第59話
先ほど見た地図をしっかり頭の中に叩き込み、迷わないように慎重に周りを見渡しながら、それでいて決して音を立てないように進んだ。集合地点からは大分離れているので音を出しても気付くことはないだろうと思われるがそれでも静かに進んだ。
既に私も抜刀して進んでおり、そのせいか分からないが前回来た時よりも明らかに感覚が研ぎ澄まされている気がした。
一人になって進んでいると余計にその感覚が強まり、私は心理的不安から過敏になっているだけなのではないかと思って、静かに深呼吸を繰り返し心を落ち着かせる事を意識しながら進んだ。
シャルロッテが目的地に到着するのはおよそ10分後で、焦らなくても私が待機する場所までには十分余裕があるが、何せ腕時計などない状況なので時間の進行具合が分からず、一応心の中で数をかぞえて時間を測っていたが、かなり不安だった。
そんな心の焦りを感じながらも、トラブルも失態もなく目的地と思われる地点に到着した。
なるほどハンテルの言う通り、その場所は少し傾斜した小高い場所になっており、結構先の方まで見通せる事が出来た。
先ほど私が感じた圧は単なる私の思い込みではないだろうかと疑念が生じる程辺りは静かで、よく目を凝らして前方を見ても何も動くモノの気配はなかった。
それでも我慢して心の中で数をかぞえ続け、ちょうど120回を超えたところで変化が現れた。
遠くからでもはっきり分かる青く大きな人型のシルエットが木の間から姿を現わした。
でかい!まるでグマンの王並の大きさで3メートルはありそうだ!
しかしグマンの王と決定的に違うことに、ソレは右手に巨大な棍棒を持っていた。その棍棒は鈍く光るくろがね色で、まさしく鬼の金棒だった。
私はいつでも全速力でミサイルのように自分を発射出来るよう体制を低くして力を溜め、何故かそこでカウントダウンを開始した。
10…9…8…7…6…5…4…
3…
2…
1…
私は迷わず地面を蹴って自分を発射した、同時に凄まじい雷のような怒号が響き渡った。しかし私の耳には、いや、脳には届いていなかった。それ程全集中で全速力で突き進んでいた。
グングン青い人型のシルエットが近付いて来て、間違いなく鬼の怪人の顔が驚きの表情であるという事まで確認出来た。
そして鬼の怪人の右脇腹にはシャルロッテ、いや、先代当主シャルリッヒの愛剣が刺さって・・・いなかった。しかも剣は少し曲がっていた。
シャルロッテはまったくそれにはこだわらずに、素早く鬼の怪人の死角へと移動して、鬼の怪人のスネ、いわゆる弁慶の泣き所に向けて思いきり剣の鞘を叩きつけた、これで痛がってくれれば良いが、効かなくともこれで意識を下に向けさせて、鬼の怪人の目を狙うという戦法であることは私には分かっていた。
私もあと3秒で攻撃圏内に入るというところまで来ており、まだ鬼の怪人はこちらを見ておらず、全てがうまくいきそうなタイミングだった。
シャルロッテは私が近付いていることを気付かせないようにもう一度雷声を放ち、目を狙って剣を突き刺そうとし、私にはその瞬間がまるでスローモーションのようにハッキリ見えた。
と、同時に私も刀を右上段に掲げて勢いそのままジャンプしてグマンの王の時のように首を刎ねるつもりで刀を全力でフルスイングした。
完全な不意打ちで確実に成功すると思われたその瞬間・・・
『危ねぇッ!』
鬼の怪人はその巨体からは想像出来ない程に驚異的な身体能力で側転して正面と背後の同時攻撃を回避した。
ズザザァーッ!
『オイオイ何だお前ら?一体何なんだ?って、何ィッ!?何でそっちのヤツのステータスが見れねぇんだ?バグか?おかしいぞ!どうなってる!?』
・・・何だ?何を言っている?そっちの方こそ何を言っているんだ?ステータス?バグ?いや、それどころかコイツが言っているのは何語だ?何故私には分かるんだ?
『そこのお前!お前はNPCじゃないのか!?』
何だって!?NPC?NPCって何だ?何か・・・何かあったような気がする、確か・・・そうだ!ゲームだ!ゲームに出てくる町の人とかの事だ!
「きっ君はっ!君は地球人か!?」
『何だ?何を言ってる?ったく、普通この手の異世界モノなら言葉は分かるはずだろうが!何言ってるのかサッパリ分からんぞ!』
「何じゃ?コヤツ何か言葉を話しておるのか?」
『しかも何だこのヒゲジジイ、25歳女性って書いてあるのに何なんだその姿は?しかもこれまでで一番強いステータスだぞ、訳分からん!』
「ハッ、ハロー!、ハウアーユー!ア、アーユーヒューマン?」
『だから何言ってんのか分かんねぇって!』
何故だ?目の前の鬼の怪人は地球から来た人間じゃないのか?どうして自分には鬼の怪人の言ってることが分かるんだ?
『チッ!しょうがねぇ!そっちのお前!付いてこれるなら付いてこい!』
そう言うやいなや、鬼の怪人は凄まじい速さで森を駆け抜け始めた。
私はすぐ後を追いかけ、シャルロッテも私に続いたがみるみる距離が離れていった。
「単独で深追いするなタナカ!」
「大丈夫です!今は戦う気がないようです!必ず村に戻りますから先に戻っていて下さい!」
「必ず戻ってこい!必ずだぞ!」
「はい!」
どんどん先を進んでいく鬼の怪人に遅れないように付いていくのはかなり大変で、時には崖を登り時には崖を飛び降りて行ったが、まず普通の人間には追跡は不可能だった。
既にどこにいるのか全く分からない状況で、先ほどシャルロッテに必ず温泉村に戻ると約束したが、とても一人で温泉村に戻れる自信はなかった。鬼の怪人の足跡が残っていればいいのだが・・・
そうして大分進んだところでようやく鬼の怪人は速度を落とし、少し開けたスペースに到着した。森に入った時は日の出前でまだ薄暗かったが、今はすっかり明るくなっていた。
『さて・・・ここらでいいか、お前以外は誰も付いて来ていないみたいだな・・・』
「・・・」
『お前、さっきは地球人かって言ったな』
「なっ!?言葉は分からないんじゃなかったのか!?」
『分からないさ、お前の言葉以外はな』
「でもさっき、私の言葉も含めて分からないといった様子だったぞ!」
『あれは演技だ、下手にこちらの情報を知られるわけにはいかないからな』
『さて・・・お前も地球人か?』
「そうだ」
『その姿から察するに東洋人だな、中国人か日本人か韓国人か・・・そうだ、その剣、カタナか?ということはお前日本人だな』
「・・・そうだ、私は日本人だ、しかしほとんどの記憶を失った、両親の顔すら思い出せない程に」
『ホウ!お前もか!オレも大分忘れてしまったぞ、そういうルールなんだろうな、この世界の』
「ルールか・・・ではその姿は一体どういうルールなんだ?」
『知らん、目が覚めた時にこの最高にクールな姿になっていたのだ、最初に自分の手足を見た時はさすがにぶっ飛んだぜ、ヤベェドラッグでもやってるのかと思った、しかしジャパニーズファンタジーアニメによくあるステータス画面が表示された時に、オレは全てを察したね、ここは異世界だってな』
あまりの事態の展開に正直私の頭の中は大混乱していた。目の前にいる鬼の怪人は地球人で、恐らく欧米人と思われ、しかも彼にはステータス画面が表示されるようだった。
これまで私には一切そうした画面など表示されなかった。何故私には表示されないのだ?まさかそれと引き換えにここにいる人達の言葉が分かるとかいうルールだったりするのか?
分からないことだらけで私はどう対処すれば良いのか、それこそ分からなくなってしまった。




