第36話
最初の1時間程は見晴らしの良い岩と草原が広がっている場所なのでそれほど警戒することなく普通に進み、その後森林地帯に入ったところで二手に分かれて調査を開始した。
私の組にはギャラガとグルカンが同行することになり、内心で少しホッとした。
あらかじめ互いに見える距離を保ちながら移動するという取り決め通りに進んだが、それぞれの組に槍持ちがいて、穂先に赤く目立つ布を付けていたので見失うリスクを下げるのに役立っていた。
一組は三人が数メートル間隔で横に広がって歩いたので、さらにサーチする範囲を広げるかたちになっていた。
そうして30分程ゆっくり慎重に丁寧に辺りを良く観察しながら歩いていたところで、ハンテルの良く通る口笛が聞こえた。
すぐにハンテルのところに集合すると、ハンテルは地面を指さした。
「これを見てくれ」
「何ッ・・・こ、これは人の足跡か?あり得ない位大きいぞ」
「ああ、40センチは優に超える・・・だが、その形は紛れもなく人の足の形だ」
「どうする?とりあえず跡を追うか?」
「・・・恐らくだが、悪い予感の正体は間違いなくこれが関係していると思う」
「ああ、オレもそう思う」
「・・・ゴクリ」
私ひとりが緊張のあまり盛大に唾を飲み込む音を出してしまった。あまりの緊張で恥ずかしいという気持ちすら忘れてしまっていた。
そんな素人丸出しの私をソルドンどころか他の誰一人としてツッコミを入れることなく、真剣な表情のままギャラガの判断を待った。
「ここからはハンテルを前にして慎重に進もう、ハンテル頼めるか?」
ハンテルは短くただ一言「了解した」と言い、腰のポーチから毛糸のようなものを取り出し、先端をギャラガが握った。
さらにハンテルはリュックの中から大量のボロ布を取り付けた偽装用のマントを被った。それはフードもついているので頭も覆い隠していた。
そうしてハンテルは身を低くして音を立てずに静かに移動していった。10メートル程度進んだだけでもうその姿を確認するのは容易ではなかった。
5分程進んだところで毛糸が少しだけ動いたので、ギャラガは右手の拳を肩のところまで上げ、全員静かに密集し過ぎない程度に間隔を開けて前進した。
この一連の彼等の行動を間近で見た私は、ホンモノのプロの特殊部隊を見た気がして、彼等がとても格好良いと思ってしまい妙に興奮してしまった。
私達はハンテルの元へと前進すると、もはやハンテルがどこにいるのか皆目分からなかったが、突然動くものが見えてそれはハンテルの腕だった。
実はハンテルは数メートル先にいたのにまるで気が付かなかった。見える見えないというよりも脳が認識出来ていないといった感じだった。
そこでまた私達はその場で待機し、ハンテルだけが前進していった。
そうした行動を10回以上過ぎた辺りで、いよいよ最初のおぞましいものを発見した。
「凄まじい血だまりの跡だ・・・」
「ああ、だが人間の血じゃない、グマンの血だ、王クラスには及ばないがそこそこ大きいグマンだったことだろう、あれを見ろ」
「・・・グマンの爪痕か?」
「そうだ、縄張りを表すマーキングだ、それに地面にグマンの毛がいくつか落ちていたし、フンも見つけた、だが肝心の死骸がない、肉片などの身体の一部すら見当たらない、そしてこの足跡だ・・・」
「これは・・・戦ってるな・・・」
「ああ、確実に戦闘の跡だ、特にここの足跡が強烈だ、相当な踏み込みをしたに違いない」
「オイ、ヤベェぞこの足跡、一級の戦士だってこんな凄まじい踏み込みしねぇぞ・・・」
「何だ?一体ここには何がいるというのだ?」
「「「・・・」」」
ギャラガとハンテルの考えでは、血の乾き具合から見て2~3日以内に起きた事らしかった。
そこで槍使いの一人が全員に提案した。
「念のため毒を使おう」
「・・・そうだな」
「それが通用する相手だと良いが」
「いや、戦闘は極力回避する」
「「「了解」」」
そうして槍使いの一人はポーチからツボを取り出しリュックからは手袋を取り出して、籠手を外してその手袋をはめた。手袋の指先は紫色に変色していて、明らかにかなり危険な感じがした。
彼の名はスナギン、毒と薬草が専門で皮膚の複数個所に毒か薬品が原因で変色したと思われる跡がついていたのを一緒に風呂に入った時に見た。
まず先にハンテルが矢を数本渡すと、その先端に毒を塗り付け、続けてギャラガ達の剣や槍の先にも塗布し、最後に私も刀を抜いて差し出したがスナギンは目を見開いて「ばかな・・・」と小さな声でつぶやいた。
「どうした?」
「毒が塗りこめない」
「なに?」
「ちょっと見てくれ・・・」
私も近付いて目を凝らしてよく見た。
スナギンは猛毒のクリームを人差し指に付けて、それから私の刀の刃に塗り込んだ。そこまでは皆しっかりとその目で確認し、うっすらとクリームの膜が刃に塗布されているのもハッキリ確認した・・・のだが、みるみるうちにクリームの膜が消えてなくなっていった。その際ほぼ無色の煙というか湯気のようなものが舞い上がったように見えた。
「何だ?消えたぞ?」
「消えた、確かに消えた」
「これも魔の剣だからか?」
「ウム・・・それしか理由はないだろうな」
「・・・」
私にはまるで刀が毒を拒絶しているかのように見えたが、皆も同様に考えているようだった。
そうして私を除いた全員の刃物武器に毒が塗られ、剣を使うギャラガとソルドンは抜き身のまま剣を持ち歩いた。鞘に納めてしまうとせっかく塗った毒がこすれて薄くなり効果が落ちるからである。
そこから先はさらに慎重に時間をかけて進んでいき、警戒の度合いもより一層高めた。
ハンテルが先行した後に我々も合流するという一連の行動をさらに6回程繰り返したところで、新たな痕跡が見つかった。
「これは・・・盾か?」
「ああ恐らく山賊のものだろう」
「木っ端微塵だぞ」
「オイオイ、どうやればこうなる?」
「・・・」
「靴の足跡の大きさ、歩幅、踏まれた箇所の土の深さと形、恐らくこの山賊の一人は走って逃げていたと思われるが、あそこの木の根が露出しているところで足をひっかけて転倒した、その時出来た跡があそこのアレで、それを追いかけるように例のでかい足跡が続いている、山賊の足跡は靴だがでかい方は裸足だ、そしてここが戦闘の跡だ、やはり強い踏み込み跡がある、そしてこの盾の残骸だ」
「他の山賊の跡はないか?」
「パッと見た限りない、恐らくだが仲間がやられている間に逃げ出したのだろう、だがそう遠くない場所に戦いの跡があるはずだ」
「・・・よし、次の形跡を見つけたらいったん森から離れて休憩しよう、それまで絶対に気を抜くな」
「「「了解」」」
しかしこの会話の後、1回目のハンテルの先行探索で次の形跡が見つかった。
「野営地だ」
ハンテルが指をさした方向、数十メートル先に簡易テントや物干し竿、焚火の跡などが見えた。
「気配は?」
「ない」
「行けるか?」
「行ってみよう」
ハンテルはさらに慎重にゆっくり進み、ギャラガは右の手の平を肩の位置にあげてひらひらと振り、それを見た仲間達はゆっくりと音を立てないように静かに互いに距離をとった。
恐らく緊急退避に備えて逃走の際に互いにぶつかり合わないための措置だった。




