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タナカカナタのカタナ  作者: キクメン


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第66話

 リシャールからは今日寝泊りする部屋を案内してもらい、いったんリュックはそこに置いて食堂へと向かった。


 ちなみに私の部屋には水洗トイレに加えてなんと風呂桶のある浴室まで完備されており、金属製のコックを捻るとお湯まで出るという豪華さだった。


 食堂に到着すると食事の用意が整っていて、ソフィーリア婦人の姿もあった。今日のディナーにはソフィーリアが作ったハイラル家特性シチューが出されるようで、それの仕上げをしていたので玄関まで出迎えられなかったと説明された。


 リシャールとソフィーリアは今日でこの別邸を去るということで、屋敷を管理する給仕の人達に加えて先程会った護衛の人達など、全員参加しての食事会という、およそ貴族の晩餐会らしからぬ光景だったが、むしろ私にはとても好印象を受けた。


 そして自ら料理を作ったソフィーリアに続いて、この日はなんとリシャールも自ら皆のグラスに果実酒を注いで回り、全員に行き届いたところでリシャールの乾杯のもとに、とても賑やかで和やかで心地良い夕食会が開始された。


 皆和気あいあいと楽しく歓談しながら食事を楽しんでいると、大きな鍋を乗せた台車がやってきて、ソフィーリアがハイラル家特性シチューの出来上がりを宣言すると、皆拍手喝采で喜び迎えた。


 シチューは昨日のうちからじっくり煮込んだとのことで、領地から持ってきた名産品の野菜や果物に加え、同じく多くの食通から愛されるその地方で育てた食用の鳥の肉をじっくり煮込んだものだった。


 実はこのシチューはその地方の家庭料理であり、それぞれの家で受け継がれてきたそれぞれの家の母の味でもあり、ハイラル家においても代々受け継がれてきた母の味でもあった。


 そんなごく普通の家庭料理ではあるが、これがまた抜群に美味しかった。そもそも素材となる食材そのものからして各地で大人気の名産品で、普通に塩で煮込んだだけでも十分美味しい料理になると言われる程のクォリティなので、それが組み合わさって煮込まれたシチューになっているものだから、美味しくない訳がなかった。


 かなり大きな鍋にタップリ作られていたのだが、大好評で皆次々とおかわりするのでどんどんなくなっていった。


 そのため、焼きたてのパンが沢山配られて、皆シチューに浸して笑顔で頬張った。


「野菜に関しては一番の自信がありますが、小麦だけはやっぱり中央の物にはかないませんなぁ」


「そうなんですか?」


「ええ、やはり小麦は山の多い我が領地で作られた物よりも、広い平野と大きな川が流れる中央地域で作られた物が一番良いです」


「なるほど、私もここのピザやパンは大好きです、普段はどちらかというと米が好きなんですが」


「そういえばタナカ殿は東方のご出身でありましたね、やはり東方の方々は米を主に食べられるようですね」


「そうだと思います」


「我が領地でも昔から米を作っていますよ、それも東の方から持ち込まれた稲が元になっていると言われています」


「あっ、それは楽しみです!」


「山を段々にして水の畑を作るという技術も、東の方から教わったと伝わっています」


「水田ですね!」


「ほうスイデンと言うんですか、このスイデンは朝日や夕日の時間帯に見るととても美しく、その風景は観光に訪れた方々にも大変喜ばれています」


「ああ、分かる気がします、私も是非その風景を見てみたいと思います」


「はい、是非ご覧になって下さい」


 そうして楽しく美味しい夕食会を終え、明日の出発に備えて早めに休むことになった。


 ハイラル家の領地まではおよそ1週間程の移動になるようで、他の領地だと2週間以上はかかるが、ハイラル家は古くからいち早く道路整備を行っていたため、他よりも早く着くことが出来るのだそうだ。


 明けて翌朝、早めの朝食をとったあとで、私はリシャール夫妻と同じ馬車に乗り込んでハイラル家の領地へ向けて出発した。


 4頭の護衛隊の騎馬が先導し、続いて私が乗った馬車が続き、その後ろに荷馬車が続いて、最後に2頭の騎馬がしんがりを務めて進んだ。馬車には家紋が刺繍された旗が取り付けられており、すぐに身分が分かるようになっていた。


 中央都市から西側は王侯貴族連合エリアということで、大体2~3時間おきに休憩可能な集落があるのだが、やはり貴族の利用が多いということでこれまでの街道沿いの集落よりも断然清潔で上品だった。とりわけ最も強調したいのがトイレである。


「先ほどから大分嬉しそうなご様子ですが、立ち寄った集落で何か良い事でもありましたか?」


「ええと・・・その、あまり品の良い話しではないのですが、トイレが個室で水洗式だったので安心しているのです、しかもこれまで街道沿いにあった村のトイレと比べてそれはもう圧倒的に綺麗なので、もう嬉しくて嬉しくて・・・」


「「・・・」」


「す、すいません・・・」


「クッ!クスッ!クフフフ・・・ワハハハハハ!」

「オホホホホホ!」


「アッハッハッハッハ!ハァ~・・・いや失礼しました、しかし分かります、そのお気持ち良ォ~く分かります」


「ええ、そうですわね、本当にそのお気持ちは分かりますわ」


「タナカ殿は記憶を失われているとのことですが、私も妻もタナカ殿は間違いなく良家で生まれ育っただろうと思っております」


「いや~自分では普通の一般庶民だったと思うのですが・・・」


「いえいえ、お会いしてからこれまでの言葉遣いと立ち居振る舞いを見れば分かります、そうしたものは一朝一夕では身に付きません」


「そうですわ、タナカ様の色々な所作からはとても品の良さを感じます、これはそういう環境で育ったからこそ自然とでるものです」


「いや~ハハハそうだといいのですが・・・まぁそれはさておき、とにかく最初の頃はそれはもうかなりトイレには悩まされて、もう一度森の中に戻ろうかと思ったくらいです」


「アッハッハッハッハ!」

「オッホッホッホッホ!」


 この話しは大分二人にウケたようで、結構長い時間このネタで引っ張る事が出来た。


 そうして初日の移動は無事和やかに終了し、最初の宿場町に到着した。


「安心して下さい、この先もタナカ殿を悩ますような事はありませんよ」


「それを聞いて本当に安心しました」


「まぁ、オホホホホホ」


 実際のところもう西側の地域以外は正直行きたくなくなりそうだった。


 今日泊る宿も街道沿いの宿場町の宿としてはこれまでとは断然違う上品さで、そもそも町の中に入った時点で異臭がほとんどないという事だけでも、極めて快適だった。


 当然窓から糞尿を捨てるとか、普通にそこら辺に肥溜めがあるなんていう事は全くなかった。まさにこれこそが正しい文明社会だと若干偏った認識をする程だった。


 しかもこの宿も素晴らしい事に個室部屋に水洗トイレと浴槽付きの風呂場があった。中央都市にあったハイラル家別邸の屋敷程ではないが、それでも清潔感溢れる綺麗な水回りだった。


 身分と地域と経済の格差による結果であることは良く分かるし、本来ならばこうした格差社会はなるべくない方が良いことも重々承知しているが、それでも正直に言うと、こうして圧倒的に衛生的な環境で過ごすことが出来るということのほうが断然良いと思ってしまうのは現代の日本出身の身としては仕方のない事だった。

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