第78話
翌日、私はお高い宿をチェックアウトして、シャルが泊っている宿に移った。月末まで連泊するということでかなり割引してくれて10万ガーランドにしてくれた。昨日までの高級宿の1泊分の金額だ。
とはいえシャルの方は月末まではおらず、先に南の方に向かいテリーズの両親のところに行って、出自の登録をしておくそうだ。これは現実世界でいうところの戸籍と住民登録に近いもののようだ。
このあたり、現実世界の日本に比べるとかなりアバウトで、しっかりした戸籍登録などは存在せず、もっぱら伝統と格式のある家柄だけが、その家独自に家系図を作っており、その家系図にしても都合の悪い部分などは消したり修正したりするのはほぼ当たり前のように行われているそうだ。
ただ、全ての地域が全部そうだという事はなく、ちゃんと住民管理をしてしっかり戸籍調査をしているところも多くあり、そんな中今でも南の方は結構ゆるい場所が残っているという事だった。
そういうわけで来週にはここを発つそうなので、その間図書館に通って探検家に必要な知識や技能について調べたり、近くの森林公園に行って草花の見分け方や火の起こし方などの基本的なサバイバル技術の練習を一緒にした。
そうしてあっという間に一週間が過ぎ、シャルは先に南へと出発した。やはり楽しい事をしている時というのは瞬く間に過ぎるもんなんだなぁとしみじみ思っていた。とはいえ、またすぐに再会出来るので寂しいという気持ちはなかった。
それから数日後、値段の割に味が良いので繁盛している居酒屋食堂で一人食事をしていると、聞き間違えようのないソルドンの大きな声が聞こえ、久しぶりにギャラガ達と合流した。
互いにこれまでの話しをして大いに盛り上がり、私が今滞在している宿の料金が気に入ったギャラガ達は早速次の日には私と同じ宿に移った。宿主と思われる中年女性も大喜びしていた。
もちろんソルドンを筆頭にギャラガ達もモルサール流剣術総本家先代当主シャルローの見送り会に参加するために来たとの事で、そこには当然分家のロレオンも来るとの事だった。
またギャラガによると北方のドゥーリー流や西のポウェトゥール流など、メジャーな各流派の代表も見送り会に出席するらしく、ギャラガ達は翌日からの一般弔問参加だが、各流派の代表は席が用意された正式な弔問の会になるそうだった。ちなみに私も正式な方の参加で、一番後ろの席でひっそりと参加する予定である。
ギャラガ達からの情報によると、その後のドグリアスの穴鉱山に関する権利争いがなかなか大変な事になったらしく、暴力沙汰こそなかったものの距離的に近い町側と中央都市側とで大分揉めたようで、最終的に温泉村の取り分4、町側の取り分3、中央都市側の取り分3で落ち着いたらしいが、もともと中央都市側には権利はないに等しかったのに背後に王侯貴族連合がついた事で止む無くそういう配分になったらしい。
しかも温泉村の取り分4とあるが、温泉村内に宝石や鉱石があったところで、市場に流通させなければ宝の持ち腐れで、実際のところは中央都市側が宝石や鉱石を持ち帰って競売にかけ、その分の手数料を差し引いた分を温泉村に支払うという事だった。これは中央都市側の街道の方がしっかり整備された広い道路であるのと、各組合の本部が多い事からという理由だったが、当然その裏では色んな利権が絡んでいる事は周知の事実だった。
そうした利権争いが行われていても、現地のドグリアスの穴は大いに賑わっていて、早速鉱山施設が拡充していき、温泉村も以前よりさらに活気づいてきたので物資が沢山必要になり、マチャントも現地で商売に精を出しているとのことだった。
それからさらに日付は進み、その間ソルドンと一緒に衣料品店に喪服を買いに行ったりして、いよいよ先代当主シャルロー見送りの会当日となった。
私は日の出前に宿を出て4時間程かけて本部道場表門に到着し、まだ朝の7時くらいなので参列者は当然誰もいないが上級門下生は忙しそうに動き回っており、既に私はほぼ顔パスなのでそのまま離れの小屋へ行くと、まるで計ったようなタイミングでマリーが小屋から出てきて、真っ先に喪服を褒めてくれたので私は少し恥ずかしながらも嬉しくなった。
何故私が近付いているのが分かったのか、もしかして私の事を待っていたのか?・・・などという淡い期待を抱く程甘っちょろいロマンチストではない私はすぐに真実を予想し、マリーの口からも予想通りの回答が返って来た。
「聞いてくださいタナカさん!お父様ったらハエが近付いてきたって言うんですよ!」
ハエですか・・・まぁ実際朝ご飯目当てで日の出とともに出発したのは間違いのない事実である。
「えっと、なんか・・・すいません・・・たかってるみたいで・・・」
ハエだけに・・・しかも黒い喪服を着ているのでますますハエのようではある。
「タナカさんが謝ることなんて一つもないです!あっ、朝ご飯まだですよね!?どうぞあがって一緒に食べていって下さい!」
「お、おはようございます・・・どうも、おじゃまします」
「ああまったく邪魔だ!」
「まぁそんなこと言わないのあなた、これからシャルがお世話になるというのに、これから家族になるかもしれないというのに」
「なんだと!!」
「あら、口がちょっと滑っちゃったわオホホ、さぁカナタ隣にどうぞ、一緒に朝ご飯を食べましょう」
「し、失礼しまぁ~す・・・」
なんだかんだ言って結局ちゃっかり朝ご飯を食べる辺り、我ながら図太い神経だと思わないでもなかった・・・
ヴォルタークはこれから大忙しなので先に席を立ち、ようやく安心してマリーとテリーズと一緒にゆっくり食事の続きを再開した。
テリーズからは髪を切ったシャルロッテを見てどう思ったとか、これから二人で一緒に色んな事をするのねとか、なかなかに際どい言葉が出てきて、これはこれで緊張するものがあった。
とはいえ、明日からシャルを追いかけて南へと赴くのでまたしばらくはマリーの料理を食べることが出来ないので私はしっかりと噛みしめてマリーの温かくて優しい手料理の味をしっかり味わって心に刻み込んで食べた。最後には手を合わせる程だった。
「またしばらく会えなくなるんですね、少し寂しいです」
テリーズは口を開いて何か言おうとしたが、口をつぐんで黙っていた。
そんななんとも言えない微妙な空気を断ち切るように、見送り会の開門時間を知らせるドーンドーンという太鼓のような重低音が響き渡った。
その後なるべく私は目立たないようにひっそりと会場の隅に立って参列者達が揃うのを持った。
参列者達の特徴は大きく二つに分かれて、一つはいかにも剣術家といった感じのオーラをまとった人達と、もう一つは町長とか組合長や貴族などのような権力者達で、体格を見れば割とどちらに属する人か分かったし、着席する場所も分かれているので、それでどういった関係の人かも分かった。
各地のメジャーな流派の代表者の人達を見るのは結構面白く、色んな地方から来ているのでその地方の様々な衣服を見るのがまず面白かったのと、帯刀が許可されていたので様々な剣を見れるのも面白かった。大抵は鞘の上に美しい刺繍が施された袋を被せていた。
ほとんどの人は私の方にはまったく目もくれず歩いて席に着いていたが、たまにこちらをチラ見してきた人には私は少し頭を下げて目を伏せた。
そんな中久しぶりにロレオンの姿が現われ、ロレオンも私に気が付き、さりげなくごく短い時間ではあるが互いにしっかり目を合わせて、ロレオンは小さくコクリと頷き、私は深々と頭を下げた。さすがにこちらに近づいておおタナカか!などと話しをすることはなかった。
そうして1時間程見続けてほぼ席が埋まったところで私も自分の席に着いた。もちろん一番後ろの隅にある席であった。




