第55話
シャルロッテと二人きりの部屋の夜という緊急非常事態に対して、果たしてこのまま何事もなく朝を迎えられるだろうかと大いに心配していたのだが、いつも通り自分の枕で自分の刀を抱いて横になった途端、私の意識はすぐに途切れた。
昨夜の懸念もなんのそのでグッスリと眠り、朝を迎えることが出来てホッとしたのも束の間、シャルロッテはベッドの下に置かれていた用を足すための大きな陶器を取り出して両足の間に置き、ズボンを降ろし始めた。
私の眠気は一瞬で爆散し、文字通り飛び起きてそのまま弾丸のようにすっ飛んでドアの外にでた。
とりあえず私は1階に緊急退避したところ、もう少しで朝食が出来るというのでそのまま待機し、出来た食事は私が運ぶことにした。
一応ノックしてドアを少しだけ開けて、用は済んだか尋ねると済んだという答えが返ってきたのでホッとひと安心して中に入った。
「別に席を外さなくてもワシは平気じゃぞ」
「いやいやいや、シャルさんは若くて美しい女性の方ですからそうはいきません」
「前にも言ったがモルサール七式の認定試合の時はワシはワシ以外全員男達の中でおしっこもうんちも垂れ流しじゃったぞ」
「それはそれ、これはこれです、今は非常事態じゃないので、私は席を外します」
「まぁオヌシが気にするというのなら好きにせい、しかし付き人ならば主人のシリを拭くのも仕事のうちと思うがなぁ、怪しまれなければ良いがなぁ」
「ぐっ・・・確かに・・・」
ハラスメントに対して厳しい現代社会ならともかく、この世界は数百年以上遅れた感じのする封建的な社会なので、確かにシャルロッテのいう通り付き人ならば主人の世話として、そうしたことをするのは当然かもしれない。
あるいは老人介護とするならば現代社会でも寝たきりや認知の進んだ老人の排泄物の世話をしたり入浴の世話をするのはハラスメントでもなんでもない立派な仕事だ。今は表向きにはシャルロッテは90歳近いお爺さんのシャルリッヒに扮しているので確かにそういった世話をして当然かもしれない。
その後私は扉も仕切り板もない共同トイレで用を足し、隣で用を足していた人から「おお!盛大に出たなぁ!」と言われた。前回で慣れたとはいえ、やはりかなりキツイものがあった。早く水洗トイレのある温泉村に到着して欲しい・・・
2日目も快調に飛ばしたが、シャルロッテは馬車の中でも出来る鍛錬として馬車の中で中腰になって立ち、一応板バネサスペンションでショックはある程度吸収されているが、それでも時折結構揺れる事があり、その際運転手から揺れますと声掛けしてもらっていたが、シャルロッテは鍛錬するから声掛けしないでくれと言い、突然急に大きく揺れるのを察知して足首、膝、腰で柔らかく吸収して、常に頭の位置を水平に保つという驚異的な鍛錬を行った。
私も一緒に真似してみたのだが、これが凄まじく大変な鍛錬で、そもそも中腰のまま立つだけでも普通の人ならば太ももが筋肉疲労を起こして数分も立っていられないだろう。
それに加えて突然予測不能のギャップに対応して下半身を柔軟にしてショックを吸収するとか、とても常人の為せる技ではなかった。
しかも一時間以上続けたところで慣れたと言いだし、その体勢で私相手に手首合わせの練習を開始するという超人ぶりだった。
「オヌシもよく付いてくるな、大したもんじゃ」
「付いてくのが、ウワッ!精一杯ですよ」
「アハハ!今のは結構揺れたな!おっと!」
そうして食事と馬を休める時以外はずっと馬車の中でこの鍛錬を続けた。馬車の中だというのにとんでもなくハードなトレーニングで、足腰の筋肉、柔軟性、バランス能力、三半規管など、相当な鍛錬になった。
そんな状況だったものだから、2日目の夜も夜食を食べて身体を拭いたらすぐに熟睡する程だった。
明けて3日目、予定では今日の夜遅くに温泉村に到着するのだが、夕方近くなって予期せぬトラブルが発生した。
「とっ盗賊が道を塞いでいます!」
「ヤレヤレ・・・ここまで順調だったのにのう、やはりこの馬車は目立ったか、おまけに護衛もついておらんしの、なんとなく昼頃から見張られてるような予感がしたんじゃ」
馬車の中で予感がしたとか一体どういうセンサーを持っているんだと驚いたが、実は私も何となく見られているような気はしていた。
確かに特別なシルエットの馬車が尋常じゃない速度で護衛も付けずに移動していたらそりゃ目立つし何か重要な事があると思うのも当然で、そこにはとても高価な宝があると想像してもおかしくない。
「さて、どうするか、盗賊ごときならばワシの雷声で気絶させることも出来るが、馬も気絶するからダメか、ならば残念だが一番強そうなのを殺すしかないかのう、余計な殺生はしたくないが、先を急ぐ以上やむを得んか・・・オヌシはここで待っておれ」
「ちょっと待ってください、試してみたいことがあります」
「ホウ?」
フカフカのヒゲをつけているのと目が隠れる程の眉毛を付けているので表情は分からなかったがシャルロッテは興味深い様子で恐らく少し面白そうな表情をしていたようだった。
私はリュックの中からお目当ての物を探して手に取り、馬車から降りて外に出た。
外に出て前方を見ると運転手の言う通り3頭の馬と何も積んでいない空の荷車が横を向いて道を塞いでおり、目に見えるだけでも5~6人の体の大きな男達がいた。当然街道の側面からも別の視線を感じた。
私は深く深呼吸をして心臓の鼓動が早まるのを抑えて、先ほどリュックから取り出したアイテムを高く掲げてゆっくりと男達に向かって歩き出した。
「そこで止まれ!」
「我らはモルサール流剣術総本家の者だ!これからドグリアスの穴周辺の森に出没したという恐ろしい怪物退治に行く!金目のものは一切持っていない!そして中にいるのは一騎当千の最強の剣士先代当主のシャルリッヒ様である!また、私が手にしているのは木こり村周辺にいる盗賊団グマンの爪からもらった手出し無用の印である!」
我ながらよくぞ噛まずにアドリブで言えたものだと大いに感心した。これまでの約2カ月間での様々な経験によって大分胆力がついたようだ。
「なっ!・・・何だとッ!?」
「おっ、おい!」
「どうする?」
「いや、オレに聞いても・・・」
目の前にいる男達は一番身体の大きい男に集まってヒソヒソと話しをし始めた。
「それをよこせ!」
一番身体の大きな男がドスを利かした大声で言ったので、私は以前グマンの爪からもらった金属片を放り投げた。
男は片手でうまくキャッチし、私から一切目を離さずに横にいた別の男に金属片を渡した。
「・・・間違いねぇ!こりゃ本物だ!」
「一週間程前からやたらと普通じゃない様子の馬車が何台も通過したが、それも怪物退治とやらに関係するのか!」
「そうだ!腕利きの戦士や探検家が調査に出たのだが、その怪物には勝てなかった!死者も出た!」
「・・・」
ヒソヒソゴニョゴニョ・・・
一番身体の大きい男は横にいた男から金属片を受け取りこちらに近づいてきた。
「お前は馬車の中にいるというモルサール流剣術の先代当主の世話役か?」
「そうだ」
「いくら世話役とはいえ、随分ひょろっこい身体だな、腰に差してるその剣も料理用ナイフのようにひょろっこい、そんなんで怪物退治とやらにいけるのか?」
「私はあくまでもお世話役だがこれでも少しは使えるぞ、そうだな・・・あれくらいの木など一刀両断してみせるぞ」
私は先程から木々の間から視線を感じる方向を見て、その中で一番太く見える木を指さした。
「ハッタリを言うな!あんな大木をそんなひょろっこい剣で斬れるわけなかろう!」
「ならば、もしも一刀両断して見せたらすぐに通してくれるか?」
「よかろう!だが出来なければ馬も馬車も剣も何もかも寄こせ!命までは取らないでやろう」
「分かった!」
私は街道の側面にある大きな木へと向かった。すると木々の間に隠れていた盗賊達も姿を表した。




