第67話
実を言うと中央都市の競売会場で初めて王侯貴族に関する話を聞いたときはあまり良い印象を持っていなかったのだが、私と言う人間も実にげんきんなもので、トイレを筆頭に清潔な住環境を経験してしまうと私もそちらの方々と良い関係を築きたいと思ってしまうのであった。
それは当然食事の場でも同様で、さすが貴族が訪れるだけあって、以前町で食べた賑やかすぎる飯屋や居酒屋とは異なり、実に落ち着いたレストランだった。そう、食事処ではなくレストランと呼ぶのが相応しい場所だった。まぁその分テーブルマナーに気を使わなければならなかったが・・・
味の方もなかなかに美味しかったが、昨日までの群を抜いた料理に比べると若干の弱さがあった。とりわけマリーの手作り料理は単なる味を越えた素晴らしさがあり、それは完全に私個人の主観に基づいたものなので、レストランの味が劣っているというわけでは決してなかった。
ところで食事を終えてレストランを出た時も、宿にチェックインした時も、リシャールはお金を支払っていなかった。代りに入店する際にサインをしているようだった。そういえば昼食の時も途中の休憩の際の茶店でもお金を払っていなかった。
宿の部屋は隣同士だったので、別れ際にそれとなく尋ねてみたところ支払いは全てツケ払いで、今回の費用は全てハイラル家が支払うので、旅費に関しては一切気にする必要はないとリシャールはサラリと言ってのけた。
私はきっちり3秒間程唖然とした後で、それでは申し訳ないと言い、自分もそれなりに蓄えがあるので全て支払ってもらうのは申し訳ないと言うと、リシャールはそもそも組合の依頼も出さず完全にハイラル家の都合で来てもらっているので、依頼報酬費用の分は支払う事が出来たとしても、ライセンスアップに必要な組合の評価までは与えることが出来ないので、せめて旅費の分と依頼報酬くらいは支払わせて欲しいと説き伏せられてしまった。
確かに一定期間の間に組合に対して何らかの働きぶりを示さないと評価に影響が出て、場合によっては格下げられてしまうが、私はまだまだ期限に余裕があるし、そもそもランクアップも今のところ全く望んでいないので、別に今回の依頼で組合からの評価が得られなくても全く困る事はないのだ。
一応その旨話してみたが、さらに納得せざるを得ない決定的な理由として、一応これでも貴族のメンツというのがあり、こちらから招待しておいて旅費や食費を割り勘していたのでは他の貴族達から嘲笑されてしまい、さすがにそれはいくら田舎貴族とはいえ許容できないと言われ、それは全くその通りだと納得せざるを得なかった。
それでも私はハイラル夫妻に頭を下げて感謝の意を表した。ハイラル夫妻はそうした私の配慮と態度をとても好ましいと言って喜んでいた。
翌日以降も立ち寄った場所全てが水洗トイレで、宿には風呂があり、実に快適な移動が続いた。
また、町で買った石鹸が大いに役に立ち、ソフィーリア婦人にその香りの良さを褒められ、そうした高級石鹸を買って使うという事からして、やはり私は良家の出身だと確信したようだった。
こうして一切衛生面で苦痛を感じることの無い快適な一週間が過ぎ、いよいよ馬車はハイラル家の領地内に入った。
これまでの中央都市地域の広大な平野部とは対照的に山あいに囲まれた風景が広がっていて、最初に訪れた木こりの村付近の山と違って割と岩肌の多い山が多く、なるほど鉱山で栄えて発展した町だというのが分かった。
また、ここに至るまでの一週間の馬車の旅で様々な事をリシャールが話してくれたが、その中に植林に関する話しもあり、鉱石採掘が最も盛んだった頃は山の木がほとんどなくなってしまい、自然破壊による災害も多く発生したとのことで、植林の必要性を強く認識した先代達が手を打って木を植えたのだそうだ。
そうした事もあって、今は元から岩肌が多かった鉱山部を除き、森を取り戻した山も増えて、良質な農作物が育つ肥沃な土地になったのであった。
「あっ!あそこに見えるのは水田ですね?」
「そうです、段々になっている畑の水が綺麗でしょう?」
「綺麗ですねぇ・・・確かにこの後夕日で照らされたらますます美しい光景になりそうです」
「はい、長年毎日のように見ていますが、まったく飽きることなく美しいと思います」
さらに領内を進んでいくと、明らかに人の手で改良されたと思われる背が低くて枝の生え方も変わった木が綺麗に並んでいて、リシャールからあれは果樹園だと教えてもらった。
「秋になるとみずみずしくて甘くて美味しい梨が多く実ります、そのまま食べても美味しいですし、タルトにして食べると絶品で、その季節になると他の地域から多くの人がやってくる程です」
「梨があるんですね!それにタルトですか!私も是非食べてみたいです」
出来ればシャルロッテとマリーも連れて一緒に食べに来たら最高だろうなぁ・・・
他にも色んな果物や野菜の畑を見ながら馬車は進み、山あいの多いこの地でよくぞここまで農地改革を進めて成功したものだと感心した。
その後、徐々に建物が多くなってきて、商業施設と思わる建物も増えてきた。
「この辺りから観光客相手の建物が立ち並ぶ区画になります」
「クンクン・・・あ~良い香りがします、何かを焼いている香ばしい良い匂いです」
「恐らく焼きトウモロコシですね」
「わっ!焼きとうもろこしがあるんですか!?」
「はい、今が一番良い時期ですね、ウチのトウモロコシは粒が大きくて甘くて大人気ですよ」
「わぁ!いいですねぇ!」
「今夜そのトウモロコシを使ったスープが出ると思いますよ」
「それは楽しみです!」
町の大通りを馬車で進んでいると、領民と思われる人達が足を止めて頭を下げたり手を振ったりしていたが、どの人達も身分の高い人に畏まっているというよりは、好意的でどことなくフレンドリーな感じで挨拶しているように見えた。
「皆さん感じの良い人達ですね」
「有難うございます、とても嬉しいお言葉です、それもひとえに先人達が苦労して農地改革を行ったおかげで、誰一人貧しい生活を送ることなく、皆それなりに満足した生活を送れているからでしょう」
それからさらに進むと割と開けた場所が現われ、馬術の練習をしている一団が目に入った。
「あそこはポウェトゥール流の剣術道場です、馬上で戦うことを主としているので、ああして馬術の練習を行っているのです」
「おおー!皆さんさすがですね!あそこまで上手じゃなくてもいいから、私もいつか馬に乗れるようになってみたいものです」
「おっ、ではもしよろしければお時間ある時にでも我が家の馬で練習してみませんか?下の子達もちょうど今乗馬の練習を始めたところなのです」
「わっそれは是非お願いしたいです!調査の合い間に時間があれば是非お願います!」
「分かりました、馬術講師や馬の世話役に言っておきます」
「有難うございます!」
やがて遠目からでも明らかにこれまでの建物とは異なる立派で大きな館の姿が見えてきた。敷地も相当広大で、背の高い柵がどこまでも続いているように見えた。
地方の田舎貴族で最も栄えていた頃の半分にも満たない収益と人口といえどもこの財力・・・私は王侯貴族が持つ財力も含めた総合力というものを根本から考え直さなければならないと痛烈に思った。




