第72話
アイニッキとの会話は止まることなく続き、途中で食事処でもらった夕食のお弁当を二人で食べて、アイニッキは涙をこぼしながら美味しいと言って味わい、いよいよ日が沈み真夜中になったところで計画を実行に移す時間がやってきた。
私はリュックからフード付きマントを取り出し、アイニッキはそれを着て頭ごと身体を隠し、二人とも真っ暗な森の中にも関わらず夜目がかなり効くので、松明やランタンも持たずに夜の森をピョンピョン飛んで移動した。
最後に風穴を見下ろす眺めの良い場所で、アイニッキは振り返ってかつての寝床を眺め、これまでありがとう、さようならと言った。
私はそれを見て自分の時と同じだと思った。
あっという間に食事処までやってきて、私は既に閉まっている扉をそっと叩くと、静かに扉は開き、私はアイニッキと一緒に中に入った。
店の中にはお店の人とアイニッキを知るこの周辺の村人達がいて、アイニッキがフードを外してペコリと挨拶すると皆とても喜んだ。騒がしくならないように皆静かに喜んだ。
年老いた温厚そうな村人達の手を握りアイニッキは少し涙を浮かべながら頭を下げて、私が通訳してありがとうなどと言わなくても互いに通じ合っているようだった。
そしてお土産をドッサリもらって、リュックに入れて私が背負い、皆から見送られながら店の外に出て、次の目的地へと向かった。
歩道から離れて人の目を避け、近くを流れる川の流れを利用して音を消して進み、計画通りお目当ての場所にお目当ての物があるのを確認した。
お目当ての場所には馬車が待機していたのだ。
「バリステレスさん」私は小声でハイラル家の護衛隊隊長の名を呼んだ。
「おおタナカ殿、よくぞこの暗闇の中明かりもなく来れましたな。おっ、そちらの方が・・・」
アイニッキはフードを外してペコリとお辞儀をした。
「なんと!・・・実に愛らしい!」
そうでしょうそうでしょう、アイニッキを見て可愛いと思わない者などこの世にいないはずです。
「ささ、馬車の中へどうぞ、すぐに出発します」
そうして私とアイニッキは馬車に乗り込み、バリステレスは自ら馬車を操ってハイラル家の館へと移動した。
馬車はなるべく大きな音を立てずにゆっくり移動しているので、恐らく館には日が昇る頃に到着するだろうということで、私はアイニッキに眠くなったら我慢せずに眠るように言うと、アイニッキはそっちに行ってもいいですかと言い、私は?と思いながらもどうぞと言うと、アイニッキは私の隣に横になり、枕にしても良いですかと言ったのでゼロコンマ数秒の即答で肯定し、アイニッキは小さな身体を丸めて私の太ももに小さな頭を乗せてスヤスヤと寝息をたてはじめた。
我が人生、一片の悔いなし!
私は静かにそっと右手を天に突き上げて心の中で叫んだ。
とても可愛いアイニッキの寝ている姿を目に焼きつけて至福の時間を過ごしていると、およそ6時間程の時間などあっという間に過ぎて、山の間からは温かな日の光と共に美しい日の出が姿を現した。
馬車は速度を緩めてハイラル家の敷地へと入り、それから大きな館の大きな玄関に到着した。
このまま寝かせておきたいし、何ならお姫様抱っこでいったんベッドまで運んであげようかと思ったが、アイニッキはウーンと言いながら実に可愛い少し動物的な伸びをして目を覚ました。
『着いたんですか?』
「はい、着きました」
『少し緊張してきました、大丈夫でしょうか?』
「大丈夫です、皆さんとても優しくて良い人達ですよ」
そうして馬車から降りると、なんと一番小さいイライザも含めてハイラル家の家族が全員玄関の前で出迎えていた。
アイニッキは意を決してマントを全て脱いで、私は頷いてそれを受け取り、手をつないで一緒に進んだ。
ハイラル家一同は皆目を大きく開けて眠気を一気に吹き飛ばし、続けてすぐにとても優しく嬉しそうな表情をして拍手した。
アイニッキは皆の前でニッコリ笑ってペコリとお辞儀をしてこう言った。
『皆さん初めまして、アイニッキ・ヴァウティネンと申します、これからお世話になります、私の事はニッキとお呼びください、タナカさんもこれからは私の事はニッキと呼んで下さると嬉しいです』
「うん分かったよ!ニッキ!」
すぐに今のニッキの言葉を訳して伝えたが、私には全く通訳しているという感じはなく、ただ同じことを繰り返して言っているだけだった。
ハイラル家は歓声を上げて喜び、ひときわ大きな拍手でニッキを出迎えたが、そこで小さな影が素早くニッキの元へと動き、ニッキに抱き着いた。
「ニッキ!だいすき!」
『わぁ!凄く可愛いお子さんです!まるで天使のようです!』
「その子はイザベルです、ニッキの事が大好きと言っていますよ」
『わぁ!イザベル!私も大好きです!』
眼福!なんという眼福!私は目頭が熱くなってくるのを感じた、太陽が眩し過ぎたせいにしよう。
「ニッキ!私も大好きー!」
「私もー!」
「ボクも!」
「ボクもニッキ大好き!」
「私もです!ニッキさん!」
「まぁまぁお爺さん、どうしましょう」
「そうじゃなぁ、こりゃもっと長生きしないといかんなぁ」
ニッキの目からはポロポロと涙が溢れ、その倍以上の涙と鼻水を流していたのが私だった。太陽が!太陽が目に染みるんだ!
ソフィーリア婦人が優しい口調で中に入って温かい食事をとりましょうと言ったので、私は全く同じ言葉を繰り返して全員館の中に入って行った。
最後にリシャールが両手で私の手を握って、何度も感謝の言葉をかけてくれた。
イザベルはニッキと手を繋いで歩き、食堂に到着するとニッキと私の間に座ることを所望した。
私が初めて木こりの男達に握りっこをもらった時と同様に、温かくて美味しい食事を優しい人達と一緒に食べることが出来る感動でニッキは涙を流し、泣いているニッキを見てイザベルは心配したがニッキはニッコリ笑い、私がイザベルに説明するとニッキもウンウンと頷いたのでイザベルは安心して、フォークで自分のウィンナーを刺して、ニッキにアーンと言うと、ニッキは可愛い小さな口を開けてアーンと言い、イザベルが差し出したウィンナーを食べてニッキが美味しい!と言うと、イザベルは破顔して喜んだ。もうまさしく天使だった。
その後全員で館を案内し、途中で公務のためリシャールが離れて、次に祖父母が離れて、次に家庭教師が到着するということでイザベル以外の子供達が離れて、残った面々でニッキを案内した。その目的はニッキに気に入った部屋を選んでもらうためであった。
館は3階建てでかなり広いので途中から私はイザベルを肩車して進み、3階の奥まで辿り着くまで15分以上かかった。恐るべし貴族の館。
ニッキは部屋と反対方向の窓を見て、さらにその先の広大な庭園に小さな小屋があるのを見た。
『あの小さな小屋は何の小屋ですか?』
私はすぐに通訳した。
「あそこは確か陶芸をするための小屋だったと思います、何代か前の当主が趣味の陶芸にはまって作ったと聞いたことがあります」
「わぁいいですねぇ!今でも窯とかあるんでしょうか?」
「窯はもう取り壊してないと思いますわ、もう100年くらい前の事ですから」
「100年!よく小屋は壊れずに残っていますね」
「ええ、レンガで作られているので丈夫で長持ちなんですよ」
このやりとりを通訳したところニッキは目を輝かせて、あの小屋に住みたい!と言ったのであった。




