第60話
『ところでお前、この世界で目覚めてどれくらいになる?』
「・・・2か月くらいだ」
『そうか、オレはひと月前くらいに目覚めた、まさかお前2か月程度でこの世界のNPC達の言葉を覚えたっていうんじゃないだろうな?』
「いや、初めて出会ったときに既に分かった、というよりも私にはお前の言葉も含めて、全て日本語に聞こえている」
『なに!そうなのか!?お前は英語を話しているんじゃないのか?』
「いや、私はずっと日本語しか話していない・・・つもりだが、違うのかもしれない・・・」
『それは魔法か何かか?・・・ってお前、この世界で魔法を見たか?』
「いや、見ていない」
『そうか・・・それはかなりガッカリだな、異世界なら魔法があって当然だろう?異世界ファンタジーは魔法があるから面白いんじゃねぇかよ、なんだよまったくガッカリだぜ』
ファイヤーボールなどのような明らかに魔法といえるものはこれまで全く目にしていないが、不思議な力が込められた宝石があるという点については今は黙っていた。
『ハァ~・・・しかしそうか、ここにはオレ以外にも地球人がいるっていう世界なのか、オレ強ェー!っていう無双系の世界じゃねぇのかぁ・・・』
『まぁでもこれからそうなるようにしていけばいいんだよな、そうだよな、そうやってレベル上げしていくのもRPGの醍醐味だよな』
いくら普通庶民だった私にも、空気が変わったことには気が付いた。
『他にも色々と聞きたい事があったが、まずはレベルアップしておくか』
「待て!話し合おう!同じ地球人じゃないか!」
などというセリフを言う事なく、私は黙って静かに刀を構えた。
3メートル近い恐ろしい鬼の怪人を目の前にしているにも関わらず、私は自分でも不思議なくらい心が落ち着いていた。いや、落ち着いていたというよりも、とても冷たい何かが生じてくるのを感じた。
『オレはな、オレにとってはな、この世界はダークファンタジーであって欲しいんだよ、好きなように殺戮して犯しまくってオレ強ェーしてぇんだよ、この素晴らしくイケてる身体を手にしたっていうことはそういう事なんだよ、そこへいくとお前は完全にモブキャラのNPCじゃねぇか、お前はオレにとっちゃ単なる養分なんだよ、これからオレの素晴らしいダークなストーリーが始まるんだよ』
私はとても残念だった、残念極まりなかった、同じ地球から来た人間が最も会いたくない種類の人間だった。そして・・・
彼を生かしておくわけにはいかなかった。
ドクン・・・私の中で何かが目覚めた気がした。
それは明確な意図をもった殺意だった。とても冷たくて何の喜びも意味も価値もない、冷えきった感情だった。
鬼の怪人はよくありがちな「死ねやコラー!」みたいなセリフを吐いて大振りしてあっさり殺されるという事にはならず、一切無駄口を叩かず隙も見せずしっかりと金棒を構えて戦闘態勢を整えた。
一方の私はというと、既に自分という自我を失って、ただ斬るという目的のみで動くだけの人形のようになっていた。
誰にも見せたくない顔だった。
『悪く思うなよ・・・って無理な話か』
バオウッ!
凄まじい突進からの振りだった。完全に目が追い付かない速度だった。その一振りの風圧だけで吹き飛ばされるんじゃないかという程の圧倒的な力の一振りだった。
私はぼんやりと空からそれを眺めていた。
『ンンッ!?どこだ!?』
鬼の怪人は振り返った。上半身を捩じって振り返った。そのまま回転して下半身からずり落ちた。
『何だ!?何が起きてる?視界が・・・あっ!ステータスが!オレのHPが!まっ!待て!待ってくれ!そんな話があるか!コレはオレのストーリーじゃないのか!?オレがこの世界の・・・』
そのまま何も言わずに無言で私は無抵抗の人間だった者の首を刎ねた。力も技も心も要らなかった。
ただただ虚しさだけが残った。どうしようもない虚しさだけが残った。
その後鬼の怪人の首をタオルでグルグル巻きにしてリュックに入れて、刀は鞘にしまって巨大な金棒を肩に担いで鬼の怪人の足跡を頼りに来た道を引き返した。
穴を掘って鬼の怪人の身体を埋めたかったがシャベルがないのでそのままにしておいた。また、火種もないし山火事になったらいけないので火葬にすることも諦めた。肉食の獣などに食い散らかされなければ良いが・・・
それから来た時に降りたり登ったりした崖を通過して、何とか来た道通りに辿っているようで、少しずつホッしてきた。
結局数時間の出来事であったのと、雨が降っているわけでもないので、大きな鬼の怪人の足跡は素人の自分でもハッキリ分かる程に残っていたので、まず道に迷うことはなさそうだった。
そうしてただ一人森の中を戻っていたところで、私の期待に反した存在がこちらに向かってきているのが分かった。安全な場所で私の帰りを待っていて欲しいという私の期待に反した存在が複数こちらに向かってきているのが分かった。
「タナカ!タナカよ!無事であったか!タナカ!」
それは同じ地球出身の人間ではなく、出会ってまだ間もないこの世界の人間だった。
「スマヌ・・・オヌシ一人を行かせて待っておるなど出来んかったのじゃ・・・許してくれ」
私の心には先程までのとても冷たく空虚な感情ではなく、温かくて嬉しい感情が戻ってきた。
「タナカ!無事か!」
「おお!タナカ!」
「タナカよ!」
「タナカ!」
「・・・」
そうして皆の顔を見ることが出来て、私はいつもの自分に戻る事が出来た。誰よりも何よりも安心したのは自分の方だった。
皆と一緒に温泉村に戻る道中、私はギャラガ達に鬼の怪人の首を討ち取ったのはシャルリッヒだという事にしてくれと頼んだ。
当然理由を尋ねてきたが、ともかくそうした方が自分も含めた多くの人にとって良い事が多くあるからだと答えた。
まず自分は静かに平穏に暮らしたいので、これ以上名前が知られるのは避けたいというのと、今回名声にやや陰りが生じてしまったモルサール総本家にとってはメンツを取り返す絶好の機会というのが大きな理由で、それ以外にもそうした方が様々な点で多くの人や組織にとって都合が良く、利益にもなるのだと説明した。
また、そのことでとても救われて自由になれる人がいるということも強く主張した。
まだそれほど長い付き合いではないギャラガ達ではあったが、ギャラガ達はそんな私のお願いに全く異を唱えることなく了解してくれた。
「討ち取ったのはタナカだ、だからタナカがそう言うのなら俺達はそれに従おう」
「確かにタナカが言うようにした方が、多くの人間にとっては都合が良いのは間違いない」
「実際もしも事実を公表したら、タナカに挑んでくる血の気の多い連中が出るかもしれんしな、その点モルサール流の先代当主ともなれば、まず手を出そうとする奴などいないだろう」
「有難うタナカ、オレはお前を尊敬する!」
「・・・」(頷くグルカン)
「良いのか・・・オヌシ・・・」
「はい、そうする事で喜ぶ人がいます、私はその人の喜ぶ顔を見たいです」
「そうか・・・恩に着る・・・タナカ」
そうして私達は温泉村へと戻っていった。
わずか7人で挑み、まだ昼前という早さでの討伐完了だった。




