第43話
少し驚いたことにこの小屋は玄関で靴を脱いであがる建物で、出迎えてくれたマリーという綺麗な女性はスリッパを履いていた。
「靴は脱いでからあがるんじゃ」
「わかりました」
「こちらのお履き物をどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
ペタペタペタ・・・
「アハハ!アハハ!ペタペタ言うとる!アハハ!」
「まぁ、ウフフフ!」
何だろう、凄く癒される。さっきまでのイカツイ人達に囲まれた状況と比べてなんと穏やかなことだろうか。
小さな小屋なのですぐに小さなダイニングテーブルのある部屋に着き、シャルリッヒと向かい合ってイスに着席した。
そしてすぐ側にある小さなキッチンでマリーはお茶を淹れて戸棚から皿を取り出してクッキーを乗せて持ってきた。
「これっぽっちか!?」
「あまりお菓子を食べるとお昼ご飯が食べれなくなりますよ」
「あ、そうか!タナカはゆっくりしていけるのか?一緒にお昼ご飯を食べよう!」
「えっ?いいんですか?」
「よければ是非ご一緒にお召し上がりください」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えてご一緒させていただきます」
「タナカはお上品な言葉を知っているんだな!剣を振り回すだけの連中とは大違いだ」
「そうですね、失礼ながらとても剣を振るう方とは思えない程に温和な方のように思えます」
「えっいやぁ・・・ハハハ・・・」
実際その通りで、出来るなら争いごととは一生無縁でいたい普通の一庶民です。
「ウム、これなら、もういいか・・・」
「そうですね、大丈夫だと思います」
「まったく前は見えにくいし、食べ物がヒゲについて汚いし実に邪魔だ・・・ベリベリ」
「・・・!!」
なんとシャルリッヒはフサフサで真っ白いヒゲや眉毛を剥し始めた。
そしてマリーが湯気が出ているホカホカのタオルを持ってきてシャルリッヒの顔を丁寧に優しく拭き取った。
「フゥーーー・・・気持ちいい~~~」
そうして目の前に現れたのはマリー以上にとんでもなく美しい容姿の美少女だった。
銀色の長い眉毛に澄んだ青い宝石のような瞳、スラリとした鼻筋に少しだけふくよかな桜色の唇、さっきまでの小さな老人の姿はそこにはなく、およそ剣術とは無縁の美少女の姿がそこにあった。
「どうじゃ?驚いたか?驚いたじゃろう!やっ!見ろマリー!タナカのあんぐり空いた口!アハハハハハ!あの顔!アハハ!アハハ!」
「まぁだめですよシャルリッヒ様、ウフフフフ!」
まさしく開いた口が塞がらないほどに一変したこの状況に驚き、理解が追いつかないどころかほぼ思考停止に近い状況のまま固まってしまった。
「えっと・・・これは一体どういう事でしょう」
私は頭を振って我に返って何とか言葉を絞り出した。
「本物のシャルリッヒ爺さんは10年以上前の昔に亡くなっておるんじゃ、ワシはシャルリッヒ爺さんの孫で唯一モルサール八式を完成させたモルサール随一の天才剣士だったんじゃ、しかしモルサール随一の剣士がワシのような女子とあっては、身内が許しても世間が納得いかず、かなり面倒な事になるのは明らかだったので、シャルリッヒ爺さんの死を隠してワシがずっとこれまでシャルリッヒ爺さんのフリをしておったのじゃ、そして今オヌシの目の前にいるモルサール随一の天才剣士じゃった少女はシャルロッテといい、はかなくも流行り病にかかって若くして亡くなってしまったということになっておるのじゃ」
出会って間もないというのに、衝撃の、それも恐らく知られてはいけない類の事実を聞かされてしまった。
「・・・え、ええと、その事を知っているのはどれくらいいるのでしょうか?」
「ほとんどおらんよ、現当主であるワシの父とうちの家族とデルリシアンを含む上級師範とロレオン爺さんくらいじゃ、ちなみにマリーはワシの妹じゃ」
「そんな大事な事、いきなり今日初めて会ったばかりの私なんかに話しても良かったんでしょうか?」
「大丈夫じゃろ、なぁマリー」
「ええ、大丈夫だと思います」
「仮にオヌシがあちこちに吹聴してまわったとしても誰も信じる者はおらんじゃろうしのう」
「確かにそうですね・・・何から何までとても信じられない話だと思います」
「おかげでこの話し方がすっかり身についてしまって、もう可憐な少女だった頃には戻れぬ身体になってしもうた、まだ20代じゃというのに」
「えっ!凄く若く見えますよ!誰が見ても可憐な少女そのものです!」
「キヒヒヒ!なかなかオヌシも口が達者じゃのう!」
「タナカさんのおっしゃる通りです、姉さんは可愛い少女の頃のまま驚く程変わっていません」
「マリーはひいき目じゃからのう・・・でも、ありがとうな、嬉しいぞ、しかし確かにあれ以来成長していないような気がする、本当ならマリーくらいの身体になっているはずじゃからのう、やはり仮死状態になるために口にしたアレが原因じゃったのかのう・・・」
「アレ・・・とは?」
「ウム、何でもかつて魔の森で発見されたとかいう実から作られた薬の一種で、元は新鮮で美味しい高級魚や動物に使って仮死状態にして大きな町などに運ぶのに使われるとても貴重な薬で、さらに凄く薄めて服用したり肌に塗れば10歳は若返るという、お金持ちの豪族の女性達が喉から手が出るほどに欲しがる美容液になるのじゃ、ワシはそれを飲んで一時的な仮死状態になったのじゃ」
「それって黒に近い紫色で、こんな風に細長くて表面はデコボコしていて、とても甘い良い香りのする実ですか?」
「いや、元の実がどんな形だったのかは分からん、じゃが確かにほんのり甘くて美味しくて飲みやすかった気がする」
恐らく間違いなく黒紫キュウリだ・・・だとしたらあれをそのまま丸ごと食べた自分は・・・
私はそこでようやくこれまで手を付けていなかったお茶とクッキーを口にした。
「サク・・・あっ!このクッキー凄く美味しい!」
「そうじゃろうそうじゃろう、マリーは料理の天才なんじゃ!」
その後は私の番となり、途中でマリーが作ったとても美味しい昼食を挟みながら、これまでの事を日本で生きていた事以外一切合切全て話した。
「面白い!実に面白い!なんという奇想天外な人生!ワシもそういう人生を送ってみたい!じゃがムシだけはイヤじゃ!」
デルリシアンに続きシャルリッヒならぬシャルロッテも虫が苦手なようだった。剣士や戦士は虫が苦手なんだろうか?そのどちらでもない私も虫は苦手だが・・・
午後になってシャルロッテとマリーの父であり、モルサール本部道場現当主であるヴォルターク・デア・モルサールが帰ってきて、側近を従えず一人で小屋へと入ってきて、変装を解いたシャルロッテを見てわずかに驚いた表情をしたが、すぐに表情を引き締めて口を開いた。
「お前が判断したならそれも良いだろう、しかしタナカよ、これを知ったからには分かっているだろうな」
「は、はいっ!もちろん誰にも言いません!」
良かった、これを知ったからには生きては返さんとか言われるんじゃないかと思った。
「しゃべったところで信じるものなど誰一人しておらんじゃろう、じゃない、いないでしょう父上」
「確かにな、だが無用な風聞は流さぬが吉だ、それにしてもタナカよ、会合の場で色々と話を聞いたが大分あちこちで活躍しているようだな」
なるほど、ヴォルタークが無用な風聞は流さぬが吉だと言った理由がよく分かる気がした。まさかここまで話が広がっているとは思わなかった。




