第54話
ヴォルタークは当初今回の件についてはかなり軽く見ていたが、まさかここまで事態が深刻なものになるとは全く想像すらしていなかった。
組合の方はそれよりは真剣に事態を受け止めていたが、それでも上層部が想定していた範囲を大きく悪い方に超えてしまった。
王侯貴族の私兵集団はさておき、正式に依頼した組合員からも死者を出したという事で組合側も極めて深刻に重く受け止めていた。ちなみにまだ遺体や遺留品が発見されていないため、死亡は確定していないが生存はほぼ絶望的だと誰もが考えていた。
組合はモルサール本部に協力を要請して、上級門下生100名以上を派遣してもらえないかヴォルタークに相談を持ちかけた。
当然それ以外にも5級以上の組合員に高額な報酬を提示して100人以上集めると宣言した。
実際のところこの判断はデルリシアンからもたらされたもので、組合本部に報告書が届けられる前にヴォルタークの元にも届いていた。組合本部には知らせていない内容も付け加えられて。
「イヒヒヒヒヒ!こりゃすこぶる面白くなってきたぞタナカ!」
「えっと・・・何がです?」
「そりゃオメェ、ワシも大男討伐に参加出来るっちゅうことじゃ!」
「えっ!ホントですか!?」
「ああ、昨夜父ちゃんから相談が持ちかけられたんじゃ、何でもデルリシアンの手紙にはモルサール本家の威信を保つにはワシが行って大男を討伐するしかないと書かれており、大規模な山狩りをする前に先行偵察としてワシを派遣するという名目で、そのまま先に討伐してしまえという事じゃ」
「シャルさん一人で・・・ですか?」
「いや、それが文にはオヌシの名前も書いてあったそうじゃ、どうじゃ?一つオヌシも一緒に遊びに行かんか?」
「遊びじゃないですよ姉さん!」
「えっ?今遊びって言った?ワシ」
「言いましたよ」
「ええ、そう言いました」
「おっと、イカンイカン、軽率じゃった、しかしどうにも隠せない本音が出てしまったのじゃ」
「シャルさんが行く事はもう決定なんですか?」
「ああ、ほぼ決定じゃ、万が一の事があったとしても兄ちゃんが帰ってきたからもう安泰じゃ」
「万が一の事だなんてそんなのイヤです姉さん!」
「そうです!イヤです!ダメです!ダメ!絶対!絶対反対!断固反対!」
「とはいえ行くのはほぼ決定しておるし、戦うからには負けることもあるのじゃ、それが現実じゃ」
「そんな!タナカさん!何とかなりませんか?」
「・・・分かりました!私も行きます!どんな事があってもシャルさんを無事マリーさんのところに送り届けます!」
「良く言ったタナカ!オヌシの決意しかと受け取ったぞ!互いに思う存分暴れてやろうではないか!」
「いえ、危なくなったらシャルさんを抱えてでも逃げます」
「そうか、その時はシャルを頼むぞタナカ」
「はいっ!ってひゃああああッ!!」
相変らずいつの間にかすぐ側に立っていたヴォルタークだった。
「で、いつ出発すれば良いのだ?父上」
「明日の早朝に発て、今日中に支度せい」
「心得たッ!」
「そういうわけだ、タナカよ、二言はないな?」
「ありません!宿に戻って支度してきます!」
「ウム、明日の日の出前に、表門に来い」
「了解しましたッ!」
私は早速モルサール流歩方術でかっ飛ばして宿に戻って出発準備を整えることにした。
「えっ!明日朝に発たれるんですか?」
「はい、シャル、シャルリッヒ様、先代当主シャルリッヒ様の付添人として私も行くことになりました、ここ最近はずっとシャルリッヒ様から指導を受けていましたので、何かお役に立ちたいと思っていたところだったので丁度良かったです」
「そうですか・・・どうか、ご無事で戻ってきてくださいね」
「はい、あくまでも先行偵察が任務なので必ず無事帰還して、貴重な情報を持ち帰ってきます」
その後マチャントからは緊急医療キットとして、包帯、消毒液、軟膏、縫合用の針と糸、解毒剤、熱冷ましなどが入った箱を受け取った。実に有難い限りである。
そうして翌朝、辺りがほんのりと夜明けの光で白み始めてきた頃、マチャントの見送りを背にして私は宿屋を出発した。
モルサール本部道場の表門に着くと、まだシャル達はいなかったのでホッとした、私が後に到着したとあってはヴォルタークから雷が落ちそうだったからだ。実際まさに雷声で怒られそうだ。
しばらくその場で待機していると、シャルリッヒに扮したシャルロッテを筆頭にヴォルタークと大勢の門下生がやってきた。マリーの姿はないようだ。
さらにほぼ同じタイミングで2頭の馬が並列に並んだ小型の馬車が組合の方からやってきた、見るからに速そうな移動に特化したと思われる馬車だった。
「先代様、いえ、今日は敢えて父上と呼ばせていただくことをお許しください、どうかご武運を」
「ウム」
「タナカよ、父上を頼んだぞ」
「ハッ!必ずやシャルリッヒ様と共に重要な情報を得て無事に戻って参ります!」
「では、行って参る」
「先代様ァー!ご出陣ーーーッ!!」
「「「いってらっしゃいませ!!」」」
「「「ご武運を!!」」」
「父上!どうかご無事で!!」
そうして私達は小型の馬車に乗り込み出発した。ヴォルタークの表情からは愛する娘の無事を願う気持ちがひしひしと伝わってきた。
シャルロッテは真っ直ぐ前を見たままだったが、私はヴォルタークの瞳を真っ直ぐ見据えて力強く頷くと、ヴォルタークもしっかり頷いた。
城塞都市内では控えめな運転だったが、大門を過ぎて幅の広い街道に出るやいなや、馬車は一気に速度をあげて加速した。
かなりのスピードが出ているが馬車はそれほど酷く揺れることはなかった。後で見てみたら板バネ式のサスペンションがついていたので驚いた。
利用者は運転手を除いて2人だけで、荷物も最小限でしかも2人とも軽い体重なので軽量化に大いに貢献しており、それでいて恐らく選び抜かれた最上級の馬2頭が引っ張っているので、行きに商人達と来た時の倍以上の速さで進み、その日の夜には通常のゆっくりした移動ならば3日はかかる村に到着した。
どうやらあらかじめ組合から連絡が届いているようで、宿はすでに手配されており、チェックイン手続きなどもなくすぐに部屋に案内され、部屋に入ると食事もすぐに運ばれてきた。
しかもなんと・・・なんということか・・・あろうことか、とんでもないことに部屋はシャルロッテと一緒の部屋だった。
果たしてこのことはヴォルタークは知っているのだろうか、もしも知られたら首チョンパされそうな気がする・・・
私はそれはもう極めて落ち着かないのだが、シャルロッテは全く気にした様子はなかった。
まだシャルロッテはシャルリッヒに変装したままなので、私は目の前にいるのはお爺さんだお爺さんだと何度も自分に言い聞かせてとにかく意識しないように心がけた。
食後に食器を取りに来た女中さんが身体を拭くためのお湯が入った大きな桶を持ってきたので、私がドアの前に行って受け渡しを行った。
ドアを閉じて戻るとシャルロッテは普通に服を脱ぎ始めたので私は慌てて桶を置いて部屋を出ようとしたところをシャルロッテに凄まじい柔術の技をかけられて身動きを封じられた。
「アホウ、オヌシはワシの付き人じゃぞ、主人の身体を拭かずに部屋を出てどうする、宿の者に疑われるぞ」
私はシャルロッテに口も封じられていたのでコクコクと頷き、とりあえずそのままシャルロッテに背を向けて正座した。
「ホレ、ワシの身体を拭かんか」
「勘弁して下さい、ヴォルターク様に殺されます」
「誰も何も言わなければ大丈夫じゃ」
「この上なく美しいシャロさんの大事な身体に触れるなど、恐れ多くてとても無理です!」
「オッ!?キシシシシ!何ともこそばゆいが、悪い気はしないのう、まぁ自分で拭くとするわい」
そうしてある意味凄まじい戦いが、自分の理性との戦いという夜が始まったのであった。




