第53話
結局それからというもの、毎日のようにマリーとシャルロッテの所に通い、5日程が過ぎた。
その5日間の中で最も印象に残ったのがモルサール七式の話で、これは一日中ほぼ休まずに練習試合を行うという、およそ人間には実現不可能というでたらめなもので、歴代でこれを成し遂げたものはわずか3名だけという過酷なものだった。
その中の一人にシャルロッテも入っていたのだが、シャルロッテは素性を知られるわけにはいかないので、対戦したのはヴォルターク、ヴォルリッヒ、デルリシアンと他5名の名誉師範のみで、本来は上級クラスの門下生100人くらいが交代交代で丸一日かけておこなわれるものだった。
その練習試合の過酷さたるや、一応食事休憩はあるもののそれ以外の休憩は一切認められず、もしも途中でトイレに行きたくなっても我慢するか、いよいよになったら垂れ流しするしかないという強烈なものだった。
そのためもちろんオシメを履いて挑むのだが、午後にはあまりの全身筋肉疲労で下腹部や肛門の筋肉すら力が入らなくなり、そもそもおしっこもうんこも垂れ流しになってしまうという凄まじさだった。
とはいえそこまで辿り着く者自体ほとんどいないため、大体途中で気絶するか吐いて倒れてしまうとのことだった。
しかも過去にこれで亡くなった者が二桁に達したため一時期は廃止になり、その後細かく段階を設けて、それらを全てクリアした者だけが挑めるという方式になった。
そうしてシャルロッテが行った七式認定試合はシャルロッテはもちろんのこと、シャルロッテの相手となった8人にとっても地獄のような日になり、本来ならば100人で24時間を分配するところをたった8人で分配せねばならず、全員がオムツを履いて死に物狂いで挑むことになった。
そもそもシャルロッテだけでなく、相手をしなければならない8人もその日のために猛烈に身体を鍛えて剣の技を磨かねばならなかったのである。
当日はそれはもう熾烈を極め、当然全員垂れ流しどころか血痰まで出る程だった。
その間母親とマリーは立ち合いを許されず、ひたすら水を浴びて全員の無事を祈り続けた。
結局最後まで立っていたのはシャルロッテとヴォルタークのみで、かろうじて意識があったのがヴォルリッヒとデルリシアンだったそうだ。
こうして一応全員生き残りはしたが、翌日からがさらなる地獄の日々になった。
認定試合中は皆アドレナリンが出ており、剣を振るうことに全集中していたので、痛みや疲労を抑える脳内物質が出ていたが、試合終了後に緊張状態から解放されると、とうに限界を超えていた肉体疲労などが一気に襲い掛かってきて、身体中の激痛に加え打撲箇所などからの発熱もあり、一週間は寝たきりになり、またしてもオシメ生活が続くのだった。
最も早く回復したのはヴォルリッヒで、それでも剣を握れるようになったのはひと月後という状態だった。
この話を聞いた直後の私は正直コノヒトタチアタマオカシイと思った。そしてそんな家系に生まれ育ってしまったシャルロッテ達がとても可哀想に思ったが、それは口には出さないでいた。
「まぁ当人にしてみれば、そんなに悪い人生でもないと思っとるよ」
またしてもモルサール八式で私の心を読み取られたのか分からないが、シャルロッテからはそうしたセリフがでた。
「それにオヌシだって、朝から真夜中まで魔の森の中で休みなく素振りしてぶっ倒れたんじゃろう?命の危険しかない森の中でそんな事するヤツもたいがいアタマオカシイと思うぞ、獣に食われなくてよかったな、あと虫・・・うへぇイヤだ、想像しただけで身体がもぞ痒くなる・・・それにな、いくらワシらでも記憶をなくす程の修行はしないぞ」
さすがにこれには言い返す言葉もなかった。とはいえ記憶を失ったのは過酷な剣の修行のせいではない事は間違いない。
この日以外で他に印象的な出来事といえば、流水式の読解研究を行った日で、モルサール本部道場には剣術に関する文献の蔵書も沢山あり、その中には当然流水式の上下二巻の本もあったので、例の意味不明な矢印マークだらけの絵を見て、シャルロッテなりにその意味を解析して、二人でそれを実演してみて確かめるというものだった。
これはこういう意味の動作ではないだろうかと、シャルロッテはあれこれ試行錯誤したのだが、私はなるほどと感心したがシャルロッテの方はどうにも納得いかないようで、ヴォルタークにもあれこれ聞いてみたがやはり今一つ違う気がするといった感じだった。
「えっと、その本は確か最後に考えちゃダメ、感じなさいって書いてあるんですよね?」
この一言はマリーのもので、本を前にして頭を抱えているシャルロッテを見て発したセリフだった。
「その絵を見て何かを感じとって技のヒントにしなさいってことなのかもしれないですね」
「マリー!お前剣の大天才じゃないのか?」
「私は剣の事はさっぱり分かりませんけど、なんとなく感じたまま話してみただけです」
「やられた!まさに考えちゃダメだったのか!見て素直に感じればいいんだ!といってもこれじゃやっぱりさっぱり分からん!」
結局矢印マークだらけの絵についてはまるで分からなかったというオチだったが、この日の出来事もこの5日間の中では印象に残った出来事だった。
このように毎日あつかましい訪問が日常になりつつあり、さすがにいつもご馳走になってばかりでは申し訳ないので、朝市で新鮮な食材を買って届ける事を始めたのだが、マリーのとびきりの笑顔を見れるし、ヴォルタークもムスッとした表情は変わらないがそれでも美味しい新鮮な食材については感謝しているようで、もう来るなとは言わなくなってきたので、それなりに効果はあった。
こうして5日程経った後、最初の良くない知らせが届いた。
「やはり西側の王侯貴族が差し向けたと思われる私兵集団に近い者達が森の中に出現して、正式な依頼を受けた調査団や警備員の邪魔になっているようです、結構際どい揉め事も何度か起きているみたいですよ」
そのようにマチャントから聞かされた翌日には、さらに良くない知らせが届いた。
「揉め事を起こした私兵集団数名の遺品とみられる武具が森の奥で見つかり、辺りは血の海だったそうですが死体は見つからなかったそうです」
さらに翌日。
「調査団の数名が戻らないようで、遺留品や襲われた形跡が見つからないとのことです」
それから3日後・・・
「ギャラガさんからの連絡です、まだ正式発表されていないですが、調査討伐に向かった人達の多数が負傷し、その中にはデルリシアンさんとヴォルリッヒさんもいて、しんがりを努めて最後まで戦ったため大怪我を負ったそうです、幸いな事に命に別状はないとのことです」
さすがにこれは大変な事になったということで、翌日にはこの状況が正式に発表され、軍隊規模の大規模な山狩りの実行について検討が開始されたとのことだった。
しかしモルサール本部としては二人の精鋭、しかもそのうちの一人は正統後継者を送ったにも関わらず敗退を余儀なくされたということで、このままではメンツが保たれないということでヴォルタークは大いに頭を悩ませていた。
一人でも多くの組合員を逃がすため最後まで戦ったという事は大いに評価されるのではないかという意見も数多く出たが、残念ながら一部の他流派はこれを機会にモルサール流の評価を下げる行動に動くだろうとの事だった。
シャルロッテも残念ながらこの界隈はメンツが重要なのだと苦い表情で語った。




