第68話
田舎の貴族といえどもこのスケールか、という程に圧倒的な広さの敷地内を進んでいたのだが、そこらの庭園にあるようなサイズを遥かに越えた池はあるわ、家庭菜園と呼ぶには大き過ぎる畑はあるわ、家畜小屋はあるわ、厩には10頭以上馬がいて広大な馬術練習場はあるわで、この館の敷地だけでも十分自給自足可能ではないかと思う程のものだった。
さすがに城とまではいかないが、館もかなり大きくて、一体ここには何百人居住出来るんだ?とツッコミたくなるような大きさだった。
呆けた顔というよりはもはや呆れた顔が表情に出ていたようで、リシャールは苦笑しながら、これは全て最も栄えていた頃に建てられたものですからと何度も念を押していた。
敷地内に入ってから少なくとも15分以上は馬車で進んでようやく玄関に到着した。行った事はないけど大型高級ホテルのエントランスよりも大きいんじゃないかとすら思える程大きな玄関だった。
玄関前には明らかにハイラル家の子供達と思われる者達が並んでいて、玄関ドアの両サイドには給仕の人達が並んで出迎えていた。ズラリと何十人もいるわけではないがそれでも10人程はいた。
「「「お帰りなさい!」」」
「おあえりなあいー!」
私と同じ位の背丈の者から私の太股くらいの背丈の子まで男女混合で6人の子供達が嬉しそうに出迎えの挨拶をして、小さい子達の中で女の子の方は真っ先にリシャールの元に行き、男の子の方は真っ先にソフィーリア婦人の元に行った。
そんな中一番小さな女の子がリシャールの所にもソフィーリアの所にも行かず、何故か私の足に抱き着いてきて顔を上げて私の顔を見てしばらく?という表情をしてから一言発した。
「このおにいたんだぁえ?」
「わっ、イザベル?えっと・・・その方はタナカ様と言うんだよ、大事なお客様だから、失礼のないようにしないといけないよ」
「ふうん・・・だっこ!」
まるで小さな天使のように可愛いらしい子は両手を万歳して抱っこを要求してきた。
私は全くためらうことなく仰せのままに従って軽々と持ち上げて肩車すると「きゃあきゃあ」言って喜んだ。
「まぁ!あのイザベルが!?すいませんタナカ様、いつもはとても人見知りのする娘なんですが、まさかこれほどまでにタナカ様になつくとは思いませんでしたわ」
「ええ、本当に妻の言う通りなのです、私もとても驚いています」
「パパあたしもだっこー!」
「あたしもー!」
「二人一緒は大変だ、かわりばんこで頼むよ」
「じゃああたしが先!」
「ダメ!あたしが先!」
「ヤダ!」
「こっちもヤダ!」
「こらこら、けんかしないで、えーい分かった!じゃあ二人ともおいで!」
「「わーい!」」
「フンッ!・・・エーーーイッ!!」
「キャー!キャー!」
「アハハハハハ!」
「ママ、お土産買ってきてくれた?」
「ボクには剣を買ってきてくれた?」
「ええ、美味しい小麦を沢山買ってきましたよ、明日はこれでケーキを作ってあげるわね」
「やったぁ!」
「エリックにはモルサール流総本部の練習用の木剣を買って来ましたよ」
「わぁやったぁ!ママ大好き!!」
「お帰りなさい、父上、母上」
「ただいまスチュワート、留守の間皆の面倒を見てくれてありがとう」
「ありがとうスチュワート、皆大丈夫だった?」
「うん、お爺様とお婆様が毎日みてくれてたから皆寂しくて泣いたりしなかったよ」
「まぁそれは感謝しなくちゃね」
「とりあえず中に入ろう、お爺さん達も呼んで皆にタナカ様を紹介しよう」
そうしてとても賑やかで微笑ましい家族達と共に大き過ぎる館の中に入って行った。
当然館の中も広大で天井も高く、普通に住んでるだけでも移動のために足腰が鍛えられて健康に良さそうだと思いながら進んでいき、割とこじんまりとした部屋へと入った。といっても大きな館の割にはという意味で、学校の教室並に広かった。
既にお茶の準備が出来ていて、席に着いて10分程お茶を飲んで団らんしていると、リシャールの両親と思われる年配の夫婦がやってきた。
ちなみにその間一番末娘のイザベルはずっと私の膝の上に座っていた。木こりの村村長ガリクソンの末娘アーリヤの時と全く同じだった。そういえば森の中でもムササビのような小さな生き物に好かれたが、私は何かそうした小さい者に好かれる特殊能力でもあるんだろうか。
そうしてハイラル家が全員揃ったところで、改めて互いに自己紹介をした。家族が多いので一度で覚えられるか少し不安だった。
その後私がここに来た理由とこれまでの私のおよそ2カ月に渡る冒険の話しで盛り上がり、そのまま同じ場所で夕食会が始まった。
ここに来る途中に聞いた今が旬のとうもろこしを使ったコーンスープは甘くて濃厚で凄く美味しく、こう言っては甚だ失礼ではあるが、単なる前菜の野菜サラダからしてこれまで食べた野菜とは完全に別物という位味が濃くて美味しかった。
そしてメインディッシュの鳥を丸々一羽こんがり焼き上げた料理が絶品で、パリパリとした皮の歯ごたえと香ばしさと塩気の後に柔らかい内側の肉を噛んだ時に溢れる肉汁が混ざり合った時の絶妙な旨味バランスが最高の合わせ技で、これまで食べてきた鳥の肉を使った単体料理の中ではダントツに美味しかった。
そして最後にデザートに出てきたフルーツゼリーでとどめを刺された感じで、様々なフルーツがゴロゴロ果実のまま入っているゼリーは水と砂糖で薄められて作られたゼリーの概念を完全に吹き飛ばし、全くその逆にフルーツの美味しさを凝縮して作られたコクのあるゼリーに仕上がっていて、毎回このゼリーがデザートに出てこないだろうかと思ってしまう程だった。
こんな美味しい物を食べて育てばそりゃ心も穏やかになるなと、ハイラル家の家族達だけでなく途中で見た気さくで人の良さそうな領民達の姿も思い出しながらしみじみ感じた。
その後お腹いっぱいになった小さな子供達がウトウトし始めたので、ソフィーリア婦人は子供達を連れて退室し、次にリシャールの両親と残っていた子供達も退室し、最後にリシャールと明日以降の調査依頼に関するおおまかなプランを話し合ってから解散し、私は給仕の人に寝室を案内してもらった。
予想通り、いや予想の上を行く豪華な客室で、トイレ浴室は当然完璧な上に、大きなバルコニーやちょっとした執務室までついていて、私は身分不相応なVIP気分を味わうことになった。そもそも天蓋付きのベッドとか初めて見た。
こんな豪華すぎるベッドで果たして眠れるのかと思ったが、いつも通り刀を抱いて横になったらすぐに意識はなくなり熟睡した。ちなみにさすがに今回はマイマクラは持ってきていない。
翌朝目が覚めてバルコニーに出てみると、素晴らしい朝日と山々の眺めに感動し、澄んだ綺麗な空気を吸い込んだ事で一気に心身共にリフレッシュした気分になった。
洗い場に行かなくても自室に洗面台があり、蛇口の形そのものは古さを感じるが、凝った作りと材質はかなり豪華で美しく、当然捻ると水が出てきた。
洗顔用タオルもフカフカで吸水性も良く、とにかくあらゆる点において快適そのものだった。ただ単純に豪華であるというのではなく実用面においても快適で優れていた。これが本物の貴族の生活というものか・・・




