第45話
その後シャルロッテからヴォルタークやデルリシアンの独特の歩方術を教えてもらった。
原理的には重力を利用するというもので、下向きの↓という力を進む方向の→という力に変えるとのことで、ヒザの力を抜いて下に落ちそうになる際に足を出して腰から前に進むのだそうだ。
これがまた実に難しく、そもそもどう足を動かすのかイメージを掴むことすら出来なかった。
そこでシャルロッテが基本練習の動作をゆっくりやって見せてくれたのをしっかり観察すると、まず普通に立った状態からまるでヒザカックンされたようにヒザの力を抜き、そのまま落ちていくのに合わせて足を前に出した。いったん足を元に戻してまた立って同じようにヒザの力を抜いて下方向に落ちていくのに合わせて足を前に出した。
次にヒザカックン後に足を前に出したのに合わせて腰を中心にスライドするかのように前方に移動した。そしてまた立ってヒザの力を抜いて今度は反対側の足を前に出して身体の重心位置である腰を前方に進めた。
これを連続して続けていくのだが、普通に早く走る時のように地面を蹴って前へ前へとイメージするのではなく、重力によって身体が下に落ちていく前に足を出して延々と斜め下方向に落ちていくイメージをすると良いとのことだった。
初心者は頭の位置が上下に動いてギクシャクした感じになるが上達すると頭の位置が変わらず、地面と平行にあたかも氷の上を滑っているかのように滑らかに進むのだそうだ。
また動作も最小限になり、要らない力を極限まで排除出来るようになると疲労もかなり抑えられて長い時間素早く移動出来るようになるとも言った。
しかしこれがまた実際にやってみるとかなり難しくて、どうしても普通に走る時の足で地面を蹴って進もうとする癖が抜けなかった。
「姉さん・・・」
「ウム、タナカよ、ちとオヌシ普通に全力で速く走ってくれるか?」
「えっ?普通にですか?分かりました」
ダッ!
「わぁ!凄く速いですね!」
「こりゃ驚いた、あやつ人間か?」
ダダダッ!
「フゥフゥ・・・どうでしょうか?今ので全力ですが・・・」
「ウム、それだけ速ければオヌシには我等の歩方術は必要ないかも知れんなぁ・・・あっそうだ、この歩方術はそもそも剣の素振りからきているのだ、その素振りの基本を教えよう、きっと役に立つ」
「お願いします!」
シャルロッテが何も言わなくてもマリーは小屋に戻って練習用の剣を持ってきて手渡し、シャルロッテは自然に上段の構えをとった、両足は平行に腕は完全に垂直に上げピタリと静止し、そこからまるで貧血を起こして倒れたかのように脱力して下に落ちたかと思ったら次の瞬間は半歩前に前進して剣は腰の位置で静止していた。
「今のは思い切り大袈裟にやってみた、さっきと違って今回は高く上にあげた剣もあるから、より一層重力を感じられる、ここでも大事なのは足で地面を蹴ってエイッ!と力強く腕を振るんじゃなくて何と言うか・・・そうだ、重りを吊るした糸をハサミで切った時のように、高い所から飛び降りた時のように静かにそれでいて重力の強い力で下に行く力を利用して前方向に力の向きを変えるのだ」
シャルロッテのこの説明はこれまで私が思い描いていた剣の振りと全く異なっており、これまで私は思い切り地面を蹴った力を腰から背中を通して腕へ伝えていくというまさに最大限に力を込めた分かりやすい一撃だったが、今シャルロッテがやっているのは足で地面を蹴らずに脱力して重力の力を利用しているものだった。シャルロッテの身体からは全く力んだ様子がなかった。
「誤解を招く言い方になるが、剣で斬るのに力は要らんのじゃ」
またしもモルサール八式で私が考えていた事を見抜いたかのようなセリフだった。
「それにこの振りには色んな利点がある、余計で不要な力を抜くことにより疲労度が激減するし、力まない分剣先も鋭く速くなるし、何より実戦で役に立つ」
「実戦で、ですか?」
「ウム、やってみせよう、そのまま動かず立っててくれ」
シャルロッテは確実に剣が届かない距離で私と対面し練習用の剣を上段に構えた。
数秒間そのままの状態で静止していたが、次の瞬間私のすぐ近くで既に剣を振り下ろしていた状態になっていた。まるで下手な動画編集でその途中の映像がカットされたかのようだった。
「えっと・・・力を込める動作がまるでないので、避けられないです」
「そうじゃ、といっても腕の立つ者にはこう簡単にはいかんがな」
その後今の素振りの仕方をシャルロッテから教えてもらい、途中からマリーはお昼ご飯の支度で小屋に戻り、シャルロッテはごくたまに短いアドバイスをするが、それ以外ではひたすら黙って私を見ていてくれていた。
恐らく2時間程経過したような気がするが、既に時間の意識はなく、私は黙々と練習用の剣を真っ直ぐに振り続けた。そこで突然何かが語りかけてきた気がして手を止めた。
「どうした?さすがに疲れたか?」
「いえ・・・あの・・・自分の刀でやってみてもいいですか?」
「カタナ?」
「あっ、剣です剣、自分の剣でやってみてもいいですか?」
「なるほど・・・ウム、それは良いかもしれんな、オヌシの剣でやってみせよ」
「では・・・」
スラリ
「ホウ」
スゥ・・・フゥ・・・スゥ・・・フゥ・・・
・・・
・・・
・・・
パキィンッ!
「ムッ!何と!!」
パキィンッ!
パキィンッ!
パキィンッ!
「おお!いきなり開眼したか!」
「わぁ凄いですね!タナカさん!」
「ウム!見事じゃ!実に見事じゃ!あんな音ワシにはどうやっても出せんぞ」
パキィンッ!
パキィンッ!
パキィンッ!
「タナカよ、もう良いぞ!」
パキィンッ!
パキィンッ!
パキィンッ!
「これタナカよ、もう良いって!」
パキィンッ!
パキィンッ!
パキィンッ!
「スゥ・・・」
「わっダメですよ!姉さん」
「分かってる、スゥ・・・」
「ヤメェェェイッ!!」
「うわあっ!?」
「おお大分取り込まれておったのう、剣に」
「えっ?取り込まれて・・・いた?」
「言葉のアヤじゃ、それくらい夢中になっておったということじゃ」
いや、どうにも夢中では済まされないような気がする・・・しかし、前にもあったけど一体何が起きてるんだろうか。
「コツが分かったか?」
「分かった・・・いや、頭で分かったというのではなく、感覚的に分かったような気がします」
「アハハ!考えるな!感じろ!か?」
「そうです!それです!そんな感じです!」
「ハハハ、オヌシやはり流水式の使い手だったんじゃないか?」
グゥ~~~ッ
「ワハハハ!そりゃ腹も減るじゃろう、お日様が真上にくるまで休みなく振り続けていたからのう」
「お食事の用意が出来ましたよ!お昼ご飯にしましょう!沢山食べて下さいねタナカさん!」
ああ、女神様って本当にいるんだなぁ、と私はまさに手を合わせて祈りたくなる程に、マリーの笑顔と優しい言葉が神々しいものに思えた。




