第64話
朝食を軽くしていて良かったと思う程に、実に美味しい昼食をご馳走になり、私はかなり満足してご機嫌な状態になった。今なら簡単に言いくるめられそうだ。
初めてリシャールに会った時は西側の王侯貴族に属する一人ということで割と警戒していたが、今やすっかりガードはだだ下がりという有様だった。
食後は来た時とは別の庭園を見て回り、その後屋敷の中へと入り、過度に装飾されていない落ち着いた応接室に腰かけた。
程なくしてティーセットが運ばれてきたが、給仕の人達はすぐに退出して、部屋の中には私とリシャールとソフィーリア婦人の3人だけになった。
給仕の人の代わりにソフィーリアがお茶を注いでくれて、皆一口すすったところでリシャールが本題に入り始めた。
「遠い昔の事です、かつて我が領地には良質な銀鉱山がありました。我らの祖先は元々は山師であり、初めて青銀鉱石を発見した人物としても知られております」
「そして鉱山夫を雇い入れ、小さな集落を築き、やがて村へと発展させていったと言われております、それから数世代経ってその地方の豪族となり、王からも認められてハイラルを名乗り貴族へと昇華したのです」
「最も繁栄を極めたのは3代目の頃で、その頃は多くの人で賑わい、領民も大変裕福でした、経済的に恵まれたので優秀な商人の方も集まり、その頃の当主はそうした者達を集めて領地の今後について意見を聞きました」
「ほとんどの者達が長い目で見ればいずれ全ての銀を掘り尽くし現在の豊かな状況を維持するのは難しくなると予測しました」
「そこで、当主は次世代の当主や領民達のために、鉱山資源に代わる新たな産業基盤を築くために、鉱山で得た多額の資金を投資し、山を開拓して農地に改良したり、道路を整備して流通の便を良くするなどの事業を開始しました」
「そうした先代の先見の明のおかげで、銀を掘り尽くした現在でも質の高い農産物を整備された道路で各地に送り届けることで我が領地は没落することなく存続出来ております」
私は本心から感心した様子で頷いて聞いていた。大抵の場合、最も裕福な頃に贅沢三昧を楽しみ、甘やかされて育ったバカ息子がその跡を引き継いで、最終的に銀を掘り尽くして金が底をついて没落して消えるパターンだろうと思っていたからだ。
「とはいえ、最も栄えていた頃に比べると収入も人口も半分にも届かないという状況です」
「そんなに・・・」
「はい、ですが先代のおかげで食料自給率は高く、誰も飢えることなく安定した生活を送り続けておりますので領民達も私も満足しております」
「そうですか」
今回私はまず間違いなくリシャールはドグリアスの穴での一攫千金と同じ様な事を狙って私に話しかけてきたのだと思っていた。特にその点についてはまったく軽蔑する気はないし、それはごく普通に当然だろうと思っていた。
しかしリシャールはいきなりそうした話を切り出すことはなく、ハイラル家の成り立ちから繁栄、そして現在に至る状況を説明し、しかも現状に満足しているという心境まで語り、鉱石宝石お宝発見で一緒に大儲けしようぜなどという話しは今のところ全く出てこなかった。
「先日、タナカ殿がこれまで見たこともない程の高純度の青銀鉱石に加え、様々な貴重な宝石をドグリアスの穴で発見なされたという事を知り、さらにドグリアスの穴周辺で出現した恐ろしい大男の威力偵察に、かのモルサール流剣術総本家の先代当主であられるシャルリッヒ様と共に赴き、偵察はおろか見事討伐して無事ご帰還なされたというその働きぶりたるやおよそ常人の為せる技ではない真に素晴らしいご活躍でございました」
「いやいや、確かにシャルリッヒ様は常人離れした剣の達人でしたが、私はただお世話役としてそばに付いていただけです」
「タナカ殿はご謙遜なされておりますが、これまで多くの腕利きの探検家や戦士達を退けてきたあの恐ろしい大男に対して、例えシャルリッヒ様のお世話役として付き従えていただけだとしてもご立派なものです、あれ程までに恐ろしい大男ならば大抵は逃げ出してしまいそうなものですから」
「実際、怖くて逃げたいくらいでした」
「ハハハ、お気持ちは分かります、でもタナカ殿は逃げずに最後まで成し遂げなさいました、蛮勇ではなく怖さと向き合った勇気をもって。実にご立派でございます」
「有難うございます」
「昨日お話しした通り我が領地にもドグリアスの穴に似た風穴の名所がございますが、この場所には鉱山や宝石の類はございません、何世代もかけて我が領地の鉱山は全て発掘し終えており、この場所も相当前に奥までしっかり調査済みでございます」
「ただとても珍しい場所であり、近くには白い温泉が湧いているので、大勢ではありませんが観光と温泉を楽しみに来てくれる方々が少なからずいて、お土産に自慢の農作物も喜んで買って行って下さいます」
「白い温泉ですか!いいですね!」
「はい、美容健康にも効くとのことで、入浴後は肌がスベスベになるそうですよ」
「わっ!それは是非入浴したいです!」
「おお、それは何とも嬉しい限りです、しかし半年前程からそうして観光に訪れた人々の間で、何やら不思議な生き物を目撃する噂が出始めました」
「不思議な生き物ですか?」
「はい、子供くらいの大きさで全身毛で覆われているのですが二本足で立っており、ヒトのような姿をしているらしいのです」
「何ですと!」
キタッ!それってもしかして獣人ではないだろうか!いよいよファンタジーらしくなってきた!
「特に観光客やその地で温泉を管理している住人などに危害を及ぼしたという事は今のところありません、目撃者の証言ではすぐに逃げたそうなのです」
「それは実に興味深いです」
「さすが探検家タナカ殿、そう言って頂けると思っておりました」
「はい、この目で見たくなりました」
「有難うございます、本来ならば組合に報告して正式な調査依頼を出してもらうのが筋なのですが、私としてはあまり事を公にしたくはないのです」
「その理由は?」
「はい、正式な依頼の場合、多くの人に知れることになります、そして場合によってはその生き物が殺されてしまうかも知れません、無害な生き物であればそっとしておいてあげたいのです」
「素晴らしい!同意します!いや、そういう事ならば是非協力させて下さい!」
「なんと!?なんと!!驚きました、そのように即断即決していただけるとは全く思いもしませんでした」
「これまで回りくどい話しをしてしまい、大変申し訳ありませんでした、こうして話しをすることで何とかタナカ殿に生き物を傷つけずに穏便に調査をしてもらえないかという魂胆で長々と話しをしてしまいました、浅はかな考えをどうかお許し下さい」
「いえ、かえって私は安心しました、私の方こそリシャール様に対して無礼な事を考えていました、私はてっきり風穴の名所で鉱石や宝石を見つけて大儲けしたいのだと思っていましたから」
「いえ、そうお考えになるのは当然の事です、もしも風穴が調査済みでなければ、宝探しをお願いしていたことでしょう」
なるほど、確かに最初はなかなか本題に入らず少し回りくどいなと感じたが、それはそうした理由があったからなのか。
しかし今こうして互いの本心が分かりあえたのはとても良かった。第一印象から悪い人ではなさそうだと思っていたが、その通りの人達だったし、依頼の内容も実に興味深い上に、出来れば生き物を殺さずにそってしておいてあげたいという優しいところも大いに気に入ったので、この件の調査は喜んで引き受けようと思ったのであった。




