた。
どうやら川がカーブしていたところをそのまま直進したために岸に乗り上げたようだった。
私はいったん岸へとあがってウーンと伸びをして屈伸運動などをして体をほぐした。
まだ森の中ではあるが、それでも明らかに前よりも開けた場所が多くなっているのが分かり、退屈ではあるがいかだでの川下りの方がとても効率が良い移動手段であることに満足した。
夕暮れ時までまだ大分時間がありそうだったので、私はもう一度いかだに乗って川下りを再開した。
先ほどまで結構うたた寝をしたおかげで今度は眠くならず周りの風景を見渡しながら川を下って行った。気付けばさらに川幅は広くなっていて、頭上の青い空も良く見えるようになった。
そうしてしらばくの間下っているとかなり広い河川敷が現われ、待望の「あるモノ」が存在しているのが見えた。
そのあるモノとは人口の建造物である。
その河川敷が広いのは恐らく木を伐採しているからで、恐らくそこは伐採所として利用されており、建造物についても伐採関連の建物だと想像した。
私は木の棒でいかだを軌道修正して岸に近づこうとしたが、結構水深が深く3メートルの棒がギリギリ川底に届くという状態で、もう少し川の真ん中側だったら木の棒では届かなかった。それでもなんとか少しづつ岸に寄せることが出来て徐々に水深も浅くなっていき、程なくして接岸することに成功した。
いかだを降りて上陸すると、まさにここは伐採所で間違いないという状況証拠が目についた。
二人がかりで使うと思われる大きなのこぎりに丸太小屋、遠くの森の方には切り株と木材を運搬すると思われる木製の大きなそり、さらに休憩所と思われる建物に丸太で作られたイスや木のテーブルに焚火の跡など、小さな小屋で目覚めてから8日目にしてようやくとうとう念願の「人間」に会えることになりそうだった。
しかしその期待は数分後に残念な結果となった。
今は休み期間中なのだろうか、辺りには人の気配がなく、休憩所の中にも誰もおらず、不自然なところは全くなく、つい最近まで人がいたと思わせる形跡もなかった。
しかしかなり嬉しい収穫があった。それは塩である。正確には岩塩の固まりが置かれていたのだ。その付近には土かまどがあり、まな板や調理用ナイフに木の皿などが置かれており、恐らく岩塩を削るための鉄のヤスリまで置かれていた。
また、休憩所には10組程の木製ベッドがあり、それぞれのベッドにはマットが敷かれていた。残念ながらあちこち調べてみても毛布などの寝具は見当たらなかった。
そうしてあちこち見回ってみて考えた結果、この伐採所は放棄されたのではなく今は休み期間中とみて間違いないだろうと確信した。
今は木こりの人達は村に戻ってそれぞれの家で過ごし、英気を養ってからまたここに戻ってくるのだろうと想像した。
あと数時間で夕暮れ時になるので、私は今日は久しぶりに屋根のある建物の中でベッド、それもちゃんとマットのあるベッドの上で眠れることに大いに喜び、さらにせっかくだから塩を使って魚を焼いて食べたいと考えた。
早速私は外に出ていかだ用の杖の先端を刀で斜めに切って鋭利にし、全裸になって川の中に潜り、目が慣れてきたところで魚の姿を捉えた。
浅瀬には小さな魚がいて、中層には丁度良いサイズの魚がいて、大きな岩影の深い所にはかなりの大物がいた。
大物を捉えてもどう調理すれば良いのか分からないので、とりあえず中層にいるのを捕まえるべく私は下流の方から少しずつ近づき、今は槍になっている木の棒をそろりそろりと魚に近づけ、一気に胴体に突き刺すと、何と初撃の一発で見事に仕留めることが出来た。
いったん河原に戻って大きな平らな石の上に置くと大体30センチくらいのマスによく似た魚であることが分かり、魚からはほんのり良い香りがした。私は俄然ヤルキが湧いてきてすぐにまた川に潜って次の獲物を探し求め、合計3匹の魚を捕まえて休憩所の調理場へと戻った。
早速私はまな板の上で調理用ナイフを使って魚のお腹を割いて指で内臓を取り出し、途中で拾ってきた小枝を口から刺して、岩塩を削ってふりかけた。
土かまどの近くに何か火起こしをするものがないかと見てみると黒っぽい石と何かの金属の棒が置いてあり、さらにその近くにあった小さな箱の中にはおがくずが入っていた。
私は黒い石を手に取って金属の棒に向かって叩きつけると実に簡単に火花がパチパチと光った。
「なるほど!」
我ながら良く気が付くものだという感心と、ここにいる人達の文明度合いに対して感心し、近くの壁に沢山積まれている薪を土かまどに入れて、薪の上におがくずを置いて金属の棒を突っ込んで石をこするように打ち付けて火を起こした。
気が付くと建物の中はかなり暗くなっており、かまどの中の火の明るさだけが頼りになったが、私の気分はすこぶる上々で実に楽しかった。
土かまどの丸く空いた穴の上に3匹の魚を並べようとしたが火力が強いので、隣に空いてるもう一つの穴にまずは魚を並べた。長めの小枝を持ってきたので口と尾から飛び出た枝を乗せて穴に落ちないようにして、隣のかまどから薪を数本移して丁度良さそうな火力にして魚を焼き始め、時折裏返しては岩塩をまぶした。
やがて焼けた魚から脂がしたたり落ちてくると、それはもう実にたまらない良い匂いがして、口の中は唾液で充満し、腹はグゥグゥ鳴りやまなかった。
そろそろ良い頃合いかと思ってまずは真ん中に置いた一匹を木の皿の上に置いて枝の両端を持って、フーフー息をかけて冷ましながら少しだけかじってみた。
「・・・」
「ウメェーーーッ!!」
丁度良い焼き加減だと判断するより前に、私は絶叫してその美味しさを表した。




