第63話
宿に戻るとマチャントが大喜びで無事の帰還を出迎えてくれた。
私はそこで昼間に起きた事を思い出し、田舎貴族を名乗るリシャール・コルサ・デル・ハイラルなる人物について知らないか尋ねてみた。
「なんと!ハイラル家はかなり歴史のある名門貴族ですよ!確かに地方貴族で派手さはないですが、領民にも慕われている穏健な貴族です」
「そうなんですね、確かに貴族にしては私のような一般人に対してもとても丁寧な接し方だったので、少し驚きました」
「いや、タナカ殿が一般市民というのは過小評価過ぎるとは思いますが・・・ともあれ、ハイラル家の方々ならばそのような態度を取るのも頷けます」
「そうですか、それを聞いて少し安心しました」
「何かありましたな?」
「さすがです、実は明日昼食会に誘われました」
「なんと!それは凄い!とはいえただのお食事会ではありませんな?」
「ええ、それがハイラルさんの領地でもドグリアスの穴のような風穴の名所があるそうで、そこで半年程前から何かが出現したといううわさが出ているそうなのです」
「なんと!」
「祝賀会の場には多くの人がいるので詳しい話は明日の昼食会の場で話すと言われて、私が今知っているのはそれだけなのですが、どう思います?」
「ウーム・・・これは興味深い、実に興味深いですな・・・」
「ですよね、なので私も続きを詳しく聞いてみたくて誘いを受けることにしたのです」
シャルロッテとマリーの誘いを断ってまで。
「分かりました、私もなるべく周りから悟られないよう注意してハイラル家とその領地付近について情報を収集してみます」
「有難うございます!」
やはり商人であるマチャントは頼りになる。商人という職業ならではの情報網に情報収集能力は極めて重要で、しかも互いにそれなりの信頼関係を築いているので内密にしたい事も打ち明けられるというのはとても貴重な存在だった。
翌日、いつもよりゆっくり起きて、水洗トイレと朝のシャワーの有難さに大いに感激して、軽く朝食を済ませてのんびりしてから頃合いをみて宿屋の玄関へと向かった。
人の多い中央都市でも黒髪の人間の割合はとても少なく、おまけに腰に刀を差してる人間など他に誰もいないということで、私をエスコートする役の人はすぐに私に気付いたようで、目が合うと軽く一礼してこちらに近づいてきた。
「タナカ様でございますね?」
「はい、タナカです」
「私はハイラル家の使いの者でございます、馬車までご案内いたしますので、付いて来ていただけますでしょうか?」
「分かりました、よろしくお願いします」
そうして使いの人の後に付いていき、角を曲がった所で割と目立たないところに控えていた馬車が目にはいった。
「どうぞ」
使いの人が馬車の扉を開けてくれて、私は中に入って座ると、使いの人は扉を閉めて、馬車の中には入らず運転手の横に座った。
「それでは出発いたします、昼前には余裕をもって到着いたします、それまでおくつろぎください」
そうして馬車は静かにゆっくり動き出した。
馬車は城塞都市の西側の大門を抜けて、中央都市郊外へと進み、小高い丘のエリアへと向かった。この世界に疎い私ですら明らかに高級住宅街の様相を呈しているのが分かるエリアだった。
それから1時間半程進んだところで広い敷地の鉄の門を通過して敷地の割には少し小さく感じる屋敷へと速度を落として馬車は進んだ。小さいといっても普通の一般住宅よりは遥かに大きかった。そして敷地内の庭園はとてもよく管理されていて、目隠しの木も芝生も花々も手入れが行き届いていた。
どうやら食事会はそんな素敵な庭園で開かれるようで、綺麗な白い石のテーブルと、その周りで給仕の人達が食器を並べている姿を目にした。
馬車は玄関前で停車し、扉の前ではわざわざハイラル家当主のリシャールが出迎えていた。
「ようこそお越しくださいました!タナカ殿!」
「お招きいただき有難う御座いますリシャール様」
「こちらは妻のソフィーリアです」
「初めましてタナカ様、ソフィーリアと申します、お目にかかれて嬉しく存じます」
「有難う御座いますタナカです、私もお目にかかれて光栄です」
初めてリシャールに会った時はそれはもう憎いくらいのイケメンだと思ったが、その妻のソフィーリアを見てますますリシャールが憎たらしくなってしまう程、目の前のソフィーリア婦人は美人で、これまで会ってきた女性の中で最も上品だった。
「今回こちらの別邸に来ているのは私と妻のみですが、他に祖父母と子供が6人おります」
「そうなんですね」
それは大家族ですねと言おうと思ったが、それが普通かも知れないのでそれは言わなかった。
そのままとても素敵な庭園をゆっくり回り歩きながら食卓へと進んでいき、どうやら食事の支度も完了したようで、給仕達はリシャールに目配せして頷いた。
「ありがとう」
リシャールもソフィーリア婦人も普通に自然に優しく声をかけ、給仕の人達もこれがごく普通の日常のような態度だったので、今日だけ良い人を演じているのではない事が分かった。
「それではささやかながら昼食会を開きたいと思います、本日はお忙しい所お越し下さり真に有り難うございます、タナカ殿におかれましては私共の食事を楽しんでいただければ大変幸いでございます」
「こちらこそこのように素敵な食事会を開いて頂き感謝いたします、なにぶん普通の庶民なものですからどこか至らぬ点もあるかと思いますが、何卒ご容赦願います」
「いやいやなんのなんの、私共は些細な事は気にいたしません、それにそのように丁寧な挨拶をなされるタナカ殿からはとても品の良さを感じます」
「わたくしもそう思いますわ、タナカ様の立ち居振る舞い、そして漂う雰囲気からもタナカ様の品の良さを感じておりますわ」
「何とも恥ずかしい限りです、実は精一杯努力して良く見せようと演じているところです」
「まぁ!」
「ハハハハハハ!ではどうかいつものままでリラックスして下さい、私共も田舎出の者ですから、いつも通りの調子でいくことにします」
「有難うございます、少しホッとしました」
「ではまずこの出会いに乾杯といきましょう!」
こうして互いに緊張がほぐれる事が出来て、良い感じに食事会はスタートした。
「あっ!この前菜の貝は美味しいですね!」
「おお!気に入っていただけましたか!その貝はですね・・・」
「スープもほんのり甘さがあってトロリとした濃厚な味わいが凄く私好みです!」
「まぁ!気に入っていただけて嬉しいですわ!そのスープの具材には・・・」
「このミートパイ最高ですよ!こんなの食べた事がない!凄い!表面のパリパリ生地と下のふっくらした厚手の生地の対比が絶妙な上にこの柔らくて肉汁溢れる肉とソース!町の高級料理店でもこれ程のミートパイは食べれませんでした!」
「皆聞いたかね!いや、これは大変光栄です!そのミートパイは実は我が領地の名物料理なのです!」
「そうなんですね!」
「いや、これは実に喜ばしい事です!タナカ殿に我らの郷土料理がそれほど気に入ってもらえる事が出来て今日はとても嬉しい日です!」
実際お世辞抜きで美味しく、この絶品ミートパイはほぼ私一人で食べ尽してしまった。しかし綺麗に全て完食した事をリシャールを始め給仕の人達も大いに喜んでくれたので、私はすっかりここの人達が好きになってしまった。




