第47話
「どうじゃった?」
「それとても普通の人は出来ないですよ」
「おっ、分かるか?」
「はい、自分にはとても無理な気がします」
「そうじゃなぁ、マリーとはずっと一緒の仲良し姉妹でこの遊びもずっとやってきたからなぁ、でも父ちゃんと母ちゃんもこれと同じ位出来るぞ、父ちゃんと兄ちゃんはその次くらいかな、初めて出会った同士で出来るのは今のワシと当時の流水式の爺ちゃんだけじゃった、ワシの爺ちゃんは遊びの域までは達しなかったが流水式の爺ちゃんに褒められていたぞ」
せっかくだからということで、私もやってみることになり、嬉しい事に相手はマリーだった。いや、マリーじゃなくてシャルロッテが相手だったとしても嬉しい事には変わりなかった。
マリーの手首は細くて暖かくて柔らかくて口元がニヤけてしまいそうになったが、モルサール八式でそんなよこしまな心を読まれたらお金よりも大切なものを失いかねないので何とかしてそんなよこしまな心を打ち払って遊びに集中した。
「手を見るんじゃなくて、相手の全体を見るんじゃ、それはもうマリーの身体全てを舐め回すように見るんじゃ、心の中まで裸にするように見るんじゃ、キヒヒヒヒ!」
くぅぅーーーワザとか!ワゾと言ってるのか!いかん!心が乱れる!
「ダメですよ姉さん、タナカさんが困っています」
シャルロッテによるとマリーも結構人を見る目は良いと言っていたので、私が妙な気を起こしたら確実に気付きそうな気がする。いかん、意識したらますますその方向に考えが行ってしまう、くそう!どうしたらいいんだ!
私はそこで思い切って目を閉じてみせた。マリーの美しい容姿に見惚れて変な気を起こさないようにするため、私は意識を手首に集中してまるで電気信号を読み取る機械のようになるんだと自分に言い聞かせた。
「ホウ、だがそれで果たしてうまくいくかな?」
「最初は練習です、私が押すのでタナカさんは手の力を抜いてそのまま動いてください、最初は私の手首を軽く押したままでいいですよ」
そう言ってマリーは私の手首を優しい力で押してきた。目を閉じていてもマリーの姿が思い浮かび、どこか甘い香りと静かな息遣いを感じて雑念が湧いてきそうだったが、とにかく手首に全集中することを心がけた。
集中集中集中集中、私は機械機械機械、電気信号電気信号電気信号電気信号・・・
最初はぎこちなかった動きがだんだんとスムーズになっていく気がした。
「いい感じですよタナカさん、はい押してぇ~・・・はい引いてぇ~・・・押してぇ~・・・引いてぇ~・・・そうですそうです、その感じです」
「はい!」
「それじゃあ私を押す力を少しずつ弱めて、なるべく軽く触れている状態を維持して下さい」
「わかりました」
「押しますよぉ~・・・引きますよぉ~・・・押しますぅ~・・・引きますぅ~・・・押すぅ~・・・引くぅ~・・・」
そうして5分、10分、20分、と過ぎていき、恐らく30分を超えた辺りで変化が現れた。
「あっ」
「ウン?」
その変化にいち早く気付いて声を出したのはマリーとシャルロッテだったが、私は完全に集中していたのでこの時点では気付いていなかった。
それは以前「手当て」の練習をしていた時と同じような感覚で、まるで手首から先に空気の膜で出来たグローブをはめているかのような感じで、その膜は少し暖かくて柔らかかった。
そしてその膜を通して今触れているマリーの手首が押してくるのか引いていくのか分かるような気がした。
「マリー」
コクリ
サッ!スッ・・・サッ!スッ・・・サ!スゥ・・・
「「!!」」
「・・・うん?あれっ?どうしました?」
マリーの手が動かなくなったので私は目を開けてみると、マリーの手はかなり後ろ斜め方向にあり、私はかなり前のめりで手をうんと伸ばしていた。
「えっ?わっ!すいません!」
かなりマリーの顔に接近していたので私は慌てて手を戻して後ろに下がった。のだが・・・
「きゃっ!」
「えっ!?」
ポスッ
何故かマリーの手首が私の手首から離れず、マリーはつんのめって私に抱き着くような格好でぶつかった。
「何ッ!?タナカ!それはもしかして手当てを使っているのか?」
「えっ?手当て?ってうわっ!すいません!」
ペシッ!
私は慌てて右手の甲を左手でピシャリと叩いた。何故そうしたのか自分でも分からなかった。何も考えず感じたままの行動だった。
「あっ!とれました!」
マリーはそう言って私から離れた。少し顔を赤らめていたように見えた・・・気がする。
「凄いなタナカ!オヌシ手当ても使えるのか!?しかも達人級じゃないか!まさか手当てにそんな使い方があるとは知らんかった!」
「えっ!?いやっ、自分も知りませんでした、っていうか今私手当てをやっていました?」
「やってた!やってた!暖かい膜が手首から先を覆っていたぞ!目には見えんが確かにあった!」
「はい!私は直に感じました!暖かくて柔らかくて優しい膜があるのを感じました!タナカさんの手首がくっついて離れなかったです!」
マリーはともかく、シャルロッテは目に見えないのに良く分かったものだと感心したのも束の間、マリーの最後の言葉で私は大いに驚いた。
「これはワシもやってみたい!タナカ!次はワシとやろう!」
「えっ、分かりました、でもまたすぐに同じ事が出来るか自信がないです」
「大丈夫だ!さっきと同じ位時間をかければ必ず出来る!」
「了解しました、それじゃあお願いします」
私は再び目を閉じて、今度は最初からしっかり呼吸を整えてへその下に集めた元気の源を右手に送るイメージを行い、手首の皮膚感覚を研ぎ澄ました。
シャルロッテの手首はマリーの手首よりも少しだけ太いと感じたが、それでもおよそ剣術家とは思えない華奢な手首だった。まぁそれを言ったら自分もそうなのだが。
「練習運動からやるか?」
「はい、練習からお願いします」
そうしてシャルロッテが声に出して先導して押し引きを繰り返し、真上から見ると規則正しい楕円軌道を描くようにして互いの手首を触れ合わせながら動いた。
「やっ!最初から凄い手当てになっとるぞ!暖かさもさらに強くなってる!」
「ホントだ!離れていても分かります!」
2~3分繰り返したところでシャルロッテがこれなら遊びに入ってもいけるだろうと判断し、私はコクリと頷いた。
サッ!スッ!サッ!スゥッ!バッ!スゥ、ババッ!ススゥ、バババッ!スススゥ・・・
「凄い!凄い!」
「よし、それなら!」
ダダダ!スゥ~ッ、ダダダダ!スゥ~~~ッ
「アハハハ!面白い!ホントにくっついてる!ベトベトのりみたいだ!これならどうだ!」
ブンブンブンブンッ!ススススゥ~
「アハハハハ!」
「ウフフフフ!」
「何をやっとるかぁぁぁぁっ!!」
「きゃぁああああーーーっ!!」
突然のヴォルタークの雷のような怒号で飛び上って女性の叫び声のような金切声をあげたのはまたしても私だった。当然そこで手当ての膜は雲散霧消して消えた。
「あっ、父ちゃん」
「お帰りなさいお父様」
「お帰りなさいじゃない!何をやっとるんだお前達は!娘から離れんか馬鹿者!」
「はっ!はいっ!すいません!!」
ダッ!
「おっ!今の歩方術は完璧じゃったぞ!」
私は無意識のうちにヒザから抜重して素早くシャルロッテから遠のいた。恐怖で本能的に動いただけなのだが、皮肉な事に完璧な歩方術だったらしい。




