第62話
大男討伐祝賀会が開かれているパーティー会場の中で、私はとある田舎貴族の当主を名乗る人物から驚きの内容の話を聞かされた。
「この場で詳細を語るのは他の方々の目もありますので、よろしければ明日の昼にささやかな食事会を開こうと思いますので是非とも来ていただけませんか?詳しい話はそこでお話ししたいと思います」
「・・・分かりました、お伺いいたします」
「おおこれは僥倖、では明日の午前にタナカ殿が宿泊なされている宿の前に使いの者を行かせます」
「お手数おかけします」
「いえ、とんでもございません、それでは私はこれにて失礼いたします」
そうして田舎貴族を名乗るリシャール・コルサ・デル・ハイラルは私から離れて行った。
恐らく西側の王侯貴族の中の一人であることは間違いなく、第一印象としては悪い印象を感じなかったのだが、ごく短い間の会話だったので何か裏があるとしてもそこまで見抜くことは不可能だった。シャルロッテならばモルサール八式で見抜く事は出来るのだろうか?
その後、各組合の長がやってきて一言二言労いの言葉をかけてくれた。世話役とはいえ今回の活動内容はしっかり組合の活動として高く評価するとのことで当然報奨金も出るとのことだった。
やがて午後3時の鐘が鳴ったタイミングで祝賀会は終了となり、皆それぞれ会場を後にしていった。
私はヴォルタークに呼び止められ、そのままヴォルタークとシャルロッテと一緒にモルサール本部道場へと向かうことになった。
会場を出ると小さな神輿のような運搬可能の椅子が待っていた。
「父上、どうぞ」
と、言ったのはヴォルタークである。
「ウム」
シャルリッヒに扮したシャルロッテは気疲れはしたかもしれないが、身体の方は全く疲れていないはずではあるけれども、大分疲れた様子を演じて椅子に腰かけた。
椅子の前後にはソルドン並みに屈強な門下生がいて、神輿のような担架のような運搬可能椅子を軽々と持ちあげて、上半身はほとんど上下動のないモルサール流歩方術で水平に滑らかに進んで行った。
ヴォルタークはいつも以上に口数少なく、表門に到着するまで一言も発しなかった。もしかして道中シャルロッテと同じ部屋で過ごした事がバレてるのだろうか、とりわけ個室露天風呂付きの温泉宿の事もバレているとしたらこの後私は二度目の死を迎えるかもしれない。
そんな事を考えていたところで表門に到着し、そこにはズラリと上級門下生達が出迎えていた。当然そのほとんどが大きな身体で強面だった。
「「「お役目ご苦労様でした!!」」」
まるで刑務所から出てきたアレな職業の人に対するアレな人達の出迎えのようだった。
シャルロッテ扮するシャルリッヒはとても疲れた様子で片手をあげて応えた。
「先代当主様は大変お疲れである!今宵は内々で先代様のお世話をするので、今日は皆解散せよ!出迎えご苦労であった!」
「「「ハハァッ!!」」」
まるで時代劇のような光景だが、誰一人着物を着ていないしチョンマゲもしていない、そもそも黒目黒髪の東洋人は自分しかいなかった。
「オヌシはワシと一緒に来い」
「は、はいっ」
そうしてヴォルタークの後ろについていつもの離れへと向かった。
もはや見慣れた感のある離れの小屋の前ではマリーが頭を下げて出迎えていた。とりあえず無事シャルロッテをマリーの元に送り届けるお役目を果たした事で私はとてもホッとした気分になった。
小屋の前で神輿を降ろすかのように静かに椅子を降ろし、手を貸そうとした門下生に対してシャルロッテは片手をあげて「よい」と言い、自らの足で歩いた。
「先代様、無事のお帰り嬉しく存じます」
恭しい言葉遣いではあったが、そのセリフ通りマリーの声は嬉しそうだった。
「ウム」
ヴォルタークは椅子を運んで来た門下生に労いの言葉をかけると、門下生は深々と頭を下げて去っていき、十分離れて行ったのを確認してから小屋へと入っていき、私にも中に入れと言った。
「もういいぞシャルよ」
「ハァ~・・・疲れてないけど疲れた・・・」
「ウフフ、ご苦労様でした姉さん、今顔を拭きますね」
「ウム、頼む」
シャルロッテは付け髭と眉毛をベリベリと剥し、マリーはホカホカの蒸しタオルでシャルロッテの顔を優しく丁寧に嬉しそうに拭き始めると、いつものとんでもなく美しい美少女が現れた。
「ハァ~・・・気持ちいいのう~・・・マリーの顔拭きは母ちゃんを思い出すのう~・・・」
「ウフフフフ」
そうしてシャルロッテの顔を拭き終わると、今度はお茶を淹れますねと言ってすぐ後ろにあるキッチンへと向かった。
程なくしてお茶が配られ、久しぶりにマリーの淹れてくれたお茶をすすると温かくてほんのり甘くて優しさが身体に染み渡るようだった。
「「ハァ~・・・」」
と、私とマリーが同時に息を漏らすと、マリーはクスクス笑った。
するとそれまで黙っていたヴォルタークは椅子から立ち上がり私の方に向かった。これはいよいよ説教タイムの始まりかと思った。
「タナカよ」
「はっ、はいっ!」
「シャルを無事連れて帰ってくれたこと、一人の父親として心から感謝する」
ヴォルタークは私に向かって深々と頭を下げた。
「有難うございますタナカさん!」
マリーも一緒に深々と頭を下げた。
「わっ、あっ、えっと、その、どっどういたしまして!当然の事をしたまでです!」
ヴォルタークは着席し、マリーは夕飯の支度をすると言ってキッチンに向かった。
「今朝デルリシアンから秘文が届き事の真相を知った」
「・・・ゴクリ」
「タナカよ」
「は、はいっ」
「正直に答えよ、何故手柄をシャルに譲った?」
「それは・・・多くの人にとってそれが一番良いと思ったからです」
「知っておる、デルリシアンの文にそう書いてあった、ワシが知りたいのはオヌシの本心だ」
「・・・それは自分にとって最も都合が良いからです、これ以上自分の名が世間に知られると、この先生きていく上で色々と面倒だからです」
「それが一番の理由か?本当にそれがオヌシが一番大事だと考えた理由か?」
「・・・」
さすがモルサール八式、いや、そんなものを使わなくても家族なら分かってしまうか・・・
「いえ、一番の理由はシャルさんを自由にしてあげたかったからです、もうシャルリッヒ様を演じる事なく、そのままの姿で自由にどこにでも行けてシャルさん自身の人生を送らせてあげたかったのです」
「そうか・・・それがオヌシの一番の理由か」
「はい、これが私の本当の一番の理由です、どうかご検討の程お願いします」
「分かった」
ヴォルタークは静かに席を立ち、もう一度私に礼を言って退出した。目には涙を浮かべているように見えた。
ブウゥーーーッ!!
いきなり何の音かと思ったらシャルロッテが鼻をかんでいる音だった。大粒の涙もこぼれていた。
その後三人で囲む食卓はとても優しく温かく心が喜ぶ味だった。
二人からは泊っていけという最上級のお誘いを受けたのだが、明日出かける用事があり、午前中に宿の前で待ち合わせる約束もあったので極めて断腸の思いで断り、月がとても綺麗な夜空の下、私はとても最高な気分で宿へと戻ったのであった。




